家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(46)氷の一族

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 太陽が真上に移動した頃。ヨルドの里周辺の安全を確認し終わった俺たちは、円を作るようにして地べたに座っていた。

「潜水艦は……見つからなかったな。人がいた形跡もない。エラムラの狩人に教えてもらった入江の方も、砂で埋もれて影も形もなかったよ」

 俺の報告に続くように、アンリが海水で濡れた服を絞りながら口を開いた。

「海中も調べてみたけど、それらしい抜け穴は見つからなかったよ。あれだけ巨大な穴を開けられる潜水艦なら、近くまで行けば一目で見つけられそうなものだけど」

  だんだんと弱々しくなっていくアンリの声に、シャルが不安そうに俺たちを見上げた。

「オリヴィアたち、ガルラ環洞窟の方へ避難しちゃったのか?」
「そうだと思いたいな。手っ取り早く抜け道を見つけて、ガルラ環洞窟まで逆走できればすぐに見つけられそうな気がするんだけど……」

 ガルラ環洞窟からヨルドの里へと繋がる地下通路は、エラムラの狩人によると西の入江にあるらしい。だがそこはディアノックスの被害を受けてしまい地盤から砂と化してしまい、バルド村の時のように土砂をどかすというレベルではなかった。

「今は彼らの無事を祈るしかない。それよりも、すぐ近くの機械仕掛けの門に集中しよう」

 レオハニーから冷静な指摘を受け、俺たちはズボンを砂まみれにしながら座り直した。

 波打ち際はビーニャ砂漠と違って風が涼しく、海水で濡れた身体を程よく冷やしてくれる。相変わらず強すぎる日差しは最悪だったが、ドラゴンもいない静かな浜辺は居心地が良かった。

「さて、どうやって機械仕掛けの門を探しましょうか」

  ツクモの問いをきっかけに、俺は顎に手を当てながら口を開く。

「ニヴィの記憶によると、門は深海に眠ってるらしい。いつもはマリーナさんが黄昏の塔から地下通路を通って門の管理をしてたらしい」
「ですが、肝心の塔が砂に埋まっているので道は途絶えています。十二年前に放置されているので、リョーホ様の『砂紋』で掘り起こしても、海中の通路が繋がっているかどうか……」

 うーん、と俺とツクモが頭を悩ませていると、レオハニーがバックパックから水筒を取り出しながらこう言った。

「黄昏の塔はあくまでも門を管理するためのもので、直接門の中に入れるような入口はない。以前この目で確認したから断言できる」
「レオハニーさんも前に来たことあったんですね」
「ああ。マリーナからも聞かされていたから。門の入口はまた別のところにあるのだろう」

 しばしの沈黙の後、クライヴが神妙な顔で聞いた。

「その入り口についてマリーナ様から聞いていないのですか?」
「残念ながら、氷の一族にしか教えられない決まりだと断られた」
「氷の一族、ですか」

 クライヴはシュレイブと顔を見合わせて黙り込む。そこで俺は常々気になっていたことを質問してみた。

「なぁ、氷の一族っていうのは結局なんなんだ?」
「お前そんなことも知らないのか……いや、鍵者は例外だったな」

 クライヴは一瞬だけ顔を顰めた後、仕方なさそうに表情を緩めながら地面に手をついた。

「氷の一族は文字通り、氷属性の菌糸能力を代々受け継いでいる一族だ。氷は水属性の派生で、ヨルドの里でしか発現例が確認されていない希少なもの。しかも古くから里長としてこの地を治めてきたから、自然と氷の一族と呼ばれるようになったんだ」
「その末裔がエトロってことか」

 俺が言い終えると同時に、全員の視線がエトロの方へと集中した。

 エトロは軽く身構えつつも、何やら思案するように眉間に皺を寄せた。

「確かに私も氷の一族だが、母からは機械仕掛けの門にまつわる話なんて聞いていないぞ?」
「それっぽい話とかないか? こう、風習とかタブーみたいな」

 俺が身を乗り出すと、エトロはますます眉間の皺を深くしながら頭を働かせた。

「……ん、一つだけそれらしいものがあった気がする」
「どんなやつだ!?」
「毎年行われる収穫祭で、氷の一族の者が流氷舞をするんだ」
「流氷舞?」
「簡単に言うと、ヨルドの里の結界を張り直すための儀式だ。ここの結界はカイゼルの加護と同じく、土地に菌糸を織り込むことでドラゴンを寄せ付けないようにしている。氷の一族の菌糸はドラゴンを不思議と寄せ付けないから、海を凍らせ、雪を降らせることで結界を維持してきたんだ」
「なるほど。普通に聞くと門とは関係なさそうだけど、何かあるんだな?」

 エトロは俺に頷きかけると、海を眺めながら続けた。

「流氷舞をする時、舞手は海の上に立たねばならない。そして舞を始めると、氷を飲み込むように大渦が生まれるんだ。いつも真夜中に行われているから渦の大きさははっきりと分からないが、相当大きかった覚えがある」
「結界を張るだけなら、渦を作る必要はなさそうなもんだよな」
「そうだ。だからもしかしたら、渦の先に機械仕掛けの門があるんじゃないかと思うんだが……どう思う?」

 突拍子もない発想だと自覚しているからか、エトロは少々自信なさげだった。そこへ、シュレイブがその場の雰囲気を吹き飛ばすように立ち上がった。

「ありえるぞ! 夢のある話じゃないか! 早速そのリューヒョーナントカとやらをやって見せてくれ!」
「待て待てシュリンプ。本当に渦の中に門があったとしても、生身で海底に降りるのは不可能だろ!」
「シュレイブだバカめ!」

 俺がどぉどぉとシュレイブを宥めていると、アンリが「いや」と短く声を上げた。

「行けるんじゃないかな。シュレイブ君の言う通り」
「マジで?」
「潜水艦なんて普通の人間が作れるようなものじゃないでしょ。ドミラスみたいな変人ならともかくさ」

 アンリがそう言って肩をすくめると、ツクモは眉を顰めながら反論した。

「しかし、トゥアハ派の目を欺くために海中に門を作ったとも考えられませんか? 潜水艦の製造も、資格ある者を判別するための証とも考えられます」
「それもあり得るね。でも浦敷博士って、わざわざ新人類のために予言書とNoDを作り出しちゃうぐらいお人好しなんだよ? もっと確実な方法で、機械仕掛けの門へ鍵者が辿り着けるような細工をしていると思うんだ」
「確かに……」
 
 俺が納得すると、レオハニーは徐に立ち上がった。

「それなら実際に流氷舞を取り行えばいい。エトロ、準備をしなさい」
「はい、師匠」

 エトロも遅れて立ち上がると、胸に手を当てながら大きく深呼吸をし、気合を入れてから走り出した。



 ・・・───・・・



 流氷舞の儀式は、本来なら真夜中に行われる。だがエトロ曰く、昼間でも儀式の練習をしていたので概ね問題ないらしい。

 ただし、エトロは流氷舞の儀式を学ぶばかりで、実際に催事に関わったことはないらしい。バルド村でも流氷舞の鍛錬は欠かさなかったらしいが、正しく儀式を行えるかは微妙だそうだ。

「とりあえずやるだけやってみよう。ダメだったらまた別の方法を試してみればいい」
「だが別の方法がなかったら……」
「大丈夫。そこまで気負わなくていいよ。失敗しても俺がなんとかする。ドラゴンが来ても俺たちですぐに追い返すから、エトロは儀式に集中してくれ」

 珍しくナイーブになっているエトロの背中を優しく押して、波の向こうへと送り出す。エトロは胸元で手を握りながら俺を何度も振り返っていたが、くるぶしに波が流れ込んできたのをみて、ついに覚悟を決めたようだ。

「行ってくる」
「おう。行ってらっしゃい」

 満面の笑顔で手を振ると、エトロは背中の槍を背負い直しながら慎重に水面へ『氷晶』を浸透させた。

 マリーナが海上を歩いた時よりもゆっくりと時間をかけて、エトロは沖の方へ進んでいく。彼女が通った道は白い氷を浮かべ、新たな波が押し寄せるたびに細かく砕けていった。だが、エトロが奥へ進めば進むほどに、氷の破片は大きく頑丈なものとなり、やがて北極の流氷のように分厚く安定した土台へ変化する。

 海を支配し始めたあたりで、エトロは身体のあちこちに冷や汗を掻き、息を乱していた。やはり海面を凍らせるのはそれなりの力が必要なのだろう。ヴァーナルから授かった氷槍がエトロの菌糸能力を増幅させているが、それでも相当な負担が掛かっているはずだ。

 菌糸能力を使いすぎると、だんだんと全身に力が入らなくなり、やがて立てなくなるほど衰弱してしまう。もしエトロが海上で衰弱してしまったら、きっと泳ぐ間も無く溺れてしまうだろう。今からでも『雷光』の短剣を渡した方がいいんじゃないかと俺が踏み出すと、背後からレオハニーに引き止められた。

「あの子を信じてあげなさい」
「……はい」

 俺は小さく返事をし、遅れて自分の手のひらに爪が食い込んでいることに気がついた。笑顔でエトロを送り出しておきながら、俺も彼女の不安につられていたらしい。

 手のひらの爪痕を撫でながら、俺はエトロから海へと意識を移した。『瞋恚』を発動してドラゴンたちの動向を見守るが、どれも寄ってくる気配はなかった。エトロの『氷晶』にも結界と同じ作用が継承されているからかもしれない。

 俺は太刀の柄に手をかけながら、傍らにいるツクモへ小さな疑問を投げかけた。

「そういえば、ツクモは氷の一族について何か知ってるのか?」
「いいえ。ですが、博士から一度だけそれらしき話を聞いたことがあります。機械仕掛けの世界を外から守る、いわゆる墓守がいると」
「墓守……」

 不穏な呼称に、毛先を炙られるような不快感が呼び起こされる。俺が無数の死の記憶を抱えているからか、それとも機械仕掛けの世界に住む人間がただの自我データでしかないからか、自分でも説明できない。

 ただ、エトロが担うべき使命ではないと、何故だか強く思っていた。

 エトロの背から氷槍が引き抜かれる。槍はくるりと一回転し、エトロの背に柄を当てるようにしながら、青い刃を水面に触れさせた。

 刃先から雪の結晶が海中へ浸透し、あっという間に海を白く染める。

 気づけば潮騒が止んでいた。

 ぱきり、とどこからか氷の裂ける音がする。それを皮切りに、エトロは薄氷を滑るように高く右足を上げた。バレリーナのように柔らかく、神楽のように優雅に回り、邪を祓うが如く踏み鳴らす。

 時に熾烈に、時にしじまに。

 槍を自在に操り、空中に薄氷のヴェールを巻きながら、一人の少女が舞い踊る。
 
 数分以上もその舞に魅入って、ふと俺はレオハニーの方を振り返った。何かを思ったわけではない、レオハニーの気配がいつもと違うように感じられたのだ。

 そして、それは当たっていた。レオハニーはどこか報われたような表情をして、愛しむようにエトロを見守り続けていた。スキュリアで壁画を見上げた時とは違うレオハニーの姿に、俺も自然と晴れ晴れとした心地になった。

 その時、海に異変が起きた。

 沖の海面が異様に膨れ上がり、滝のようなしぶきを上げながら、何かがぬるりと顔を出す。

 現れた巨大な頭部は、アザラシと猛禽類を合体させたような、愛らしくも恐ろしげな顔立ちをしていた。

「あ、マリちゃんだ」
「マリちゃん!?」

 俺が名を呼ぶと、シュレイブから驚愕の声が上がった。そして俺の隣にいたツクモからも親しみのこもった歓声が上がる。

 あのドラゴンは、アンジュが抱き抱えていたあのマリヴァロンの赤子だ。そして以前ツクモがレオハニーに殺された日に現れた個体でもある。あの時俺はマリヴァロンを殺そうとしていたが、あちらはそのことを覚えているだろうか。だとしたら申し訳ない。

 マリヴァロンは一瞬だけ浜辺にいる俺たちを一瞥した後、舞い続けるエトロの方へゆっくりと近づいていった。エトロの周囲を取り巻いていた氷が轟音を立てながら砕かれ、次々に荒れる波間に飲み込まれていく。

 まさかエトロを捕食する気かと俺は身構えたが、それは杞憂に終わった。

 マリヴァロンはエトロから十メートル程度の距離で動きを止めると、長い首を反り高々と笛の音を響かせた。

 その音色に導かれるように、海上で急速に曇天が渦巻き始める。今にも雷が降ってきそうなほど真っ黒な雲が空を覆い尽くし、ヨルドの里は夜のように暗くなった。

 そして、黒雲から生み出されたと思えぬほど美しい白が、桜吹雪のようにひらひらと舞い落ちてきた。

「雪だ……」
 
 そう時間をかけず、砂浜が真っ白な雪で塗りつぶされていく。ビーニャ砂漠の灼熱が恋しくなるほどの極寒がヨルドの里を取り巻いて、さらに数秒後。

 がごん、と重々しい音を立てて、エトロの近くの氷が砕け、扉のように左右に開かれる。そこへマリヴァロンが二度目の笛の音を響かせると、マリヴァロンを中心に大渦が誕生した。

 大渦は周囲の氷塊を巻き込みながらみるみる成長し、やがて螺旋階段のようにその身を凍らせながら海中深くまで空洞を広げていった。

 マリヴァロンが短く鳴くと、エトロは舞を止めて俺たちの方へ振り返った。槍を振りながら合図を出す彼女は、汗で顔を赤くしながらきらきらしい笑顔を浮かべていた。

 アンリはエトロに手を振りかえしながら、緊張した声色で告げた。

「海底への道が開かれたようだね」

 激しい大渦の音が、開かれた大幕へ注がれる拍手のように、大きくうねりながら俺たちを招かんとしている。

 門の先には何があるのか。機械仕掛けの世界を、終末の日を止められるのか。

 一抹の不安と共に、未到の地へ踏み入る高揚感が臓腑から全身へ駆け巡る。

 俺は呼吸で口元を白く烟らせながら、真っ黒な瞳で流氷の先を見据えた。

「行こう。機械仕掛けの門に」
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