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第3章 緑龍已樹
第2話 姫神子(ひめみこ)
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気がついたら朝だった。
いつも通りの朝。
給仕係の女の子が来て、朝食が並べられて、使鬼がいる。
昨日は、已樹と名乗る男の人が来た。
背の高い、緑色の髪の、緑色の瞳が綺麗で、怖かった。
それは覚えているのに。
已樹と名乗るその人の様子がオカシクなって、それを彼は使鬼だと言った。
今、目の前にいる使鬼と同じ名前を持っていた。
消えた使鬼。
「追うな」と彼が言った。
覚えているのはそこまで。
どうして、いつの間に眠ってしまったのだろう……?
使鬼は昨日と同じく、そこにいる。
けど、どこか違う。
昨日と同じ、黒い髪、白い肌、黒い着物。
閉じられた瞼。
どこを見ても昨日の使鬼と同じなのに、なにかが違うと感じさせた。
昨日の使鬼は、話しかけることができた。
でも、今日の使鬼には話しかけちゃいけない気がする。
「っ……!!」
突然、使鬼の瞼が開かれた。
紅い、瞳……。
彼とは違う、紅い瞳。
彼は綺麗な、ガラス玉みたいな綺麗な紅。
けど、使鬼のは、そう……例えるなら、まるで、血、のような……。
ゾクッ――
笑った使鬼の表情に、悪寒が走った。
狂気的な、笑み。
「……え?」
それはほんの一瞬。
私が瞬きをしたほんの一瞬のうちに、使鬼の姿消えた。
扉を、開け放したまま……。
――……。
外が見える。
しばらく、出ることのできなかった、外が見える……。
――……ちょっと、だけ。
彼に知られないうちに、ほんのちょっと外の空気を吸うだけ。
歩を進める。
1歩、1歩と、外が近づいて来る。
あたたかい、太陽の光。
柔らかい、風。
あと、1歩を踏み出せば、外……。
「サークっ!!」
「っ!? ひっ……むぐっ!!」
突然、人影が現れて、口元を覆われて、驚いて、それが誰だかわかるのに、時間がかかった。
「しーぃ。静かにして」
――紅炎……。
紅炎はキョロキョロと辺りを見回して、それから部屋の中に入って来た。
私の口元を覆う手を、放してくれたのはそれから。
「会いに来ちゃった」
扉を閉めながら言う紅炎。
カチャリ……――
静かに扉は閉まって、振り向いた紅炎は、なぜか泣きそうな顔をしていた。
「昨日、已樹が来たんだろ? ごめん……。俺がサクのこと、喋ったりしたから……。アイツ、見境ないからさ。怖い思いしたんじゃないかって思って……。ごめん……」
「平気……だよ……?」
怖いことはあったけど、彼が……来てくれたから……。
けど、どうして紅炎が謝るのかわからない。
なにも紅炎のせいじゃなくて、紅炎は悪くない、と思う。
「そっか……。そうだよな……。サクには頼れる王子がいるもんな……。それだけ、謝りたかったから……」
そう言って、悲し気に笑う紅炎に胸の奥がツンと音を立てるのは、なぜ……?
「……って、言うのは建前!」
「へ?」
突然そんなことを言い出して、ガラリと雰囲気を変えた紅炎に頭がついていかない。
「本当は、サクと近づきになりたくてさ! 俺、サクと仲良くなりたいんだ! ……ダメか?」
頭がついていかなくて、なにも言えない私に仔犬みたいな瞳を向けてくる紅炎。
私より、ずっと大人のはずなのに……。
かわいい、なんて思ってしまった。
「……サ……ク?」
「え? ……あっ、ご、ごめんなさいっ!!」
気がつけば、手が勝手に紅炎の頭を撫でていた。
――恥ずかしい……。
人の頭を、勝手に撫でるなんて。
自分の行動に戸惑いと、羞恥心が襲う。
「……いいよ。サクになら」
羞恥心に見悶えている私に紅炎は言った。
「撫でられても。……むしろ、もっと撫でてほしい。サクの傍にいると癒される……。やっぱり、サクは最高の姫神子だよ。俺もほしいな……姫神子……」
「ひめ……みこ……?」
たしか、前に来たときもそんなことを言っていた。
已樹も。
「ひめみこって、なに?」
そう聞くと、紅炎の目が大きく見開かれた。
紅炎の透き通るような蒼い瞳が、綺麗だな、なんて思ってしまった。
「冗談、だよな……? 氷利からなんも聞いてねえの?」
本当に信じられないものを見た、と言うように紅炎は聞いてくる。
――なにを……?
そう思って、首を傾げる。
「嘘だろ……? いや、でも……」
1人でなにかブツブツと呟く紅炎。
「あ、の……?」
「あ、気にしないで! 今話したこと忘れて!」
そんなことを言われても、すぐに忘れてしまうなんてできっこない。
「そうだ! 外! 出てみようぜ! 俺、案内してやるよ!」
「え?」
突然、私の手を引いて歩き出した紅炎。
話を逸らされている。
そのつもりで紅炎は「外へ」なんて言ったんだろうけど、その狙い通りに私の意識はすべてこの先へ向けられた。
どんどん、扉が近づいて……。
外に……。
出て……。
しまった……。
いつも通りの朝。
給仕係の女の子が来て、朝食が並べられて、使鬼がいる。
昨日は、已樹と名乗る男の人が来た。
背の高い、緑色の髪の、緑色の瞳が綺麗で、怖かった。
それは覚えているのに。
已樹と名乗るその人の様子がオカシクなって、それを彼は使鬼だと言った。
今、目の前にいる使鬼と同じ名前を持っていた。
消えた使鬼。
「追うな」と彼が言った。
覚えているのはそこまで。
どうして、いつの間に眠ってしまったのだろう……?
使鬼は昨日と同じく、そこにいる。
けど、どこか違う。
昨日と同じ、黒い髪、白い肌、黒い着物。
閉じられた瞼。
どこを見ても昨日の使鬼と同じなのに、なにかが違うと感じさせた。
昨日の使鬼は、話しかけることができた。
でも、今日の使鬼には話しかけちゃいけない気がする。
「っ……!!」
突然、使鬼の瞼が開かれた。
紅い、瞳……。
彼とは違う、紅い瞳。
彼は綺麗な、ガラス玉みたいな綺麗な紅。
けど、使鬼のは、そう……例えるなら、まるで、血、のような……。
ゾクッ――
笑った使鬼の表情に、悪寒が走った。
狂気的な、笑み。
「……え?」
それはほんの一瞬。
私が瞬きをしたほんの一瞬のうちに、使鬼の姿消えた。
扉を、開け放したまま……。
――……。
外が見える。
しばらく、出ることのできなかった、外が見える……。
――……ちょっと、だけ。
彼に知られないうちに、ほんのちょっと外の空気を吸うだけ。
歩を進める。
1歩、1歩と、外が近づいて来る。
あたたかい、太陽の光。
柔らかい、風。
あと、1歩を踏み出せば、外……。
「サークっ!!」
「っ!? ひっ……むぐっ!!」
突然、人影が現れて、口元を覆われて、驚いて、それが誰だかわかるのに、時間がかかった。
「しーぃ。静かにして」
――紅炎……。
紅炎はキョロキョロと辺りを見回して、それから部屋の中に入って来た。
私の口元を覆う手を、放してくれたのはそれから。
「会いに来ちゃった」
扉を閉めながら言う紅炎。
カチャリ……――
静かに扉は閉まって、振り向いた紅炎は、なぜか泣きそうな顔をしていた。
「昨日、已樹が来たんだろ? ごめん……。俺がサクのこと、喋ったりしたから……。アイツ、見境ないからさ。怖い思いしたんじゃないかって思って……。ごめん……」
「平気……だよ……?」
怖いことはあったけど、彼が……来てくれたから……。
けど、どうして紅炎が謝るのかわからない。
なにも紅炎のせいじゃなくて、紅炎は悪くない、と思う。
「そっか……。そうだよな……。サクには頼れる王子がいるもんな……。それだけ、謝りたかったから……」
そう言って、悲し気に笑う紅炎に胸の奥がツンと音を立てるのは、なぜ……?
「……って、言うのは建前!」
「へ?」
突然そんなことを言い出して、ガラリと雰囲気を変えた紅炎に頭がついていかない。
「本当は、サクと近づきになりたくてさ! 俺、サクと仲良くなりたいんだ! ……ダメか?」
頭がついていかなくて、なにも言えない私に仔犬みたいな瞳を向けてくる紅炎。
私より、ずっと大人のはずなのに……。
かわいい、なんて思ってしまった。
「……サ……ク?」
「え? ……あっ、ご、ごめんなさいっ!!」
気がつけば、手が勝手に紅炎の頭を撫でていた。
――恥ずかしい……。
人の頭を、勝手に撫でるなんて。
自分の行動に戸惑いと、羞恥心が襲う。
「……いいよ。サクになら」
羞恥心に見悶えている私に紅炎は言った。
「撫でられても。……むしろ、もっと撫でてほしい。サクの傍にいると癒される……。やっぱり、サクは最高の姫神子だよ。俺もほしいな……姫神子……」
「ひめ……みこ……?」
たしか、前に来たときもそんなことを言っていた。
已樹も。
「ひめみこって、なに?」
そう聞くと、紅炎の目が大きく見開かれた。
紅炎の透き通るような蒼い瞳が、綺麗だな、なんて思ってしまった。
「冗談、だよな……? 氷利からなんも聞いてねえの?」
本当に信じられないものを見た、と言うように紅炎は聞いてくる。
――なにを……?
そう思って、首を傾げる。
「嘘だろ……? いや、でも……」
1人でなにかブツブツと呟く紅炎。
「あ、の……?」
「あ、気にしないで! 今話したこと忘れて!」
そんなことを言われても、すぐに忘れてしまうなんてできっこない。
「そうだ! 外! 出てみようぜ! 俺、案内してやるよ!」
「え?」
突然、私の手を引いて歩き出した紅炎。
話を逸らされている。
そのつもりで紅炎は「外へ」なんて言ったんだろうけど、その狙い通りに私の意識はすべてこの先へ向けられた。
どんどん、扉が近づいて……。
外に……。
出て……。
しまった……。
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