家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(47)海底遺跡

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 渦の中心へ降りると、色あせた砂が分厚く敷き詰められた海底へと辿り着いた。日差しが濁るほど仄暗い海底には、突然空気にさらされて逃げ場を失った深海魚が腹を膨らませながら死んでいる。

 俺達の周囲には絶えず渦巻く大渦の壁があり、半径十メートルの距離を保ちながら不規則にゆらめいていた。大渦は今すぐに消えてしまうような気配はなく、探索する時間はかなりありそうだ。

 魚の死体を跨ぎながら進んでいくと、俺達の動きに呼応するかのように大渦が向きを変え、じわじわと進む道を切り開いてくれた。大渦を操っているのはマリヴァロンのようで、渦の壁から時々巨大な魚影が見え隠れした。

 しばらくすると、滝の中から巨人が現れるかのように、竜王に匹敵するほど立派な遺跡が出現した。遺跡の表面はサンゴやフジツボに侵食されているものの、五百年以上の歳月を経たと思えぬほど小奇麗な姿だった。

「あれが機械仕掛けの門、なのか?」
「とりあえず開けてみよう」

 エトロに背中を押されたことで、俺の中から不安や躊躇いが消えた。代わりに時間ギリギリで自宅まで忘れ物を取りに行くような心地で、遺跡の大扉へと駆け出していた。

 網目状に差し込む日の光をなん度も潜り抜けて、勢いよく両手を大扉に押し付ける。

 すると、固く閉じられた大扉の中央から鍵が開くような音がした。遅れて、俺の手のひらからカラフルな菌糸が流れ出し、扉の細やかな溝へと根を張っていく。

 間も無く、中で無数の歯車がかみ合い、分厚い壁越しに俺の掌に振動が伝わった。歯車の音色は一際大きな音を立てて止まると、ゆっくりと砂煙を開けながら開き始めた。

 固唾を飲んで、大扉の奥へと目を凝らす。長年の間ミイラと化していた遺跡内部からは、カビ臭い墓所の匂いが立ち込めた。大扉越しにみるみる光が傾れ込んで、何百年も封じ込められていた闇が取り払われていく。

 闇の中から輪郭を表したのは、大量に横たえられた等身大のポッドだった。野外病院のように整列したポッドからは無数の管が伸びており、壁の中へ集約しながら天井へと這い上っている。管の先を辿っていくと、オラガイアの心臓部とよく似た巨大な試験管が、緑色の光を放ちながら、一粒の小さな青い球体を守っていた。

「……寒いな」

 鼻先に凍えを感じつつ、恐る恐る中へと踏み入る。ポッドの中を覗き込んでみるが、冷凍室のような分厚い霜が邪魔でよく見えなかった。

 ポッドを一つずつ確認しながら進んでいくと、他よりも比較的状態の良いポッドを見つけた。そのポッドの霜は薄く、ガラス製の外殻越しに中を見渡すことができた。

 その中を見た瞬間、シュレイブが悲鳴を上げながらクライヴに飛びついた。

「に、人間だ! 人間が閉じ込められているぞ!?」
「もう死んでるんじゃないか?」
「ひぃ!」

 クライヴの言葉にますます震え上がるシュレイブ。その後ろでシャルがわざと脅かしてシュレイブは半分涙目になっていた。

 その様子に苦笑しながら、俺はレオハニーの方へと身を寄せた。
 
「……コールドスリープ、ですよね」
「ああ。多分、機械仕掛けの世界へ精神を送った後、肉体をこうして保存していたんだろう」
「つまり、ポッドに眠るこの身体は抜け殻ってことですね」

 俺がそう呟くと、話を聞いていたアンリがコツコツとポッドを叩いた。

「なら、魂を入れればこの身体は再び生き返るのかな?」
「一度魂が離れても復活できるのは俺たちでも実証済みだし、不可能じゃないだろうな」
「ふーん……だったらさ、機械仕掛けの人間たちも新人類の身体をわざわざ奪わないで、自分たちの身体に戻ればいいのにね」
「そうできない理由があるんじゃないか? 例えば、ここにいる人以外の身体が残っていないとか、魂が変質してしまったとか」

 アンリと会話を続けている最中、ずっとポッドにへばりついていたシャルが「あっ!」と大きな声を上げた。

「どうしたシャル?」
「この菌糸模様、見覚えあると思ったらエトロのだよ!」
「え?」

 言われて覗き込んで見れば、確かにポッドの表面にはエトロと同じ菌糸模様があった。雪の結晶を模したそれは明らかに氷ではなく、所々に菌糸特有の繊維らしさが見てとれた。

「なんでこんなところに……」

 ガラスの表面をなぞりながら呟くと、ツクモが両手を握りしめながら薄く唇を開いた。

「おそらくですが、古代の者たちはコールドスリープ用の電源が尽きるのを危惧していたのでしょう。菌糸であれば長い歳月が経過してもコールドスリープを維持できますから」
「じゃあ、この施設は電力じゃなくて、菌糸で動いてるのか?」

 俺が周りを見渡しながら呟くと、レオハニーが頷きながら、天井の巨大な試験管を指差した。

「オラガイアの心臓部にもあったカラクリだ。レリーフや構造もそっくりだから、こういった遺跡がオラガイアの源流になったんだろう」

 この遺跡とオラガイアの思いがけない繋がりに、俺は不思議な気持ちになった。自分が遠い国の王族と血が繋がっていたと知った時のような、いまいち実感のない話を聞いたかのようである。

 もしかしたらオラガイアにも旧人類の肉体を保管した遺跡が眠っていたのかもしれない。それを守るためにオラガイアの人々は天空へ逃れたんじゃないかと、もはや確かめようのないロマンが膨れ上がっていく。

 ぼんやりと天井に浮かぶ一粒の青い球体を見上げていると、ツクモの穏やかな声が流れてきた。

「この遺跡は、旧人類と新人類が共存していた時期に作られたものでしょう。でなければ、こうも巧みに菌糸能力とカラクリを融合させることなど不可能ですから」
「……そうか。なら、氷の一族が墓守と呼ばれていたのも?」
「はい。旧人類の魂が機械仕掛けの世界へと送られた後、氷の一族はこの遺跡を代々守護する役目を担ったのでしょう」

 ツクモは一旦言葉を区切ると、側にあったポッドを撫でながら白い睫毛を振るわせた。

「私の思い違いかもしれませんが、ポッドを包む菌糸模様が、なぜだか優しい抱擁に見えます」
「……俺も、そう見えるよ」

 ポッドを包み込む菌糸と冷気は、繭に包まれた命が芽吹くのを楽しみにしているように感じられた。何百年もの間、途絶えることなく旧人類を守り続けた氷の一族は、もしかしたらバルド村の英雄カイゼルよりも強い意志で、この地に菌糸を植えつけたのかもしれない。

 静まり返った遺跡の中、エトロは青い瞳でじっと、先祖の菌糸模様を刻みつけるように見つめた。

「私の母も、祖母も、知っていたんだろうか。この遺跡に旧人類が眠っていることを」

 旧人類と新人類が共存していた時期が、ここにはあった。そして、ドラゴンが闊歩する過酷な現実世界で、旧人類の肉体を遺跡と共に守り続けてきた人がいる。新人類からすれば、旧人類は自分たちだけで平和な世界へ逃げた裏切り者だったというのに。

「……ありがとう。エトロ」

 気づけば俺は傍らの彼女にそう言っていた。

 エトロは菌糸模様から目を離さないまま俺の手を握った。その横顔は泣きそうで、嬉しそうに赤らんでいた。
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