家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(31)眠り姫

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 エラムラにいると、陽の沈むスピードの速さに驚かされる。ふと気づくと、エラムラの中心から十時を切るように走った逢魔落としの階段が、夕陽を浴びて橙色に染まっていた。

 ハウラと話し合いを終えた後、俺はエトロたちと合流し、装備を整えてから宿でたっぷり八時間の睡眠を取った。疲労が溜まっていたせいでまだ眠り足りなかったが、窓から差し込む夕日を見てしまったら、とても二度寝する気にはなれなかった。

 時刻は午後五時。エラムラを囲う山々のせいで、街の一角はすっかり闇に沈んでいる。この景色を見るのは初めてではないのに、俺はとてつもなく新鮮な気持ちになった。

 他の面々が部屋で熟睡しているのを確認した後、俺は音を立てないように部屋を出た。靴を履き直して外に出ると、昼間よりも砂が随分と減った街並みが見渡せる。

 俺はぐっと伸びをした後、エラムラギルドの方へ顔を出すことにした。薄明の塔の修理が終わっていれば、エラムラの守護狩人が戻ってきているかもしれない。それに、医務室に引きこもってしまったレブナの様子も見ておきたかった。

 ギルド内はまだ閑散として、受付や換金所では受付嬢たちが世間話をしていた。

 受付嬢に挨拶をしつつ、ギルドの廊下に出て医務室に入る。広々とした医務室の右奥には、衝立で仕切られたベッドが一つだけ用意されていた。

 そこへ近づいて中を覗き込むと、深い眠りについたシュイナがいた。そのベッドの傍には、泣き疲れて眠ってしまったレブナが、ベッドの縁に寄りかかっている。縋り付くように伸ばされたレブナの腕は、硬くシュイナの手を握りしめたままだった。

 シュイナとレブナは、幼い頃にロッシュに拾われてエラムラに来たらしい。その恩を返すために、レブナ姉妹は人生の全てを捧げるつもりで仕えてきたそうだ。だが、オラガイアで起きてしまった悲劇のせいで、レブナは大事な人を一気に二人も失ってしまった。

 人生の指標を失ったレブナが立ち直れるかは、誰にもわからない。少なくとも、誰かが側にいてやらないといけないだろう。だが、俺のような関係の浅い人間では、慰めの言葉も軽くなるだけだ。オラガイアにいながら、ロッシュを守れなかったのだから、むしろ憎まれてしまうかもしれない。

 ……いや、憎んでもらった方が楽だった。

 俺はレブナから詰られるのを覚悟で、彼女に真実を話した。だがこうしてひと段落してみると、レブナは誰にも責任を押し付けなかった。一人で怒りと悲しみを抱え込んで、返事を返せないシュイナの手を握るだけ。この様子では、誰かに気持ちを打ち明けるのもずっと後になるだろう。

 俺はレブナを起こさないように気をつけながら、空いているベッドから掛け布団を拝借した。そしてレブナの肩にかけてやると、花冠を被った小さな頭がもぞりと動いた。

「ん……」

 思わず身構えるが、起きたわけではないようですぐに寝息が聞こえた。顔を覗き込んでみると、長いまつ毛の縁から大粒の涙が一滴だけ流れ落ちた。

「シュイナ……置いていかないで……」

 女の子の小さな弱音を聞いてしまい、俺はその場に縫い付けられたように動けなくなってしまった。

 これから約三年間、『保持』の能力の代償を払うためにシュイナは眠り続ける。この世界にも点滴や栄養補給液は存在するが、旧人類の頃と比べたらその効力は頼りない。俺の『雷光』やそれに近い治癒能力者に頼んだ方が、シュイナの生命維持は確実だろう。

 それよりも、レブナの精神面が一番心配だ。

 レブナはエラムラの守護狩人を率いる隊長であり、部下からも大いに慕われている。だから部下も彼女を助けてくれるだろうが、上官と部下では真の理解者になるのは難しいだろう。

 幸い、最近のレブナはハウラとも仲が良いらしい。だがハウラはハウラで、里長の代理が決まるまで巫女として役目を引き継がねばならない。お互いに自分のことでいっぱいいっぱいになってしまうだろう。

 こういう時、ロッシュならばどうしただろう。シュイナが起きてくれれば、レブナもすぐに持ち直せるだろうに。

 シュイナは残酷だ。レブナを放っておいて、自分だけ夢の世界に逃げてしまうなんて。残された片割れのことを、少しでも考えなかったのだろうか。

 色々考えているうちに、結局俺は医務室から離れるのを諦めた。近くの椅子を引っ張って、レブナの隣に腰掛ける。そしてシュイナの腕に手を乗せながら、静かに『雷光』を流し込んだ。

 『瞋恚』と『支配』で菌糸を操れば、あるいはシュイナの目を覚ますことができるのかもしれない。だがこれほどの代償を背負わせる『保持』の菌糸が、そんな単純な方法でシュイナを解放してくれるとは思えない。逆に病状が悪化する危険もあった。

 それに、ロッシュのいない世界で目覚めたら、シュイナはより深い絶望で壊れてしまうのではないだろうか。それならいっそ眠り続けていたほうが、レブナにとっても幸せかもしれない。

 俺は迷路に閉じ込められたような気持ちで、手元に青白い光を灯し続けた。レブナは時々涙を流していたが、シュイナの閉じられた瞼は一ミリも震えなかった。
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