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第一話
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東京の繁華街、渋谷のど真ん中にある雑居ビル「クロスロードビル」で発見された不可解な密室殺人。被害者は地元の名士である建築家・三浦祐一郎。生前の彼には「クロスロード計画」という謎めいたプロジェクトに関わる黒い噂があった。事件の捜査を担当するのは、冷静沈着な刑事・氷室拓真と、退職した元敏腕刑事で今は私立探偵を営む秋月瑠奈。二人はそれぞれの過去と向き合いながら、複雑に絡み合った証言や証拠、さらには被害者が遺した暗号を解読していく。
絡み合う人間関係、欺瞞の中に隠された真実、そして第二の事件が起きた時、二人は重大な事実に直面する。それは密室の謎以上に恐ろしい、過去の因縁と、彼ら自身の選択を問う罠だった。真実が明らかになった時、浮かび上がるのは一人の人間の究極の絶望と執念。果たして、彼らはこの迷宮から抜け出せるのか?
主な登場人物
秋月 瑠奈(あきづき るな)
性別: 女性
年齢: 34歳
職業: 私立探偵(元警視庁刑事)
特徴: ショートボブの黒髪、切れ長の瞳。辛辣な口調だが冷静な観察眼を持つ。失踪した兄の謎を追って探偵業を始めた。
性格: 冷静沈着で現実主義。過去の失敗への後悔から、感情を抑える傾向がある。
趣味: クラシック音楽鑑賞(特にショパン)
好きな飲み物: ブラックコーヒー
氷室 拓真(ひむろ たくま)
性別: 男性
年齢: 38歳
職業: 警視庁捜査一課の刑事
特徴: 長身でがっしりした体格、短く刈り込んだ髪型。真面目で口数が少ないが鋭い洞察力を持つ。
性格: 不器用でぶっきらぼうだが、内面は情に厚い。瑠奈とは過去の事件で知り合い、信頼し合う仲。
趣味: 料理(和食が得意)
好きな飲み物: 緑茶
三浦 祐一郎(みうら ゆういちろう)
性別: 男性
年齢: 52歳
職業: 建築家
特徴: 被害者。成功者だが敵も多い。渋谷再開発計画「クロスロードプロジェクト」の中心人物。死の直前、何者かに「裏切り者」と呼ばれていた。
西園寺 麻衣(さいおんじ まい)
性別: 女性
年齢: 29歳
職業: カフェ経営者(被害者の愛人)
特徴: 明るく愛嬌があるが、どこか影を感じさせる美貌の持ち主。被害者との秘密の関係を抱えている。
高木 健吾(たかぎ けんご)
性別: 男性
年齢: 41歳
職業: 渋谷の不動産業者
特徴: 冷酷で計算高い性格。三浦と金銭トラブルを抱えていた一人。
山城 恭子(やましろ きょうこ)
性別: 女性
年齢: 48歳
職業: 三浦の秘書
特徴: 無口で冷徹な印象を与えるが、三浦の信頼を一身に受けていた。彼の死後も何かを隠しているような素振りが見える。
プロット
プロローグ
渋谷の雑居ビル「クロスロードビル」で三浦祐一郎の死体が発見される。現場は密室で、鍵は内側からかけられており、唯一の窓も外側から侵入不可能。被害者の手には謎の数字が記された紙片が握られていた。警察の捜査が進む中、元刑事の瑠奈は独自に調査を開始する。
第1章: 出会いと再会
瑠奈と氷室が再び顔を合わせる。二人は過去の事件以来の再会だった。瑠奈は被害者が抱えていた「クロスロードプロジェクト」に注目し、再開発計画の裏に隠された利権争いを掘り下げる。次第に、三浦を恨む関係者の存在が浮かび上がる。
第2章: 暗号と嘘
被害者が遺した暗号を解読する過程で、瑠奈と氷室は互いに隠された事実に直面する。一方で、被害者の愛人だった麻衣や、不動産業者の高木ら容疑者たちのアリバイが次々と崩れていく。
第3章: 第二の犠牲者
容疑者の一人が突然の死を遂げる。彼の死もまた密室であり、同じ暗号が現場に残されていた。連続する不可解な事件により、二人の捜査は混迷を深める。
第4章: 隠された真実
事件の裏に、20年前の未解決事件との繋がりがあることが明らかになる。それは、瑠奈の兄の失踪と密接に関係していた。
第5章: 最後の対決
瑠奈と氷室は真犯人の正体にたどり着く。しかし、真犯人の目的は彼らが想像していたものを遥かに超えていた。迷宮の謎が解かれると同時に、真犯人の動機に隠された深い絶望が露わになる。
エピローグ
事件は解決するが、瑠奈と氷室の心にはそれぞれの傷が残る。新たな一歩を踏み出そうとする二人は、再び交差する運命を暗示させる形で物語を締めくくる。
プロローグ: 夜明け前の密室
渋谷の中心地にそびえる「クロスロードビル」は、再開発計画の象徴だった。その雑居ビルは、古いコンクリートの壁が雨に濡れたように光り、夜になると奇妙な静けさが漂う。午前2時、ビルの最上階に位置する三浦祐一郎のオフィスから微かな物音がした。それは誰にも聞こえないはずの音だった――鈍い衝撃音、続いて何かを引きずるような音、そして静寂。
翌朝、ビルの管理人である田中(通称タナピー)がドアをノックするも応答はない。不審に思い警察に通報した際、事件は動き始めた。到着した氷室刑事は、閉ざされた密室を前に眉をひそめた。室内は異様な光景を呈していた。部屋は整理整頓されており、争った痕跡は皆無。しかし、被害者の三浦はデスクに崩れるように座っており、その喉元には深々と刺さったナイフがあった。
血はほとんど流れていなかった。代わりに、被害者の右手には1枚の紙が握られている。その紙には、次のような数字が記されていた。
「314」
氷室はその数字を見つめたが、何の意味も思いつかなかった。そして、もう一つの異常な点。ドアは内側から施錠され、鍵は部屋の中に落ちている。唯一の窓も高所であり、外部から侵入する手段は皆無だった。この密室を解明する糸口が見つからぬまま、現場は封鎖された。
その頃、渋谷の路地裏にある小さなオフィスで、瑠奈はコーヒーを飲みながらニュースを見ていた。「クロスロードビルで密室殺人」と見出しに書かれた文字を目にし、彼女は画面に目を凝らす。そしてわずかに眉を動かすと、灰皿にタバコを押し付けた。
「また、奇妙な事件ね――。」
瑠奈は立ち上がり、デスクの上にある資料を手に取る。その資料には「三浦祐一郎」の名前が記されていた。
第1章: 出会いと再会
1. 雨音と過去
翌日、冷たい雨が渋谷の街を濡らしていた。瑠奈はビルの入口前で傘を閉じ、内部へと足を踏み入れる。彼女は細身のジーンズに黒の革ジャケットを羽織り、足元は歩きやすいスニーカー。周囲を見回すと、ビルの古びたエレベーターが低い唸り声を上げているのが耳に入った。
現場はすでに警察によって封鎖されている。だが、元刑事である彼女には馴染みの顔がいた。
「瑠奈か。」
低い声が背後から聞こえた。振り向くと、そこには氷室刑事の姿があった。変わらない無表情だが、どこか疲れた目をしている。
「久しぶりね、氷室さん。もう何年ぶりかしら。」
「2年だな。」氷室は手帳を取り出しながら、そっけなく答える。「こんな場所で会うなんてな。」
瑠奈は肩をすくめる。「それが仕事だから。あなたも相変わらずみたいね。」
二人の間に、過去の出来事の重みが漂った。瑠奈が刑事を辞めた原因となった事件――それが二人を再会させるきっかけでもあった。
2. クロスロードプロジェクトの影
三浦祐一郎が最後に関わっていた「クロスロードプロジェクト」。それは渋谷の再開発を目的とした一大事業だった。しかし、その裏には複雑な利権争いや、消えた巨額の資金が噂されていた。瑠奈と氷室はそれぞれの視点からこのプロジェクトを調査し始める。
氷室は関係者からの聞き込みを開始し、まずは被害者の秘書・山城恭子を訪れる。彼女は怯えた様子で、事件に関する詳細な情報を話そうとはしなかった。一方、瑠奈は独自の情報網を使い、三浦の愛人・西園寺麻衣に接触する。麻衣はカフェの店内で、落ち着かない様子でカップを指でなぞっていた。
「三浦さんのこと、どれだけ知ってるの?」瑠奈は柔らかい口調で尋ねるが、その瞳は鋭かった。
「……私は彼のこと、本当に愛してたの。」麻衣の声は震えていた。「でも、彼が誰かに追い詰められているのを知ってた。最近はいつも、何かに怯えているみたいだったわ。」
「何に怯えてたのか、心当たりは?」
麻衣は答えようと口を開いたが、すぐに閉じた。その後、ポツリとつぶやいた。「彼、時々『クロスロードの鍵』って言葉を呟いてたの……。」
瑠奈はその言葉を反芻した。「クロスロードの鍵」――いったいそれが何を意味するのか。
第2章: 暗号と嘘
1. 消えた「鍵」
三浦祐一郎の遺した「314」という数字。
それは現場にいた刑事たちにも、どんな意味を持つのか皆目見当がつかない謎だった。しかし、氷室刑事は遺体の写真を再確認しながら、彼の手に握られていた紙片に何かしらのメッセージ性を感じ取る。
一方、瑠奈は独自に「クロスロードの鍵」という言葉について情報を集め始めた。かつて三浦が関わっていた再開発計画「クロスロードプロジェクト」に何らかの手がかりが隠されているはずだと考えたのだ。
夜の渋谷の街を歩きながら、彼女の頭は回転し続ける。人混みの中、ふと足を止め、頭上を見上げた。「クロスロードビル」のネオンがぼんやりと光っている。
「あのビルそのものが何かを隠してる可能性もあるわね……。」
そのとき、ポケットのスマートフォンが震えた。表示された名前は「氷室」。
「瑠奈か。手がかりが一つ見つかった。」
「あら、手が早いわね。」彼女はすぐに受話器を耳に当てた。「教えて。」
「被害者の周辺に関わっていた人物の一人、三浦の秘書だった山城が、過去に妙な口座の動きをしていたらしい。再開発計画の資金が流用されていた可能性がある。」
瑠奈は少し沈黙した後、興味深げに尋ねた。「それって具体的にどの口座?」
「まだ調査中だ。ただ、山城がこのプロジェクトに何らかの形で加担していたのは間違いない。」
電話を切ると、瑠奈はもう一度「クロスロードプロジェクト」の概要資料に目を通した。そこには、三浦が設計した未来的な建築デザインが鮮やかに描かれていた。だが、その裏には何か汚れたものが隠されているような感覚が拭えない。
「鍵……か。何を意味してるのかしら。」
その夜、瑠奈はもう一つの「鍵」を探すため、かつて三浦と不動産業者・高木健吾が交わしていた契約内容のコピーを引っ張り出した。そこには奇妙な一文が付け加えられていた。
「補足: 計画の最終段階で開示するための暗号は、コード314に基づく。」
瑠奈の脳裏に、現場で見たあの数字が浮かぶ。
「314……これが『鍵』そのものだとしたら?」
2. 山城恭子の嘘
翌日、瑠奈と氷室はそれぞれ別ルートで捜査を進めていた。氷室は山城恭子の尋問を試みるが、彼女は終始冷静な態度を崩さない。
「私には隠すようなことはありません。」山城は、鋭い口調で答えた。
「だが、あなたが管理していた口座には、何億という金が流れ込んでいる。それがどこに消えたのかは説明してもらう必要がある。」
氷室の問いかけに、山城は困ったように眉をひそめたが、それ以上の返答はなかった。
一方、瑠奈は山城の自宅近くを訪れていた。彼女が何かを隠していると感じた瑠奈は、周辺住民に話を聞くことで彼女の生活パターンや交友関係を探り始めた。そして、その過程で、ある奇妙な情報を耳にする。
「最近、よく知らない男が山城さんのところに来てるよ。」近所の主婦が言った。「スーツ姿の、どこかの会社の人みたいだけど、あの二人が仲良く話してるのは見たことないね。」
瑠奈はさらに調べを進め、山城の周辺に頻繁に現れる男が、不動産業者の高木健吾だということを突き止めた。
3. 暗号の一歩
夜遅く、氷室と瑠奈は事件の進展について情報を共有するため、渋谷の小さなバーで落ち合った。カウンター席で、瑠奈はウィスキーのグラスを指先でくるくる回しながら氷室を見た。
「山城と高木が裏で繋がってる可能性が高い。少なくとも、再開発の利権をめぐって何か取引があったはず。」
氷室はグラスに注がれた水割りを一口飲むと、うなずいた。「山城の動きを追えば、さらに核心に近づけるだろう。」
そのとき、氷室のスマートフォンが鳴った。部下からの連絡だった。
「第二の事件が起きた。」
二人は一瞬顔を見合わせ、同時に席を立った。
4. 第二の事件: もう一つの密室
第二の犠牲者となったのは、不動産業者・高木健吾だった。彼は自宅マンションで殺害されているのが発見された。現場はまたしても密室。
室内には高木の死体が転がっており、頭部に鈍器で殴られたような跡があった。そして、またもや奇妙な数字が残されていた。
「271」
「また数字だ……。」氷室はその紙片を手に取り、唇を引き結んだ。
一方、瑠奈は部屋をくまなく観察していたが、ある特定の部分で足を止めた。彼女の視線の先には、壁に取り付けられた小型の金庫があった。
「これが『鍵』と関係してるかもしれないわね。」瑠奈は呟いた。
事件はさらに複雑さを増し、真犯人の動機と計画が少しずつ明らかになっていく。だが、氷室と瑠奈はまだ真相にたどり着くには遠いところにいた。
第3章: 第二の犠牲者
1. 疑惑の金庫
高木健吾が殺害された現場は、前回の事件と同様に密室だった。鍵のかかった室内には、外部から侵入した痕跡は一切見つからず、ただ壁に取り付けられた金庫が異様な存在感を放っていた。瑠奈は金庫の前で腕を組み、思案していた。
「これが『クロスロードの鍵』に関係してるかもしれない。」瑠奈は低く呟き、部屋中を見回した。
金庫には鍵穴がなく、暗証番号を入力するタイプの電子ロックが備えられていた。氷室が手袋をはめた指で操作パネルに触れると、かすかに埃が落ちる。
「高木は、この金庫の中身を守るために殺されたのか?」氷室が独り言のように漏らした。
「守る? それとも、中身を狙っていた?」瑠奈は問いかけるように言った。「いずれにせよ、この金庫を開けない限り、次の手がかりは掴めない。」
現場検証が進む中、金庫の表面に何かが刻まれているのを見つけたのは瑠奈だった。刻まれていたのは数字だった。
「628」
氷室が一瞬目を細める。「314、271、そして628……数字ばかりだな。」
「数学者の夢でも見てる気分よ。」瑠奈は軽口を叩きながらも、その瞳は冷静に金庫の数字を見つめていた。
金庫を開けるには時間がかかりそうだったが、この金庫の存在自体が何かを隠しているという直感を、二人は共有していた。
2. 麻衣の真実
一方、被害者・三浦祐一郎の愛人だった西園寺麻衣は、高木が殺害されたと聞き、怯えた様子を見せていた。彼女のカフェを訪れた瑠奈は、店内で強張った表情の麻衣と向き合っていた。カウンター越しに出されたカフェラテのミルクの泡が微かに震えている。
「どうしてあなたがそこまで怯えてるのかしら?」瑠奈は穏やかだが冷たい口調で尋ねた。
麻衣は手元のマグカップを握りしめた。「私は……何も知らない。三浦さんのことも、高木さんのことも……。」
「本当にそう?」瑠奈は身を乗り出した。「あなただけが彼らに近づくことができた。三浦祐一郎はあなただけには心を許していたはず。そして、彼が怯えていた『クロスロードの鍵』について何か知っているんじゃない?」
麻衣は一瞬言葉を詰まらせた。だが、涙目で視線を落としながら、小さな声で答えた。「三浦さんは、何か大きな秘密を抱えていたわ。それが彼を追い詰めていたのも知ってる。でも、私はその詳細までは……ただ……」
「ただ?」瑠奈が促す。
「彼、ある時、こう言ってたの。『クロスロードの鍵は過去の罪を清算するためのものだ』って。」
「過去の罪?」瑠奈の目が細められる。その言葉が意味するものを考えるが、断片的な情報ばかりで全体像が見えない。
「私は、怖いのよ……。次は私が狙われるんじゃないかって。」麻衣は肩を震わせながら続けた。「どうか私を守って……お願い。」
瑠奈は一瞬彼女を見つめたが、無言で席を立った。「守るためには、もっと話してもらう必要があるわ。」
3. 数字の謎
翌日、捜査本部では集まった数字の意味を巡って議論が進んでいた。
314、271、628――これらは単なる無作為な数字なのか、それとも何かの暗号なのか。
瑠奈は捜査会議の横で、机に数字を並べ、ひとり考え込んでいた。
「円周率……違うわね。」
「座標かもしれない。」氷室が傍らで提案する。「緯度や経度の一部を切り取った数字に見えなくもない。」
瑠奈は頷きながらメモを取る。「可能性はあるわね。ただ、現時点ではこれを証明する材料が足りない。」
そこに捜査員の一人が慌てて駆け寄ってきた。「氷室さん、瑠奈さん、金庫が開きました。」
二人は立ち上がり、高木健吾のマンションへ急行した。開かれた金庫の中に入っていたのは、一冊の古びた日記帳だった。それは革張りのカバーがついた、手触りの良い品だった。表紙には名前が記されていた。
「三浦祐一郎」
「三浦本人の日記帳?」氷室が疑念を込めて呟いた。
瑠奈はページを開き、中を確認する。最初の数ページは平凡な日常が記されていたが、やがて内容が変化し始めた。「過去の罪」「清算」「裏切り」など、不穏な言葉が目立ち始める。
あるページに、大きな文字でこう書かれていた。
「314 - 最初の扉」
「これが、『クロスロードの鍵』の正体に繋がるものか……?」瑠奈はそう呟きながら、目を細めた。
4. 真犯人の影
金庫の中から見つかった日記帳には、驚くべき記述が続いていた。特に気になるのは、三浦が関わっていた再開発計画の初期段階で、不動産業者や建設会社と裏取引をしていたことが記されていた部分だ。しかも、その取引の結果、ある建設現場で労働者が事故死していることが明らかになった。
「三浦が抱えていた罪というのは、この事故のことか?」氷室はページを指差しながら言った。
瑠奈は否定するように首を振った。「事故そのものは表向きの事件かもしれない。でも、この裏にもっと大きなものが隠されてるはず。」
「それが『クロスロードの鍵』……?」
日記を読み進める二人だったが、ある時点で内容が唐突に途切れていた。最後のページにはただ一言だけ書かれていた。
「鍵は未来を開く」
その瞬間、氷室のスマートフォンが再び鳴った。部下からの緊急連絡だった。
「氷室さん、大変です! 新たな容疑者が現れました……!」
第4章: 隠された真実
1. 20年前の因縁
渋谷の再開発計画「クロスロードプロジェクト」は、単なる都市計画ではなかった。その背後には、不動産利権や大企業同士の癒着、さらには隠蔽された「事件」が横たわっていた。そして、その「事件」は20年前に遡る。
氷室と瑠奈は、金庫から見つかった三浦祐一郎の日記を手がかりに、20年前の出来事を調べ始めた。その過程で、二人は「クロスロードプロジェクト」の初期段階において起きた建設現場での労働者の死亡事故が、実際には単なる事故ではなく、故意に仕組まれたものだった可能性に気付く。
その事故で命を落とした労働者は、秋月誠(あきづき まこと)――瑠奈の失踪した兄だった。
「まさか……兄がこの事件に関係していたなんて。」瑠奈は呆然と呟いた。
氷室は言葉を選びながら告げる。「まだ仮説の段階だ。だが、このプロジェクトに深く関わっていたのが三浦だったことは間違いない。そして……お前の兄がその『清算』の犠牲者だった可能性が高い。」
瑠奈の拳が震える。「なら、これは単なる殺人事件なんかじゃないわ。兄の名誉を取り戻すためにも、この真相を暴かないと。」
2. 麻衣の裏切り
その夜、瑠奈は再び西園寺麻衣のカフェを訪れた。麻衣は以前にも増して怯えた様子を見せていたが、瑠奈は冷徹な視線を彼女に向けた。
「あなた、本当に何も知らないの?」瑠奈の声は冷たく響いた。「三浦が遺した数字、そして『クロスロードの鍵』――その全てを知っているような顔をしてるけど。」
麻衣は目を伏せたまま震えていたが、瑠奈の追及に耐えきれず口を開いた。
「……知ってたわ。三浦さんが何か大きな秘密を抱えていたのは。でも、それを知ったのは彼が亡くなる少し前のこと。」
「具体的には?」瑠奈は一歩踏み込むように尋ねた。
麻衣は涙を浮かべながら告白した。「三浦さんは私に言ったの。『もし何かあったら、金庫を開けてくれ』って。でも私は怖くて……何もできなかったの。」
「あなたは、彼を愛していたと言いながら何も行動しなかったのね。」瑠奈の言葉には、どこか厳しい響きがあった。
その時、瑠奈のスマートフォンが振動した。画面を見ると、氷室からのメッセージが表示されていた。
「麻衣が裏で誰かと接触している可能性あり。高木と繋がっていたかも。注意しろ。」
瑠奈は目の前の麻衣を鋭く見つめ直した。彼女の震える手と伏せた目。その姿は被害者を装う仮面だったのかもしれない。
「……あなた、本当に関係ないの?」瑠奈の問いに、麻衣は答えなかった。
3. 第三の犠牲者
その翌朝、瑠奈が警察署に向かおうとする途中、再び氷室からの緊急連絡が入った。
「瑠奈、第三の犠牲者が出た。山城恭子だ。」
「山城が……?」瑠奈は驚きの声を漏らした。
被害者の山城恭子は、三浦祐一郎の秘書として「クロスロードプロジェクト」の核心に関わっていた人物だ。現場は、彼女が住んでいたアパートの一室。ドアはまたも内側から鍵がかけられており、外部から侵入した痕跡は一切見当たらない。そして、彼女の右手にはまたしても紙片が握られていた。
そこに記されていた数字は――
「131」
「また数字だ……。」氷室が小さく呟いた。
山城の部屋には異様なほどの整理整頓がなされており、争った形跡もほとんど見当たらない。だが、部屋の片隅にあったノートPCの画面には、彼女が最後に入力していたデータがそのまま表示されていた。
そのデータには、**『クロスロードプロジェクトの黒幕』**として、ある一人の名前が記されていた――
「H」
4. 暗号の解読
三つの数字――314、271、131。そして金庫から見つかった628。これらが一連の事件の核心を解く鍵であることは間違いなかった。
瑠奈は事件現場の記録と、被害者たちの関係図を並べながら推理を進めていた。氷室が横で呟く。
「これ、どうやら座標や数字の羅列ってわけじゃなさそうだな。」
「そうね。」瑠奈も頷いた。「むしろ、この数字には順序がある。そして、その順序を正しく解釈しないと扉を開ける『鍵』にならない。」
「つまり?」
「この数字が表しているのは、地図じゃなくて“記憶”よ。」瑠奈の目が鋭く光った。「三浦祐一郎が自分の罪を清算するために、事件の真相を知る者たちの記憶に隠した『真実』。」
氷室は瑠奈の言葉に驚きを隠せなかった。
「じゃあ、この数字の順番通りに誰かの記録や痕跡を辿れば、答えにたどり着くということか?」
「そう。ただし……次の“鍵”がどこに隠されているかは、まだ分からない。」
5. 真犯人の影
その夜、瑠奈はクロスロードビルの最上階にいた。三浦が殺害されたオフィスにもう一度足を踏み入れることで、何かを掴めると感じていたのだ。
部屋に残るわずかな血痕、そしてデスクに置かれた設計図。設計図の中に、ある“印”があることに気づいた瑠奈は息を呑んだ。
「これが……クロスロードの鍵?」
同時刻、氷室は山城恭子のデータを解析し、ついに背後に潜む“黒幕”の正体を掴み始めていた。そこに浮かび上がるのは、「H」のイニシャルを持つ人物の存在。
「Hとは誰だ……?」氷室が自問する中、背後に忍び寄る気配があった――。
第5章: 最後の対決
1. 「H」の正体
氷室は山城恭子のデータを解析した結果、ついに「H」の正体を突き止めた。その人物の名前を見た瞬間、氷室は信じられない思いに囚われた。背後で鳴り響くキーボードの音も止まり、警察署の一室に一瞬の静寂が訪れた。
「日高 修一郎(ひだか しゅういちろう)」――渋谷の再開発計画に最も深く関与した実業家。
日高は三浦祐一郎の古くからのビジネスパートナーであり、「クロスロードプロジェクト」の発案者とも言える人物だった。しかし、彼の名前はこれまでの捜査では一切挙がってこなかった。それは、日高が自らの存在を意図的に隠していたためだ。
氷室はすぐに部下たちを集め、日高の行方を追うよう指示を出した。しかし、その時、日高本人から突然の電話が氷室のスマートフォンにかかってきた。
「氷室刑事か。」
低く冷たい声が受話器越しに響く。
「……日高修一郎か。」氷室は表情を変えず、受話器を握りしめた。
「話したいことがある。だが、その前に君たちには“鍵”の最後の場所を見つけてもらわないといけない。」
日高の声は不気味なほど落ち着いていた。
「クロスロードビルの地下だ。」
電話が切れると同時に、氷室は緊張した面持ちで瑠奈に連絡を取った。彼女も既に「クロスロードの鍵」の真相に近づいているはずだと感じていた。
2. 地下の真実
瑠奈はクロスロードビルの最上階で手に入れた設計図に目を通していた。その図面には、ビルの地下に通常の設計図には載らない「隠しフロア」の存在が示されていた。
「隠しフロア……ここに何があるの?」瑠奈は設計図を折りたたみながら、地下へ向かう階段を探し始めた。
クロスロードビルの地下に降りると、空気は急激に冷たくなり、湿った臭いが鼻を突いた。瑠奈は薄暗い廊下を懐中電灯で照らしながら慎重に歩を進める。
やがて彼女が辿り着いたのは、頑丈な鉄の扉だった。その扉には数字を入力するキーパッドが取り付けられており、入力の待機状態を示す赤いランプが点滅している。
「314、271、131、628……。」
瑠奈はこれまでに集めた数字を並べ、暗証番号を試した。
「……よし。」
最後の入力で赤いランプが緑に変わり、扉が重々しい音を立てて開いた。中に広がっていたのは、小さな暗い部屋だった。壁には古びた木の棚がいくつも並び、そこには段ボールや書類が乱雑に積まれている。その中央に、三浦祐一郎の遺品と思われる箱が置かれていた。
箱の中を確認すると、一枚の古い写真が出てきた。それは、20年前の建設現場で撮影されたもので、三浦祐一郎と日高修一郎、そして複数の作業員たちが写っていた。だが、写真の右端に立つ人物を見た瞬間、瑠奈の体が凍りついた。
そこに写っていたのは、彼女の兄・秋月誠だった。
3. 日高の動機
瑠奈が写真を手にした直後、背後で足音が響いた。振り返ると、そこには日高修一郎が立っていた。黒いスーツを着たその姿は威圧感に満ちていた。
「やっとたどり着いたようだな、秋月探偵。」
瑠奈は写真を握りしめながら冷たい視線を向けた。「これはどういうこと?」
「それが“クロスロードの鍵”だ。」日高はゆっくりと手を広げ、周囲を指差した。「再開発計画の名の下で行われた全ての罪、その象徴だよ。」
「兄は……兄はなぜこの場所にいたの?」瑠奈は声を震わせながら問い詰めた。
日高は無表情のまま答えた。「彼は邪魔者だった。私たちが進めていた計画に気付き、労働者たちの安全管理を訴え始めた。そしてある日、“事故”が起きた。それだけの話だ。」
「事故じゃない……殺したのね。」瑠奈の瞳には怒りの炎が宿っていた。
日高は静かに頷いた。「そうだ。三浦と私で仕組んだことだ。だが、三浦は愚かだった。罪悪感に苛まれ、このプロジェクトの秘密を誰かに伝えようとしていた。」
「だから三浦を殺したの?」瑠奈が鋭く問いかけると、日高は薄く笑った。
「その通りだ。だが三浦だけじゃなかった。私に反抗する者は全て消す必要があった。」
その瞬間、瑠奈は日高が連続殺人事件の全ての背後にいたことを確信した。
4. 最後の対決
その時、地下室に氷室が駆け込んできた。拳銃を構え、日高に向ける。
「動くな、日高。」
日高は動じた様子もなく、薄く笑った。「さすがは優秀な刑事だな。だが、この罪を背負えるのか?」
「罪を裁くのは俺たちの仕事だ。」氷室の声は冷静だった。
「裁く?」日高は低く笑い始めた。「私は裁かれないさ。私が消えることなど、渋谷の街は許さないだろう。」
その言葉に瑠奈は怒りを爆発させ、日高に詰め寄った。「許さないのは、あなたが奪った命たちよ!」
日高は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべる。しかし、瑠奈の拳が彼の顔面を捉え、その笑みを吹き飛ばした。
5. 真実と清算
日高はその場で逮捕され、20年前の事故と現在の連続殺人事件の全ての真相が明らかにされた。三浦祐一郎は罪悪感に耐えきれず、真相を公にしようとしていたが、それが彼の命を奪うきっかけになった。そして、20年前の「クロスロードプロジェクト」による労働者の死亡事故――それが瑠奈の兄、秋月誠の命を奪った「真実」だった。
事件が終わり、瑠奈は兄の写真を見つめながら静かに涙を流した。氷室はそんな彼女の肩に手を置き、言葉をかけた。
「終わったな。」
瑠奈は小さく頷いた。「ええ。でも、兄のためにも私はこれからも進む。」
氷室は微笑み、「またどこかで会おう」と言い残して去っていった。
エピローグ
渋谷の街はいつもの喧騒を取り戻していた。瑠奈は兄の遺影を手に墓参りを済ませ、新しい依頼人のもとへと向かう。彼女の探偵としての旅はまだ続いていく。
一方、氷室もまた新たな事件の捜査に身を投じていたが、どこかで瑠奈との再会を期待している自分に気付くのだった。
そして、ビルの片隅で風に揺れる「クロスロードプロジェクト」の古びた設計図。それは、街に残る罪の痕跡を静かに物語っていた。
絡み合う人間関係、欺瞞の中に隠された真実、そして第二の事件が起きた時、二人は重大な事実に直面する。それは密室の謎以上に恐ろしい、過去の因縁と、彼ら自身の選択を問う罠だった。真実が明らかになった時、浮かび上がるのは一人の人間の究極の絶望と執念。果たして、彼らはこの迷宮から抜け出せるのか?
主な登場人物
秋月 瑠奈(あきづき るな)
性別: 女性
年齢: 34歳
職業: 私立探偵(元警視庁刑事)
特徴: ショートボブの黒髪、切れ長の瞳。辛辣な口調だが冷静な観察眼を持つ。失踪した兄の謎を追って探偵業を始めた。
性格: 冷静沈着で現実主義。過去の失敗への後悔から、感情を抑える傾向がある。
趣味: クラシック音楽鑑賞(特にショパン)
好きな飲み物: ブラックコーヒー
氷室 拓真(ひむろ たくま)
性別: 男性
年齢: 38歳
職業: 警視庁捜査一課の刑事
特徴: 長身でがっしりした体格、短く刈り込んだ髪型。真面目で口数が少ないが鋭い洞察力を持つ。
性格: 不器用でぶっきらぼうだが、内面は情に厚い。瑠奈とは過去の事件で知り合い、信頼し合う仲。
趣味: 料理(和食が得意)
好きな飲み物: 緑茶
三浦 祐一郎(みうら ゆういちろう)
性別: 男性
年齢: 52歳
職業: 建築家
特徴: 被害者。成功者だが敵も多い。渋谷再開発計画「クロスロードプロジェクト」の中心人物。死の直前、何者かに「裏切り者」と呼ばれていた。
西園寺 麻衣(さいおんじ まい)
性別: 女性
年齢: 29歳
職業: カフェ経営者(被害者の愛人)
特徴: 明るく愛嬌があるが、どこか影を感じさせる美貌の持ち主。被害者との秘密の関係を抱えている。
高木 健吾(たかぎ けんご)
性別: 男性
年齢: 41歳
職業: 渋谷の不動産業者
特徴: 冷酷で計算高い性格。三浦と金銭トラブルを抱えていた一人。
山城 恭子(やましろ きょうこ)
性別: 女性
年齢: 48歳
職業: 三浦の秘書
特徴: 無口で冷徹な印象を与えるが、三浦の信頼を一身に受けていた。彼の死後も何かを隠しているような素振りが見える。
プロット
プロローグ
渋谷の雑居ビル「クロスロードビル」で三浦祐一郎の死体が発見される。現場は密室で、鍵は内側からかけられており、唯一の窓も外側から侵入不可能。被害者の手には謎の数字が記された紙片が握られていた。警察の捜査が進む中、元刑事の瑠奈は独自に調査を開始する。
第1章: 出会いと再会
瑠奈と氷室が再び顔を合わせる。二人は過去の事件以来の再会だった。瑠奈は被害者が抱えていた「クロスロードプロジェクト」に注目し、再開発計画の裏に隠された利権争いを掘り下げる。次第に、三浦を恨む関係者の存在が浮かび上がる。
第2章: 暗号と嘘
被害者が遺した暗号を解読する過程で、瑠奈と氷室は互いに隠された事実に直面する。一方で、被害者の愛人だった麻衣や、不動産業者の高木ら容疑者たちのアリバイが次々と崩れていく。
第3章: 第二の犠牲者
容疑者の一人が突然の死を遂げる。彼の死もまた密室であり、同じ暗号が現場に残されていた。連続する不可解な事件により、二人の捜査は混迷を深める。
第4章: 隠された真実
事件の裏に、20年前の未解決事件との繋がりがあることが明らかになる。それは、瑠奈の兄の失踪と密接に関係していた。
第5章: 最後の対決
瑠奈と氷室は真犯人の正体にたどり着く。しかし、真犯人の目的は彼らが想像していたものを遥かに超えていた。迷宮の謎が解かれると同時に、真犯人の動機に隠された深い絶望が露わになる。
エピローグ
事件は解決するが、瑠奈と氷室の心にはそれぞれの傷が残る。新たな一歩を踏み出そうとする二人は、再び交差する運命を暗示させる形で物語を締めくくる。
プロローグ: 夜明け前の密室
渋谷の中心地にそびえる「クロスロードビル」は、再開発計画の象徴だった。その雑居ビルは、古いコンクリートの壁が雨に濡れたように光り、夜になると奇妙な静けさが漂う。午前2時、ビルの最上階に位置する三浦祐一郎のオフィスから微かな物音がした。それは誰にも聞こえないはずの音だった――鈍い衝撃音、続いて何かを引きずるような音、そして静寂。
翌朝、ビルの管理人である田中(通称タナピー)がドアをノックするも応答はない。不審に思い警察に通報した際、事件は動き始めた。到着した氷室刑事は、閉ざされた密室を前に眉をひそめた。室内は異様な光景を呈していた。部屋は整理整頓されており、争った痕跡は皆無。しかし、被害者の三浦はデスクに崩れるように座っており、その喉元には深々と刺さったナイフがあった。
血はほとんど流れていなかった。代わりに、被害者の右手には1枚の紙が握られている。その紙には、次のような数字が記されていた。
「314」
氷室はその数字を見つめたが、何の意味も思いつかなかった。そして、もう一つの異常な点。ドアは内側から施錠され、鍵は部屋の中に落ちている。唯一の窓も高所であり、外部から侵入する手段は皆無だった。この密室を解明する糸口が見つからぬまま、現場は封鎖された。
その頃、渋谷の路地裏にある小さなオフィスで、瑠奈はコーヒーを飲みながらニュースを見ていた。「クロスロードビルで密室殺人」と見出しに書かれた文字を目にし、彼女は画面に目を凝らす。そしてわずかに眉を動かすと、灰皿にタバコを押し付けた。
「また、奇妙な事件ね――。」
瑠奈は立ち上がり、デスクの上にある資料を手に取る。その資料には「三浦祐一郎」の名前が記されていた。
第1章: 出会いと再会
1. 雨音と過去
翌日、冷たい雨が渋谷の街を濡らしていた。瑠奈はビルの入口前で傘を閉じ、内部へと足を踏み入れる。彼女は細身のジーンズに黒の革ジャケットを羽織り、足元は歩きやすいスニーカー。周囲を見回すと、ビルの古びたエレベーターが低い唸り声を上げているのが耳に入った。
現場はすでに警察によって封鎖されている。だが、元刑事である彼女には馴染みの顔がいた。
「瑠奈か。」
低い声が背後から聞こえた。振り向くと、そこには氷室刑事の姿があった。変わらない無表情だが、どこか疲れた目をしている。
「久しぶりね、氷室さん。もう何年ぶりかしら。」
「2年だな。」氷室は手帳を取り出しながら、そっけなく答える。「こんな場所で会うなんてな。」
瑠奈は肩をすくめる。「それが仕事だから。あなたも相変わらずみたいね。」
二人の間に、過去の出来事の重みが漂った。瑠奈が刑事を辞めた原因となった事件――それが二人を再会させるきっかけでもあった。
2. クロスロードプロジェクトの影
三浦祐一郎が最後に関わっていた「クロスロードプロジェクト」。それは渋谷の再開発を目的とした一大事業だった。しかし、その裏には複雑な利権争いや、消えた巨額の資金が噂されていた。瑠奈と氷室はそれぞれの視点からこのプロジェクトを調査し始める。
氷室は関係者からの聞き込みを開始し、まずは被害者の秘書・山城恭子を訪れる。彼女は怯えた様子で、事件に関する詳細な情報を話そうとはしなかった。一方、瑠奈は独自の情報網を使い、三浦の愛人・西園寺麻衣に接触する。麻衣はカフェの店内で、落ち着かない様子でカップを指でなぞっていた。
「三浦さんのこと、どれだけ知ってるの?」瑠奈は柔らかい口調で尋ねるが、その瞳は鋭かった。
「……私は彼のこと、本当に愛してたの。」麻衣の声は震えていた。「でも、彼が誰かに追い詰められているのを知ってた。最近はいつも、何かに怯えているみたいだったわ。」
「何に怯えてたのか、心当たりは?」
麻衣は答えようと口を開いたが、すぐに閉じた。その後、ポツリとつぶやいた。「彼、時々『クロスロードの鍵』って言葉を呟いてたの……。」
瑠奈はその言葉を反芻した。「クロスロードの鍵」――いったいそれが何を意味するのか。
第2章: 暗号と嘘
1. 消えた「鍵」
三浦祐一郎の遺した「314」という数字。
それは現場にいた刑事たちにも、どんな意味を持つのか皆目見当がつかない謎だった。しかし、氷室刑事は遺体の写真を再確認しながら、彼の手に握られていた紙片に何かしらのメッセージ性を感じ取る。
一方、瑠奈は独自に「クロスロードの鍵」という言葉について情報を集め始めた。かつて三浦が関わっていた再開発計画「クロスロードプロジェクト」に何らかの手がかりが隠されているはずだと考えたのだ。
夜の渋谷の街を歩きながら、彼女の頭は回転し続ける。人混みの中、ふと足を止め、頭上を見上げた。「クロスロードビル」のネオンがぼんやりと光っている。
「あのビルそのものが何かを隠してる可能性もあるわね……。」
そのとき、ポケットのスマートフォンが震えた。表示された名前は「氷室」。
「瑠奈か。手がかりが一つ見つかった。」
「あら、手が早いわね。」彼女はすぐに受話器を耳に当てた。「教えて。」
「被害者の周辺に関わっていた人物の一人、三浦の秘書だった山城が、過去に妙な口座の動きをしていたらしい。再開発計画の資金が流用されていた可能性がある。」
瑠奈は少し沈黙した後、興味深げに尋ねた。「それって具体的にどの口座?」
「まだ調査中だ。ただ、山城がこのプロジェクトに何らかの形で加担していたのは間違いない。」
電話を切ると、瑠奈はもう一度「クロスロードプロジェクト」の概要資料に目を通した。そこには、三浦が設計した未来的な建築デザインが鮮やかに描かれていた。だが、その裏には何か汚れたものが隠されているような感覚が拭えない。
「鍵……か。何を意味してるのかしら。」
その夜、瑠奈はもう一つの「鍵」を探すため、かつて三浦と不動産業者・高木健吾が交わしていた契約内容のコピーを引っ張り出した。そこには奇妙な一文が付け加えられていた。
「補足: 計画の最終段階で開示するための暗号は、コード314に基づく。」
瑠奈の脳裏に、現場で見たあの数字が浮かぶ。
「314……これが『鍵』そのものだとしたら?」
2. 山城恭子の嘘
翌日、瑠奈と氷室はそれぞれ別ルートで捜査を進めていた。氷室は山城恭子の尋問を試みるが、彼女は終始冷静な態度を崩さない。
「私には隠すようなことはありません。」山城は、鋭い口調で答えた。
「だが、あなたが管理していた口座には、何億という金が流れ込んでいる。それがどこに消えたのかは説明してもらう必要がある。」
氷室の問いかけに、山城は困ったように眉をひそめたが、それ以上の返答はなかった。
一方、瑠奈は山城の自宅近くを訪れていた。彼女が何かを隠していると感じた瑠奈は、周辺住民に話を聞くことで彼女の生活パターンや交友関係を探り始めた。そして、その過程で、ある奇妙な情報を耳にする。
「最近、よく知らない男が山城さんのところに来てるよ。」近所の主婦が言った。「スーツ姿の、どこかの会社の人みたいだけど、あの二人が仲良く話してるのは見たことないね。」
瑠奈はさらに調べを進め、山城の周辺に頻繁に現れる男が、不動産業者の高木健吾だということを突き止めた。
3. 暗号の一歩
夜遅く、氷室と瑠奈は事件の進展について情報を共有するため、渋谷の小さなバーで落ち合った。カウンター席で、瑠奈はウィスキーのグラスを指先でくるくる回しながら氷室を見た。
「山城と高木が裏で繋がってる可能性が高い。少なくとも、再開発の利権をめぐって何か取引があったはず。」
氷室はグラスに注がれた水割りを一口飲むと、うなずいた。「山城の動きを追えば、さらに核心に近づけるだろう。」
そのとき、氷室のスマートフォンが鳴った。部下からの連絡だった。
「第二の事件が起きた。」
二人は一瞬顔を見合わせ、同時に席を立った。
4. 第二の事件: もう一つの密室
第二の犠牲者となったのは、不動産業者・高木健吾だった。彼は自宅マンションで殺害されているのが発見された。現場はまたしても密室。
室内には高木の死体が転がっており、頭部に鈍器で殴られたような跡があった。そして、またもや奇妙な数字が残されていた。
「271」
「また数字だ……。」氷室はその紙片を手に取り、唇を引き結んだ。
一方、瑠奈は部屋をくまなく観察していたが、ある特定の部分で足を止めた。彼女の視線の先には、壁に取り付けられた小型の金庫があった。
「これが『鍵』と関係してるかもしれないわね。」瑠奈は呟いた。
事件はさらに複雑さを増し、真犯人の動機と計画が少しずつ明らかになっていく。だが、氷室と瑠奈はまだ真相にたどり着くには遠いところにいた。
第3章: 第二の犠牲者
1. 疑惑の金庫
高木健吾が殺害された現場は、前回の事件と同様に密室だった。鍵のかかった室内には、外部から侵入した痕跡は一切見つからず、ただ壁に取り付けられた金庫が異様な存在感を放っていた。瑠奈は金庫の前で腕を組み、思案していた。
「これが『クロスロードの鍵』に関係してるかもしれない。」瑠奈は低く呟き、部屋中を見回した。
金庫には鍵穴がなく、暗証番号を入力するタイプの電子ロックが備えられていた。氷室が手袋をはめた指で操作パネルに触れると、かすかに埃が落ちる。
「高木は、この金庫の中身を守るために殺されたのか?」氷室が独り言のように漏らした。
「守る? それとも、中身を狙っていた?」瑠奈は問いかけるように言った。「いずれにせよ、この金庫を開けない限り、次の手がかりは掴めない。」
現場検証が進む中、金庫の表面に何かが刻まれているのを見つけたのは瑠奈だった。刻まれていたのは数字だった。
「628」
氷室が一瞬目を細める。「314、271、そして628……数字ばかりだな。」
「数学者の夢でも見てる気分よ。」瑠奈は軽口を叩きながらも、その瞳は冷静に金庫の数字を見つめていた。
金庫を開けるには時間がかかりそうだったが、この金庫の存在自体が何かを隠しているという直感を、二人は共有していた。
2. 麻衣の真実
一方、被害者・三浦祐一郎の愛人だった西園寺麻衣は、高木が殺害されたと聞き、怯えた様子を見せていた。彼女のカフェを訪れた瑠奈は、店内で強張った表情の麻衣と向き合っていた。カウンター越しに出されたカフェラテのミルクの泡が微かに震えている。
「どうしてあなたがそこまで怯えてるのかしら?」瑠奈は穏やかだが冷たい口調で尋ねた。
麻衣は手元のマグカップを握りしめた。「私は……何も知らない。三浦さんのことも、高木さんのことも……。」
「本当にそう?」瑠奈は身を乗り出した。「あなただけが彼らに近づくことができた。三浦祐一郎はあなただけには心を許していたはず。そして、彼が怯えていた『クロスロードの鍵』について何か知っているんじゃない?」
麻衣は一瞬言葉を詰まらせた。だが、涙目で視線を落としながら、小さな声で答えた。「三浦さんは、何か大きな秘密を抱えていたわ。それが彼を追い詰めていたのも知ってる。でも、私はその詳細までは……ただ……」
「ただ?」瑠奈が促す。
「彼、ある時、こう言ってたの。『クロスロードの鍵は過去の罪を清算するためのものだ』って。」
「過去の罪?」瑠奈の目が細められる。その言葉が意味するものを考えるが、断片的な情報ばかりで全体像が見えない。
「私は、怖いのよ……。次は私が狙われるんじゃないかって。」麻衣は肩を震わせながら続けた。「どうか私を守って……お願い。」
瑠奈は一瞬彼女を見つめたが、無言で席を立った。「守るためには、もっと話してもらう必要があるわ。」
3. 数字の謎
翌日、捜査本部では集まった数字の意味を巡って議論が進んでいた。
314、271、628――これらは単なる無作為な数字なのか、それとも何かの暗号なのか。
瑠奈は捜査会議の横で、机に数字を並べ、ひとり考え込んでいた。
「円周率……違うわね。」
「座標かもしれない。」氷室が傍らで提案する。「緯度や経度の一部を切り取った数字に見えなくもない。」
瑠奈は頷きながらメモを取る。「可能性はあるわね。ただ、現時点ではこれを証明する材料が足りない。」
そこに捜査員の一人が慌てて駆け寄ってきた。「氷室さん、瑠奈さん、金庫が開きました。」
二人は立ち上がり、高木健吾のマンションへ急行した。開かれた金庫の中に入っていたのは、一冊の古びた日記帳だった。それは革張りのカバーがついた、手触りの良い品だった。表紙には名前が記されていた。
「三浦祐一郎」
「三浦本人の日記帳?」氷室が疑念を込めて呟いた。
瑠奈はページを開き、中を確認する。最初の数ページは平凡な日常が記されていたが、やがて内容が変化し始めた。「過去の罪」「清算」「裏切り」など、不穏な言葉が目立ち始める。
あるページに、大きな文字でこう書かれていた。
「314 - 最初の扉」
「これが、『クロスロードの鍵』の正体に繋がるものか……?」瑠奈はそう呟きながら、目を細めた。
4. 真犯人の影
金庫の中から見つかった日記帳には、驚くべき記述が続いていた。特に気になるのは、三浦が関わっていた再開発計画の初期段階で、不動産業者や建設会社と裏取引をしていたことが記されていた部分だ。しかも、その取引の結果、ある建設現場で労働者が事故死していることが明らかになった。
「三浦が抱えていた罪というのは、この事故のことか?」氷室はページを指差しながら言った。
瑠奈は否定するように首を振った。「事故そのものは表向きの事件かもしれない。でも、この裏にもっと大きなものが隠されてるはず。」
「それが『クロスロードの鍵』……?」
日記を読み進める二人だったが、ある時点で内容が唐突に途切れていた。最後のページにはただ一言だけ書かれていた。
「鍵は未来を開く」
その瞬間、氷室のスマートフォンが再び鳴った。部下からの緊急連絡だった。
「氷室さん、大変です! 新たな容疑者が現れました……!」
第4章: 隠された真実
1. 20年前の因縁
渋谷の再開発計画「クロスロードプロジェクト」は、単なる都市計画ではなかった。その背後には、不動産利権や大企業同士の癒着、さらには隠蔽された「事件」が横たわっていた。そして、その「事件」は20年前に遡る。
氷室と瑠奈は、金庫から見つかった三浦祐一郎の日記を手がかりに、20年前の出来事を調べ始めた。その過程で、二人は「クロスロードプロジェクト」の初期段階において起きた建設現場での労働者の死亡事故が、実際には単なる事故ではなく、故意に仕組まれたものだった可能性に気付く。
その事故で命を落とした労働者は、秋月誠(あきづき まこと)――瑠奈の失踪した兄だった。
「まさか……兄がこの事件に関係していたなんて。」瑠奈は呆然と呟いた。
氷室は言葉を選びながら告げる。「まだ仮説の段階だ。だが、このプロジェクトに深く関わっていたのが三浦だったことは間違いない。そして……お前の兄がその『清算』の犠牲者だった可能性が高い。」
瑠奈の拳が震える。「なら、これは単なる殺人事件なんかじゃないわ。兄の名誉を取り戻すためにも、この真相を暴かないと。」
2. 麻衣の裏切り
その夜、瑠奈は再び西園寺麻衣のカフェを訪れた。麻衣は以前にも増して怯えた様子を見せていたが、瑠奈は冷徹な視線を彼女に向けた。
「あなた、本当に何も知らないの?」瑠奈の声は冷たく響いた。「三浦が遺した数字、そして『クロスロードの鍵』――その全てを知っているような顔をしてるけど。」
麻衣は目を伏せたまま震えていたが、瑠奈の追及に耐えきれず口を開いた。
「……知ってたわ。三浦さんが何か大きな秘密を抱えていたのは。でも、それを知ったのは彼が亡くなる少し前のこと。」
「具体的には?」瑠奈は一歩踏み込むように尋ねた。
麻衣は涙を浮かべながら告白した。「三浦さんは私に言ったの。『もし何かあったら、金庫を開けてくれ』って。でも私は怖くて……何もできなかったの。」
「あなたは、彼を愛していたと言いながら何も行動しなかったのね。」瑠奈の言葉には、どこか厳しい響きがあった。
その時、瑠奈のスマートフォンが振動した。画面を見ると、氷室からのメッセージが表示されていた。
「麻衣が裏で誰かと接触している可能性あり。高木と繋がっていたかも。注意しろ。」
瑠奈は目の前の麻衣を鋭く見つめ直した。彼女の震える手と伏せた目。その姿は被害者を装う仮面だったのかもしれない。
「……あなた、本当に関係ないの?」瑠奈の問いに、麻衣は答えなかった。
3. 第三の犠牲者
その翌朝、瑠奈が警察署に向かおうとする途中、再び氷室からの緊急連絡が入った。
「瑠奈、第三の犠牲者が出た。山城恭子だ。」
「山城が……?」瑠奈は驚きの声を漏らした。
被害者の山城恭子は、三浦祐一郎の秘書として「クロスロードプロジェクト」の核心に関わっていた人物だ。現場は、彼女が住んでいたアパートの一室。ドアはまたも内側から鍵がかけられており、外部から侵入した痕跡は一切見当たらない。そして、彼女の右手にはまたしても紙片が握られていた。
そこに記されていた数字は――
「131」
「また数字だ……。」氷室が小さく呟いた。
山城の部屋には異様なほどの整理整頓がなされており、争った形跡もほとんど見当たらない。だが、部屋の片隅にあったノートPCの画面には、彼女が最後に入力していたデータがそのまま表示されていた。
そのデータには、**『クロスロードプロジェクトの黒幕』**として、ある一人の名前が記されていた――
「H」
4. 暗号の解読
三つの数字――314、271、131。そして金庫から見つかった628。これらが一連の事件の核心を解く鍵であることは間違いなかった。
瑠奈は事件現場の記録と、被害者たちの関係図を並べながら推理を進めていた。氷室が横で呟く。
「これ、どうやら座標や数字の羅列ってわけじゃなさそうだな。」
「そうね。」瑠奈も頷いた。「むしろ、この数字には順序がある。そして、その順序を正しく解釈しないと扉を開ける『鍵』にならない。」
「つまり?」
「この数字が表しているのは、地図じゃなくて“記憶”よ。」瑠奈の目が鋭く光った。「三浦祐一郎が自分の罪を清算するために、事件の真相を知る者たちの記憶に隠した『真実』。」
氷室は瑠奈の言葉に驚きを隠せなかった。
「じゃあ、この数字の順番通りに誰かの記録や痕跡を辿れば、答えにたどり着くということか?」
「そう。ただし……次の“鍵”がどこに隠されているかは、まだ分からない。」
5. 真犯人の影
その夜、瑠奈はクロスロードビルの最上階にいた。三浦が殺害されたオフィスにもう一度足を踏み入れることで、何かを掴めると感じていたのだ。
部屋に残るわずかな血痕、そしてデスクに置かれた設計図。設計図の中に、ある“印”があることに気づいた瑠奈は息を呑んだ。
「これが……クロスロードの鍵?」
同時刻、氷室は山城恭子のデータを解析し、ついに背後に潜む“黒幕”の正体を掴み始めていた。そこに浮かび上がるのは、「H」のイニシャルを持つ人物の存在。
「Hとは誰だ……?」氷室が自問する中、背後に忍び寄る気配があった――。
第5章: 最後の対決
1. 「H」の正体
氷室は山城恭子のデータを解析した結果、ついに「H」の正体を突き止めた。その人物の名前を見た瞬間、氷室は信じられない思いに囚われた。背後で鳴り響くキーボードの音も止まり、警察署の一室に一瞬の静寂が訪れた。
「日高 修一郎(ひだか しゅういちろう)」――渋谷の再開発計画に最も深く関与した実業家。
日高は三浦祐一郎の古くからのビジネスパートナーであり、「クロスロードプロジェクト」の発案者とも言える人物だった。しかし、彼の名前はこれまでの捜査では一切挙がってこなかった。それは、日高が自らの存在を意図的に隠していたためだ。
氷室はすぐに部下たちを集め、日高の行方を追うよう指示を出した。しかし、その時、日高本人から突然の電話が氷室のスマートフォンにかかってきた。
「氷室刑事か。」
低く冷たい声が受話器越しに響く。
「……日高修一郎か。」氷室は表情を変えず、受話器を握りしめた。
「話したいことがある。だが、その前に君たちには“鍵”の最後の場所を見つけてもらわないといけない。」
日高の声は不気味なほど落ち着いていた。
「クロスロードビルの地下だ。」
電話が切れると同時に、氷室は緊張した面持ちで瑠奈に連絡を取った。彼女も既に「クロスロードの鍵」の真相に近づいているはずだと感じていた。
2. 地下の真実
瑠奈はクロスロードビルの最上階で手に入れた設計図に目を通していた。その図面には、ビルの地下に通常の設計図には載らない「隠しフロア」の存在が示されていた。
「隠しフロア……ここに何があるの?」瑠奈は設計図を折りたたみながら、地下へ向かう階段を探し始めた。
クロスロードビルの地下に降りると、空気は急激に冷たくなり、湿った臭いが鼻を突いた。瑠奈は薄暗い廊下を懐中電灯で照らしながら慎重に歩を進める。
やがて彼女が辿り着いたのは、頑丈な鉄の扉だった。その扉には数字を入力するキーパッドが取り付けられており、入力の待機状態を示す赤いランプが点滅している。
「314、271、131、628……。」
瑠奈はこれまでに集めた数字を並べ、暗証番号を試した。
「……よし。」
最後の入力で赤いランプが緑に変わり、扉が重々しい音を立てて開いた。中に広がっていたのは、小さな暗い部屋だった。壁には古びた木の棚がいくつも並び、そこには段ボールや書類が乱雑に積まれている。その中央に、三浦祐一郎の遺品と思われる箱が置かれていた。
箱の中を確認すると、一枚の古い写真が出てきた。それは、20年前の建設現場で撮影されたもので、三浦祐一郎と日高修一郎、そして複数の作業員たちが写っていた。だが、写真の右端に立つ人物を見た瞬間、瑠奈の体が凍りついた。
そこに写っていたのは、彼女の兄・秋月誠だった。
3. 日高の動機
瑠奈が写真を手にした直後、背後で足音が響いた。振り返ると、そこには日高修一郎が立っていた。黒いスーツを着たその姿は威圧感に満ちていた。
「やっとたどり着いたようだな、秋月探偵。」
瑠奈は写真を握りしめながら冷たい視線を向けた。「これはどういうこと?」
「それが“クロスロードの鍵”だ。」日高はゆっくりと手を広げ、周囲を指差した。「再開発計画の名の下で行われた全ての罪、その象徴だよ。」
「兄は……兄はなぜこの場所にいたの?」瑠奈は声を震わせながら問い詰めた。
日高は無表情のまま答えた。「彼は邪魔者だった。私たちが進めていた計画に気付き、労働者たちの安全管理を訴え始めた。そしてある日、“事故”が起きた。それだけの話だ。」
「事故じゃない……殺したのね。」瑠奈の瞳には怒りの炎が宿っていた。
日高は静かに頷いた。「そうだ。三浦と私で仕組んだことだ。だが、三浦は愚かだった。罪悪感に苛まれ、このプロジェクトの秘密を誰かに伝えようとしていた。」
「だから三浦を殺したの?」瑠奈が鋭く問いかけると、日高は薄く笑った。
「その通りだ。だが三浦だけじゃなかった。私に反抗する者は全て消す必要があった。」
その瞬間、瑠奈は日高が連続殺人事件の全ての背後にいたことを確信した。
4. 最後の対決
その時、地下室に氷室が駆け込んできた。拳銃を構え、日高に向ける。
「動くな、日高。」
日高は動じた様子もなく、薄く笑った。「さすがは優秀な刑事だな。だが、この罪を背負えるのか?」
「罪を裁くのは俺たちの仕事だ。」氷室の声は冷静だった。
「裁く?」日高は低く笑い始めた。「私は裁かれないさ。私が消えることなど、渋谷の街は許さないだろう。」
その言葉に瑠奈は怒りを爆発させ、日高に詰め寄った。「許さないのは、あなたが奪った命たちよ!」
日高は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべる。しかし、瑠奈の拳が彼の顔面を捉え、その笑みを吹き飛ばした。
5. 真実と清算
日高はその場で逮捕され、20年前の事故と現在の連続殺人事件の全ての真相が明らかにされた。三浦祐一郎は罪悪感に耐えきれず、真相を公にしようとしていたが、それが彼の命を奪うきっかけになった。そして、20年前の「クロスロードプロジェクト」による労働者の死亡事故――それが瑠奈の兄、秋月誠の命を奪った「真実」だった。
事件が終わり、瑠奈は兄の写真を見つめながら静かに涙を流した。氷室はそんな彼女の肩に手を置き、言葉をかけた。
「終わったな。」
瑠奈は小さく頷いた。「ええ。でも、兄のためにも私はこれからも進む。」
氷室は微笑み、「またどこかで会おう」と言い残して去っていった。
エピローグ
渋谷の街はいつもの喧騒を取り戻していた。瑠奈は兄の遺影を手に墓参りを済ませ、新しい依頼人のもとへと向かう。彼女の探偵としての旅はまだ続いていく。
一方、氷室もまた新たな事件の捜査に身を投じていたが、どこかで瑠奈との再会を期待している自分に気付くのだった。
そして、ビルの片隅で風に揺れる「クロスロードプロジェクト」の古びた設計図。それは、街に残る罪の痕跡を静かに物語っていた。
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ミステリー
東京の静かな夜、30歳の男性ヒロシは、突然亡き母からの電話を受け取る。
母は数年前に他界したはずなのに、その声ははっきりとスマートフォンから聞こえてきた。
最初は信じられないヒロシだが、母の声が語る言葉には深い意味があり、彼は次第にその真実に引き寄せられていく。
母が命を懸けて守ろうとしていた秘密、そしてヒロシが知らなかった母の仕事。
それを追い求める中で、彼は恐ろしい陰謀と向き合わなければならない。
彼の未来を決定づける「最後の電話」に込められた母の思いとは一体何なのか?
真実と向き合うため、ヒロシはどんな犠牲を払う覚悟を決めるのか。
最後の母の電話と、選択の連続が織り成すサスペンスフルな物語。
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