桜1/2

平野水面

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夏の幻影

海水浴2

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 僕が水着に着替えて砂浜に戻ってくると、白井先生が制服警官から職質を受けていた。
 四十半ばのベテラン警官と二十代の若い警官二人。
 白井先生はあの強面であの体躯なので、海水浴とは無縁の筋者に見えても仕方がない。
 僕は遠巻に白井先生と警官のやり取りを見ていた。
「だから俺は一介の体育教師だって。お前たちと同じ地方公務員なんだぞ。何と勘違いしているんだ何と?」
 ベテラン警官は白井先生を訝しげな視線を向けて言った。
「お前のような人相が悪くてゴツイ奴が公務員な訳ないだろ。どこかの組に出入りする売人なんだろ? とりあえずそのセカンドバックの中身を開いて見せなさい」
「断わる。なぜ見せなきゃならんのだ」
 若い警官も加わって問い詰める。
「何で頑なに拒む? そのセカンドバックの中身。我々に見せられないブツが入っているんだろ?」
 白井先生は若い警官へ右の人差し指をビシッと差してから言った。
「何で粉物が入ってるという前提で話が進むんだ。セカンドバックの中身を見せなくても、身の潔白を証明する方法がある」
 聞いていたベテラン警官は腰に手を当て訊ねた。
「何だその証明とは? どうせ苦しい言い訳なんだろ?」
「ガタガタ抜かすんじゃねえ公僕が。筋者だったら刺青の一つや二つ入っていて当然。ならばこの体に刺青があるかどうかを――とくとその目で拝みやがれ!」
 白井先生はアロハシャツを脱ぎ捨てると、ボディビルダーのようなポージングを決めて凄んだ。
 睨まれた警官ら動揺して叫ぶ。
 ベテラン警官は「胸毛が汚ない!」と、若い警官は「体臭がキツイ!」とそれぞれが叫んだ。
 白井先生も負けずに叫ぶ。
「なぜ俺の肉体美が分からん。生徒からは脳筋グダムの愛称で親しまれている名物体育教師なんだぞ!」
 白井先生は怒りに身を任せてセカンドバックを警官らの足元に投げつけた。
 ベテラン警官は足元にあるセカンドバックを拾い上げて中身を確認した。
 白井先生は「やってもうた」みたいな表情に。
 ベテラン警官と若い警官はニヤリと白井先生と見た。
「粉物ではないが物はあったな」
 ベテラン警官は中身を引きずり出した。
 右手には正方形の黒い小袋が数珠つなぎになっていて、風にヒラヒラと揺れていた。
 男性用の避妊具である。
「おいお前、このセカンドバックには大量の避妊具が入っているが、これをいつ、どこで、誰と使うきだ。え?」
「そ、それは岩場の陰で……花楓さんとゴニョゴニョ」
 さっきまでの勢いがなくなり、白井先生はなんだか歯切れが悪い。
「あらやだ、白井先生は私とやる気満々なのね。困ったわあ」
「あーあ、白井先生っがお兄さんみたいな変態でガッカリ」
「違うわよ亜希ちゃん、男は基本は変態よ」
「ならよ恵、今の至恩も変態に含まれるってことか?」
 僕の背後から女性の話し声。
 振り向くと水着に着替えた恵さん、麗さん、亜希、そして母さんがいた。
 亜希は可愛らしいピンク色のフリル付きの水着。
 我が妹ながらとても可愛い。
 ガン見していると。
「そ、そんなじっと見ないで恥ずかしい」
 亜希に怒られた。
 その左隣には恵さんがいた。
 長い黒髪をバンスクリップで纏められていて、水着は喫茶店で見せてくれたスマホの画像と同じビキニで白と淡いブルーの縞模様。
 一昨年との違いがあるとするならムチムチ感が増していた。
 色々と成長したせいか、少しサイズが合わなくなったようで、大きな胸はちょっぴりお肉が溢れ落ちそうで、ビギニパンツの紐はグッとお肉に食い込んでいた。
 ガン見していると。
「もう少し遠慮して見て欲しいわ」
 恵さんは呆れていた。
 その左隣りの母さんは一言で言えばヤバい。
 黒のセクシービキニだった。
 それでいて布の面積が狭くて際どい。
 四十代の女性が着るような水着でもないし、そもそも言われなければ四十代にも見えない。
 ガン見していると。
「フフフッ。この日の為に買った水着なのよ。至恩はで私を見ているのかしら?」
 母さんは挑発的だった。
 最後に左隣りの麗さんを見る。
 麗さんは流石アスリートらしくスポーティーなキャミソールビキニ。
 陸上部で日焼けした部分と、そうではない部分がくっきりしていて、ある意味マニア受けしそうだ。
 胸の方は安心の手の平サイズか。
 なんだかホッとして安堵のため息が漏らしたその時。
「なんだか私への反応がムカつくぞ至恩」
 麗さんはキレていた。
 これ以上麗さんを怒らせたら不味いので、白井先生の方へ体を向き直した。
 すると背後から「おい俺には反応しないのかよ?」と、鈴村に似た声が聞こえたけれど、それは空耳だろう。
 仮に空耳でなかったとしても、 なぜ男である僕が、いちいち野郎の水着に反応しないといけないのか。
 とりあえずあの警官たちから白井先生の誤解を解くことが先だ。
「さて白井先生をどう救おうか?」
 そう呟くと亜希が僕の右隣に、麗さんが僕の左隣りに、恵さんは麗さんの左隣りに立ち、僕らは横列になった。
「皆、白井先生の問題を片付けようと思うが、何をすべきか知っているな?」
 皆は頷いてくれた。
「じゃあ行こうか」
 僕ら横列のまま歩き出す。
 まるで小惑星を破壊するミッションに挑むあの映画のワンシーンのように。
 何となくだけど、あの名曲が頭に流れた。
 僕らはベテランの警官の前に立った。
「君たちはなんだね?」
 ベテラン警官は訊ねてきた。
 僕らは「せーの」でタイミングを合わせると、先生に指をさして言った。
「お巡りさん、この人は変態です。逮捕して下さい」
「そうか、やはりお前は犯罪者だったか」
 白井先生は口をあんぐり開けて愕然としている。
 ベテラン警官と若い刑事は、白井先生の両脇を固めて連行していく。
 白井先生は叫んだ。
「待て、俺は何もしていないぞ。えーい離さんか役立たずの地方公務員。俺は好きな人にハメるよりも先に生徒達に嵌められた。俺は嵌められたんだ。俺は無実だ」  
 白井先生は必死に抗う。
 当然、騒ぐ白井先生は周囲からの注目を浴びる。
 浜辺はざわつき始めた。
 なんだかテレビのスペシャル番組でよく放送される某二十四時の一幕みたいだった。
 これで凶悪な犯罪者から母さんを守り通せた。
 と思ったんだけど母さんが。
「あなた達、悪ふざけが過ぎるわよ。待って下さいお巡りさん、その人は私の知人なんです」
 母さんは僕ら横を走り抜け、連行されて行く白井先生と警官二人の後を追った。
 すると注目は連行されて行く白井先生から母さんへ。
 母さんは周囲の男性達の視線を一人占めしていた。
 僕からハッキリと見えないけれど、走る母さんの後ろ姿からなんとなく想像ができた。
 母さんは物(ブツ)させたに違いない。

     *     *

 母さんの説明により白井先生の容疑は晴れた。
 警官の二人は母さんと白井先生へ何度も頭を下げて謝罪してから巡回へ戻って行った。
 トラブルはあったけれど、これで思い出作りと記憶を取り戻す為の海水浴が始められる。
 一昨年は僕ら家族と恵さんは、ここで海水浴をしたと聞いた。
 今日の海水浴は、恵さんと亜希が「思い出の海プラン」を考えてくれた。
 一昨年の海水浴を追体験して、僕の記憶を蘇らせようというプランだ。
 皆は僕に協力的だった
 先ずは海に入って互いに海水を掛け合う計画。
 ということで一昨年の海水浴に来たメンバーに麗さんと鈴村を加え海水をかけあった。
 最初は普通にかけあっていたけど、鈴村が「師匠に体に海水をかけるな」とか「師匠は体にかけて良いの俺のせい――」と言いかけたので皆で集中攻撃をして沈黙させた。 

 次は定番のスイカ割りである。
 あの当時は父さんが見事に一刀両断したという。
 その父さん役を勝手出たのは白井先生だった。
 白井先生は「今日は俺が花楓さんの夫役を演じるんだ」と気合いが入りまくっていた。
 目隠しをした白井先生は、僕らの誘導に導かれ、見事にスイカを叩き割った。
 その腕前に僕らは拍手を贈る。
 母さんも「先生、素敵です」と褒め称えると、白井先生は何を勘違いしたのか両手を広げて母さんへ駆け寄って行く。
 しかし母さんの危機を察した麗さんが素早く反応し、駆け寄る白井先生の足へ右足を出して引っかけた。
 顔面から砂に落ちた白井先生の顔は砂だらけになった。

 スイカ割りの次はバナナボート。
 一昨年は亜希と恵さんに挟まれる形で僕は乗ったらしい。
 男からしたらなんとも羨ましいシチュエーション。
 当然、今回も恵さんと麗さんに挟まれて乗れるものだと思っていたのだけれど、恵さんと亜希に加えて麗さんと母さんの女性四人で乗って楽しそうに絶叫していた。
 なぜこんな事になったかは、僕の右に立つ白井先生と左に立つ鈴村がその理由だと思う。
 この二人は意中の女性を見る目が血走っていて尋常でない。
 麗さんと母さんは危険を感じたから同性同士で楽しんでいるのだろう。
 僕はそのとばっちりを受けたのだ。
 二人の疫病神のせいで自然な形で異性とスキンシップできる大切なバナナボートタイムを奪われて腹が立っていた。
 そこに巡回中の、あの警官二人が戻って来たのでその腹癒せに。
「お巡りさん、この二人の女性を見る目がかなりヤバイです。逮捕して下さい」
「ムムム、その獲物を狙う危ない目付き。やはりお前は危険人物だったか。来い」
 再び白井先生は連行されて行く。
 巻き添えを食う形で鈴村も連行されて行く。
 なんとなくだけど、筋者の兄貴と舎弟が逮捕されたように見えた。
 当然、連行されて行く二人は必死の抵抗を見せる。
 白井先生は。
「俺とおなじ地方公務員だろ。ただ視姦していただけだ。妄想しただけで連行するな。くっ離せ!」
 鈴村も叫ぶ。
「お、俺はオリンピック候補であって容疑者候補じゃない。離せ!」
 怒号が飛び交う。
 まるでテレビで見る連行シーンを彷彿とさせた。
 そこへバナナボートを終えた女性達みんなが戻ってきた。
 一瞬で状況を察したようで。
「待って下さい。誤解なんです」
 一斉に走り出す女性達みんなに周囲の男性の視線が集まる。
 そして浜辺には男性の「おお」というどよめきが起きた。
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