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5章 選ぶべき道

172話 ジュリアの覚悟

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 レックス様は、彼のお父さんを殺す瞬間、涙を流していた。その姿を見て、僕は強い後悔に襲われたんだ。どうして、反対を押し切ってでも、僕がやらなかったんだろうって。

 言われていたじゃないか。僕がレックス様を手伝っても、王様は見逃してくれるって。それなら、僕にはレックス様を支えることが期待されていたはずなんだよ。

 仮に王家の意図が違ったとしても、僕のやるべきことは変わらなかったはずなんだ。レックス様に恨まれてでも、僕が代わりに殺すべきだった。

 そうしておけば、レックス様は泣かなくて済んだはずなんだ。俺の問題だなんて言われていても、無視するべきだったんだよ。

 僕の優先すべきことは何? レックス様の言葉? 違うよね。レックス様自身の幸せであるべきなんだよ。だって、僕は彼に幸せをもらったんだから。その分を返すのは、当然の義務だよ。

 それなのに、ためらってしまった。レックス様の言葉に逆らえば、嫌われるんじゃないかって。なんて、バカだったんだろう。

 レックス様がどれだけ苦しいか。そんなの、考えるまでもないことじゃないか。自分を育ててくれた親が悪事を働いていたのだって、つらいはず。それだけじゃなくて、王家に父殺しを命令されたも同然だったんだから。

 つまり、レックス様が自分で決めた訳じゃない。状況に押し流されて、自分をごまかすしか無かっただけなんだ。そんなの、想像しておくべきだったよ。

「レックス様……大丈夫? なんて、そんなこと聞いちゃダメだよね」
「お前が気にすることじゃない。俺が決めて、行動したことなんだ」

 レックス様は、自分の責任だと思いこんでしまっている。違うよ。僕のせいなんだ。そして、王家のせいなんだ。

 僕としては、王様の気持ちは分かるつもり。ミーア様やリーナ様の結婚が、道具として扱われる。そんなの、許せないんだから。

 でも、レックス様を傷つけたことだけは、納得できない。正直に言ってしまえば、嫌いだよ。そんな感情を表に出したって、レックス様は喜ばないだろうけれど。きっと、自分が傷ついてでも、ミーア様やリーナ様の幸せを求めてしまう人だから。

「でも、それは王家の計画で……」
「父は大勢を犠牲にしようとしていた。あまつさえ、ミーアやリーナまで道具として扱っていた。許されることじゃない」

 確かに、レックス様のお父さんがしたことは、いけないことだったと思う。でも、その責任を取るべきは、本人なんだよ。レックス様じゃない。

 それに何より、レックス様が苦しむ道なんて、間違っているんだよ。少なくとも、僕とシュテルにとっては。

「でも、レックス様は泣いてた……」
「目が曇っているんじゃないか? 俺は泣いてなどいない」
「……分かった。レックス様がそう言うのなら。関係ない話なんだけど、僕にやってほしいことがあったら、何でも言ってね」
「何でもと言って、殴らせろと返ってくるとは思わないのか?」

 レックス様は、どこかひねくれているよね。環境を思えば、仕方のないことなんだろうけれど。きっと、レックス様の優しさは、彼のお父さんには理解されなかった。だから、自分の感情を素直に言葉にできなくなってしまったんだと思う。

 だって、僕みたいな平民は、ゴミくらいに思っていそうな人だったもん。つまり、少なくともレックス様は、お父さんの方針に逆らっていたんだ。

 なんてこと。僕は、ただレックス様の優しさに喜ぶだけで、彼の負担なんて、何も考えていなかったんだ。そんなの、許されて良いことじゃないよ。

「僕はレックス様を信じているから。僕を傷つけるようなことはしないって」
「そうか。まあ、好きに考えていろ。ただ、お前を殴ったところで、何もメリットなどない。それは確かだな」

 つまり、僕を殴るなんて言い回しは、どこか僕を遠ざけるような心から生まれたもの。その感情は、どこから来たんだろう。やっぱり、自分なんて理解されないって思っているのかな。今の考えが正しいのなら、違うって伝えたい。

「うん、やっぱりレックス様は優しいよ。だから、これからは、絶対にお役に立つから」
「お前の力があれば、それなりには役に立てるんじゃないか? だが、強制はしない。お前の道は、お前が選べ」

 きっと、レックス様とは別の道を選んでも、許してくれるんだと思う。そんな人、どれだけ居るだろうか。自分が傷ついてでも、他人を助けようとできる人なんて。

「うん。だからこそ、レックス様の力になりたいんだ。僕は、レックス様が大好きだから」
「そうか。なら、せいぜい励め。並大抵の力では、俺の影すら踏めやしない。それとも、力以外の道を探すか?」
「僕は、無属性魔法を極めるよ。レックス様にできないことを、できるようになるために」
「そうか。お前の無属性魔法は、良くも悪くも特別だ。自分をよく理解しろ」

 うん、大事なことだよね。でも、レックス様に気を使わせてどうするんだよ。僕は、彼の心を軽くするべきなのに。

 でも、何ができるんだろう。僕は、今の今までレックス様のことを何も知らなかった。どんな本心を抱えているかなんて、今でも分からない。もちろん、僕を大切に思ってくれていることは伝わるけれど。

 そうなんだよね。レックス様は、どこか自分を隠してしまう。それなら、僕が気づかないといけないんだ。

「もちろんだよ。レックス様と同じ道を選んでも、きっと勝てないからね」
「分をわきまえているのか、あるいは諦めているだけなのか。お前の今後で、見せてもらおう」
「そうだね。僕は、努力を続けるよ。いつか、レックス様にも勝てるくらいに」
「お前が強くなったのなら、楽ができそうなものだ」

 レックス様には、楽をしてもらいたい。それは、僕の本心だよ。今回みたいな、レックス様が苦しむ状況は、二度と訪れさせない。

 だったら、どこまでも強くならないと。レックス様の敵を、みんな殺せるように。

「そう言って、頑張っちゃう人だもん。だから、絶対に離れたりしないよ」
「まったく、物好きなやつだ。まあ、お前の選んだ道だ。貫き通せよ」
「もちろんだよ。この誓いは、何があっても折れたりしない。見ていてね」
「ああ。そうさせてもらう。お前がどうあがくのか、楽しみにさせてもらうさ」

 つまり、ずっと見ていてくれるってことだよね。こんなに遠回しに物を言うのも、レックス様の環境のせいなんだよね。だったら、僕が打ち破るんだ。レックス様を縛るすべてを。

「それなら、レックス様が笑えるくらいになってみせるよ」
「道化を目指すのか? 面白いやつだ」
「僕には、人を笑顔にする才能はないからね。ちょっと、難しいかな」
「そうか。なら、シュテルは違ったのか?」
「どうだろうね。でも、そうだよね。別に、大勢を笑顔にする必要はないんだ」

 うん。レックス様と、シュテルと、後は友達。それだけが笑顔で居てくれるのなら、十分だよね。

 だから、その笑顔を邪魔する人は、みんな殺すよ。できれば、レックス様が気づく前に。それが、彼にもらったものに報いるための方法だから。

 ねえ、レックス様。僕は誓うよ。あなたから離れないことだけじゃなくて、あなたの敵は、だれひとりとして生かしておかないって。僕の手で、殺し尽くしてみせるって。

 だから、お願い。いつか僕に、あなたの心からの笑顔を見せてほしい。それだけで、僕は満たされるはずだから。
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