家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(27)折り合い

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 トンネル内の長い商店街を抜けると、スキュリアギルドの大拠点が見えてきた。エラムラ方面に出る大門はギルドで管理されているらしく、今も守護狩人の警備員が道の真ん中で目を光らせていた。

「この大門を通れるのは、ギルドから身分証明書を発行された人間だけじゃ。身元不明はもちろん、スキュリアの狩人からの紹介もされていない者は門前払いされる」

 ダウバリフの説明を聞きながら、俺は遠い目をした。

「アンリ、よくここ通ってスキュリアに入れたな。バレたらただじゃ済まないだろ」
「馬鹿正直にここ通るわけないじゃん。普通に山を越えてミヴァリアの方から入ったよ」
「は? まさか、イリアス峠を越えてわざわざミヴァリア方面から入ったってこと? 冗談だろ」
「いやいや、正体バレて殺し合いになるより、ドラゴンの相手した方がまだマシでしょ」

 だからといって上位ドラゴンがわんさかいるイリアス峠に突っ込むのはおかしい。単独でソウゲンカを殺しまくるアンリなら大した問題ではないのかもしれないが、久しぶりにバルド村の頭のイカれ具合を実感してしまった。

「ん? 待てよ。てことは、エラムラまで観光に来てる人たちも、大門を通って来てるんだよな」
「それか、イリアス峠を迂回してプロヘナ草原から来てるかだね。人間の厳正な審査に受かるか、ドラゴンまみれの道を一週間突き進むか。ドラゴン狩りの最前線に行くんだから、妥当な難易度だよね」

  なるほど、エラムラにいた狩人たちもそれなりに頭がイカれていたらしい。

 そして俺は、そんな限られた精鋭の中でもさらに一握りのヤバいやつに気づいてしまった。

「なぁ、一番ヤバいのってバルド村にいる商人だよな」
「今頃気づいたの?」

 シャルが声を失っていた頃に世話になった店主も、中央都市から武器を持ち込んでくれる商人も、考えてみれば凄まじい度胸の持ち主である。いくら護衛を雇っているとはいえ、最果てのバルド村まで販路を広げる商人魂には脱帽する。

「あの人たち、護衛を雇うだけで赤字になるんじゃないか? 中央都市からバルド村までの距離って、狩人の足で一週間だろ? 大量の荷物を運ぶんだったらもっと時間がかかるだろうし」
「いいや。むしろ儲かって仕方ないでしょ。バルド村は高級素材の宝庫なんだからさ。エラムラとスキュリアの仲が悪いのだって、高級素材の奪い合いのせいだし」
「そういやそうだった」

 アンリ曰く、商人たちは中央都市から持ち込んだ商品の代わりに、上位ドラゴンの高級素材を持ち帰って中央都市に売っぱらっているそうだ。中央都市はスタンピードでもなければ上位ドラゴンの素材が手に入らない安全な立地だ。そこにバルド村産の高級素材を放り込めば、ちょっと高めに売ってもすぐに買い手がつくだろう。

「なんつーか、商人にとっては夢のある話だな。命懸けなのは変わらないけど」
「商人の間では、バルド村に行けるだけでもステータスになるんだよ。リョーホがよく世話になってる雑貨屋の店主も、中央都市の一等地に家を建てたんだってさ」
「マジかよ。俺より金持ちじゃん!」

 半ば裏切られた気分だ。中央都市に行くことがあったら突撃してやろう。

 そんな雑談に興じているうちに、いよいよ大門が近づいてきた。

 ベアルドルフがギルドの警備員に合図を出すと、重厚な響きを連れて大門が動き始めた。薄暗いトンネルの中だと、隙間から差し込むぼんやりとした光がやけに眩しく感じられた。

 目を細めながら外に出ると、エラムラの南東側に位置するバロック山岳が、俺たちの前で荒涼とした大地を曝け出していた。

「見送りはここまでだ。後は好きにしろ」

 ベアルドルフは肩車していたシャルを下ろすと、早々にスキュリアへと身を翻した。その後ろにダウバリフが続き、開かれたばかりの大門が再び閉じられていく。

 その途中。
 
「待て、ベアルドルフ」

 エトロの呼びかけにベアルドルフは足を止め、守護狩人に合図を出して大門を止めさせる。次いで、紫色の瞳が禍々しい光を湛えながらエトロを睨んだ。地獄から這い上がってくるかのような迫力に、俺は無意識に腰に下げていた太刀に手を伸ばしそうになる。鳥肌が立ってしまったのは、朝もやの冷たさだけが理由ではない。

 ベアルドルフの眼光に、エトロは微塵も臆さなかった。それどころか、背負っていた槍を引き抜いて、ゆるりと矛先を向けた。

「一戦、お手合わせ願いたい」
「……いいだろう」

 エトロとベアルドルフは互いに睨み合ったまま、バロック山岳の開けた場所へと移動した。俺たちもひりついた空気を感じながら二人の後についていく。

 二人が立ち止まったのは、グラウンドのように真っ平らな広場だった。そこは大規模な爆発で吹き飛んだ跡地らしく、中心部に真新しいクレーターが刻まれていた。その大きさから、クラトネールの円蒼波よりも強力な一撃だったのは明白だった。よく見れば、クレーターの周辺に真新しい大型ドラゴンの足跡もある。

 こんなところで戦ったら、この広場を作り上げた上位ドラゴンが乱入しかねない。俺は肝を冷やしたが、他の面々はさほど気にしていない様子だった。

「やるか」

 ベアルドルフはマントの下に手を回し、素早く三枚刃のセスタスを両手に装備した。怪しく光る紫色の刃には『圧壊』の菌糸が深くまで張り巡らされており、一目で一枚一枚の刃が業物であると知れる。

 対するエトロも、片手に持ち替えていた槍を下段に構え、足元に真っ白な霜を広げた。ヴァーナルが仕立てた氷槍は、雪の結晶を丁寧に削り出したような美麗さだ。刃先から柄にかけて紺と白の濃淡が移り変わり、北極の海氷を連想させた。

 俺はごくりと生唾を飲み込み、他の面々と共に二人から距離を取る。するち、ツクモがシュイナを膝に抱えるようにしながら、俺に問いかけてきた。

「リョーホ様、止めなくてよろしいのですか」
「ああ。これはエトロなりのけじめだ。故郷を失ってから溜め込んだ、十二年分の気持ちを受け入れるためのな」

 エトロは復讐を遂げるために狩人となり、今では上位ドラゴンを撃破できるほど強くなった。しかし、ヨルドの里滅亡の真相が明らかにされた後となっては、彼女の復讐は無為になってしまった。

 自分が積み上げてきた努力が水泡に帰した時、エトロはきっと愕然としただろう。十二年間抱いていた復讐心は、誤解から生まれた虚像だった。強くなろうとした理由が、最初から間違いだったのだ。

 だが、エトロは嘆くだけで終わらせなかった。俺が知らないところで彼女は悩み抜いて、新たな道へ歩み出そうとしている。そして目の前には、全力をぶつけるには申し分のない因縁の相手。彼女を十二年もの間縛り続けていた楔を砕くには、まさに絶好の機会だった。

 エトロは深く目を閉じ、群青色の睫毛を震わせた。数秒後、音がしそうなほど瞼を見開き、強い瞳でベアルドルフを見つめた。瞳の奥にはエトロを蝕んでいた仄暗い濁りはなく、純粋に強さを求める狩人の気高さがあった。

「師匠。合図をお願いしてもいいでしょうか」
「構わないよ」

 エトロに呼ばれて、すぐさまレオハニーは快諾する。その時、レオハニーの顔に一瞬だけ穏やかな笑みが浮かんだ。隠しきれない母性は、残念ながらエトロに見つかる前に隠されてしまった。

 レオハニーは長い赤髪を揺らしながら両者の間に立つと、筋肉で引き締められた右腕を、真っすぐと早暁の空へ持ち上げた。

「用意……」

 バロック山岳の大岩の影から、暁が眩く差し込む。

「──始め!」

 二人が地面を蹴り上げた瞬間、バロック山岳全体が震えた。
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