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2章 捨てるべき迷い

55話 悩みと覚悟

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 学校もどきが盗賊に襲われたことがきっかけで、ジュリアは無属性の魔法に目覚めた。つまり、答えはひとつ。彼女は、主人公が女になった存在だったんだ。

 それなら、これまでの疑問につじつまが合う。シュテルがそばに居ることも、主人公と同じような、赤い髪が特徴的な見た目をしていることも。似た名前だったことも。

 だからこそ、悩ましい。ジュリアと、今後どういう風に接していくべきなのかが。

「ジュリアが主人公だってことは分かった。そうなると、俺を殺す可能性だってあるのか?」

 原作では、レックスを殺すのは、ジュリアだった。それを考えれば、ありえない話ではない。

「その前に、ジュリアを排除す、れば……」

 言葉にして、冷たくなっているジュリアの姿が思い浮かんで。そして、全身に寒気が走って、手が震えた。

 ジュリアが死ぬことを想像しただけで、強い恐れが襲いかかった。そう理解できた。当たり前だよな。俺を慕ってくれて、協力してくれて、仲を深めてきた相手なんだから。

 親しい誰かが死ぬなんて、許せることではない。変な方向に考えが進んでしまったと、自覚できた。

「あり得ない。ジュリアが死んだ上で手に入れる未来になんて、何の意味もない。弱気になるな、俺!」

 そうだ。慕ってくれる相手を、大切な人を、死なせるなんてあり得ない。たとえ、俺の命がかかっていたとしても。ジュリアには、俺を殺せる能力があるのだとしても。

 無属性の魔法は、闇属性にとっては弱点と言って良い。だが、そんなことは関係ない。俺より強いかもしれない。それだけのことで、ジュリアを敵視なんてできないんだから。

「そもそも、主人公がいなきゃ解決できない事件だってあるんだ。冷静になれ。判断を急ぐな」

 無属性の魔法があるから、乗り越えられた。そんな描写をされていた場面は、いくつもある。以前、そう考えていたじゃないか。

 今、ジュリアが主人公だと分かっただけで、方針を変える理由があるのか? そこまで考えて、俺は混乱していたんだと分かった。そうじゃなきゃ、ジュリアを死なせるなんて考え、思い浮かばなかっただろう。

 親しい相手を生贄に捧げた上での未来に、何の価値があるというのか。これまでだって、カミラを助けて、王女姉妹を助けて、ウェスを助けてきた。それを続けるだけで良いんだ。俺自身を見失うなよ。

「俺にとって、ジュリアは大事な相手なんだ。それは変わらない。いずれ敵になったとしてもだ」

 仮に王家から俺の討伐指令が出て、ジュリアが従うのだとしても。殺すなんてこと、できるはずがない。死んでほしくない相手で、一緒に生きたい相手なんだ。

 殺すなんてこと、検討するだけの価値はない。それなら、考えるべきことはひとつだけだよな。

「だったら、仲良くする手段を考えた方が建設的だ。その方向性で進むべきだろう」

 これまでに、剣を贈ったように。会話してきたように。時間を積み重ねてきたように。

 俺がジュリアにすべきことは、危険な相手として見ることじゃない。大切な相手として、ともに過ごす素晴らしい時間を増やすことなんだ。

「そもそも、敵対すると決まった訳じゃない。王女姉妹の仲を取り持つこともできたんだ。つまり、原作の未来は変えられる」

 そうだ。冷静になるだけで、考えは深まっていくな。原作にこだわりすぎるべきではない。そもそも、未来が壊れる行動は、いくつも重ねてきた。

 なら、俺はジュリアに敵対する可能性なんて、考えなくて良い。仲良くして、協力して、努力を重ねていけば良いんだ。

「なら、ジュリアと一緒に未来をつかみ取ればいいんだ。これから先だって、そうできるはず」

 原作主人公と悪役。そんなこと、どうでもいい。俺達の関係は、今は恩人と生徒。だが、いずれは隣で支え合う仲間になれば良い。簡単なことだ。少なくとも、ジュリアを殺すことよりは。

「だって、今回の盗賊団との戦いも、俺達は協力できたんだから」

 生徒達を守るために、俺を助けるために、ジュリアは無属性の魔法に目覚めてくれた。その想いを、無にするなんて論外だ。

 ジュリアが俺を慕う心は、間違いなく本物だ。だから、ただ信じるだけでいい。俺達は、それだけで未来へ進める。そのはずだ。

「シュテルだって、絶対に死なせたりしない。原作が壊れるなんて、知ったことか」

 シュテルは、本来原作の物語が始まる前に死んでいた存在。だからといって、彼女が死ぬべきなんていうやつは許さない。殺してやっても良い。

 妾よりもずっと素晴らしい未来を、シュテルに用意してやるんだ。幸せな姿を見るために。ジュリアともども。

「そうなると、ジュリアの魔法を強くしていくのも、大事だよな。戦力は、多い方が良いんだから」

 無属性の魔法でしか、対処できない敵。そいつらを倒すために。申し訳なくもなる。俺に力があれば、ジュリアに戦わせなくても済んだのに。

 それでも、俺1人で戦うことにこだわって負けてしまえば、何の意味もない。つまらないこだわりが捨てるべきだ。俺だけじゃなく、みんなの未来がかかっているんだから。

「だからといって、頼り切りになるなんてありえない。俺だって、もっと強くなるべきなんだ」

 当たり前のことだ。ジュリアにおんぶにだっこなんて、許されることじゃない。俺には才能があるんだから。フィリスに認められるほどの。エリナに認められるほどの。

 それだけ恵まれていて、苦しい過去を過ごしてきたジュリアに依存する。あまりにも罪深いだろう。

「俺自身の訓練も、ジュリア達と仲を深めることも、強くすることも、全部こなしていくべきだ」

 それこそが、良い未来をつかむための近道になるはずだ。結局のところ、楽な道なんてない。努力を積み重ねることこそが、最大の効率を生むんだ。

 もちろん、何も考えずにがむしゃらなだけなんて、あり得ないが。ちゃんと考えて、知識を手に入れて、その先にある努力こそが、正しい道なんだ。

「諦めるものか。みんなでハッピーエンドにたどり着くために。立ち止まってなんて居られない」

 これからだって訓練を続ける。剣も魔法も、毒への対策も、人質への備えも。学校もどきを守り切るためにもな。

「それに、黒幕もなんとしても見つけなくては。みんなを傷つけるやつなんて、生かしておけない」

 間違いなく、俺の敵だ。みんなの敵だ。そんな相手に、情けなんてかけるべきじゃない。そうすれば、みんなの危険が増えるだけなのだから。

 オリバーのときと同じ失敗なんて、もうする訳にはいかないのだから。

「殺しは嫌だし、苦しいのは確かだ。でも、そんな事を言っている場合じゃないからな」

 盗賊を殺したという事実は、俺の胸に重いものを運んでくるかのようだ。大きな石を飲んだみたいに、胃のあたりが重くなる。それでも、殺すことで問題が解決するのなら。

「悩みなんて捨てるべきだ。こんな苦しみを、他の人に味わわせるくらいなら」

 俺が殺しを嫌だと思うように、他の人だって嫌なはずなんだから。それなら、俺が殺す。俺の果たすべき責任は、決まっている。

 ジュリアにも、シュテルにも、他のみんなにも。できるだけ、手を汚させなんてしない。

「やるぞ、やってやる。どんな手を使ってでも、みんなで生き延びてみせる」

 たとえ、人を殺してでも。もう、迷わない。俺の道は、決まり切っているんだから。
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