家に帰りたい狩りゲー転移

roos

文字の大きさ
上 下
159 / 206
5章

(28)面影

しおりを挟む
 レオハニーの合図とほぼ同時に、紫色のセスタスと深青の氷槍が交錯した。奥歯に響くような金属音が消えぬうちに、二撃、三撃目と技が重ねられていく。

 互角に思えた攻防は、波の満ち引きのように揺らぎながらも互角の戦いを繰り広げていた。しかしその均衡を崩しにかかったのはやはりベアルドルフだった。

 二つのセスタスが交互に、時にはフェイントを掛け、氷槍を大きく押し込んだ。

 エトロは一定の距離を保ちながら槍を大きく振るうと、くるりと足を入れ替えて一回転した。

「せぇい!」

 素早い薙ぎ払いがベアルドルフのセスタスを弾く。エトロはさらに踏み込み、槍の石突を逆手で突き込んだ。

 ベアルドルフは即座に両腕を引き戻すと、石突を避けながら槍を掴んだ。

「むん!」

 ぐん、と二人の身体が傾き、槍ごとエトロの身体が投げられる。

「くっ……!?」

 華奢な身体が、空中で急いで体勢を立て直す。その時にはすでにベアルドルフは地面を蹴っており、エトロのすぐ側まで追い縋っていた。

 エトロは咄嗟に防御体勢を取る。だが一瞬早くセスタスが到達し、エトロは錐揉みしながら地面に叩きつけられた。

 衝撃で地面にヒビが入り、石の破片が宙を舞う。ベアルドルフは追い打ちをかけるべく、空中で二回転しながら砂埃に向けて踵を落とした。

 バサッ! とベアルドルフのマントが蝙蝠羽のように広がる。瞬間、エトロのいる砂埃の奥から無数の氷の矢が飛び出してきた。

 十分に間合いを引きつけてからの飽和攻撃だ。ベアルドルフは氷を砕いて直撃を免れたが、発射の勢いまで殺しきれなかった。熊のような巨体が空中で鞠のように弾み、両足を地面に引き摺るように着地する。

「──クハハッ!」

 上機嫌な笑いが溢れ、セスタスから『圧壊』の閃光が散る。その閃光の軌跡をなぞるように、ベアルドルフの周囲が半透明の大蛇のようにうねりだした。

 エトロは歪められた空間を目で追いつつ、氷を足場にして空へ逃れた。その直後、『圧壊』のうねりが氷の足場ごと地面を握り潰した。

 『圧壊』の通った地面には、糸屑をぶち撒けたような無数の皹が入っていた。少し遅れて、その上に極小の砂が力無く降り積もる。

 極小のブラックホールが生み出されたかのような惨状に、俺は思わず言葉を失った。あの攻撃に人間が巻き込まれたらミンチどころの話ではない。

 エトロは蹂躙された地面を見下ろして舌打ちする。次いで、空中で氷槍を車輪のように回転させながら、氷の矢を大量に生成した。

 整列しながら暁光を浴びる氷の矢は、海上を飛ぶカモメの群れを思わせた。その美しさに意識を奪われた瞬間、氷の矢は凶悪な速度でベアルドルフに襲いかかった。

 人間の拳より大きな鏃が、ホーミング弾のようにベアルドルフの四方へと回り込む。槍を新調したおかげか、エトロの氷の操作精度が以前より格段に上がっているようだ。

 面白い、と言わんばかりにベアルドルフが隻眼を細める。直後、セスタスから紫紺の煌めきが噴出し、氷の矢を全て粉々にしてしまった。

 氷の破片が高々と舞い上がり、俺たちのところにまで冷気が吹き荒ぶ。遅れて、俺の吐く息が白く染まった。

 そこで俺は、ようやくバロック山岳が凍えるほどの気温まで下がっていることに気づいた。

 策の成功を誇示するかのように、エトロの手元で氷槍が光り輝く。すると、ベアルドルフに粉砕され、そのまま消えるかに思われた氷の破片が、みるみる雪玉となって広場に降り積もった。積雪の勢いは、まるで広場全体がスノードームの中に放り込まれたような速さだった。

 キィン、と空気の凍る音が上空で集約される。

 俺たちが見上げた先には、両足で挟むように槍先の狙いを定め、右手で弓引くエトロがいた。

 氷槍の先端に、エトロの菌糸模様と同じ青白い光が濃縮されていく。その光は周囲の雪をかき集め、冷風を纏いながら肥大化していった。

 ベアルドルフはそれを迎え撃つべく、大きく重心を下げて両手を脇に絞った。固く握られたセスタスがぼんやりと光を放てば、地面がボゴボゴと音を立てて陥没する。ベアルドルフから生み出される強烈な引力のせいで、彼の周囲の景色が陽炎のように屈折していた。

 これが幕引きの合図であることは、誰の目でも明らかだった。俺は『雷光』で盾を作りつつ、『紅炎』を灯して守りの体勢に入った。俺たちの前にはレオハニーが出てくれているが、任せきりにできるほど楽観視できない状況だった。

 不意に、轟音を撒き散らしていた広場から音が消える。

 ぞわり、と全身が鳥肌に呑まれた。

 瞬間、両者の間で破壊的な力が衝突した。

 ダイヤモンドダストが現れるほどの極寒が、レオハニーのマグマを超え、俺の『雷光』の盾を破って吹き荒ぶ。

 極寒を纏った氷槍はなおも止まらず、衝撃波だけでバロック山岳を銀雪へ塗り替えた。

 しかし、ベアルドルフが立っている場所だけは白に呑まれない。双頭のセスタスが、禍々しい咀嚼音を立てながら着実に氷を削り取っていた。

 拮抗したのはほんの三秒。それを超えた瞬間、氷槍の冷気がセスタスのひと振りで綺麗に剥ぎ取られた。推力を失った槍は、二撃目に繰り出されたセスタスの正拳突きで大きく弾かれてしまう。

「う……ッ」

 エトロはバランスを崩し、咄嗟に氷の足場を生み出そうとした。だがそれよりも早く、高く飛び上がったベアルドルフの膝蹴りがエトロの鳩尾を捉えた。

「がはっ!」

 太い膝蹴りは抉るように角度を変え、勢い任せにエトロを地面へ放り捨てた。

 どさり、と重々しい音を立ててエトロが倒れる。その横に着地したベアルドルフは、セスタスの刃を彼女の喉元へ突きつけた。

「止め」

 レオハニーの声が入り、ベアルドルフはセスタスを引く。エトロは鼻先に皺を寄せた後、ぐったりと脱力した。

「まだ弱いな」

 ベアルドルフはそう言って、セスタスの刃を甲の鞘に戻しながら背を向けた。

 頃合いを見て、俺は半壊した『雷光』の盾を解きながらエトロに駆け寄った。

「平気か?」
「ああ……」

 返事をしても一向に起き上がれないエトロを抱き起こし、彼女の腹部に手を当てがう。『雷光』で治療を施すと、水から上がったようにエトロは大きく息を吸い込んだ。

 エトロは激しく咳き込みながら俺の手を掴むと、眉を顰めながらベアルドルフの背中を見上げた。

「……エラムラで対峙した時、貴様は手を抜いていたな」

 じゃり、とベアルドルフの足が、地表に残った雪を踏み締める。能力が解除されたため、エトロの雪は早くも溶け始めていた。

 エトロは俺の肩に寄りかかるようにして立ち上がると、一歩だけ前へと踏み出した。

「私がヨルドの里の生き残りだと知っていながら、貴様はトドメを刺さなかった。殺せる隙があってもなお、私の出方を試していただろう。今の一戦のように」

 ベアルドルフは皮肉げに笑い、短く大きな息を吐いた。白く染まった息はベアルドルフの表情を烟らせ、すぐに消える。

「オレが狙っていたのはハウラの命だ。貴様の命がどうなろうと知ったことではなかった」

 突き放すような物言いに、たまらずシャルが何かを言おうとした。だが何も言葉にできないまま、背を丸めて座り込んでしまう。

 エトロはシャルの反応を見て眉を顰めると、呆れ返ったように嘆息した。そして、疲れの残る声色でベアルドルフに重ねて問いかけた。

「アンジュから、お前がマリーナと面識があったと聞いている。その上で聞いておきたい」

 背を向けていたベアルドルフがようやくエトロへ向き直る。エトロは少しだけ目を背けた後、覇気のない目つきでベアルドルフを見上げた。

「私は、母に似ているか?」

 しおらしい反応にベアルドルフは眉を寄せる。そして、あっという間に消えていく雪を眺めながら、再びエトロに背を向けた。

「マリーナは思慮深く、誇り高い女性だった。短絡的な思考で戦いを挑んだり、感情に振り回されるような愚行は決して侵さない。だが……」

 ベアルドルフはニヒルに笑い、腕を組みながらエトロを顧みた。

「負けず嫌いなところは瓜二つだ」

 エトロは丸く目を見開くと、ははっと穴の空いた風船のように息を吐いた。

「では、また機会があればお手合わせを願おうか?」

 ベアルドルフは大股でエトロの前まで来ると、刃のないセスタスを拳ごと突き出し、獰猛に笑った。

「オレはいつでも貴様を待っている。このイリアス峠の下で」

 エトロは不敵な笑みを返すと、ベアルドルフが向けたセスタスに氷槍の柄を重ねた。軽く打ち合わされた金属音は、雪が溶け込んだバロック山岳に高らかに澄み渡った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おっさん聖女!目指せ夢のスローライフ〜聖女召喚のミスで一緒に来たおっさんが更なるミスで本当の聖女になってしまった

ありあんと
ファンタジー
アラサー社会人、時田時夫は会社からアパートに帰る途中、女子高生が聖女として召喚されるのに巻き込まれて異世界に来てしまった。 そして、女神の更なるミスで、聖女の力は時夫の方に付与された。 そんな事とは知らずに時夫を不要なものと追い出す王室と神殿。 そんな時夫を匿ってくれたのは女神の依代となる美人女神官ルミィであった。 帰りたいと願う時夫に女神がチート能力を授けてくれるというので、色々有耶無耶になりつつ時夫は異世界に残留することに。 活躍したいけど、目立ち過ぎるのは危険だし、でもカリスマとして持て囃されたいし、のんびりと過ごしたいけど、ゆくゆくは日本に帰らないといけない。でも、この世界の人たちと別れたく無い。そんな時夫の冒険譚。 ハッピーエンドの予定。 なろう、カクヨムでも掲載

人生ひっそり長生きが目標です 〜異世界人てバレたら処刑? バレずにスローライフする!〜

MIRICO
ファンタジー
神の使徒のミスにより、異世界に転生してしまった、玲那。 その世界は、先人の異世界人が悪行を行ってばかりで、異世界人などクソだと言われる世界だった。 家と土地を与えられ、たまに本が届くくらいで、食料もなければ、便利なものも一切ない、原始な生活。 魔物がいるという森の入り口前の家から、生きるために糧を探しに行くしかない。 そこで知り合った、魔物討伐隊の騎士フェルナンとオレード。村人たちに親切にしてもらいながら、スローライフを満喫する。 しかし、討伐隊は村人に避けられていて、なにやら不穏な雰囲気があった。それがまさか、先人の異世界人のせいだったとは。 チートなんてない。魔法を持っている人がいるのに、使えない。ツルから草履を作り、草から糸を作り、服を作る。土を耕して、なんでも植える。お金がないなら、作るしかない。材料は、森の中にある! しかも、物作りのためのサバイバルも必要!? 原始なスローライフなんて、体力がなけりゃ、やってられない。 生きていくために、前世の知識と、使徒が持ってくる本で、なんとかする! ただ、異世界人とバレるわけにはいかない。処刑されてしまうかもしれない。 人生ひっそり、長生きが目標。玲那の体力自慢のスローライフが始まる。 ゆっくりのんびり連載していく予定です 他社サイト様投稿中 タイトル改めました

忘れられた妻は草原の鷹にからめ取られる(完結)

文野さと@ぷんにゃご
恋愛
田舎領主の娘、ミザリーは都の貴族の長男、ルナールと結婚した。 しかしそれは、破産寸前のルナールの家を救うためのもの。 ミザリーの持つ財と商才を買われての結びつきだった。 愛されない妻のミザリー。 だが、傾いた家を救うという、ルナールとの約束を守ると決意する。 そんな彼女を献身的に支える、執事見習いのユルディス。 異国生まれの彼は、ミザリーに熱い視線を注いでいた。 更新状況やキャラ設定などをツィッターにあげます。 よかったら覗きに来てください。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【毎日投稿】異世界で幸せに

存在証明
ファンタジー
不慮の事故によって異世界に転生したカイ。異世界でも家族に疎まれる日々を送るが赤い瞳の少年と出会うことで世界が変わる。そして突然街を襲ったスタンピードにより家から解放され、冒険者となったカイは持ち前の頭脳であらゆる謎を解いていく。 これは、心に傷をおった少年が異世界で仲間と共に冒険し、自分の過去と向き合い前を向いて歩いていく軌跡を綴った物語である。 毎日投稿(100話以降は週3予定です) 投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から言いたいことを言えずに、両親の望み通りにしてきた。 結婚だってそうだった。 良い娘、良い姉、良い公爵令嬢でいようと思っていた。 夫の9番目の妻だと知るまでは―― 「他の妻たちの嫉妬が酷くてね。リリララのことは9番と呼んでいるんだ」 嫉妬する側妃の嫌がらせにうんざりしていただけに、ターズ様が側近にこう言っているのを聞いた時、私は良い妻であることをやめることにした。 ※最後はさくっと終わっております。 ※独特の異世界の世界観であり、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的
ファンタジー
魔法仕掛けの古い豪邸に残された6歳の少女「ノア」 そこに次々と召喚される男の人、女の人。ところが、誰もかれもがノアをそっちのけで言い争うばかり。 もしかしたら怒られるかもと、絶望するノア。 でも、最後に喚ばれた人は、他の人たちとはちょっぴり違う人でした。 魔法も知らず、力もちでもない、シャチクとかいう人。 その人は、言い争いをたったの一言で鎮めたり、いじわるな領主から沢山のお土産をもらってきたりと大活躍。 どうしてそうなるのかノアには不思議でたまりません。 でも、それは、次々起こる不思議で幸せな出来事の始まりに過ぎなかったのでした。 ※ プロローグの女の子が幸せになる話です ※ 『小説家になろう』様にも「召還社畜と魔法の豪邸 ~召喚されたおかげでデスマーチから逃れたので家主の少女とのんびり暮らす予定です~」というタイトルで投稿しています。

【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪
ファンタジー
―私達と共に来てくれないか? 帰る方法も必ず見つけ出そう。 平凡な中学生の雪谷さくらは、夏休みに入った帰り道に異世界に転移してしまう。 着いた先は見慣れない景色に囲まれたエルフや魔族達が暮らすファンタジーの世界。 言葉も通じず困り果てていたさくらの元に現れたのは、20年前に同じ世界からやってきた、そして今は『学園』で先生をしている男性“竜崎清人”だった。 さくら、竜崎、そして竜崎に憑りついている謎の霊体ニアロン。彼らを取り巻く教師陣や生徒達をも巻き込んだ異世界を巡る波瀾万丈な学園生活の幕が上がる! ※【第二部】、ゆっくりながら投稿開始しました。宜しければ! 【第二部URL】《https://www.alphapolis.co.jp/novel/333629063/270508092》 ※他各サイトでも重複投稿をさせて頂いております。

処理中です...