上 下
231 / 392
7章 戦いの道

230話 ハンナ・ウルリカ・グリーンの嘆き

しおりを挟む
 わたくしめは、レックス殿達がアストラ学園から離れてからの期間で、近衛騎士の試験に合格したのです。結果を聞いた時は、舞い上がりそうになりました。

 そして、近衛騎士として、先達たちに混ざって訓練を繰り返すこととなったのです。そこからでした。わたくしめの世界から、色が失われたのは。

 わたくしめより弱い人達に、強くなるコツを自慢気に語られるところから始まりました。わたくしめの力を見せると、精神がなっていないと言うのです。半笑いで、こちらの武器を隠したりしながら。

 それで、城内10週を命じられたりもしました。余裕でこなせば、不正をしたなどとなじられる。

 もはや、わたくしめの中から、尊敬という言葉も、憧れという言葉も、消え去っていたのです。所詮、くだらない人間の集団でしかない。そう、思い知らされたのですから。

 叙勲の日、記章を受け取りました。ですが、わたくしめには、ただの鉄くずとしか思えなかったのです。

「わたくしめは、近衛騎士となったのですね。ですが、嬉しくはありません」

 ひとりでため息をついても、何も変わりはしない。もういっそ、投げ出してしまいましょうか。そんな誘惑すらも、ありました。わたくしめにとっては、もはや何の価値もない立場でしたから。

 ミーア様やリーナ様を守りたいという思いは、確かにあります。ですが、それを達成するだけならば、近衛騎士でなくてもよいのではと。あるいは、秘書として。あるいは、荷物持ちとして。それらの形でも、実現できるのではないかと。

 そもそも、わたくしめ以外の騎士の実力では、とても守れるとは思えなかったのです。むしろ、ミーア様やリーナ様の足を引っ張るだけなのでは。そうとすら思いました。

 日々の任務を、真面目にこなしているかどうかすら怪しい。そんな人達に、何ができるというのでしょう。

 仮にわたくしめが反逆者となったとして、近衛騎士程度は打ち破れる。そう確信していました。

「憧れていた近衛騎士など、どこにもいなかった」

 拳を握るだけの力も、抜けてしまいます。体力としては、有り余っているのですが。なんというか、気力が無くなっているという表現が正しいでしょうか。

 目標を失って、その先には苦痛ばかりが待っていた。そんな今に、未来に、何を期待すれば良いのでしょう。

「なぜ、実力も人格も、褒められる人の方が少ないのですか……」

 わたくしめから見て、何も良いところがない。そんな人の方が、多いくらいなのです。もう、泣いてしまえれば楽ですね。ですが、泣きわめくのは、わたくしめの理想とする騎士ではありません。

 愚かですよね。現実を知ってなお、理想を捨て去れないのですから。かつてのあこがれを、今でも抱えているのですから。

 近衛騎士なんて、何の価値もない。そう思っているわたくしめが居るのに、立派な騎士でありたいと思っているわたくしめも居るのです。

「ミーア様やリーナ様を守るための人員が、これで良いのでしょうか」

 本当に、悩ましいです。頭を抱えたいくらいには。わたくしめは、ミーア様もリーナ様も大切に思っています。直接言葉にはできませんが、友達だとも。

 そんな人の周りに、とても愚かな人達がいる。嫌で嫌で仕方ありませんが、喚いても現実は変わらないのです。

 別の人だったらな。心から、そう思います。わたくしめには、尊敬できる人が多くいるのですから。

「ルースさんはもっと努力していた。フェリシアさんは誇り高かった。ミュスカさんは優しかった。他の皆さんだって」

 実力も、人格も、きっと近衛騎士の誰よりも優れている。そんな友達に、恵まれたのです。ですから、わたくしめだって、皆さんにふさわしい存在でいたい。そう思うのです。

 皆さん、努力を重ねています。才能を抱えています。人に優しくする心を、持ち合わせています。ですから、共に近衛騎士として戦えれば、どれほど素晴らしいでしょうか。転じて、今の近衛騎士はどれほど愚かなのでしょうか。

「あまつさえ、そんな方々を悪く言う。特に、レックス殿のことを。なんて、醜いのでしょう」

 自分が嗤っている相手が、どれほど王家の役に立っているか、考えたことはあるのでしょうか。特にレックス殿は。確かに、大きな失敗はしています。ですが、それ以上に功績の方が大きいではありませんか。

 何よりも、ミーア様とリーナ様が現在の関係になれたのは、レックス殿のおかげなのですから。それ以上に王家に貢献できた方は、どこに居るのでしょうね。鼻で笑ってしまいますよ。

「ミーア様は、今のままで良いのでしょうか。頼れる存在など、居ないではありませんか」

 少なくとも、近衛騎士の中には。あるいは、わたくしめは頼っていただけるのかもしれませんが。ですが、期待薄ですよね。

 わたくしめが同じ立場なら、王になどなりたくないと思うでしょう。それでも、前向きに頑張るミーア様もリーナ様も、素晴らしい方々です。

 ただ、わたくしめは苦しいのです。悲しいのです。苦さを感じるくらいに。寒さを感じるくらいに。

「わたくしめは、何のために努力を重ねてきたのでしょう。少なくとも、つまらない馴れ合いのためではないはずです」

 くだらない遊びを繰り返して、面白みもないことで笑う。そんな品のない行為をしたかったのではありません。わたくしめは、誰かを助けられる人になりたかったんです。輝ける人になりたかったんです。

 つい、うつむいてしまいます。何も変わらないと知っていても。わたくしめは、弱いですね。

「私の友達の方が、ずっとずっと尊敬できます。近衛騎士が、そんなことで……」

 皆さん、大切な誰かのために頑張れる人でした。それだけで、あの人達とは違う。つい、みんなで一緒に居た頃を、思い描いてしまいます。懐かしんでいるだけの行為に、意味などないと理解していても。

「称号だけにおぼれて、ただうぬぼれるだけの人達。わたくしめも、そのひとりでしかない」

 結局のところ、わたくしめだって同じ穴のムジナ。外から見れば、近衛騎士の一員でしかないのです。あの、くだらない人達の。思わず、下ばかり見てしまいます。それじゃダメなのに。

「内側から変えるのに、何年かかることでしょうか。そもそも、今の人員は必要なのでしょうか」

 わたくしめの力だけでは、きっと何も変えられません。誰かの手を借りても、遠いでしょう。それで、愚かな人達が横暴に振る舞うのを見ているだけ。そんな人生に、何の意味が。

「もういっそ、切り捨ててしまえれば楽なのですけれど」

 近衛騎士達を殺す自分を想像したら、つい笑顔になってしまいました。相当恨んでいると、自覚できたのです。ですが、まだです。ミーア様やリーナ様に、迷惑をかけたくないですから。

「わたくしめ達の理想は、ここにはない。なら、作り出すしかないのです。どんな手を使っても」

 守るべき人の力を借りてでも。この手を汚したとしても。わたくしめは、立ち止まりません。それでも、見ていてください。友達で居てください。

 お願いですよ、レックス殿。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

告白をしていないのにふられた俺はイケメン女子とハーレムを目指す

山田空
恋愛
部長に恋をした俺は部長に恋愛相談をされる。 全てがいやになった俺は男友達に部長のことが好きだったことと部長に恋愛相談をされたことの2つを口にする。 そしたら「それなら僕と付き合ってみないかい?」 そんなことをいってくるのでもちろん俺は断ろうとするのだが 「俺たちは男だ……別にその気持ちを否定するつもりはないがその」 「……うんああ僕は女だよ」 「は?」 「それじゃあ付き合えるよね」 「いやまあそうだけどうん……でもえ?」 まさかの男友達(女)と付き合うことになった。 でも実は俺のことを好きな人は男友達(女)だけではなかったみたいで

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...