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10章 一歩のその先

349話 感じるズレ

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 敵の動きに対する備えは、一通り終わったと思う。スミアに関して、少しの不安要素があるとはいえ。まあ、完璧な準備をして本番を待てるのはあり得ない。逆に、完璧だと思っていたらどこかに落とし穴があるものだ。経験則だが、間違いないと思う。

 ということで、今の段階では必要なことを必要な分だけできていると思う。不安要素も、妥協できるラインだろう。まあ、ルースの命がかかっているから、心配している部分はあるが。

 だが、いま以上を求めたところで無駄。少なくとも、現段階では。俺の素直な感覚だ。

 そうして心構えを済ませると、ルースに呼び出された。集まっているのは、俺とミュスカ、ハンナだな。ルースは不敵な笑みを浮かべながら、こちらに話しかけてくる。

「さて、あたくしとレックスさんは、王宮に向かいますわよ」

 ふむ。大きな動きの始まりなのだろうな。意図までは分からないが。というか、かなり重要なことのように思える。にもかかわらず、スミアの存在がない。かなり気になるところだ。

 もしかして、ルースは本気でスミアを信用できていないのではないだろうか。そんな疑いすらある。つい気になって、口に出してしまう。

「そんな話をするのに、スミアは連れてきていないのか?」
「必要ないことだもの。レックスさんは、気にしなくていいわ」

 冷たい目で、けんもほろろに返された。本当に大丈夫だろうか。あるいは、俺の知らないところでスミアが粗相でもしたのだろうか。何か、俺の気づかない範囲での裏切りでもあったのか? そんな気すらしてくる。

 ただ、俺としては、スミアなら信じて良いと思っているんだよな。ルースから見たら、違うのだろうか。

「レックス君は心配してくれているんだよ。気を張りすぎかな、ルースさんは」
「わたくしめから見ても、余裕を感じられませんな。その様子では、足をすくわれかねませんよ」

 ミュスカやハンナがたしなめていると言えば良いのだろうか。ふたりから見ても、ルースの様子はおかしいらしい。まったくもって、心配だな。

 とりあえず、ルースは額を手で揉んでいるようだ。ため息をついて、こちらに向き直った。少しだけ険の消えた表情で。

「あなた達まで……。分かったわ。王宮へ向かうまでの時間で、頭を冷やしてくるわ」
「ほんと、ケンカだけはしないでくれよ。平和な時なら、まだいいが」
「分かっていてよ。あたくしの敵を処分してからでないと、ぶつかり合うこともできないわ。レックスさんともね」

 俺ともぶつかり合う気なのか。何かしら、不満を抱えているのだろうか。今から動くというのに。まあ、ルースだって今の状況で爆弾を爆発させたりしないだろう。そこは信じている。

 ただ、妙な判断ミスをしないかが気にかかるところだ。冷静でいてくれると良いのだが。ミュスカとハンナには、期待したいところだな。あるいは、王都に向かうまでの段階で俺がどうにかするか。

 とにかく、今のルースに必要なのは対話だろうと思う。とにかく、行動がブレているからな。心を落ち着かせてほしい。

「いつかみたいに、無理しすぎないでくれよ? 目を離せないな、ルースからは」
「気軽に女の子に言っていいセリフじゃないかな。どうせなら、私に言ってくれてもいいのに」
「矛盾しているではありませんか……。ミュスカ殿の気持ちも、分かりますが」
「まったく、意図的にくさびを打ち込むのは、やめてほしいものね」

 そう言って、ルースはミュスカをにらむ。ちょっとどころではなく困るぞ。協力し合うべき状況で、どうして牽制し合っているのか。

 とりあえず、お互いに距離を置く時間が必要なのかもしれない。王宮に向かうのは、ちょうど良かったのかもな。

「王宮に向かうということは、ミーア達に用があるんだよな? 何を話すんだ」
「あ、逃げたね。もう、レックス君ってば、分かりやすいんだから」

 ミュスカに指摘されるが、逃げでもなんでも良い。今は本当に良くない状況だ。それが改善されるのなら、どんな恥でも受け入れようじゃないか。

 いくらなんでも、俺がきっかけでみんなの関係にヒビが入るとか、冗談じゃないからな。

「問題が解決した後でなら構わないから、今は勘弁してくれ……」
「言質を取りましたわよ。3人が聞いているのですから、言い訳は許されなくてよ」
「そうでありますな。では、いってらっしゃいませ」

 肩が重くなる感覚を抱えつつも、ルースに手を引かれて出かけていった。ルースとミュスカが目を合わせている姿に、恐怖を感じながら。

 そして、ホワイト家から少し離れて、ルースと二人で会話をしていく。

「馬車で移動するんだな。転移を使うのかと思っていたが」
「あたくし達の移動時間を見誤ってくれれば、それでよくってよ」

 馬車で移動する前提なら、それなりの期間がかかると考えるのが普通だ。その間に、ホワイト家に隙ができたと判断するのは、まあおかしくない。

 今のホワイト家は、土台が傾いている感覚があるからな。ルースが離れれば、問題が表出するだろう。まとまりが無くなるのは、容易に想定できる。だから、敵としても攻め時だろう。そこを逆激するのが、ルースの狙いなんだろうな。

「なるほどな。転移が使えないことを前提にすれば、相手が動くのにちょうど良いのか」
「ええ。ただし、馬車で移動するのはフリだけでしてよ」
「ミーア達とは、本当は会わないのか?」
「いいえ。あたくし達が進めるべき話もあってよ。レックスさんも関わる、ね」

 笑顔を深めて、そんな事を言っていた。俺の知らないところで、何かが動いている。疑問もあったが、いま追求するべきことではないだろう。まずは、目の前の問題を片付けてからだ。

 兎にも角にも、俺達みんなが無事でなければ、何の意味もない。それだけは、確かなことなのだから。

「なるほどな。同時に複数の計画を進めるのか。怖いことだ」
「とはいえ、いざという時には戻る必要もありましてよ。今は、前提条件の交換だけになるでしょうね」
「何を計画しているのかは知らないが、大変そうだな」
「歩いていては、レックスさんに追いつけませんもの。そんなの、許せないわ」

 ルースは強く歯噛みしているように見えた。そして、俺の事を刻み込むかのように、じっと見てくる。ライバルとして切磋琢磨できるのならば素晴らしい。だが、それがルースを追い込んでいないか。ほんの少しの不安が、頭をよぎった。

「ほんと、無理はするなよ。焦りすぎれば、つまづくものだ」
「ええ。分かっていてよ。カールとアイボリー家を、まずは片付けないとね」
「その意気だ。俺だって、ルースが困れば力を貸す。きっとみんなも。忘れないでくれよ」

 俺の言葉に、ルースは僅かに頬を緩める。いつかルースの本物の笑顔が見られる日が来るように。俺はそう祈りながら、馬車の揺れを感じていた。
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