【完結】姫神子と王子

桐生千種

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第4章 白羽桜ノ

第1話 囚われの自由

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 ――ここは……?

 目が覚めると、そこは見知らぬ場所。
 薄い、緑色の天蓋のついたベッドの上に私はいた。

 ベッドから抜け出して、周りを見ても、やっぱり知らない部屋の中。

 緑色の壁に、緑色の絨毯。
 ほぼすべてが緑色で占められている部屋の中で1つ、同じ緑色なのに際立って目立つ緑色の塊があった。

 蛇のように長い身体だけど、爪のある4本の手を持ち、魚のような鱗を纏う。
 2本の角に、耳、髭。

 眼差しは鋭いけど、生気は感じられない。

「龍、と言うんですよ」
「っ!?」
「それは作り物ですけどね」

 現れた、已樹。

 ゆっくりと、近づいて来る。

「こ、来ないで……」

 思わずそう口にすると、ピタリと已樹の歩む足が止まった。

 ――あれ……?

「どうか、なさいましたか?」

 綺麗に、笑みを浮かべて已樹は佇む。

 こっちに、近づいて来ようとはしない。

「ど、して……来ないの……?」

 已樹が、なにを考えているのかわからない。

 そもそも、この人は本当に已樹?

「たった今、アナタがおっしゃったではありませんか。『来ないで』と」
「そ、だけど……」

 どうして……?

「ああ、それとも、『来ないで』と言いながら、無理矢理を装って私に近づいてほしいのですか?」
「ちがっ……」
「いいですよ? イヤがる人に無理矢理なにかを強要するのは大好きです」
「いやっ!!」

 已樹の目が、ギラギラと輝いているように見えて、それがひどく恐ろしい。

「いや……来ないで……」

 また、ゆっくりと、已樹が歩を進め始める。

 クスリと、已樹が笑う。

「無理矢理が、イイんですよね?」
「ちがう……」

 いやだ……。

 いや……。

 目を、閉じた。



 ……。



 けど、一向になにも起こらない。

「冗談ですよ」

 ――え……?

 目を開けると、已樹と私との距離はあと数歩。
 その距離で已樹は立ち止まっていた。

「そんなに怯えないでください。アナタのイヤがることはしませんよ。できるなら、私はアナタに喜ばれたい。どんな望みでも、アナタに喜ばれるならば、叶えて差し上げます」

 わざとらしく笑みを浮かべる已樹の言葉に不信感が募る。

 こんなところに勝手に連れてきて、そんなことを言われてもなにを企んでいるのかと疑ってしまう。

「教えてください。アナタの望みを。どうすれば、アナタは喜んでくださいますか?」

 聞いてくる已樹。

 そんなの、答えは決まっている。

「帰して」

 彼のところに。

「いいですよ」

 ――え……?

 耳を疑った。

 已樹は、わざとらしい笑みを浮かべたままその表情を崩そうとしない。

「アナタが帰りたいと願うのならば、ご自分のその足でお帰りなさい。さあ」

 已樹が、扉を指し示す。

 ――どうして……。

 わからない。

 勝手に連れてきておいて、帰っていい、なんて。

 この人はいったいなにを、考えているの……?

「なにをそんなに驚いているのですか? 言ったでしょう? 自由な生活を約束します、と」

 たしかに前に会ったとき、そんなことを言っていたような気がするけど……。

 でも、あれは已樹と名乗る使鬼が言っていたことで……。

 ――わけがわからなくなってきた……。

「アナタがこの部屋を出たいと思うのなら、出て構わないんですよ? 帰りたいと願うなら、その足で帰り道を探すといいでしょう。アナタは自由なのだから」

 已樹の言っている言葉が、本気なのかどうか疑わしい。
 連れてきておいて、自由に出て行っていいなんて……。

「さあ、どうぞ?」

 已樹が私から距離を取ったのを見て、意を決した。

 1歩、私は足を進めてみる。

 已樹は、なにもしてこない。
 ただ黙って、微笑んで、こっちを見て、佇んでいるだけ。

 1歩、また1歩と足を進めて、扉へと近づく。

 本当に、ただ、佇むだけの已樹。

 私は、扉へと手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。

 最後にもう1度。已樹を見たけど、やっぱりなにもしてこなくて……。

 ただ……。

「いってらっしゃい。帰れると、いいですね」

 微笑んで、そんなことを言う已樹を視界からかき消すように扉を閉めた。

 その言葉に、なにか裏があるような、罠でも仕掛けられているような気がしたけど、私はそのまま外へと出た。

 ――絶対に、私は帰る。

 心に決めて、私は歩く。

 歩く、歩く、歩く……。

 歩く、歩く、歩く……。

 どれくらい歩いたか、わからなくなるくらい歩き続けた。

 空が暗くなった。

 月が高く昇って、生い茂る緑の隙間から月明かりが射し込んだ。

 已樹のもとを離れたときは、空はまだ明るかったのに。

 足が痛い……。

 静かすぎる世界に、心細くなる。

 この世界に、たった1人取り残されたような孤独感。

 ふと、遠くのほうに灯りが見えた。

 ――よかった、これで道が聞ける……。

 安心感に、私は灯りに向かって足を進めた。

 随分とたくさん歩き続けて、ようやく出会えた、初めての人の気配。

 だけど、その、ひと、は……。

「おや、おかえりなさい」

 已樹、だった……。
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