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5章
n回目の引き継ぎ
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………………
…………
……
何度も過去に戻り、歴史を繰り返してきて分かったことがある。それは、たった一時間の行動を変えるだけでも未来が変わってしまうということだ。
予言書の強制力は、浦敷の協力があっても完全に無力化できるものではないらしい。思い通りの未来を辿るには、それこそ針に糸を通すような細かな調整が必要だった。
それから、安定して望む未来を得るために四つのことに気を付けなければならない。
一つ。アンジュを生かすためには、必ずミカルラに死んでもらわなければならない。
俺はずっと、アンジュの身体からベートの人格を引きはそうと試みてきたが、不可能だった。アンジュの魂とベートの人格が完全に融合していたからだ。
だから暴走する前のアンジュに分魂を施し、魂の一部を空いているNoDに移し替えた。これでようやくアンジュを元の人格のままで生存させられたが、今度は暴走したミカルラがアンジュを殺しに来るようになった。ベアルドルフを差し向けてくることもあれば、ミカルラ本人がスタンピードを引き連れて奇襲してくることもあった。
そこでミカルラが暴走しないように手を回せば、今度はベアルドルフが死ぬようになった。ベアルドルフの敗因は、仲間殺しの覚悟が足りなかったせいだ。毎回毎回、最後の一撃で手心を加えては殺されているのだから間違いない。
あの男はベートと対峙する前に、大事な人を殺す経験をしておかなければならないようだ。ベアルドルフには悪いが、俺はミカルラに生贄となってもらうことにした。ミカルラもそれを望んでいたのだから。
個人的な感情を優先している自覚はある。しかしこの世界を存続させるためにも、アンジュの『星詠』は必要不可欠だ。
二つ目。タイムリープができる範囲は限られているらしい。少なくとも『星詠』の菌糸を俺自身に移植する前の過去には戻れなかった。『星詠』の菌糸を持っていなければそもそもタイムリープできないのだから妥当だろう。
もし一週目の俺にメッセージを送れるのなら、もっと早く菌糸を移植しておけと文句を言いたかった。
ノンカの里が滅びる数日前に戻ったところで、アンジュに分魂を施すのが精一杯だ。もっと前に戻れたなら、ベートの稚拙な願望なんぞ粉々に打ち砕いて、生まれてきたことを後悔させてやれたというのに。そうすれば何度も仲間が死ぬ瞬間を見る必要はなかった。
三つ目。レオハニーの復讐を止めるには、リョーホとエトロが揃っていなければならない。
レオハニーは機械仕掛けの住人――旧人類の転生者だ。彼女は菌糸融合実験に関わっていた研究者を憎んでおり、浦敷も例外ではない。
七回ほど前の俺は、レオハニーがまさか旧人類の転生者だと思わず、最終決戦まで彼女を野放しにしてしまった。そのせいで綿密に積み上げてきた計画はご破算となり、機械仕掛け側の協力者が皆殺しにされた。彼らを救うために、俺はまたタイムリープしなければならなくなったのだ。
俺が目指しているのは、必要最低限の犠牲と大団円だ。その中には機械仕掛けの住人達も含まれる。しかし、俺からの説得ではレオハニーは絶対に首を縦に振らず、意地でも機械仕掛けの世界を滅ぼそうとしてきた。だが、エトロやリョーホに仲介させると、驚くほど彼女の態度が軟化し、俺の話にも耳を傾けてくれるようになった。
そこで俺がタイムリープしていると打ち明けると、レオハニーは可能な範囲で協力すると言い出した。だが、彼女の言葉は信用しない方がいい。彼女の独断専行で、二回ほど追加でやり直さなければならなくなったと明記しておく。
最後の四つ目は、ロッシュの事だ。
俺は前々回、さらにもう一つ前の周回で、ロッシュにタイムリープのことを打ち明けていた。だがその悉くで、俺の知っている歴史と大きく未来が変化した。しかも悪い方向に。
だから前回はロッシュに話を通さず進めてみると、これまでの日記に書かれた通りの未来となった。前々回で日記と乖離した歴史になったのは、敵に情報が伝わっていたからとしか考えられない。そのパイプ役がロッシュという可能性が、ここにきて浮上してきた。
次のタイムリープで、もう一度ロッシュに打ち明けてみようと思っている。それでまた歴史が変わったのなら、腹を括る。
いくら過去に戻ったところで、すべての人間を救えるわけではない。俺はそれを十全に理解していたつもりだが、何度も顔見知りの死に様を見せつけられると、俺は無駄な時間を費やしているんじゃないかと思えてくる。そして千切れた魂を継ぎはぎした今の俺は、本当に一周目の俺と同じ志を持っているのかも曖昧になってきた。
ベアルドルフが今の俺を見たら、どんな魂が見えるのだろうか。あいつが安定して生き残るようになってから、できるだけ会わないようにしているが、答えが少し気になる。
………………
…………
……
最近、命の価値が分からなくなってきた。
ヤツカバネ討伐に失敗し、全滅したリョーホ達を前にしても俺は狼狽えることができなかった。それどころか、どうせ死んでもタイムリープすれば生き返るという発想が自然と湧き上がってきた。レオハニーから過去に逃げるなと怒鳴られなければ、俺は取り返しのつかない道へ突き進んでいたかもしれない。
だが、おかげで凝り固まっていた俺の思考に新たな発想が生まれた。
これまではできるだけ多くの情報と可能性を収集するために、滅びゆく世界にギリギリまで留まり続けてきた。だが、ここまで未来の選択肢を狭められたのなら、途中で過去に戻ってみるのも一つの手だ。いつものスタート地点ではなく、もう少し後の時間に戻ってみたら、タイムリープ後の俺と会話ができるんじゃないか?
正直、一人で続けるのはもう厳しい。もう一人の俺がいてくれたら、もっと効率的に予言書を出し抜く方法を試せる。その分試行回数が増えるだろうが、どうせ無限に続く命なのだから、納得できるまで繰り返しても構わないだろう。
この世界の終末を見届けたら、早速試してみることにする。そのために二人目の身体も用意しておかなければ。
次のタイムリープ先は、ヤツカバネ討伐後だ。
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何度も過去に戻り、歴史を繰り返してきて分かったことがある。それは、たった一時間の行動を変えるだけでも未来が変わってしまうということだ。
予言書の強制力は、浦敷の協力があっても完全に無力化できるものではないらしい。思い通りの未来を辿るには、それこそ針に糸を通すような細かな調整が必要だった。
それから、安定して望む未来を得るために四つのことに気を付けなければならない。
一つ。アンジュを生かすためには、必ずミカルラに死んでもらわなければならない。
俺はずっと、アンジュの身体からベートの人格を引きはそうと試みてきたが、不可能だった。アンジュの魂とベートの人格が完全に融合していたからだ。
だから暴走する前のアンジュに分魂を施し、魂の一部を空いているNoDに移し替えた。これでようやくアンジュを元の人格のままで生存させられたが、今度は暴走したミカルラがアンジュを殺しに来るようになった。ベアルドルフを差し向けてくることもあれば、ミカルラ本人がスタンピードを引き連れて奇襲してくることもあった。
そこでミカルラが暴走しないように手を回せば、今度はベアルドルフが死ぬようになった。ベアルドルフの敗因は、仲間殺しの覚悟が足りなかったせいだ。毎回毎回、最後の一撃で手心を加えては殺されているのだから間違いない。
あの男はベートと対峙する前に、大事な人を殺す経験をしておかなければならないようだ。ベアルドルフには悪いが、俺はミカルラに生贄となってもらうことにした。ミカルラもそれを望んでいたのだから。
個人的な感情を優先している自覚はある。しかしこの世界を存続させるためにも、アンジュの『星詠』は必要不可欠だ。
二つ目。タイムリープができる範囲は限られているらしい。少なくとも『星詠』の菌糸を俺自身に移植する前の過去には戻れなかった。『星詠』の菌糸を持っていなければそもそもタイムリープできないのだから妥当だろう。
もし一週目の俺にメッセージを送れるのなら、もっと早く菌糸を移植しておけと文句を言いたかった。
ノンカの里が滅びる数日前に戻ったところで、アンジュに分魂を施すのが精一杯だ。もっと前に戻れたなら、ベートの稚拙な願望なんぞ粉々に打ち砕いて、生まれてきたことを後悔させてやれたというのに。そうすれば何度も仲間が死ぬ瞬間を見る必要はなかった。
三つ目。レオハニーの復讐を止めるには、リョーホとエトロが揃っていなければならない。
レオハニーは機械仕掛けの住人――旧人類の転生者だ。彼女は菌糸融合実験に関わっていた研究者を憎んでおり、浦敷も例外ではない。
七回ほど前の俺は、レオハニーがまさか旧人類の転生者だと思わず、最終決戦まで彼女を野放しにしてしまった。そのせいで綿密に積み上げてきた計画はご破算となり、機械仕掛け側の協力者が皆殺しにされた。彼らを救うために、俺はまたタイムリープしなければならなくなったのだ。
俺が目指しているのは、必要最低限の犠牲と大団円だ。その中には機械仕掛けの住人達も含まれる。しかし、俺からの説得ではレオハニーは絶対に首を縦に振らず、意地でも機械仕掛けの世界を滅ぼそうとしてきた。だが、エトロやリョーホに仲介させると、驚くほど彼女の態度が軟化し、俺の話にも耳を傾けてくれるようになった。
そこで俺がタイムリープしていると打ち明けると、レオハニーは可能な範囲で協力すると言い出した。だが、彼女の言葉は信用しない方がいい。彼女の独断専行で、二回ほど追加でやり直さなければならなくなったと明記しておく。
最後の四つ目は、ロッシュの事だ。
俺は前々回、さらにもう一つ前の周回で、ロッシュにタイムリープのことを打ち明けていた。だがその悉くで、俺の知っている歴史と大きく未来が変化した。しかも悪い方向に。
だから前回はロッシュに話を通さず進めてみると、これまでの日記に書かれた通りの未来となった。前々回で日記と乖離した歴史になったのは、敵に情報が伝わっていたからとしか考えられない。そのパイプ役がロッシュという可能性が、ここにきて浮上してきた。
次のタイムリープで、もう一度ロッシュに打ち明けてみようと思っている。それでまた歴史が変わったのなら、腹を括る。
いくら過去に戻ったところで、すべての人間を救えるわけではない。俺はそれを十全に理解していたつもりだが、何度も顔見知りの死に様を見せつけられると、俺は無駄な時間を費やしているんじゃないかと思えてくる。そして千切れた魂を継ぎはぎした今の俺は、本当に一周目の俺と同じ志を持っているのかも曖昧になってきた。
ベアルドルフが今の俺を見たら、どんな魂が見えるのだろうか。あいつが安定して生き残るようになってから、できるだけ会わないようにしているが、答えが少し気になる。
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最近、命の価値が分からなくなってきた。
ヤツカバネ討伐に失敗し、全滅したリョーホ達を前にしても俺は狼狽えることができなかった。それどころか、どうせ死んでもタイムリープすれば生き返るという発想が自然と湧き上がってきた。レオハニーから過去に逃げるなと怒鳴られなければ、俺は取り返しのつかない道へ突き進んでいたかもしれない。
だが、おかげで凝り固まっていた俺の思考に新たな発想が生まれた。
これまではできるだけ多くの情報と可能性を収集するために、滅びゆく世界にギリギリまで留まり続けてきた。だが、ここまで未来の選択肢を狭められたのなら、途中で過去に戻ってみるのも一つの手だ。いつものスタート地点ではなく、もう少し後の時間に戻ってみたら、タイムリープ後の俺と会話ができるんじゃないか?
正直、一人で続けるのはもう厳しい。もう一人の俺がいてくれたら、もっと効率的に予言書を出し抜く方法を試せる。その分試行回数が増えるだろうが、どうせ無限に続く命なのだから、納得できるまで繰り返しても構わないだろう。
この世界の終末を見届けたら、早速試してみることにする。そのために二人目の身体も用意しておかなければ。
次のタイムリープ先は、ヤツカバネ討伐後だ。
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