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14 献精の猶予期間がほしい

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 本部に着くと、受付には話を通してあったようですぐに南川さんのオフィスに通された。
 他に3名の女性職員がいて、俺のもう一人の担当者の北山さんとカウンセラーの東谷さんに、南川さん付き秘書の西野さん。男性は南川さんのみ。
 精通義務結果が出てから俺を担当してくれている人たちだ。

「よく来てくれたね、龍玖君! さぁさぁ座って座って!
 飲み物はコーヒーで良かったよね、ホット? アイス?」

 南川さん、秘書の仕事奪っちゃ駄目だと思いますよ。なんてことは言いません。
 あ、今日コーヒー4杯目だ。

「アイスでお願いします」

 お茶が揃い一息付くまでたわいも無い話をする。
 毎日励んでいたのに突然6日間空いて驚いたという話をされ、フとこれって使えるかもと思った。
 香坂がTSしたのってあの日、俺が香坂をからかった日、俺が最後のセックスをした日だ。
 それから確か5日間休んでいて、今日が女子として初登校で。

「龍玖君?」

「ああ、すみません。その事で相談がありまして」

「そうだったんだね。
 それは、その右耳のエターナル――天然石のローンにも関係ある事かな?」

「はい」

 今まで豪快な笑顔だった南川さんが、仕事用の顔を見せる。

「では龍玖君、この会話は記録させてもらうよ。もちろん今回の記録も筆記のみだ。言いたくない事は言わなくていい。君は事件の容疑者でも目撃者でもないのだから」

 かつ人好きさせる雰囲気もさすがだ。まるっと信頼してぶっちゃけてもいいような気がしてくる。
 信頼してないって意味じゃないよ?

「僕に、最長3ヶ月でいいので献精の猶予期間がほしいんです」

「理由によってだね。知っての通り、こちらは君の精子が喉から手が出るほど欲しいんだ。
 猶予の理由は教えてもらえるんだよね?」

「はい。
 ――僕は一人の人を好きになったんです」

 すいません、嘘です。
 堕としたいとは思ってるけど、好きではないです。
 南川さんは初めて少し眉をひそめた。

「君を好きにならない女性なんていないだろう? 気持ちを伝えるのに3ヶ月かかるってことかい?」

「いいえ、伝えました。
 伝えましたが信じてくれませんでした」

「信じないって、そんな」

「彼は処女で、相思相愛を望んでいる――オメガなんです」

 端末の自動入力を追っていた年若い秘書も、包容力を体現しているカウンセラーも、そして百戦錬磨であろうJEBHQ職員も、全員目を見開いて俺を凝視している。

「西野くん」

「ハ、ハイ!」

 あんぐりとしていた秘書の西野さんが、南川さんに声を掛けられ慌てて端末を操作する。

「龍玖君の学校内でオメガ且つ処女該当者――お相手の名前を訊いてもいいですか?」

 今度は俺がぎょっとする。
 それはつまりうちの学校に、香坂以外にもオメガがいるって事だよな。
 しかも処女のみってことはかなりの人数が居るのか? それは男子のふりなのか、女子のふりなのか?

「不妊症は女性だけじゃないからね。TSは結構いるよ。但し隠すのが一般的だ。
 龍玖君、相手の名前は教えてもらえるのかな?」

「香坂日向です」

「コウサカ――香坂ひなたさん。国立麻武ミドルスクール2年生、龍玖君のクラスメイトですね。6日前にTS申請書が出てますね。公休含め5日間の休み、本日より登校しています」

「……TSの殆どはジュニアからジュニアハイ在学中に変化する。卒業間近なら男子として卒業することもあるが、次の学校は知り合いの居ないところを選んで女子として入学する人が多い。じゃなければすぐ退校してTS後――この場合のTSは両性のオメガから女性のみへの手術だね、それで女子として新たな生活を始める。
 龍玖君たちはまだ丸1年ミドルがあるのに、香坂さんは5日だけ休んで戻ってきた。オメガとして。名前すら変えていない。いや、ひらがな表記にはしたのか。
 ――龍玖君の献精なしと一致するけれど、何かあった?」

「言えません。言えませんが、僕は今日彼に告白して、3ヶ月のお試しデーティング期間をもらいました。その間に彼を落とせれば晴れて恋人同士になれる訳です。
 献精猶予、認めてもらえないでしょうか?」

 南川さんをはじめ、皆揃って難しそうな顔をする。

「ずっと君を担当してきた僕たちは、認めて応援してあげたいのは山々なんだ。きっと君なら成功させると思うしね。
 そうすれば、最年少タイトルホルダー、今後も記録樹立に期待がかかる龍玖君と、受胎率・出産率が高いオメガで相思相愛と言う稀有なカップルが誕生する訳だ。
 これはもう日本の、いや、人類の至宝だよ。しかし――」

 南川さんは北山さんを見る。北山さんは一つ頷き話を引き継いだ。

「指摘点は幾つかあります。
 1つ目は彼がTSプログラムを未受講なこと。
 2つ目は彼の生殖機能が未知数なこと。
 3つ目はクレジットを使った龍玖君をJEBHQの上の者が放っておかないこと、でしょう。
 1は全25回で受講が終わります。受ければいいだけですので時間が解決します。
 2は検査を受けても、受精率はおおよそなら判りますが、妊娠・出産確率はその時にならないと判りませんので結局未知数です。
 この2点は他の女性にも言える事ですので、押し切る事が出来るとします。
 問題は3です。義務を果たしていれば上の者達も何も言えませんが、猶予が欲しいとなると、3ヶ月間だけと言っても揉めるでしょうね。強権派が乗り出して来るでしょう。龍玖君には手を出せなくても、彼に圧力をかける位の事はすると思います。
 以上を鑑みると、上の者を説得するには時期尚早。彼に対しては、口説くには今しか無い、です」

「北山さんぶっちゃけるねぇ……」

「褒め言葉です」

 甘かった。
 やっぱりクレジットが弱みになるのか……。
 舞い上がってたんだな、俺。
 高価な天然石が香坂の心を更に頑なにしたと思うし、クレジットまで使って考えなしだったと今なら思う。

 後悔はしていない。……反省はしよう。
 あの時はエターナルが香坂を囲うのに一番だと考えたし、今でもそうだと思っている。
 ちょっと予算オーバーしたのは勢いでやっちゃったところもあったけど、あのいろは、本当に嬉しかったんだ。


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