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3章 歪みゆくリオン

66話 ミナの希望

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 今日はメルキオール学園は休み。
 そして、ミナをうちに誘っている。というか、相手の方から来たいと言われた。
 戦争の間ずっと話ができなかったから、埋め合わせとのことだ。
 確かに他の知り合いとは一緒にいたんだよな。離れていたのはノエルとエルザさんくらいか。
 ルミリエはずっと声が聞こえていたから、別々だった気がしない。

 だからこそ、時間を作りたいという意図は分かる。他の知り合いとも、そのうち会うつもりらしい。
 こうして知り合いと過ごせる時間は大事にしたいから、ミナの提案は歓迎だ。

「このように2人で過ごすのは、いつ以来でしょうか。サクラの心奏具は壊れますし、リオンは大怪我をしたらしいですし、心配しましたよ」

 大怪我というのは、アルスと戦った時に槍で貫かれたことだろうか。すぐに癒やされたんだがな。
 とはいえ、俺もミナが同じ状態になれば、心配くらいはするか。甘んじて受け入れるべき言葉だ。

「悪かったな。だが、戦争なんだから、五体満足で生きているだけで十分だろう」

「それは否定できませんが。だとしても、わたくしは友人に傷ついてほしくない。誰かが死ねば、心が引き裂かれるような痛みを感じるでしょう」

 俺だってきっと同じだ。それでも、まったくケガをしないなんて不可能なんだ。
 だからといってどれほど傷ついてもいいとは思わない。だが、戦争自体を避けなければ、根本的には解決しないから。

 やはり、ディヴァリアが悪事を止めてくれればな。俺が制止しておさまるのなら、すでに解決している問題とはいえ。
 どうにかできないものだろうか。俺自身が傷ついて、ディヴァリアはためらってくれるだろうか。
 いや、良くない考えだ。ミナだけでなく、誰もが悲しむ。それに、無駄になる可能性だって否定できない。

「俺もだ。だから、何があってもみんなを守ってみせる。サクラは取り戻せたが、あんな奇跡は期待できない」

「そうですね。何事もないならば、それがいい。わたくしは祈りながら待っていることしかできない。悔しいです」

「ミナの心奏具にはいつも助けられている。だから、待っているだけじゃない。それに、戦えないやつの分まで、俺が戦ってやる」

「そんなあなただから、心配なんです。我が身を犠牲にしないかと。何度も繰り返してきたように」

 俺には自己犠牲の趣味なんて無い。だから、ミナの心配は的はずれなはずだ。
 だが、シルクにも、ルミリエにも、同じことを言われている。だから、心に刻もう。自分を大切にすると。
 みんなは俺が傷つけば悲しむんだ。だから、安心させてやりたい。俺は大丈夫だって。

「みんなと協力して戦うから。俺1人で問題を解決しようとはしない。だから、問題ない」

「わたくしも力を貸します。ですから、かならず無事に帰ってきて下さい。きっと、これからもリオンは戦うことになる。それでも」

「もちろんだ。みんなで平和な未来を過ごすために、絶対に諦めない。何が何でも、生き延びてやる」

「お願いします。わたくし達にとって、リオンは希望。伝承の英雄を超えるほどの。ですから、いなくなってほしくない」

 ミナ達にとって俺が希望であるのならば、失わせる訳にはいかないよな。
 それに、俺自身の目標が叶っているんだ。まだまだ、実感をつかむために生きていたい。
 ミナのことだから、あるいは分かっていて釘を刺す代わりにしているのかもしれないが。
 だとしても、同じことだ。俺はみんなを泣かせたくはない。ならば、やるべきことはひとつ。生きることだ。

「ああ、任せておけ。お前達を泣かせないためならば、何だってするさ」

「ええ。他者を踏みにじってでも、何かを犠牲にしてでも、ですよ。リオンには難しいと分かっていますが」

 無抵抗な民でない限り、殺してみせる。希望を目指す道の先だとしても。すべての人の希望など、そもそも不可能なのだから。
 俺は俺にとって大切な人の希望になることを優先する。その過程で余裕があれば、他の人を助ける。それでいいよな。

 もう理解できている。人間である以上、完璧を目指しても達成できない。
 だからこそ、最低限として守るべきラインを決めておかないと。俺にとっての最低限は、俺の周りの人の幸福だ。
 フェミル達のような状況は奇跡に他ならない。一度敵対した物と和解など、ほとんど幻想なのだから。

「優先すべきものを見失ったりしないさ。お前達ほど大切なものなど、無いのだから」

「そうですね。わたくしにとって、リオンが最も大切なんです。だから、わたくしの大切なものを、守って下さい」

 嬉しい言葉だ。誰かにとっていちばん大事な人になれているという事実がある。
 だからこそ、俺の大切な友達を悲しませないために、俺自身を大事にすべきだということだ。
 ミナはどうすれば俺が言うことを聞くのかを計算しているのだろうな。それでも、ミナにとって俺が重要ということはウソじゃない。

 俺が守りたいのは、みんなの幸せ。本音を言うのならば、すべての人がいい。
 でも、不可能な夢を追いかけて、当然のように失敗する訳にはいかない。
 だから、ある程度は妥協すべきなんだ。ちゃんと成功できる目標を立てるべきなんだ。
 つまり、みんなの輪に入るべき人を定める。我ながら、大層な傲慢ごうまんだ。

「もちろんだ。俺は誰かの希望になりたい。誰でも良いわけじゃない。俺にとって大切な人にとっての希望を目指す」

「すでにリオンは、わたくし達の希望です。だから、生きていてくれるだけでいい。それだけで、幸せだから」

「俺も、お前達が生きていてくれるだけで幸せだよ。だから、お前達のために頑張りたい」

「あなたはそう言うと分かっていました。だからわたくしは、リオンが戦う必要のない国にしてみせる。王になって」

 ミナの目標が叶ったのならば、俺にとって最高だ。ミナの治世は、きっと素晴らしいものだからな。
 だが、高い壁が立ちはだかるだろう。力が優先されるこの国で、ミナの最も優れた能力は知性だから。
 なにか手柄を立てられれば違うのだろうが、そんな都合のいいものは無いだろう。

「応援している。お前が王になれば、俺達の理想とする国ができあがるだろうからな」

「ええ。期待していて下さい。リオンが戦うことのない未来を、つかみ取ってみせます」

「ああ。そんな未来になったのなら、安心してゆっくりと過ごすよ。まあ、必要ならばこき使ってくれていいが」

「リオンが無理をしないように、適度に仕事を振りますね。馬車馬のようにはしません」

 ありがたい限りだ。だが、ミナが無理をしないことが前提だ。もしミナが苦しんでいるのなら、どんな事をしてでも止めてみせる。
 きっと俺だけじゃなく、ディヴァリア達だって手伝ってくれるはずだ。

「助かる。だが、お前こそ無理はするなよ。ミナがつらいときは、俺もつらいんだから」

「よく分かっていますよ。リオンのおかげでね。ですから、心配の必要はありません」

「なら、安心だな。王は忙しいものらしいからな」

「リオンには分かりませんか。まあ良いです。大丈夫。誰かに任せられるものは、任せます」

 何が分からないというのだろうか。気にしても仕方ないか。
 ミナならば、誰かに任せてもうまくいくだろう。サッドオブロンリネスがあるのだから、裏切りは予想できるだろうからな。

「それがいい。1人で抱え込むと、大変だからな」

「分かっているのなら……言っても無駄でしょうね。ねえ、リオン。わたくしの治世をしっかりと目に焼き付けるまで、かならず生きてくださいね」

「ああ、もちろんだ」

「絶対にですよ。裏切ったら、死後のあなたを呪いますから。覚悟していることです」
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