家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(63)海底戦

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 海底の狭苦しいトンネルの中。砂まみれになりながら海底を掘り進めていた俺は、ふと作業の手を止めた。
 
「シンモルファの魂が消えた……」

 突貫工事で用意したリョーホ二号が、ついにベートに捕まってしまったらしい。もう少し時間稼ぎをしてくれればよかったのだが、仕方がない。レオハニーが足止めしてくれることを願って、俺は俺の仕事に集中しなければ。

「もう少しだけ耐えてくれよ、皆」

 じっとりとかいた汗を拭いながら、俺は『砂紋』でトンネル掘進を再開した。


 海底遺跡を離れる前、俺はとある作戦を打ち出した。その名も蜃気楼作戦だ。

 敵の目的は海底遺跡の占拠。ならば海底遺跡を敵から隠してしまえばいい。ついでに、俺自身も隠してベートの目を欺こう、という作戦だ。

 そこで俺は、急遽シンモルファの菌糸能力を手に入れることにした。

 シンモルファの『幻惑』は周囲に幻を出現させ、自分の姿さえも隠してしまう厄介な菌糸能力だ。だがその優秀さは同じ能力を持つゼンとの共闘で十分に体感済みである。あの能力があれば単純な蜃気楼作戦も大物に化けるはずだ。

 シンモルファ狩りはものの数分で終わった。ミヴァリアの里でやったように、アンリが矢で上位ドラゴンを誘導。シンモルファの姿が見えたら、気生石を背負った俺とレオハニーが突撃して瞬殺。こうして俺は四つ目の菌糸属性『幻惑』を手に入れた。

 ただ、シンモルファのついでに誘き出された上位ドラゴンが、そのままネフィリムを狩り始めたのは思わぬ収穫だった。不思議なことに上位ドラゴンたちはマリヴァロンと共闘するような動きを見せ、まるで海底遺跡を守るように泳ぎ回っていた。あの様子なら海底遺跡がネフィリムに突破される危険はほぼないだろう。

 俺は一つ目の目的を果たしてすぐ、シンモルファの遺体を『支配』と『瞋恚』でクラトネールの姿に改造した。『支配』で自分の菌糸をシンモルファの体内に切り離し、ツクモに俺からコピーしておいた自我データを移植させる。これでドラゴン版NoDの完成だ。身体の欠けてしまった部分はレオハニーのダアトで補強しておいたので、傍から見るとシンモルファの遺体が生きているクラトネールにしか見えないだろう。

 そうして作られたリョーホ二号と共に、陽動役のエトロたちと共に海中のネフィリムたちを遺跡周辺から引きはがしてもらう。後はネフィリムが減ったころ合いに『幻惑』を発動すれば、本物の遺跡は隠され、全く別の場所に偽物の海底遺跡が出現。これで蜃気楼作戦は成功だ。

 ただし、蜃気楼作戦は前座でしかない。

 わざわざ海底遺跡を敵の目から隠したのは、もう一つ理由がある。海底遺跡にいる旧人類の避難だ。

 浦敷博士の口ぶりからすると、旧人類は俺の菌糸と適合すればすぐにでも目覚める可能性があった。もし旧人類がこのような状況で目覚めてしまったら、パニックが起きて想定外の事故が起きてしまいかねない。それに海底遺跡の酸素もいつまで持つか不明だった。

 そんな時、俺は思い出したのだ。ニヴィから受け継いだ記憶の中に、マリーナに案内された黄昏の塔があったことを。

 黄昏の塔の地下施設には、海底のガラスホールと塔を繋ぐ巨大なハッチがあった。ならば海底遺跡と巨大ハッチを繋げてしまえば脱出路を確保できる。もし地下施設が水没していたり、ディアノックスの砂で埋もれていても『砂紋』で修繕すればいい。

 トンネルを開通させるには正確な方角を随時確認しなければならないので、アンリの弟の形見であるエランの双剣を使うことにした。エランの双剣には片割れのいる場所へ光を放つ特性があるので、海底遺跡に片割れを置き、巨大ハッチから掘り進めれば迷子の心配をせずに済むという寸法だ。

 蜃気楼作戦が完了してすぐ、俺はドラゴン化して海底を這うように泳ぎながらハッチを探し回った。ニヴィの記憶と、地上で見た黄昏の塔を頼りに、運よくものの数分で巨大ハッチ発見できた。

 ニヴィの記憶の通り、巨大ハッチの手前にはマリーナたちが座っていたガラスホールがまだ原型を留めていた。だが、長年放置されている間に何かがぶつかってしまったのか、ガラスホールには穴が開き、隅々まで海水が流れ込んでしまっていた。

 俺はその穴を再利用することにして『砂紋』と気生石で海水を追い出してから、ハッチの内部を確認した。幸いハッチ内部は無事だったようで、薄い大気がガラスホールの気生石の空気と合流するのを肌で感じられた。

 気圧が減って地下施設が倒壊するのではと心配していたが、これなら問題ない。俺はエランの双剣を振って遠い海底遺跡にいるアンリへ合図を送った後、早速作業に取り掛かった。

 そして現在、俺は競歩の速度でトンネルを掘り続け、ようやく半分まで走破したところだ。

 トンネルには細かくした気生石が等間隔で配置されており、水圧に耐えられるよう内側からも補強してある。俺の手持ちに残っている気生石の量は手乗り巾着が丸く膨らむぐらいで、巨大ハッチまで足りるかは五分五分だ。

 作戦を始める前にクライヴから「こんな危険を冒してまでトンネルを掘る必要はないだろう」と言われてしまったが、俺は最後まで説得を諦めなかった。アンリが旧人類を守るために海底遺跡に残ると言うのなら、アンリごと旧人類を救う方法を選ぶしかない。その方法がトンネル開通だっただけのことだ。

 アンリとツクモは現在『幻惑』が破られた時に備えて海底遺跡の防衛にあたっている。マリヴァロンが上手く偽の海底遺跡にネフィリムたちを誘導してくれているらしいが、それもいつまで持つかは不明だ。敵の潜水艦が『幻惑』に突撃でもしたら、一瞬で俺たちの作戦はバレてしまうだろう。

 トンネルが開通し、それでも旧人類がまだ目覚めていなかったら、俺がドラゴン化してポットごと彼らを避難させる予定だ。いかに早くトンネルを開通させられるかで、エトロたちにかかる負担が変わってくる。

 しかしリョーホ二号が倒されてしまったのなら、ベートがここに辿り着くのも時間の問題だ。レオハニーなら余裕でベートの足止めをしてくれるだろうが、心配なのはエトロたちである。海中のネフィリムたちは上位ドラゴンのお陰で対処できているが、地上にもネフィリムが溢れ返ったら厳しい戦闘になるはずだ。

 ちらりと背後を振り返ると、俺が延々掘ってきたトンネルがほぼ直線に続いていた。幅は三人並んで歩ける程度で、高さはおよそ二メートルほど。トンネルを照らす明かりは、『雷光』で適当に作った小さな照明だけだ。

 代り映えもせず閉塞感のある空間で、いつゴールに辿り着くかも分からないトンネルの中。空気の流れがないため蒸し暑く、常に息が上がる。何日もここにいたら気が触れてしまいそうだ。

『……ホ様……リョーホ様!』

 不意に、天井に刺しておいた気生石入りのパイプから、ツクモの声が響いてきた。おそらく海底遺跡から、気生石を持って俺の元まで駆けつけたのだろう。

「何があった?」
『敵の潜水艦がこちらに向かってきています!』
「早くねぇ!?」
『まだ本物とトンネルの存在は気づかれていません。偽物の方へ向かっているようです』
「数は?」
『三隻です。アンリの矢でも船体に穴を開けるのは難しいでしょう』
「なら、下手に手を出さない方がいいな。本物が気づかれるまでどうにかやり過ごして……」

 ドン、と近くで爆発が起き、俺の背後でトンネルを覆っていた砂がはげ落ちた。気生石の頑丈な空気膜のお陰で浸水はしなかったが、トンネルの内部が丸裸になってしまった。

「気づかれたか!?」
『潜水艦が一隻、こちらに向かっています! ここはワタシが!』

 俺が急いで修復に向かおうとすると、割れた天井の向こうでツクモの通り過ぎる影が見えた。俺が穴の外へ顔を出した時には、巨大な潜水艦へ単身向かっていくツクモの後姿しか見えなかった。

「ツクモ、無茶するな!」

 分厚い水で隔てられ、俺の声がツクモに届いているかどうか。潜水艦のライトがツクモに注がれ、船底から魚雷が発射された。

「こんな時に近代科学持ち込むんじゃねぇよ!?」

 心の底から科学の暴力に叫んでしまった。

 ツクモは初めて目にするであろう魚雷に臆することなく、両腕を正面に突き出した。真っ赤な瞳がピンクに染まるほど光を放ち、ツクモの指先から真っ白な光が溢れる。その光が弾丸のように魚雷の鼻面へ飛び立つと、激しく揺れ動いていた水流が緩やかに止まった気がした。

 魚雷は、ツクモの掌に触れる寸前でぴたりと動きを止めていた。

「……は?」

 ぽかん、と俺が口を開けていると、魚雷はまるで逆再生のようにバックし、加速しながら潜水艦のどてっぱらに直撃した。くぐもった騒音が水流を押し出しながら俺の元まで吹き付け、海底の砂を波打たせる。

 潜水艦は爆煙に煽られ、大きく船体を傾かせた。やがて腸から泡を溢れさせながらゆっくりと落下し、地響きを立てて沈黙した。

「ハッ……ハァッ! ハァッ!」

 ツクモは肩が上下するほど荒れた呼吸を繰り返し、水中から海底へ沈み始めた。俺は即座にトンネルの縁を蹴って水中に飛び出すと、落ち続けるツクモを両手で受け止めた。

「つ、ツクモ! 大丈夫か!」
「ワタシの事よりも、早く、トンネル、をッ!」

 自分のことを顧みないツクモに俺は顔を歪めながら、空気膜ごしに水を掻くようにしてトンネルへ戻った。

「よくやったツクモ。もう大丈夫だからな。しばらくここで休んでてくれ」
「……ですが……」

 憔悴したツクモが見上げる先には、海底には相応しくない不自然な光の塊がある。それはゆっくりと俺たちの元へと近づいており、黒々とした輪郭を徐々に露にしていく。鉄製の樽にプロペラを備え付けたような不格好なそれは、ユダラナーガに並ぶほどの特大サイズで、ツクモが撃ち落としたものと比較にならない。確かにあのサイズなら、アンリでも破壊するのは難しいだろう。

 俺が掘り進めていたトンネルは、ほとんど海底にめり込むような形で外から見ても薄く膨らんでいるようにしか見えなかったはず。それなのに敵はどうやって俺の居場所を突き止めたのか、確かめるなら潜水艦内の誰かをとっつ構えるのが一番早い。

 俺は気生石の入った巾着袋をツクモに預け、その中から一つだけ拝借してからトンネルの外へ出る。頭の中では、わざと敵に捕まってから潜水艦を奪うか、それとも最初からドラゴン化して叩き潰すかの二択が巡っていた。無謀だという自覚はあったが、真っ向から叩きのめしたくなるほど俺は冷静でいられなかった。

 その時、敵の潜水艦のすぐ横に、俺の後方から飛来した魚雷が弾けた。敵が使用している魚雷よりも威力は低いが、火薬に混ぜられていた金属片が分厚い装甲に突き刺さり、潜水艦から大量の泡を吐かせていた。

「一体誰が……っ!?」

 驚愕に見舞われながら振り返ると、トンネルを挟んだ向こう側に小さな影を見つけた。急接近してくるそれは、先端にドリルを付けた小型の潜水艦だ。鯨のような曲線美を描いたそれは立て続けに魚雷を発射し、敵の潜水艦に次々と穴を開けていった。


 ……ッハッハッハ! 盛大な花火だねぇ! もっと獲物はいないのかい!?


 空耳だろうか。小さな潜水艦の中から血気盛んな雄たけびが聞こえた気がした。
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