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5章 選ぶべき道

153話 ハンナ・ウルリカ・グリーンの嫌悪

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 わたくしめは、ミーア殿下の命によって、人材の選定をおこなっていました。

 ブラック家の当主が死ねば、その内において、様々な混乱が起こるでしょう。それに備えて、雑務を任せるための人員です。

 つまり、当主が死んだブラック家において、レックス殿の代わりに実務をおこなう人間です。

 それを悪用すれば、ブラック家の乗っ取りすら可能になるでしょう。ですが、それは我々の望みではありません。ですから、選定は慎重におこなう必要があるのです。

「この方は、自己利益を優先する人でしょうね。採用は、やめた方が良いでしょう」

 ただ、やはり様々な思惑を持った人間が集まるものです。レックス様の利益になるように、良い人を選びたいとは思うのですが。

 最終的には、国王であるアルフォンス様も、選定に携わるとか。まあ、わたくしめのような小娘の判断に、すべてを任せることはできないでしょう。

 とはいえ、陛下はレックス様のことを、高く評価している様子。ですから、極端な陰謀には巻き込まないと、信じたいものです。

 結局のところ、わたくしめの力が及ぶ範囲は、限られている。それでも、少しでもレックス殿に良い未来が訪れるように、努力するつもりではあるのです。

「今度は、別の貴族の手がかかっています。こちらも、見送りで」

 ただ、レックス殿を利用しようとする人間は、あまりにも多い。うんざりしてしまいそうなくらいには。

 調査結果を目にするたびに、人間というのは醜いのだと思い知らされるようで。ですから、少しずつ人が嫌いになっていく感覚がありました。

 わたくしめは近衛騎士を目指しているのですから、悪意に触れる機会は多くなるでしょう。ですから、耐えなくてはならないとも、思っていたのですが。

 これまで、わたくしめは周囲の人間に恵まれていたのだと、ようやく実感できたのです。ミーア殿下やリーナ殿下、ルース殿にレックス殿。他の友人も、みな優れた人たちでしたから。

 だから、私欲のために、つまらない打算を振り回す人間が、より汚く見えたのでしょう。

「レックス殿の味方をしてくれそうな人は、少ないですね」

 もちろん、ブラック家の評判がありますから、積極的に関わりたい人間は、少ないのでしょう。それにしても、ブラック家の財産や権益を奪いたい人間ばかりで、嫌になってくるのですが。

 レックス殿は、お優しい方です。ですから、少しでも悪意に触れなくて済むように。そう思うのです。

「それなら、最低でもミーア殿下のご意思を優先してくださる方を……」

 人員の選出は、とても難航していました。とはいえ、最低限の足切りはできたと思います。少なくとも、レックス殿が当主としての形は、残るだろうと思える程度には。

 ただ、気が重いのです。これから先、レックス殿には苦難が待ち受けている。その道を、わたくしめの手で作っているかのようで。

「ミーア殿下、これで本当に良かったのでしょうか……?」

 どうしても、迷いは振り切れません。もっと、他に道はなかったのでしょうか。そう思ってしまうのです。

「レックス殿は、わたくしめ達の味方をしてくださるでしょう」

 そこは、疑っていません。だからこそ、心苦しいのですが。自らの手で、わたくしめ達の側を選んで、父君を殺す。わたくしめ達が居なければ、過酷な選択をせずに済んだのではないか。そう思えてならないのです。

 レックス殿は、おそらく覚悟を決めるでしょう。そして、決断をしてくれるでしょう。

「ですが、きっと心では傷つくのです。そこまでして父君を殺させる価値は、あったのでしょうか?」

 わたくしめとしては、もっと楽な道で良かったと思うのです。レックス殿は、わたくしめ達の味方。そんなこと、分かり切っているのですから。

 おそらくは、多くの貴族よりも、ミーア殿下やリーナ殿下、そして、わたくしめやルース殿。そういった人達を、大切にしてくれているのですから。

 だからこそ、彼は苦しい道でも歩んでしまうのでしょう。わたくしめ達を、傷つけないために。

「レックス殿が、心配ですね……」

 きっと、強がると思います。なんでもないことのように、装うと思います。だからこそ、感情を吐き出せないのではないかと。

 レックス殿が本心を語るのならば、まだマシなのでしょうが。その本音を、わたくしめなら、受け止めてあげられるのに。

 わたくしめは、レックス殿を大切な友達だと考えているのですよ。だから、弱音くらい。

 なんて言っても、きっと彼は、ひとりで突き進んでしまうのでしょう。自分が嫌なことに、周囲を付き合わせる人ではないのですから。

 わたくしめは、彼を止めたいのでしょうね。傷つかなくて良い道があるのだと。

「それでも、もはや立ち止まることはできない。もう、戻れない領域まで進んでしまったのですから」

 いまさら、どうやって話を無かったことにするというのか。不可能だということは、わたくしめでも分かります。

 もう、レックス殿が父君を殺すことは決まったようなもの。だから、彼の心はズタズタになってしまうはずです。どこか、弱さを見せる人なんですから。

「せめて、事が終わった後のレックス殿には、寄り添いたいものです」

 わたくしめにできる、せめてもの気遣いです。レックス殿を傷つけようとする人ばかりで、嫌になりそうな世界。そんな状況での、彼の数少ない味方なのですから。

 レックス殿はきっと、涙を流すことすら、ためらってしまう人。自分の弱さだと、切り捨てようとしてしまう人。だからこそ。

「きっと、しばらくの間は、レックス殿は笑えない。そんな気がしますから」

 そんな彼に、少しでも安らぎが与えられたなら。そう思うのです。

「わたくしめが同じ立場ならば、きっと苦しみましたから。だから、今度はわたくしめが支える番です」

 かつては、わたくしめが支えられた。だから、それ以上の想いで、レックス殿を包み込むべきなのです。

「意地を張っていた、わたくしめを見守ってくださったこと、忘れていませんから」

 そう。何度も迷惑をかけて、それでも許されたのですから。そんな彼を傷つけようとする人は、嫌いです。

 ただ、わたくしめにできることは、少ない。感情だけで人が殺せるのなら、今回の人材選定で、多くの人間が死んだことでしょうに。

 現実的には、彼の敵を殺す手段なんて持ち合わせていない。だから、心の奥底で恨むことしか、できないのです。

「せめて、少しでもレックス殿の傷が少なくて済むように。そう祈るばかりです」

 わたくしにできる、数少ないことのひとつ。だから、真剣に祈るのです。レックス殿が、少しでも安らかで居られるように。

「わたくしめは、レックス殿の味方なのですよ。それを、覚えていてくださいね」

 多くの醜い人達と違って。彼よりも悪だと思える人達とは違って。

 レックス殿。どんな汚泥にまみれたとしても、あなたのそばに居ますからね。
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