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第5章 ノースジブル領の危機

55.西からきたもの

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「本当なのか?」
「ええ間違いありません」

 静かにクロードが頷くと俺は両手を組んだ。先程のクロードの話は実にノースジブル領にとっては厄介な話だった。何でも西の辺境から戻ってきた行商人が噂の流行り病を発症したとの連絡だった。

「その病人の具合はどうだ?」
「幸い、大事には至ってないようですが、かなりの高熱と喉に痛みがあると医者に訴えているそうです。また事前の情報にもあったよう特徴的な痣が体に出ていると」
「そうか。直ちに対策を打たなくてはいけないな。薬学研究所のマグノリアに報告と行商人の診察に当たっている医者と患者は暫く外出を最小限にするように伝えてくれ。その際に被る金銭問題は全て公爵家が負担することもな」
「はい、すぐに。」

 そう言うとクロードは慌ただしく執務室を後にした。それと入れ替わるように俺のもとにはノーマンがやって来た。

「旦那様、こんな時に誠に申し訳ないのですが…」

 ノーマンが俺に見えるように仰々しく持ってきたのは王家の刻印が入った手紙だった。

「王家からか。あれだな」
「ええ、恐らく」
「ありがとう、そこに置いていってくれて構わない。」
「ですが…今、開封しなくて宜しいのですか?」
「まあ内容は分かっているからな。こんな時だというのに王家は祝宴を開くというんだな」

 俺は独り言のように呟いた。ノーマンはやや困った表情を浮かべていたが、ノースジブル領の人間で今の王家に不満を持っていないものはいないだろう。特にこんな状況下では尚更だ。

「俺だけであれば断っていたはずだが」
「今回ばかりはそうも行かないでしょう。アリア様はアリス様の姉君ですし…嫌味と分かっているからこそ質が悪いものです」
「…本当にな。」
「私は旦那様が決めたことに従うまでです。それでは失礼致します。」

 執務室の扉をノーマンが閉める頃、俺は王家からの手紙を眺めていた。暫くしてからレターナイフを手にし中を見るとそれは予想通りに聖女の祝宴への招待状だった。俺とアリスに向けての招待状、いつもであればヴェンガルデン公爵家などに招待はしないため、アリアの浅はかな嫌がらせが透けて見えるようだった。

 普段であればヴェンガルデン公爵家は建前上、王都から招待はあるがそれを断るのが定石だった。王家や王都の貴族達はヴェンガルデン公爵家が『呪われた家系』であることがまかり通っているからである。

ー呪われた家系

 ヴェンガルデン公爵家がそう言われる所以を彼女にまだ話していない。これを言えば彼女は今度こそ何処かに行ってしまうかもしれない。そう考えるほど自分の口から伝えるのが恐ろしかった。

ーだが伝えなくてはいけない

 ヴェンガルデン公爵家がなぜ呪われた家系と言われるのか。伝えれば彼女は俺を軽蔑するかもしれない。それでも彼女が自分の傍を離れないでいてくれることを願いながら、魔鳥を放った。
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