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第4章 白羽桜ノ
第2話 龍が加護する国
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結局、私は帰ることができなくて、已樹の屋敷に泊めてもらう他なかった。
「夜になると、野獣の活動が活発になんです。昨夜も2、3人食べられたと報告がありました。お帰りになるのなら、気を付けてくださいね? お望みなら、朝までお休みになられますか?」
なんて、そんな怖いことを言われたら夜に出歩けなくなってしまうじゃない……。
――でも、どうして……?
私は真っ直ぐ歩いていたはずなのに、正面に私が出て来たはずの建物が現れるなんて……。
「アナタが来てくださって本当に良かった。おかげで、植物が息を吹き返しています」
已樹はそう言うけど、私にはそれが理解できない。
私が歩いて来た道は、どこも緑があふれていて枝や葉を広げて力強く生きていた。
今だって、窓の外に見える木々には葉が生い茂っているのに。
「もし、よろしければ」
已樹が言う。
なにかを企んでいるような、そんな表情に警戒する。
「明日、一緒に出掛けませんか? アナタに、会っていただきたい方がいるんです。帰りは、アナタの故郷へ立ち寄りましょうか。どうです?」
――ふるさと……。
もうずっと会っていない家族。
「さよなら」も「いってきます」も言った覚えがない。
村を出たのはほんの少し前のことのはずなのに、もうずっと昔のことのような気がする。
――会いたい……。
1度そう思ってしまえば、どうしても会いたいという気持ちが強くなって、でも、それはつまり已樹と一緒に出掛けるということで……。
*****
「どうです? 空の旅も悪くはないでしょう?」
私は今、已樹と空にいる。
いいように丸め込まれてしまった気もするけど、故郷に連れて行ってくれると言う已樹の言葉の魅力に負けてしまった。
今朝、馬車に乗るように言われて乗り込んだ。
馬車なんて生まれて初めてで緊張していたら、あろうことかこの馬車は已樹のひと声で空に浮かんだ。
空飛ぶ馬車に、已樹と2人。
窓から下を見ると、生い茂る緑がぐんぐんと遠くなる。
そして気づいた。
生い茂る緑。
それは已樹のお屋敷の周りだけのものだった。
灰色の冷たい土地が、已樹のお屋敷の周りの緑を囲むように広がっている。
違う。
灰色の土地に、已樹のお屋敷の周りだけ緑が芽吹いたんだ。
「気が付きましたか?」
已樹が言った。
「この国はかつて、緑あふれる豊かな国だったんですよ。龍が眠りについてしまうまではね」
「龍?」
たしか、已樹のお屋敷に作り物だという龍の置き物があった。
それは実在する生き物だと、已樹はそう言っている?
「先々代の王が、まだ王としてこの国を治めていたころ、我が国にも姫神子様がいらしてくださったんです」
――また、姫神子……。
たびたび聞かされる、「姫神子」という言葉。
そこにいったい、どんな意味があるのかわからない。
「愚かな王は、姫神子様のお力をいいように利用し、酷使し、衰弱した姫神子様は若くして亡くなられました。姫神子様を殺し、守り神である龍の怒りをかったこの国は、龍の加護を得ることができなくなり、土地は枯れていったというわけです」
そう話す已樹の表情はどこか悲し気で、なんだか違う人みたいに見えた。
「龍は、眠っているんです。あの山で」
そう言って、已樹が示した山。
まさに断崖絶壁という言葉がぴったり合うそこへ向かって馬車は降りていく。
「足元、気を付けてください」
差し出された已樹の手を取って馬車を下りると、そこはゴツゴツとした表面が剝き出しの岩場。
植物の気配はどこにもない。
「ここは、龍が眠る場所です。王族でも、本来ならば立ち入ることは許されない」
――っ!?
已樹の言葉に驚く。
そんな大事な場所に、どうして私なんかを連れて来たの?
「立ち入ることが許されるのは、姫神子様だけ。つまり、アナタだけです」
――姫神子……。
また、姫神子。
姫神子って、なんなの……?
「この道を真っ直ぐ行くと、そこに龍がいます」
已樹の指差す先には、洞窟。
「アナタに、龍に会ってほしいんです」
それが、なにを意味しているのか私にはわからない。
「大丈夫です。アナタは姫神子様ですから。何者も、アナタを傷つけることはできません。お願いします」
「お願い」と已樹が言う。
私が龍と会うことになにか特別な意味があるようで、それはたぶん、已樹にとってとっても重要なこと。
だから、というわけじゃない。
已樹に頼まれたから、というわけじゃない。
ただ少し、この場所が懐かしいと思った。
長い洞窟を抜け、辿り着く、大きな大きな龍が眠るその場所。
已樹はいない。
ここに入ることが許されるのは姫神子である私だけだと、已樹は言った。
どうして私が姫神子なのか、全然わからないけど、不思議と怖くはなかった。
暗い洞窟の道のりも、目の前に、自分の何十倍も大きな龍がいても、怖いと思うどころか懐かしさと愛おしさがあふれてくる。
目を閉じて眠る、龍。
死んでいるのとは違うけど、でもただ眠っているのとも違う。
なにかに導かれるように、私はその大きな身体に近づき。そして、その鼻先に触れた。
――っ!?
突然の強い光に、思わず目を閉じる。
――ヒサシイ……神ノ……オトメ――
声が聞こえた。
懐かしくて、愛しくて、けど私は彼を知らない。
知らないけど、ただ私は彼が――この龍が好きだと思った。
「夜になると、野獣の活動が活発になんです。昨夜も2、3人食べられたと報告がありました。お帰りになるのなら、気を付けてくださいね? お望みなら、朝までお休みになられますか?」
なんて、そんな怖いことを言われたら夜に出歩けなくなってしまうじゃない……。
――でも、どうして……?
私は真っ直ぐ歩いていたはずなのに、正面に私が出て来たはずの建物が現れるなんて……。
「アナタが来てくださって本当に良かった。おかげで、植物が息を吹き返しています」
已樹はそう言うけど、私にはそれが理解できない。
私が歩いて来た道は、どこも緑があふれていて枝や葉を広げて力強く生きていた。
今だって、窓の外に見える木々には葉が生い茂っているのに。
「もし、よろしければ」
已樹が言う。
なにかを企んでいるような、そんな表情に警戒する。
「明日、一緒に出掛けませんか? アナタに、会っていただきたい方がいるんです。帰りは、アナタの故郷へ立ち寄りましょうか。どうです?」
――ふるさと……。
もうずっと会っていない家族。
「さよなら」も「いってきます」も言った覚えがない。
村を出たのはほんの少し前のことのはずなのに、もうずっと昔のことのような気がする。
――会いたい……。
1度そう思ってしまえば、どうしても会いたいという気持ちが強くなって、でも、それはつまり已樹と一緒に出掛けるということで……。
*****
「どうです? 空の旅も悪くはないでしょう?」
私は今、已樹と空にいる。
いいように丸め込まれてしまった気もするけど、故郷に連れて行ってくれると言う已樹の言葉の魅力に負けてしまった。
今朝、馬車に乗るように言われて乗り込んだ。
馬車なんて生まれて初めてで緊張していたら、あろうことかこの馬車は已樹のひと声で空に浮かんだ。
空飛ぶ馬車に、已樹と2人。
窓から下を見ると、生い茂る緑がぐんぐんと遠くなる。
そして気づいた。
生い茂る緑。
それは已樹のお屋敷の周りだけのものだった。
灰色の冷たい土地が、已樹のお屋敷の周りの緑を囲むように広がっている。
違う。
灰色の土地に、已樹のお屋敷の周りだけ緑が芽吹いたんだ。
「気が付きましたか?」
已樹が言った。
「この国はかつて、緑あふれる豊かな国だったんですよ。龍が眠りについてしまうまではね」
「龍?」
たしか、已樹のお屋敷に作り物だという龍の置き物があった。
それは実在する生き物だと、已樹はそう言っている?
「先々代の王が、まだ王としてこの国を治めていたころ、我が国にも姫神子様がいらしてくださったんです」
――また、姫神子……。
たびたび聞かされる、「姫神子」という言葉。
そこにいったい、どんな意味があるのかわからない。
「愚かな王は、姫神子様のお力をいいように利用し、酷使し、衰弱した姫神子様は若くして亡くなられました。姫神子様を殺し、守り神である龍の怒りをかったこの国は、龍の加護を得ることができなくなり、土地は枯れていったというわけです」
そう話す已樹の表情はどこか悲し気で、なんだか違う人みたいに見えた。
「龍は、眠っているんです。あの山で」
そう言って、已樹が示した山。
まさに断崖絶壁という言葉がぴったり合うそこへ向かって馬車は降りていく。
「足元、気を付けてください」
差し出された已樹の手を取って馬車を下りると、そこはゴツゴツとした表面が剝き出しの岩場。
植物の気配はどこにもない。
「ここは、龍が眠る場所です。王族でも、本来ならば立ち入ることは許されない」
――っ!?
已樹の言葉に驚く。
そんな大事な場所に、どうして私なんかを連れて来たの?
「立ち入ることが許されるのは、姫神子様だけ。つまり、アナタだけです」
――姫神子……。
また、姫神子。
姫神子って、なんなの……?
「この道を真っ直ぐ行くと、そこに龍がいます」
已樹の指差す先には、洞窟。
「アナタに、龍に会ってほしいんです」
それが、なにを意味しているのか私にはわからない。
「大丈夫です。アナタは姫神子様ですから。何者も、アナタを傷つけることはできません。お願いします」
「お願い」と已樹が言う。
私が龍と会うことになにか特別な意味があるようで、それはたぶん、已樹にとってとっても重要なこと。
だから、というわけじゃない。
已樹に頼まれたから、というわけじゃない。
ただ少し、この場所が懐かしいと思った。
長い洞窟を抜け、辿り着く、大きな大きな龍が眠るその場所。
已樹はいない。
ここに入ることが許されるのは姫神子である私だけだと、已樹は言った。
どうして私が姫神子なのか、全然わからないけど、不思議と怖くはなかった。
暗い洞窟の道のりも、目の前に、自分の何十倍も大きな龍がいても、怖いと思うどころか懐かしさと愛おしさがあふれてくる。
目を閉じて眠る、龍。
死んでいるのとは違うけど、でもただ眠っているのとも違う。
なにかに導かれるように、私はその大きな身体に近づき。そして、その鼻先に触れた。
――っ!?
突然の強い光に、思わず目を閉じる。
――ヒサシイ……神ノ……オトメ――
声が聞こえた。
懐かしくて、愛しくて、けど私は彼を知らない。
知らないけど、ただ私は彼が――この龍が好きだと思った。
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