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6 男の機嫌を損ねないようにするのが良い女だと
しおりを挟む忘れていた。シャワーの中で立ち尽くす。
無意識に作り出した理想にハマるなんて馬鹿のする事だと、あの1回きりでやっぱり献精センターに行くのは止めたんだった。だってつまりは自分自身だろ。
あの時の精子提供でまたヒットがあり、俺はトリプル(※出生3回成功者称号)になった。JEBの担当者が菓子折り持って、出来れば定期的な精子提供をと頼みに来たけど、現代、生殖には『健全な精神』が第一項に定められ何よりも優先されるので、頭の片隅に置いといて頂きたいって位のスタンスのようだった。
それからの俺は、最低限の義務だけを果たすようになった。
態度はなるべく今まで通りにして周りに合わせてはいたけれど、なんと言うかもう一人の冷静な俺が頭上から俺を見ているみたいだった。
そんな状態がしばらく続いたが、ジュニアハイに上がる頃にはすっかりモヤモヤも忘れ、寮にも入ったので夜もほぼ毎日女を呼ぶようになっていたし、ミドルスクールに上がればサボリの理由にセックスを使うまでの精神状態になっていた。
そんな中で先日ヒットし、クアドラプル(※出生4回成功者称号)となった。先の3回ヒットまでの期間を考えると、かなり間が空いた。
今なら第一項・健全な精神ていうのはあながち間違ってないんだと感じる。
なぜさっきのセックスであんなにモヤモヤして、そして今こんな事を思い出したのか解った。
香坂日向だ。
あの馬鹿が、俺が遥か前に捨てた幻想を、後生大事に担いで俺に講釈したからだ。
「クソッ」
シャワー室を出てさっさと服を身に着ける。
「龍玖?」
「帰るわ」
ことが済んだら女を帰らせてここで一眠りするつもりだったが、そんな気分じゃなくなった。
「……そう? 今日もすっごい良かったよ、ありがとう、またよろしくね!」
「……ああ、じゃーな」
女はベッドから剥いだ汚れたシーツを握りしめ、引き留めたそうな、何か言いたそうな顔をしていたが、帰りを拒む言葉はなかった。
そりゃそーだ。男の機嫌を損ねないようにするのが良い女だと教育されているのだから。
また俺は女を呼ばなくなった。
別に今更、運命の相手(笑)が欲しくなった訳じゃない。
今までも相手に全て任せきりで、ロクに相手をしてこなかったが、それすら嫌になっただけだ。
毎朝晩、その日に声を掛けてきた女全員の中からクジ引きなりさせて相手にしてきたので、俺がやらなくなったのは周りに即バレた。
女共はどうしたのか聞いてこないし普段通り声を掛けてくるのも相変わらずだが、稀に軽口のふりで詮索するような奴もいて、そういうのはVCSにブラックリスト登録していく。
後日、精神状態がまたセックスできるようになった時にそいつらを弾いとく為だったが、今回はどうなるか正直自分でもわからない。
中二病かよといった前回と違い、今回は既に献精センターでいいかと思い始めているからだ。
アバターを受け入れればヒットは重なっていくだろうし、仕事は優先的に優良企業に入れるはずだし、もし全部駄目でも今の貯金があれば、ニートにさえならなきゃ老後も金には困らない。
少し寂しいかもしれないが、ともかく今はそれで良いような気がした。
35才過ぎたって、色々制約や優遇軽減はあるが子供を持てない訳じゃないし、結婚はいつでも出来る。したくなった時に考えよう。
最後のセックスから6日目、義務を果たさなければならない期限日、ようやくそういう結論に達した。
1週間振りにスッキリとした気持ちで学校へ行く。
そういえばこの1週間の学校での事があまり思い出せない。誰とどんな会話をしたっけ?
「おはよう龍玖、体調は平気か?」
「週末もシなかったんだろ? じゃあそろそろタネ義務じゃね?」
「おはよう。あぁ、今日は調子よさそうだけど、今日ヤっとかないとペナるだろーな」
「出来ないなら忘れずに医務室行って診断書貰っとけよ、もったいねー」
「サンキュー、マジ今日から大丈夫だ」
「そっか、良かったな。
あーあ、オレもヒットしねーかなー。献精センター行ってみっかなー」
「いいんじゃね? 俺1回で当たったし。何人に分けるか知らないけど、自分で女一人に注ぐより確率良いんじゃねーの?」
「ええ?!
ちょい待ってリュークン、1回しか行かずに一発ヒットだと?」
「精通義務でも2回通ったよ。それから全く行かずで、数年後にもっかい行った時にヒットした」
教室の空気が固まった。
話してた友人たちはもちろん、見渡せばクラス全員がこちらを向き絶句していた。
ああそうか、通常は精通義務期間の3ヶ月間は3日おきに通うんだったか。
「精通義務期間、2回で終了だと?」
「マァジデ?! リュークンスゴスギ……」
「JEBからすりゃ龍玖のタネと掛け合わせたい卵子が山ほどいるんだろーなぁ」
「龍オートだよな、もちろん。何選んだのー? 次オレもソレ選ぶわ」
「あ? アバターだよ」
「アバター? 自分作ってどーすんの? ゲームじゃなくてセックスだぜ?」
「は? 相手をカスタマイズするやつだよ」
「あぁ、それの前だよ、まずキャラの職業設定とかプレイ内容とか世界観とかの選択肢あったろ?」
「だから選択肢が"アバター"だって」
何か話が噛み合わない。お互い眉間にしわを寄せながら話す。少しイラつきはじめたところで教室に声が響く。
「席について! HRを始めます」
教壇を見れば、担任が入って来たところだった。
その前に生徒が一人、HR直前で入ってきていた。長めボブの銀髪をさらりとなびかせて、真っ直ぐ前だけを見て歩き席に着く。
「……ル、ナ……?」
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