上 下
115 / 374
4章 信じ続ける誓い

114話 捨てきれないもの

しおりを挟む
 メアリとジャンの様子を見ることには成功したし、もう帰っても良いかもしれない。とはいえ、まだ時間に余裕はあるんだよな。さて、どうしたものか。

 父と母を無視したら、心象は悪くなりそうな気もする。それは、あまり好ましいとは言えないよな。ただ、時間がなくて仕方がない、みたいな状況なら、一応言い訳はできる。

 まあ、時間が余っているのなら、会った方が無難か。それなら、まずは母の方から探しに行くとするかな。

 そう考えていると、足音が後ろから聞こえてくる。念の為に警戒しながら振り向くと、母が来ていた。探す手間が省けたな。

「レックスちゃん、ここに居ましたのね。探しましたわよ」
「どうしたんだ、母さん。急に探しにくるなんて」

 俺を訪ねてくるのだから、何か用があるのだろう。まあ、母の方なら、あまり警戒はしなくていいか? 美容魔法を作ったから、エルフの血を奪う事件は防げるだろうし。

 他には、原作で印象的な事件は、特にないんだよな。普通の人と言えば間違っているが、極端な悪事は起こしていなかったはずだからな。

 いや、エルフを大勢殺して血を浴びるのは大事件なのだが。ただ、それ以外には無いというだけで。

 だから、今のところは、そこまで警戒していない。大事にされているのは実感しているし、俺を殺すデメリットも、当人的には大きいだろうからな。

「もう、可愛い息子に会いたいと思って、おかしいのかしら?」
「ああ、様子を気にしてくれたのか。ありがとう、母さん」

 まあ、久しぶりに帰ってきたのなら、おかしなところがないかを気にするくらいはするか。一応、可愛い息子だと思っている様子だし。

 もしかしたら、妙な愛情を持つ可能性も、あるにはある。ただ、それを警戒するのは、優先順位が低い。もっと直接的な脅威は、たくさんあるのだから。

「当然ですわよ。レックスちゃんは、誰よりも大切な子なんですもの」

 表情からは、本気を感じる。だから、安心はできるはずだ。まあ、カミラやメアリ、ジャンのことをどう思っているのかという問題はあるにしろ。

 誰よりも大切だと思われるのは、確かにありがたい。だが、他の人と極端な優劣をつけられても、それはそれで面倒なんだよな。

 まあ、自意識過剰かもしれないが。大事なことではあるのだが、母と他の人の関係よりも、俺と他の人の関係の方が重要だ。

 あまり、気にしすぎても仕方がない。どうせ、アストラ学園に居るうちは、家族に対して大きな干渉はできないのだから。

「それで、顔を見る以外には、何か用事はないの?」
「もちろん、ありますわ。レックスちゃん、例の魔法を、かけていただけませんこと?」

 ああ、それを忘れていたな。美容のために大勢のエルフを殺すまでやる人間なのだから、当たり前じゃないか。

 これは、致命的な失敗をするところだったな。母の美容への考えを無視するのは、危険すぎる。これからは、自分から積極的に、美容魔法を使っていかないとな。

「ああ、良いよ。母さんも、できるだけキレイで居たいよね」
「それもありますわ。ですが、大切な親子のスキンシップですもの」
「あまりベタベタするのは、勘弁してほしいんだけど」

 実際、かなり困る。相手のいろいろな部分に触れる必要があるからな。危険なところは、一応避けてはいるのだが。エスカレートすると、大変なことになりかねない。

 というか、俺にだって性欲はあるからな。母とはいえ、実感は薄い。本当に疲れてしまいそうだ。実際に母と思っている相手と触れ合うのと、どっちが楽だろうな。

 母は、なんだかんだで美人だからな。周囲に幼い人間が多い中で、数少ない大人だ。だからといって、性的な目で見ていい相手ではない。難しい問題だ。

「もう、反抗期ですの? わたくしは、こんなにレックスちゃんを愛しておりますのに」
「というか、一緒にお風呂に入る歳でもないし……」
「あら、良いことを聞きましたわね。レックスちゃんが一日居る時は、一緒に入りますわよ」
「余計なこと言っちゃったな……」

 本気で本音だ。体の年齢でも、10代前半。もう、母とは別に入る年齢だろう。転生前のことを考えたら、あり得ないレベル。

 なんというか、頭を抱えたいくらいだ。だからといって、嫌がっている姿を見せるのは、良い手段とは言えない。恥ずかしがっていると思われるくらいならともかく。嫌っていると思われたら、大問題だからな。

「もう、照れていますのね。いつまで経っても、私とレックスちゃんは親子ですのに」
「いいでしょ、別に。それより、部屋に向かおうよ。施術、するでしょ?」
「もちろんですわよ。じっくりたっぷり、ふれあいますわよ」

 ということで、母の部屋へ行く。中に入ると、母は服を脱いだ上で、ベッドで横になっていた。ブレスレットだけ、付けたまま。

 ああ、愛されているのだと実感できてしまう。ブレスレットは、俺が贈ったものだからな。大切にされていると、今の行動だけで分かるんだ。

「レックスちゃん、遠慮なんてしなくていいわ。好きに、触ってくださいな」
「仕方ないなあ。まあ、美容魔法には必要なことだからね」
「恥ずかしがらずとも、良いですのに。あなたになら、全てをさらけ出せますわ」
「絶対に何か間違っているよ……」
「そんなこと、ありませんわよ。正しい親子の形ですわ」

 ということで、危ない場所に触れなくて済むように、慎重に魔法をかけていく。できることなら、手を触れずに魔法を使えるようになりたいものだ。

 攻撃魔法より、かなり繊細な扱いが必要な魔法だから、遠隔操作は難しい。それだけの話が、俺に苦労を運んでくるのだ。

 しばらくして、全身に魔法をかけた。明らかに肌の調子が良くなっているから、成功だ。

「これで終わりだよ、母さん」
「やはり、レックスちゃんの魔法は素晴らしいですわね。また帰ってくるまで受けられないと思うと、悲しいですわ」

 それで美容に困って、エルフに手を出されたら困る。なら、対策が必要だよな。何ができるだろうか。

「そっか。俺が居ないと、この魔法は使えないからね。……あ、良いことを思いついた」
「レックスちゃんのことですから、きっと素晴らしい考えなのでしょうね」
「母さん、渡したブレスレットを貸してくれる? ちょっと、試したいことがあるんだ」
「もちろんですわ。レックスちゃんなら、何をしても良いんですのよ。もし、失敗しても。美しさを、失ったとしても。あなたなら」

 おいおい、美しさと天秤にかけられるとか、ウソだとしても、とんでもないぞ。でも、希望が出てきたかもしれない。

 ここまで愛されているのなら、いざという時に、敵にならないでいてくれるかもしれない。そんな考えが浮かんでくる。

 今のまま進んでいけば、あるいは。なら、全力で母のために、力を尽くすべきだろうな。できるだけ、相手の愛情を深められるように。

「そんなリスクのあること、やらないって……。まあ、任せてよ」

 ということで、ブレスレットに魔法を込めていく。ついでに、治癒の魔法も。防御魔法はもとから込められているし、悪事を働かれると、厄介ではある。

 それでも、信じたい心がある。愛されているのは実感できるから、敵にならないでほしいと思ってしまう。この感情は、正しいのかどうなのか。

「とりあえず、これで、ブレスレットを付けている限りは、最低限の美容魔法が発動するはずだよ」
「ありがとう、レックスちゃん。でも、これからも、わたくしに美容魔法をかけてくださいましね」

 スキンシップとして、ということなのだろうな。なら、これからも頑張るとするか。それで敵が減るのなら、安いものだろう。

「母さんが望む限りは、そうするつもりだよ」
「大事な親子の時間を、これからも続けていきますわよ。ねえ、レックスちゃん」

 いつか、この人も殺す時が来るのだろうか。そう考えると、胸が苦しくなる。できれば、ずっと味方で居てほしい。そう願ってしまう。今の感情が間違いでないことを、祈るばかりだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...