家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(61)背水の陣

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「来たぞ、ベートだ!」

 クラトネールの背中に乗ったエトロが吠え、全員がクラトネールの上で迎撃態勢を取る。海から出ればすぐに見つかると思っていたが、真っ先に突っ込んでくるとは。ほとんどリョーホの言った通りに事が進んでおり、エトロは軽くぞっとした。

「あはははは! やっと見つけた、浦敷博士!」

 飛行型ネフィリムの背に乗ったベートが、夕暮れに染まった空からほとんど落下するように距離を詰めて来る。彼女の熱烈な視線はクラトネールへ注がれており、エトロたちの方は微塵も気にしていないようだ。義理の娘だったレオハニーの存在にすら気づいていないらしい。

「そんな姿じゃお話もできないよね。一緒に浜辺を散策しようよ」

 ほら、とベートの不気味な声がつけたされた瞬間、クラトネールの真下から大量のネフィリムが飛び上がってきた。

「一旦陸に逃げろ!」

 クライヴに叫ばれ、クラトネールは大きく背を波打たせながら浜辺へ飛翔した。空中から大きくUターンし、水面スレスレを神速で滑空する。そうしている間にも海中から次々にネフィリムが飛び出し、後ろを振り返れば真っ白な大群がアリのように蠢いていた。

「ま、前からも来るぞ!」

 シュレイブが前方を見据えて青ざめるや、シャルがセスタスを構えて狙いを定めた。

「シャルが撃ち落とすし!」

 コンマ数秒にも満たないすれ違いざま──ネフィリムの白い胴体が紫の閃光に穿たれ、赤い霧と化した。

 ばしゃ! と背後で飛び散る鮮血にシュレイブは悲鳴をあげた。それから赤い霧をかき分けて迫り来るベートを見てさらに震え上がる。

「うわあああ来たああああ!」
「浜辺だ! 飛べ!」

 レオハニーの指示に合わせ、全員がクラトネールから飛び降りる。風圧を防いでいた空気膜から抜け出した瞬間、とてつもない強風が全身を包み込んだ。大気で慣性が一気に鈍るのを感じながら、エトロは空中で素早く体勢を立て直し『氷晶』で雪のクッションを作った。

 ぼしゃ、と柔らかく湿った音を立てて全員が背中から雪山に落ちる。クラトネールから飛び降りるのが遅れたシュレイブは雪山から転がり落ちて顔から砂へ突っ込んでいた。

 遅れて、エトロたちの上空を凄まじい速度で飛行型ネフィリムが飛んでいく。リョーホの作戦通り、ベートはクラトネールを追いかけるのに夢中なようだ。これでしばらくは雑魚狩りに集中できる。

「来るよ!」

 シャルが警告するが早いか、海から大量の水飛沫を上げながらネフィリムたちが進撃してくる。クラトネールに追いつけなかった群れが、丸ごとエトロたちへ矛先を変えたようだ。

「迎撃用意!」

 レオハニーの鋭い指揮に合わせ、エトロたちは菌糸模様を光らせる。オラガイアでも似たような軍勢を相手取ったが、目の前の軍勢はそれと比較するのも烏滸がましい規模だった。砂浜が真っ白な鱗で埋め尽くされ、大海原が見えないほど後続が湧いて出てくる。

 乾き切った喉がごくりと音を立てる。槍を握る手が震えるのはネフィリムの地響きか、それとも武者震いのためか。涎を垂らす面ドラゴンたちの顔がはっきり見える距離までくると、耳の奥できぃんと糸が張った。

 十分に軍勢を引きつけたところで、レオハニーが吠える。

「第一陣、行けッ!」

 流星じみた残光を散らし、シュレイブがネフィリムたちのど真ん中を突っ切った。

 シュレイブの菌糸能力は『彗星』。一秒にも満たない時間、身体能力を極限まで増幅させる。あまりにも短い時間のため直線移動しかできず、途中で方向転換や急ブレーキもかけられない。

 その分、爆発力は絶大だ。

「うおおおおぎゃあああああああ!」

 悲鳴と咆哮を合体させた声に合わせ、細身の大剣が振り下ろされる。

 沈黙。

 一拍後、網膜を焼き尽くさんばかりの爆裂が軍勢のど真ん中を粉砕した。大剣が叩きつけられた場所はクレーターが刻まれ、その範囲にいたネフィリムが力なく空中へ打ち上げられる。衝撃をまともに受けた者は身体の半分が消し飛んでいた。

「やるじゃないかシュレイブ!」

 エトロが思わず称賛するが、敵陣のど真ん中でたった一人のシュレイブはそれどころではなかった。

「く、クライヴ! 早く『迷彩』かけてくれ! 食われる! 食われるぅ!」
「ったく締まりがないなあいつは!」

 大混乱に陥っているネフィリムの間を掻い潜って、クライヴがシュレイブの首根っこを引っ掴む。一瞬だけクライヴの菌糸模様が瞬いたかと思うと、シュレイブたちの姿が完全に消え失せた。

 あとは勝手に二人で脱出をするだろう。後は。

『グルアアアアアアアアアア!』

 半狂乱のネフィリムたちががやけくそ気味にエトロたちの方へ向かってくる。それと同時にレオハニーは掌から溶岩を噴火させ、道を塞ぐように左右へ広げた。

 異常な光景にネフィリムたちはその場でたたらを踏み、さらに足並みが崩れる。

「第二陣、放て!」
「はい!」

 エトロは槍を空へ掲げ、上空から無数の氷矢を打ちだした。本来なら即座に用意できない量だが、クラトネールで陸まで逃げる最中に、空中で冷気を振りまいていたのだ。

 菌糸からみるみる力が吸い出されていく感覚にエトロは歯を食いしばる。そして、十分に肥大化した氷矢から順番に、勢いよくネフィリムの軍勢へ叩き込んだ。

 腕一つ分の太さを持つ氷矢が、重々しい音を立てながらネフィリムごと砂浜を穴だらけにする。ネフィリムの纏っていた海水や鮮血が飛び散れば飛び散るほど、氷の材料となる水分が補充され、より氷矢の生成速度も加速していく。死体が氷の針山になるまで氷矢は振り続け、前線は死屍累々となった。

「ぐっ」

 力を使い果たし、エトロは砂浜に膝をついた。だが溶岩の壁の向こうではまだまだ数え切れないほどの地響きが迫ってきている。

「全員下がれ!」

 レオハニーの命令が飛んだ瞬間、エトロはシャルに抱えられて後ろへ退避させられた。その数秒後、煮えたぎる溶岩が夕空へと噴火し、ネフィリムたちへと降りかかった。

 溶岩と氷の針山が触れた瞬間、水蒸気爆発で死体ごと敵が吹っ飛んだ。砂と血が混じった刺々しい爆煙が四方に飛び散り、巻き込まれたネフィリムの悲鳴が合唱を作る。それでもレオハニーは攻めの手を緩めることなく、溶岩の壁から滝を流すように灼熱の濁流を迸らせた。

 気づけばエトロたちの前に、砂浜を横断する漆黒の壁が高々と聳え立っていた。飛行型ネフィリムであっても易々とこの壁は越えられないはずだ。

 これで陸からの増援を防げる。水中の増援はアンリに任せるしかないが、ここでネフィリムを狩りつくしてしまえばいくらでも救援に向かえる。

 エトロは大きく呼吸を繰り返して乱れた息を整えた。先ほど能力を使い切ってしまったが、リョーホから渡された『雷光』の短剣で菌糸模様が光を取り戻している。

 リョーホの『雷光』には何度も救われてきたが、驚異的な再生速度に改めて驚かされる。一晩寝なければ拭えない疲労感でさえ『雷光』があれば数秒で回復してしまうのだから。

「エトロ、行ける?」
「ああ。もう大丈夫だ。行こう」

 心配して肩を支えてくれるシャルに返事をし、エトロはシャルと共に地面を蹴った。高々と聳える壁を上り切ると、レオハニーが流した溶岩がそのまま凝固した急斜面を見下ろせた。数十メートル下ではネフィリムたちが斜面を登ろうと必死に足掻いているが碌に進めていない。

 空を見上げると、クラトネールを撃ち落とそうと我武者羅に鞭を振るうベートが見える。時折雷鳴がとどろき、飛行型ネフィリムに雷が直撃しているが、ベートはびくともしていなかった。致命傷を受けても死ななかったとミッサから聞いてはいたが、あの様子を見る限り不老不死を疑った方がいいだろう。

 ベートは死ぬまで浦敷博士を追いかけるだろう。しかし当人が死なないとなると大迷惑だ。なんとしてもヨルドの海底遺跡を守りたいエトロにとっても邪魔者でしかない。

 今すぐ殺してやりたいが、勝つためには作戦を優先しなければ。

 エトロは口をすぼめながら深い呼吸を挟むと、槍の隅々まで自分の菌糸を張り巡らせた。槍全体から冷気が渦巻き、壁の表面が白く凍り付く。

 瞼を伏せると、郷愁と憎しみが一度に押し寄せてきた。砂に埋もれ、消えてしまったバルド村。滅ぼされてしまった自分の故郷。そしてまた、先祖が残してくれた人たちが奪われようとしている。

 このまま憎しみに溺れ、何も考えずに武器を振るえたらきっと楽なのだろう。だがエトロにはもう、なりふり構わず戦うよりずっと冴えた手段がある。

 エトロは武器と自分の意識を馴染ませながら、傍らのシャルへ不敵に問いかけた。

「シャル。どちらがより多くのドラゴンを狩れるか勝負しないか?」
「やる! いっぱい役に立って、皆に褒めてもらうんだし!」

 復讐よりも家族の愛を選んだ少女が、きらきらと目を輝かせて気持ちよく返答した。武器を振るうなら、これぐらいの理由が丁度良い。背負いすぎず気負い過ぎず、余裕を持って振るった方が何倍も強くなる。この少女はエトロにそう教えてくれたのだ。

 エトロとシャルは揃って武器を構えると、斜面を滑り降りながら菌糸能力を発動させた。

「せあああああ!」
「うりゃあああ!」

 二人の少女がネフィリムの軍勢と衝突した瞬間、肌を裂くほどの極寒が戦場を染め、紫色の閃光が粉砕していった。
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