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5章 選ぶべき道

175話 せめて今日だけは

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 今回の計画は、もう終わったと言っていいだろう。母は大変なことになってしまったが、今はどうにもならない。時間が解決してくれることを期待するしかないだろう。

 少なくとも、今日明日にどうにかなる問題ではない。だから、今できることは無いと思う。

 ということで、アストラ学園に戻ることに決めた。とはいえ、メアリとジャンに挨拶は必要だろう。できれば本音を言いたい気持ちはあるが、いま言っても、ふたりが混乱するだけだ。

 俺にも家族にも、心を整理するだけの時間が必要だ。だから、今日のところはお別れだな。

 おそらくは、近いうちに帰ってくると思う。父を殺した責任を果たさないなんて、あり得ないのだから。

 つまりは、今後のブラック家がより良い方向に向かえるように、手助けする必要がある。少しばかり、家と向き合う必要があるだろう。

 まずは、王家に状況を報告してからになるが。とにかく、依頼を達成したことを伝えなければ。

 そこで、メアリだけでも見つけるために、自分の部屋へと向かう。すると、ジャンも居た。おそらくは、メアリの様子を見ていてくれたんだと思う。あるいは、俺の部屋を守ろうとしてくれたとか。いずれにせよ、ちょうどいい。

「ジャン、メアリ、ここに居たのか。もう、終わった。これから大変だろうが、まずは報告に帰るよ」
「お兄様、また帰ってきてね。約束だよ」
「兄さん、こちらの問題は、こちらで対処しておきます。まずは、自分のことに集中してください」

 ジャンも、俺に気を使ってくれているのだろう。ただ、だからといって任せきりはな。

「ああ。だが、必ず帰ってくるだろうな。いくらなんでも、今のブラック家を放置はできない」
「ですが、アストラ学園の問題もありますよね?」
「とはいえ、何もしないというのもな。帰る家がなくなっていたなど、ゴメンだぞ」
「お兄様、メアリも頑張る。だから、また会いに来てね」

 メアリにも、期待したいところだ。だが、今は難しい状況だろう。だから、できるだけすぐに戻ってきて、様子を見たい。メアリの負担が大きくて、苦しんだりしないように。

「ああ。またな。ジュリア、行くぞ」
「分かったよ。レックス様、よろしくね」

 ということで、俺とジュリアはアストラ学園へと転移した。自室の扉の前に移動して、すぐに出ていく。

「さて、ジュリア。ミーアに報告に行くか」
「そうだね。レックス様はちゃんとやったって言わないとね」

 そして、ミーアの部屋へと向かった。今回の計画の、その最後の締めのために。

「ミーア。終わったぞ。これが、闇の宝珠|《ダークネスクレスト》だ」
「お疲れ様、レックス君。大変だったわよね。でも、必ずお礼はするわ」
「ほんと、お願いだよ。僕はともかく、レックス様はつらかっただろうから」

 ジュリアの目の前で、軽く涙を流してしまったことだからな。俺が苦しんでいたことは、どう考えても気づかれている。

「ジュリアちゃんにも、お礼は渡すわ。それはさておき、今日は疲れたでしょう? 細かい報告は後で聞くから、もう休んでね」

 こちらを見ながら、微笑みかけてくる。ミーアも、気を使ってくれたのだろうな。それなら、長居は不要だな。

 また会った時に、俺の本音を話していこう。いろいろ、言いたいことがあるんだ。まずは、感謝の気持ちを伝えておくか。それくらいなら、時間もかからないだろう。

「ああ、そうさせてもらう。ありがとう、ミーア」
「じゃあ、また明日。落ち着いたら、また話をしましょうね」

 まあ、大きな反応はないよな。やはり、次の機会を待つことになる。

「それなら、僕も部屋に帰るよ。レックス様には、ひとりの時間が必要でしょ?」

 ということで、自室へと戻る。今度は、メイド達の顔を見ることもできるな。

「アリア、ウェス、ミルラ。帰ったぞ」
「お帰りなさいませ。食事の用意はできていますよ」
「ゆっくり休んでくださいっ。お疲れですよねっ」

 俺が帰ったことに気づかれていたのか、あるいは終わることを想定して準備をしていたのか。どちらであったとしても、助かる。

 今は、できれば心の整理をしたいからな。いろいろと疲れたのは、事実なのだし。

「こちらでも、ブラック家の今後の動きに対応したいと思います」
「助かる。みんな、ありがとう」

 とりあえず、今まではハッキリと言葉にできなかった礼を言う。まずは、そこからだよな。ありがとうと言っただけで、今までの態度が消えて無くなったりはしない。それでも、一歩でも踏み出すんだ。

「いえ、これが仕事ですので」
「こちらこそ、ありがとうございますっ」
「レックス様に喜んでいただけるのなら、それが私の喜びでございます」

 3人とも嬉しそうにしてくれていて、とてもありがたい。礼を言うだけでも、こちらまで嬉しくなってしまう。これじゃあ、立場が逆かもしれない。でも、喜んでくれているのなら、俺の言葉にも価値はある。

 とはいえ、今日は疲れた。ゆっくりと、ひとりで考えをまとめておこう。自分の部屋に来たとたん、一気に疲れが出た感覚があるからな。

「今日は、少しひとりにしてくれるか?」
「かしこまりました。では、別の部屋に行っていますね」
「また、元気な姿を見せてくださいねっ」
「必要になりましたら、いつでもお呼びください」

 やはり、沈んでいるのは他の人にも分かるのだろうな。だから、元気な姿を見せてと言われているのだろう。今の状態でみんなと接しても、心からは楽しめないだろう。それなら、ひとりになるのは正解だよな。

 少なくとも、今みんなと話しても、気を使わせてしまうだけだろう。できれば、ただ楽しいだけの会話がしたい。だからこそ、少しは元気になっておかないとな。暗い顔だと、相手は楽しい話ができないだろうから。

「ああ。明日から、またよろしく頼む」

 3人が去っていき、俺はベッドで転がっていく。すると、父を殺した時の映像が頭に浮かび上がってきた。

「俺の手で、父さんを殺したんだよな……」

 もしかしたら、他の道もあったのかもしれない。もう少し早く、父の計画に気づけていれば。それなら、大事になる前に止められたのかもしれない。無駄だと分かっているのに、後悔ばかりが浮かんでしまう。

「母さんも、かなりおかしくなってしまって……」

 間違いなく、俺のせいだ。息子が旦那を殺したのだから、苦しくないはずがない。下手をすれば、母自身だって殺されるかもと思えたのかもしれない。俺が、母を傷つけたんだ。

「前に帰った時には、こんなこと想像していなかったのにな」

 その言葉をきっかけに、これまでの父と母との思い出が蘇ってくる。闇魔法を使えるようになって、祝ってもらったこと。どうにか仲良くしようと、試行錯誤していたこと。そして、アストラ学園に入学してから、親子としての時間を過ごしてきたこと。

「ああ、懐かしいな……」

 もう、二度と訪れない時間だ。そして、俺自身の手で無くした時間だ。

「今だけは、泣いていいよな。また明日から、元気な俺でいよう」

 悲しみを全部吐き出して、みんなとまた笑い合うために。自分の足で、立ち上がるために。

「父さん……母さん……」

 今日だけは。そう思いながら、声を上げて泣いた。
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