家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(20)新しい武器

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 ミヴァリアへの上陸許可が正式に降りた後、オラガイアに留まっていた狩人たちはようやくリデルゴアの大地を踏み締めることができた。

 オーディたち普通の狩人は、ミヴァリアの狩人雇用条例に縛られる危険もなく、自由にミヴァリアに滞在できる身分だ。

 反対に、討滅者を含む俺たちは明日の夜明けまでにここを出発しなければならなかった。オーディたちと協力体制を築くのならタイミングは今しか残されていない。

 機械仕掛けとの戦いはおそらくリデルゴア国全土を巻き込む大規模なものとなる。しかしジェイルを筆頭とする一部の狩人は、鍵者とベアルドルフに対して並々ならぬ憎しみを抱いている様子だ。俺たちの協力の申し出を受け入れてもらえるかは微妙である。

 オーディたちとの交渉には、当事者である俺も参加するつもりだった。だが「鍵者がいると余計に話がまとまらない」とバルド村メンバーから留守番を言い渡されてしまった。その代わりに、レオハニーとアンリが俺の分まで交渉を進めてくれるらしい。話し合いの仲介人には、真面目なグレンが立候補したそうだ。

 アンリたちには是非とも交渉成立まで漕ぎつけて欲しい。オーディたちが俺たちの味方になってくれれば、リデルゴア国の各地に散らばった機械仕掛けの門の制圧が格段にやり易くなるのだから。
 
 それはそれとして、俺たちにはもう一つの切迫した課題があった。それというのも、ミヴァリアの崖下に放置されたオラガイアの処遇である。

 仮にもオラガイアは、大量の菌糸が詰まった竜王の化石だ。このまま放置すればコプスヴァングのような凶悪なドラゴンを呼び寄せかねない。ミヴァリアの人々を守るためにも早めに処分を決めねばならなかった。

 聞いた話によると、カミケンは俺たちと別れた後に急遽会合を開き、ミヴァリアの守護狩人と学者からの意見を募ったそうだ。狩人たちの大半はオラガイアを海に沈めた方が良いと言っていたが、ドラゴンや遺跡の調査を生活の軸とする学者たちは一斉に反対した。

 曰く、歴史あるトルメンダルクの化石を破壊するのは、世界的損失である。ただでさえオラガイアが滅亡し、生き残りもたった一人しかいないというのに、彼らの生きた証を闇に葬るのは無慈悲すぎやしないか。と、概ねそのような意見が議会ホール内に響き渡った。

 安全を優先するか、歴史を優先するか。紛糾する議論の最中、例外として個別に会合の呼び出しを受けていた一人の男が名乗りをあげた。オラガイアの技術者でもあったヴァーナルだ。

「オラガイアの全てを保存するのは不可能だ。しかし心臓部やその周辺にはまだ化石を浮上させられるだけの菌糸が残っておる。ならば、死滅した部位を切り落とせば、オラガイアは再び空に浮かべるであろう。いっそのことオラガイアの一部を加工して巨大な竜船を作り上げればよい」

 後から聞いた話だが、ヴァーナルは以前からオラガイアの一部を使って最新の竜船を作り上げてみたかったらしい。ちゃっかり自分の願望も含めたヴァーナルの案は、最終的にカミケンの後押しによって採用されることになった。

 そうしてヴァーナルは、カミケンからオラガイアの所有権やら何やらの許可を受け、本日中に全て解体する運びとなった。

 巨大な都市そのものでもあるオラガイアを解体するとなれば、必然的に大量の人手が必要となる。トルメンダルクの菌糸が残る化石部分を掘り出すだけでも、大地を裂けるほどの圧倒的な力が要求されるだろう。だから俺は、解体作業には大量の狩人が送られてくるものだと思っていた。

 ……思っていたのだが、オラガイアに召集されたのは俺だけだった。

「あの、なんで俺?」

 お昼時の晴天、ビーツ公園にて。噴水の縁に腰掛けるヴァーナルへ、俺は困惑気味に問いかけた。するとヴァーナルは大きな身体を屈めて、長い爪の人差し指を俺に向けた。

「あまり大勢の前に出たくないのでな。それにお前さん、『支配』の能力を手に入れたんだろう? あの力でオラガイアを操れたのなら、内側から不必要な組織を溶かしたり、逆に表に出すこともできるのではないか?」
「まぁ、やろうと思えばできますよ。でもツクモの補助がないと、今度は俺が人間に戻れなくなるので……」
「それならば問題ない。アンジュとツクモにも手伝ってもらう予定だからな」
「そういうことなら……喜んで手伝います」

 ヴァーナルの回答に、俺はほっと胸を撫で下ろした。
 
 大量の魂が入り乱れていたキメラ版トルメンダルクと違って、オラガイアは魂を持たない風化した死体だ。そのせいで『支配』の力を行使するにはリスキーな裏技が必要だった。

 俺が『支配』で操れるのは魂か菌糸の二つだけだ。そしてオラガイアの解体には魂の方を操らねばならなかった。

 当然ながら、オラガイアには魂がない。あるのは魂の残骸と化した菌糸だけである。

 しかし裏を返せば、魂さえあればオラガイアを『支配』できる。俺がわざわざオラガイアと同化して不時着したのも、俺がオラガイアの魂の代役を果たすためでもあったのだ。

 問題は、オラガイアの図体が大きすぎて、俺の意識まで希釈されてしまうことだった。何時間も同化し続ければ、今度は俺の魂が無事では済まない。だがそれも、ツクモの菌糸能力さえあればカバーできる範疇だった。

 ツクモの菌糸能力は『回帰』。物体の時間を巻き戻す力だ。例えば、割れてしまった瓶を逆再生で修復したり、服に染み込んだ雨粒を空へと帰したりと、あらゆるものの時間を自在に巻き戻すことができる。ただし、二十四時間前に壊れてしまったものや、死んでしまった人間には効果を及ぼせないらしい。

 オラガイアが墜落しかけた時、ツクモは『回帰』の力で損傷していたトルメンダルクの菌糸を再生させ、海まで届くように高度を維持してくれていた。そして、俺がオラガイアと同化した時には、俺の意識が完全にドラゴンに乗っ取られないよう、適度に魂の時間を巻き戻してくれていたそうだ。

 だから今回も、ツクモの能力があれば無事にオラガイアの解体作業を完了させられる。ヴァーナルの口ぶりからすると、ツクモと一緒にアンジュも俺たちの手伝いをしてくれるらしい。

 が、肝心の二人の姿はビーツ公園を見渡しても見当たらなかった。

「ヴァーナルさん。ツクモたちは今どこに?」
「そろそろ心臓部からこっちに上がってくる頃だろう。二人が揃ってから作業を始める。それまでは休憩でもしておけ」
「了解っす」
「……それと、お前さんだけを呼び出した理由は、もう一つあってな。忘れる前に渡しておかねば」

 ヴァーナルはそう言いながら指先をパチンと鳴らした。

 数秒後、開け放たれた大聖堂から金属製の長箱がふよふよとこちらへ飛んできた。某イギリスの魔法学校を連想させる光景に俺は思わず目を輝かせそうになる。あれも菌糸能力の一種なのだろうが、ヴァーナルのフードで顔を隠した如何にもな格好と相まって、本当に浮遊魔法を使っているようだった。

 金属製の箱は重さを感じさせぬまま宙を泳ぎ、俺の前でゆっくりと地面に横たわった。

「開けてみろ」

 そう促され、俺は片膝をつきながら蓋に手をかける。二の腕にずっしりと重みがのしかかり、浅く蓋を開いただけで、中からドライアイスじみた白い煙が吹きこぼれた。

 白煙の滝から姿を現したのは、この数日で俺が今か今かと待ち望んでいた代物だった。

「おお、これが……!」
「そう、お前さんの唯一無二の愛刀だ」

 箱の中には深い海を思わせる鞘と太刀が鎮座していた。クッションの隙間に指を突っ込んで両手で持ち上げてみると、意外と軽くてひっくり返りそうになった。

 立ち上がりながら柄を握り、作法通りに太刀を抜く。空気に曝された刃は青空をキラリと反射し、研ぎ澄まされた薄氷のようにその身を光らせた。
 
「属性は氷と雷。クラトネールの神速を生かせるよう、できるだけ刃は薄く仕上げ、氷で強度を補強しておいた」

 ヴァーナルの説明の通り、刃は限界まで薄くされ、向こう側の景色が見えるほど儚げだった。柄から刀先までの重さの配分は程よく、まさに俺のために誂えられた一品だ。

 しばらくその美しさに魅入っていると、鎺の方からバチリと静電気が弾けた。

「おぉ、なんだ? ……おおお!?」

 驚いてそこを注視すれば、稲妻のような菌糸模様が、目にも止まらぬ速さで刀身を侵食し始めていた。

「ヴァーナルさん、これ大丈夫か!?」
「上手く適合できた証拠だ。エランの双剣と同じく、持ち主の菌糸が武器に刻まれたようだの」
「なんだよもう。びっくりした……」

 俺は間の抜けた声を上げながら、刃文の合間にきめ細かく根を張る菌糸模様を見つめた。南国の海から色を吸い取ったような深い青だ。クラトネールの菌糸よりも濃い色なのは、エトロの菌糸が混ざっているからなのかもしれない。

「振ってみてもいいですか?」
「好きにせい」

 俺は思わず笑みを溢しながら、鞘をベルトに引っ掛け、太刀を両手で持ち直した。

 正眼に構え、噴水近くに転がる瓦礫に狙いを定める。

 一呼吸おいて、一閃。

 空手を振り下ろしたような空気抵抗の無さだった。風を切る音すらなく、俺は一瞬、刀を振るっている幻覚でも見ているのかと錯覚しそうになった。
 
 あまりの手応えのなさに、勢い余って刃先が地面に触れそうになる。咄嗟に腕を止めて太刀を強く握り直すと、遅れて刃先からぶわりと風が広がった。

 しかし数秒後、さらに十秒経っても、目の前の瓦礫に変化はない。まさか切り損ねたかと俺が焦り始めると、ヴァーナルは愉快そうにごうごうと喉を鳴らしながら、瓦礫の端っこを摘み上げた。

 すると瓦礫は真っ二つになり、ヴァーナルがつまんだ部分は上へ。片割れは地面へと置いて行かれた。

「切れてる……」
「自分でやっておいて、何を驚くことがある」

 ヴァーナルに笑われたが、正直俺はそれどころではなかった。

 空気を切る感触すら残さない一太刀。必要最小限の破壊しか生み出さず、瓦礫はまるで、自分が切られたことにすら気づいていないような佇まいだった。

 よく見れば、瓦礫の下にあった地面にも糸鋸で切ったような細い傷がある。刃先は地面に触れていないのに、斬撃波だけでも石畳を斬っていたらしい。

「ほれ」

 ヴァーナルから瓦礫の一部を放られ、片手でキャッチする。その断面は最新の精密機械で裁断されたかのように、驚くほど滑らかだ。試しに瓦礫の角を握ってみれば、切れた皮膚から血の玉が滲み出した。

「すげぇ……」

 切れた指先を『雷光』で再生させながら俺は驚嘆する。この太刀があったらトルメンダルクの浮遊器官を一撃で破壊できただろうに。

「次は『雷光』を武器に流してみろ」
「こうですか……うお!」

 言われた通りに『雷光』を刀へ流し込むと、眩い光を放ちながら刃の厚みが変化した。両手で握り直しながら重心を低くすると、俺の手の中にあった太刀は、いつのまにかレオハニーの使っているような大剣へと姿を変えていた。

 ヴァーナルは満足そうに一つ頷くと、フードの向きを変えて東区画を指さした。
 
「その大剣であっちの区画を切り落としてみろ」
「いいんですか?」
「構わん。思いっきりやれ」

 俺はぐっと頷くと、東区画と中央区の境目に立って深呼吸をした。

 本当に、俺一人で区画を切り離せるなんて凄技を再現できるのか? 少し前まで上位ドラゴンの首を落とすだけでも苦労していた俺が……。

「すぅ……」

 先ほどと同じように精神統一をして、一閃。

 弧を描きながら振り下ろされた大剣は、真っ青な斬撃波を生み出しながら大地にめり込んだ。一拍遅れて、刀身から『雷光』のエネルギーが一気に解放され、爆風が大地をえぐり取った。

 轟音と砂埃が周囲で荒れ狂い、俺の視界が暗く遮られる。数秒もすると、砂埃が潮風に攫われて大剣の下の景色が露になった。
 
「……ふむ。流石に力不足か」

 ヴァーナルの言葉通り、東区画と中央区との境目には亀裂が刻まれただけだった。ドラゴンにぶつければ相当な威力を発揮しただろうが、区画を切り離せるような威力ではない。

 俺は肩透かしを食らった後、歯痒さを誤魔化すように早口で言い訳を連ねた。

「分かってはいましたよ。ええ。こんなすごい武器が手に入ったら、もしかしたらって期待しちゃいましたよ。でも武器だけでレオハニーさんレベルまで一気に強くなれるわけないよな! 知ってたけど!」

 アンリの時でさえ、大勢の狩人の助力なしでは西区画を落とせなかったのだ。採集狩人の俺が、いくら素晴らしい武器を手にしたところでそれなりの限界はある。

 俺はひとしきり悔しさを吐き出した後、いつの間にか大剣が太刀の姿に戻っていることに気がついた。試しにもう一度『雷光』を流すと、先ほどと同じように大剣が出現する。そこから出力を変えるとハンマーになったり槍になったり、俺の意思で変幻自在に形を変え始めた。

 一通りの形で振り心地を確認し、俺は驚嘆する。

「この武器すごいですね。変形した武器に合わせて太刀の性能まで引き上げられているような気がします」
「左様。お前さんの戦い方は、あれこれと武器を持ち替えて戦う変則的なスタイルだろう? 折角の特性を潰すのは勿体なかろうと思ってな、お前さんの菌糸能力に呼応できるよう、こうして手を加えておいた。上手く使ってやれ」
「そ、そこまで考えてくれたんですか?」
「当たり前だろう。お前さんに合わせた武器なんだから」

 ヴァーナルの真っ直ぐとした声で射抜かれて、俺はくすぐったくなって顔を逸らしてしまった。オーダーメイドなんてブランド品と同じ気取った物だと思っていたが、自分だけという特別感は悪くないかもしれない。

 俺は軽く咳払いをした後、鞘の位置を調整しながらヴァーナルへと問いかけた。

「……それにしても、筋力や身体の計測もしていないのに、どうやって俺にぴったりなサイズを作り出せたんです?」
「武器には、持ち主の戦いの歴史が刻まれておるものだ。わしほどにもなれば、一目でどのような扱われ方をされてきたかも分かる。お前さんは特に、ドラゴンの攻撃を掻い潜って急所を狙うのが好きなようだ。力が劣る分、技術を磨き続けたからこそできる芸当だな」
「あはは、当たりすぎて怖いっす……」

 俺は苦笑し、改めて太刀を見上げた。歪みもなく美しい造形の刀を持つだけで、胸の奥に一本の筋が通るような心地よい緊張が感じられる。

「本当に、良い太刀です」

 素直な感想を口にすると、ヴァーナルは照れくさそうにフンと鼻を鳴らした。

 丁度その時、ビーツ公園の噴水からくぐもった地響きの音がした。二人でそちらを振り返ると、噴水の底からひょっこりとアンジュとツクモが顔を出してきた。

「二人ともお待たせー!」
 
 人間に戻ったばかりの血まみれの下着から一転して、真新しく女性らしい装いになったアンジュがこちらに手を振ってくる。後ろに控えるツクモも、この世界では目立つ戦闘スーツではなく、ミヴァリアの狩人っぽい服装になっていた。二人とも目鼻立ちが整っており、体格もスラリとしているためモデルか女優のようである。

「その服似合ってるな」
「でしょ? 私たちはあまり表に出られないから、レオハニーにお願いして買ってきてもらったんだ」
「いつのまに……」

 カミケンから上陸許可を出されてからまだ一時間ぐらいしか時間がたっていないのに、とんでもない早業である。とはいえ、レオハニーは洋服を前に熟考するような人間ではないだろうし、ある意味では妥当な速さだったのかもしれない。

 レオハニーがチョイスした服のセンスも意外だったが、何より喜ばしいのは、ツクモにも服を買ってあげたという部分だ。出会い頭に殺そうとするほどレオハニーはツクモのことを警戒していたから、てっきりツクモには殺意以外の感情を抱いていないのかと思った。

 この服のプレゼントは、レオハニーなりに謝罪の意味も込めていたのかもしれない。ツクモとレオハニーが仲良くしてくれるのなら俺としてもありがたかった。

 閑話休題。
 
「補佐役も揃ったことだし、早速仕事に取り掛かりましょうか」
「うむ」

 ヴァーナルはフードを揺らすように大きく頷いて、アンジュたちに手招きをしながら東区画の方へと歩き出した。
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