家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(25)スキュリアの里

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 夜明け前。
 俺たちは手早く旅支度を済ませた後、酔い潰れた狩人たちを跨ぐようにして宴会場の外へ出た。

 今日以降、オラガイア同盟の面々は三つのグループに分かれて行動する。

 グレンとその部下たちは、各地に散らばった機械仕掛けの門を確保しに。
 オーディはジェイルたちを連れて、中央都市の内情を探りに。
 俺たちはエラムラの里に帰還した後、討伐隊を整え、いよいよヨルドの里を奪還しに行く。

 リバースロンドに用事があるアンジュは、途中までグレンのグループと一緒に行動するらしい。反対に俺たちのグループには、道中のスキュリアの里までベアルドルフとダウバリフが同行することになった。

 シンモルファが消え、安全が確保されたアヴァクト海峡大橋を九人で渡る。メンバーは俺とエトロ、アンリ、シャル、レオハニーと、気絶したシュイナを背負うツクモ、それからダウバリフとベアルドルフだ。長旅にしては少人数だが、討滅者二人という錚々たる顔ぶれだ。これなら上位ドラゴンの軍勢か、竜王でも現れない限り旅路は安心である。

 ここからエラムラの里へ向かうには、飛行型ドラゴンが飛び交う険峻としたイリアス峠を越えるか、峠の麓にあるスキュリアの巨大トンネルを経由しなければならない。

 俺たちの体調ははっきり言って万全とは言い難い。ミヴァリアでは短い睡眠しか取れていないし、夜明け前では足元も悪い。そのため、いかに討滅者がいてもイリアス峠を越えるのは無謀だろう。それに、スキュリアの里長から直々に通行許可が下りているのだから、わざわざ危険なルートを選ぶ必要性もなかった。

 俺はてっきり、エトロから「スキュリアに入るなんて死んでも嫌だ」と大反対されると思っていた。だが彼女は少し不満そうな顔をするだけで、スキュリア行きのルートを受け入れてくれた。エトロがベアルドルフに対してどのような心情を抱いているか気がかりだったが、俺はエトロが話してくれるまで深く聞かないことにした。

 高速道路のように途方もなく長いアヴァクト海峡大橋を渡ると、岩だらけだった景色から一変、紅葉交じりの美しい森の街道に出た。まだ未明の時間帯、靄がかかった森の入り口は、グリム童話に出てきそうな雰囲気を醸し出していた。

 森の街道は車輪の轍で深くへこんで歩きにくい。海峡大橋が封鎖されていたのもあって長らく整備されていなかったようだ。

 すんすんと鼻を鳴らしてみると、ドラゴン避けのお香特有の、ミントとアーモンドを混ぜたような芳醇な香りがする。人間の嗅覚でも感じ取れるほど強い匂いなので、ここから先はドラゴンへの警戒を緩めても良さそうだ。

 枯れ葉と紅葉、常緑樹が入り混じる街道は薄いカーテンを被ったように暗かった。梢を見上げると、夜霧に霞むイリアス峠が見える。針の如く刺々しい山頂には、二頭のドラゴンが互いを追いかけながら高らかな鳴き声を上げていた。

「あれは、番かな」

 レオハニーが呟くと、アンリが困ったように笑った。

「でしょうね。もうすぐ冬が来るっていうのに求愛だなんて、イリアス峠がドラゴンの巣窟と呼ばれるだけありますよ」

 イリアス峠を飛んでいるあのドラゴンは、上位種のハプナルクだ。二対の翼、二つの頭、そして白銀の鱗を持つ彼らは、山頂のような寒く空気の薄い場所を好む。そして西から吹きつける季節風から雨雲を吸い取ると、鱗を萌葱色に変えながら山の麓に晴天をもたらすのだ。

 そのような生態から、ハプナルクは人々から吉兆の前触れとして扱われる。結婚式場に石像が置かれたり、成人式の贈り物でもモチーフにされるほどの愛されぶりだ。

 が、ハプナルクが上位ドラゴンに分類されているのを忘れてはならない。梅雨の繁殖期に入ると、ハプナルクは他種のドラゴンを狩りまくり、それでも足りなければ人間を襲うこともある。そのため、ハプナルクがドラゴンの生態系を崩さないよう、梅雨に入る前には必ずギルドで討伐隊が組まれるそうだ。

 ドラゴンの繁殖は、生活を脅かされる人間にとっては歓迎するべきことではないのかもしれない。だが、言葉を持たないドラゴンが愛おしげに互いを呼び合う姿は幸せそうだった。

 ほんのり穏やかな気分で歩き続けること数分。森の街道は次第に鬱蒼とし、やがてお香の白煙を焚いた山の麓へと到着した。

 山の麓には、シドニーのオペラハウスのように複雑に岩柱を組み合わせた岩屋根があった。その下にはドラゴンの鱗を纏った荘厳な大門が佇んでいる。大門と岩屋根の境目からはドラゴン除けの香が縄で吊り下げられ、風で揺れながらもくもくと白煙をあげ続けていた。

 大門の周辺に人影はない。まだ夜明け前ということもあり、旅の商人の姿すら見当たらなかった。

 本当に入ってもいいのだろうか、と俺たちが顔を見合わせていると、ベアルドルフが大門の物見やぐらの方へと進み、右手を挙げて合図を出した。

 すると、物見やぐらの上にいた守護狩人がベアルドルフに敬礼する。その数秒後、金属音を立てながら大門が開かれた。

「来い」

 ベアルドルフが顎でしゃくってきたので、俺たちは早足にスキュリアの中へと入っていった。

 何のお咎めもなしに通行を認められ、俺は思わずほっと息を吐く。

 ベアルドルフがいるから大丈夫だと頭では分かっていても、スキュリアの人々はまだエラムラと同盟が結ばれたことを知らないはずだ。そんな状況で、バルド村出身として有名なアンリやレオハニーが入ってきたら、互いに血を見ることになるのではとヒヤヒヤしていたのだ。

 俺の心配をよそに、アンリは上機嫌にスキュリアの景色を堪能していた。

「いやー、まさか堂々とスキュリアの里に入れる日が来るなんて」
「前にも来たことあんの?」
「ちょっとしたでね。でもそういう任務はゼンさんとか年上の狩人に回されがちだから、来れたのは二回ぐらいだよ」

 観光──もとい、スキュリアへの潜入任務は、エラムラからバルド村へ依頼されたものだろう。ドラゴン討伐にかまけてばかりのバルド村でも、裏ではしっかり里同士の諍いに参加していたようだ。

 逆に言えば、そういった任務でもなければ、バルド村の人間がスキュリアの里に入る機会は滅多になかったのだろう。スキュリアの建物を物珍しそうに見るアンリは、オラガイアの観光中と同じような顔をしていた。

 スキュリアの街並みは、地底にひっそりと取り残された遺跡のような古めかしさがあった。円柱状の石塔には蔦が巻きつき、その下には三階建ての住居がお行儀よく並んでいる。里の中央には十字型の大通りがあり、そこから太陽系の軌道を模したような同心円状の道が、洞窟の壁際までぐるぐると引かれていた。

 洞窟といっても、スキュリアはミヴァリアと違って開放的な印象があった。洞窟の天井が高いのもそうだが、岩屋根の隙間から星空が見える分、閉塞感が緩和されているおかげだろう。

 誰もいない大通りを進んでいくと、石塔の向こうから徐々に巨大トンネルが見えてきた。トンネル周辺の壁にはキノコライトがふんだんに植えられ、風に揺らぐ蝋燭のように瞬いていた。

 そしてライトアップされた壁には色褪せた壁画が刻まれており、ドラゴンに立ち向かう狩人たちの様子が仔細に描かれていた。

「……シモン」

 レオハニーからそんな呟きが聞こえ、俺は思わず彼女を振り返る。だがレオハニーの視線は壁画に釘付けのままで、俺も反応にまで気が回っていないようだった。

 改めて壁画を見上げると、明らかに他の狩人とは違う真っ白な人物を見つけた。白衣を着て、狩人たちを手当てして回るあの男こそ、世界が滅びても現実世界に残り続けた研究者、シモンなのだろう。

 そうと理解した瞬間、俺はお気に入りの服を誤って漂白してしまったような虚しさに襲われた。俺とレオハニーが知っている世界は、もはや歴史的遺産という言葉で片付けられてしまうほど遠い過去になってしまった。

 きっと機械仕掛けの人々は、自分たちが過去の遺物になったと気づいていない。気づく機会もなかった。だというのに、肉体を手に入れてかつての栄華を取り戻そうとする様は滑稽である。

 ふと思考の海から意識を引き戻すと、あちこちから視線を向けられていることに気づいた。

 『瞋恚』を発動しながらさりげなく辺りを見渡せば、光を落とした建物の中からこちらの様子を伺う魂たちが見えた。中には武器を持っている人もいる。しかしベアルドルフがいる手前、彼らが襲いかかってくる素振りは全くなかった。

 俺は薄く息を詰めると、先頭を歩くベアルドルフに大股で並んだ。

「なぁベアルドルフ。ちょっといいか」

 俺が声をかけると、ベアルドルフは肩越しにこちらを見下ろした。返事はなかったが、俺は構わず話を続ける。

「アンタがミヴァリアで俺たちに協力してくれたはいいけどさ、スキュリアの人たち全員が、俺たちの計画に納得してくれるとは限らないだろ? いくら里長の命令と言ったって限度があるだろうし、反対デモだったり、アンタも命を狙われたりするんじゃないか?」

 ベアルドルフは大きな口でため息を吐くと、瞳を光らせながら暗い建物の群れをぐるりとひと睨みした。

 途端、俺たちを警戒していた人々は窓から首を引っ込め、武器を持っていたものは背中を丸めながら暗がりに去っていった。

「……スキュリアとミヴァリアには共通の掟がある。強者こそが正義であると」

 ベアルドルフは誰もいない大通りのど真ん中を突き進み、丸太のような足から力強い足音を響かせる。

「オレは前任の里長との決闘に勝利し、スキュリアの覇者となった。オレが元エラムラ出身であろうと、力さえ示せばこの里の正義となった。文句があるのならオレに勝て。勝てないものは黙って続け。それがスキュリアの掟だ」
「野蛮だなオイ……」

 前時代的な掟に俺は呆れて言葉を失った。すると、ベアルドルフの目がこちらを向いて、挑発的に片眉を持ち上げた。

「それより貴様らはどうするのだ。あの弱者どもが気に入らないのなら一戦交えてきても構わんぞ?」
「いや、このまま真っ直ぐエラムラを目指すよ。納得できない人に構ってる時間が勿体ないし、戦いに来たわけでもないんだ」
「ふん。つまらんな」

 ベアルドルフは大ぶりな鼻を鳴らすと、そのまま俺を追い抜かしていった。
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