家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(16)交渉

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 ミヴァリアの里は、ノクタヴィスのように洞窟の中に建てられた都市だった。中央都市やオラガイアに比べれば小規模であるが、ドラゴンで溢れ返るこの世界にしては十分な都会である。

 所狭しと乱立する木造ビルには暖色のキノコライトが常備されており、花のように加工されてメルヘンな雰囲気を醸し出している。一際大きな木造ビルの屋上にはプールがあるようで、昼間だと言うのに賑やかなパリピの笑い声が洞窟内に薄っすら反響していた。散歩していたら高級住宅街に迷い込んでしまった様な居心地の悪さである。

 石組の歩行者天国の下を潜りながら小舟に揺られ、俺たちは洞窟の最奥にある楼閣の桟橋へ到着した。

 里長が住んでいる楼閣は、半ば鍾乳石に飲み込まれるようにして高台に鎮座していた。桟橋から楼閣までは削られた白岩の階段が敷かれており、ドラゴンの骨から削り出した杭とロープが手摺の代役を果たしていた。

 小舟を桟橋とロープで固定した後、俺たちはクライヴに誘導されながら楼閣の中へ足を踏み入れた。

 楼閣、と呼ばれているが、外見はピサの斜塔に近い。巨大な水棲ドラゴンの背骨を丸ごと使っているらしく、椎体の継ぎ目で階層を分けているようだ。内部は派手な赤と金色の装飾がギラギラと自己主張しており、どこを向いても目を休められる場所がない。上に続く階段は部屋の四方をぐるりと回る様に取り付けられており、三階の天井まで吹き抜けになっていた。

「カミケン様は三階でお待ちで――」

 クライヴが淡々と説明を始めた瞬間、

「キェエエエッヘへエエエエエエ――ッ!」

 謎の奇声が楼閣内に響き渡り、三階のシャンデリアで丸っこい人間のシルエットが照らし出される。そのシルエットは空中で三回転ひねりを披露しながら、一階のど真ん中で華麗に着地した。

 戦隊ヒーローを思わせる完璧なポーズだ。真っ赤な髪と服装も相まって主人公のような雰囲気満載である。しかしいかんせん、シルエットがあまりにも丸すぎる。ベアルドルフがヒグマなら、目の前の男は肥え太ったパンダである。

 謎の人物は片膝立ちの体勢からゆっくりと立ち上がり、でっぷりとした腹を揺らして俺たちに輝かんばかりの笑顔を見せた。

「よくぞ参られたベアルドルフよ! お茶にするか! スイーツにするか!? それとも、ワタシと優雅におしゃべりとしゃれこむか!」

 ぽよん、と丸く真っ赤な前髪が跳ねる。
 なんだこいつは。
 
「これがミヴァリアの里長、カミケンだ」
「うっそだろ」

 どうしてシュレイブのような喧しい男に近衛が務まっているのか、俺は十全に理解した。部下が部下なら主人も主人である。シュレイブは「流石カミケン様! かっこいい!」と歓声を上げているが、常識人のクライヴは投資で全額溶かした人のように項垂れていた。この瞬間だけでクライヴが日ごろどのような立場なのか痛い程察してしまう。

 そんなことよりも、問題はカミケンだ。見るからに成金のようなこの男が、はたして俺たちの要求を呑んでくれるのだろうか。呑んだとしても、俺たちが期待するような成果をもたらしてくれるか不安である。

「父、本当に大丈夫なの?」

 俺と同じ結論に至ったらしいシャルが、ベアルドルフの服の裾を引っ張りながら問いかける。ベアルドルフは無言でシャルの肩に手を乗せた後、厳めしい面差しを丸っこいカミケンへと向けた。

「カミケンよ。スキュリアの里長として、貴殿らミヴァリアの里に依頼を申込みに来た」
「ほほう、依頼とな? どんな?」

 興味津々に首を傾けながら、カミケンは丸い巨体をふりふりと揺らす。だがベアルドルフはなかなか話そうとはせず、

「クライヴ、シュレイブ、席を外しなさい」
「はっ」
「は、はっ!」

 片方は即座に、もう片方は迷いながらも楼閣の外へと出て行き、固く扉を閉める。『瞋恚』を発動して軽く建物の中を見たが、他の護衛も残っていない。完全にカミケン一人だ。

 ベアルドルフもそれを確認し終えたようで、紫色の瞳を光らせながら深く響く様な声で告げた。
 
「カミケンよ。ヨルドの里奪還のため、エラムラの狩人と共に討伐隊を組まぬか?」

 それは、エラムラと敵対するスキュリア陣営にとっては晴天の霹靂ともいえる発言だった。

 ヨルドの里はエラムラと親睦が深かった里であり、同じくスキュリアとは対立関係にあった。過去にスキュリアがなかなかエラムラの土地を奪取できなかったのも、ヨルドの里に駐屯する最前線育ちの狩人を警戒してのことだった。

 そして現在、ヨルドの里が滅びたおかげで、拮抗していたエラムラとスキュリアの力関係が崩れ始めている。スキュリアにとっては、長年追い求めていたドラゴン狩り最前線の土地を手に入れる絶好のチャンスである。

 しかし、ベアルドルフの依頼はエラムラ奪取の機会を自ら放棄すると言ったも同じ。それどころか、血で血を洗う戦を積み上げてきた敵へ和睦を持ちかけるようなもの。スキュリアと共に繁栄を望んでいるミヴァリアからすれば甚だしい裏切りである。

「――キヒッ」
 
 楼閣に漂っていた緩い雰囲気が、地獄の針山を思わせるほどおどろおどろしいものへと変貌した。

 さっきまでにこにこと笑っていたカミケンの顔が、黒く塗りつぶされて視認できない。目を凝らせばどんな表情か読み取ることはできるだろうが、俺は本能的に目を合わせてはいけないと感じ、必死に床を見つめ続けた。
 
「……詳しくは上で話そうか。そこのバルド村の狩人たちと一緒にな」

 峻烈な声色に身がすくむ。オラガイアを降りてから出身地を明かすようなことはしていないのに、どうしてバレたのか。俺たちが来る以前にベアルドルフが情報を共有していた可能性もありえるが、カミケンの口調からは黙っていたことを咎めるような棘が含まれていた。

 これは、ますます交渉の見通しが悪くなりそうだ。俺は不穏な気配を感じつつも、ベアルドルフたちと共に楼閣の上階へ上り始めた。

 俺たちがオラガイアをミヴァリアの里に移動させた理由は二つある。
 一つは、いつ沈むか分からないオラガイアから陸地へと脱出するため。
 そして二つ目が、現在進行中のミヴァリアの里との交渉である。

 交渉内容は、先ほどベアルドルフが口にした依頼の通り「エラムラの狩人と合同で討伐隊を編成し、ヨルドの里を奪還する」というもの。これにはスキュリア陣営とエラムラの和睦だけでなく、もう一つの思惑も含まれていた。

 それは、機械仕掛けの世界と対抗するための戦力増強だ。

 機械仕掛けの世界は確実に終末の日を迎えるために、ダアトを使って大量のNoDを生み出し、反対勢力を潰しに来るはずだ。NoDは総じて強力な菌糸能力を有しているため、俺たちだけでは圧倒的に戦力が足りない。それに、もし俺たちと同じ目的意識を持つ勢力がいたとしても、互いに連携を取れなければ各個撃破されてこちらが不利になってしまう。そういった事態を防ぐためにも、スキュリア陣営が反機械仕掛け勢力の中心として一大拠点を設営しなければならないのだ。

 拠点設営のためには、姉妹里であるミヴァリアの里の協力も欠かせない。同時に、機械仕掛け側との戦争を前にして里同士で争っている場合ではないのだ。

 そこで俺たちはベアルドルフを頭に据えてカミケンに交渉を持ち掛けたのだが、やはりそう簡単にはいかなそうだ。



 ・・・───・・・



「……ほぉん、トゥアハの裏切り、意図的なスタンピードと、オラガイアの墜落とね?」

 俺たちがミヴァリアの里に来るまでの経緯を一通り聞いて、カミケンは短い腕を組みながら怪しく笑った。

 楼閣の四階に位置する豪華絢爛な応接間は、一階と比べ物にならぬほど装飾がうるさかった。カミケンの座っている椅子もごてごての竜の彫刻で飾り立てられ、客人用の椅子よりも明らかに特別感がにじみ出ている。その向かいには長椅子を独り占めするベアルドルフが腰かけており、俺たちは彼の背後で事の成り行きを見守っていた。

「ふむふむ。里同士で殺し合っては機械仕掛けの世界が漁夫の利を得るだけ。ならばこそ大戦前の空白期間に和睦を結び、共に脅威を打ち払えとな。確かに筋は通っているとも」

 カミケンは脂っぽい顎に短い手を添え、きらりと眼光を光らせた。

「しかしだね、チミは元エラムラ出身の狩人じゃないか。こうなった時のために、わざとエラムラの巫女の首級をもぎ取ってスキュリアに入り込んだとも考えられないか?」

 当たらずとも遠からずな指摘に、俺は背筋に冷や汗を垂らす。見た目は里長と思えないほどコミカルなのに、放つ言葉はとんだ狸親父である。最初こそベアルドルフと親し気にしていたのに、今や自ら巣穴に飛び込んだ獲物をいたぶる捕食者の立場である。

 カミケンはベアルドルフのことをエラムラの工作員だと思っているようだ。それを言わせるのなら、カミケンこそ分かっていてベアルドルフを野放しにしていたのではなかろうか。だとすれば、俺たちの交渉は最初から成功する余地のない負け戦だ。

 初手から間違えてしまったが、どうやって切り抜ける。発言権のない俺は、手に汗握りながらベアルドルフの後姿を見つめた。

「……ふん」

 ベアルドルフは太い笑みを浮かべると、堂々と胸を張った。

「大戦を前にして、その程度は些末なことではないか? カミケンよ」

 反論どころか、裏切りを肯定するような発言に俺はあんぐりと口を開けた。見れば隣に控えていたシャルも愕然としている。アンリはアルカイックスマイルを浮かべていて何を考えているか分からなかったが、それは無表情のエトロも同じであった。

 カミケンは肉で潰れていた目をにいっと歪めると、膝に頬杖をつきながらもう片方の太い指を俺たちへくるくる向けた。

「些末だとも。だけど無視はしたくないのだよ。バルド村の狩人を連れてこられちゃあ、和睦を結んでもいつ腹を食い破られるかと気が気でなくなるのさ」

 それはそうだ、と俺は自分のことながらこちらの不義理さに苦笑いする。

 エラムラの里が巫女と同盟里を失ってもなおスキュリアの里に攻め入られなかったのは、全てベアルドルフのお陰と言っても過言ではない。そんな男が元ヨルドの里傘下であったバルド村の人間を連れているとあらば疑ってしかるべきだ。無事に機械仕掛けとの戦争を終えたところで、ミヴァリアの里がエラムラに飲み込まれてしまっては本末転倒なのだから。

 停滞する駆け引きの最中、壁際に立っていたエトロがすっと手を上げた。

「なんだ小娘。これは里長同士の話し合いだぞ?」
「それほど和睦に納得がいかないのなら、機械仕掛けの世界と事が済んだ後にまた存分に私たちと殺し合えばいい」
「ちょ、エトロ!?」

 肩を掴みながら制止しようとするが、エトロはぎろりと俺を睨んできた。

「狩人の人生は戦いの歴史だ。特に、家族を守るために互いの家族を殺し合った私たちが、いつまでも仲良く手を繋いでいられるわけがない」
「それは、そうかもしれないけど」
「憎しみの連鎖はそう簡単に断ち切れるものではないと、この場にいる誰もが知っている。その憎しみもひっくるめて、今だけは共同前線を張りたいという、それだけの話だ」

 エトロはぱっと俺の手を振りほどくと、前に進み出ながらカミケンに挑発的な笑みを向けた。

「なぁ、ミヴァリアの里長殿。誰が、いつ裏切るか、などと怯える貴方の度量こそ、些末なものではないか?」

 一瞬の空白の後、高い所から大量の水を叩きつけられたような威圧感に包まれる。少しでも気を抜いたら地べたに這いつくばってしまいそうな迫力で、俺はほとんど息ができなかった。これを真正面から受けてしまったエトロは蒼白になっていたが、表情は決して変わらず、それどころかより強い眼光でカミケンから目を離さなかった。

「……威勢のいい小娘だ。その目つき、あの憎っくきマリーナを思い出す」

 前触れもなく威圧感から解放され、俺はどっと汗を垂らしながら息を吸う。エトロも食いしばった歯から浅く息を吐き、先ほど振り払ったばかりの俺の手を強く掴んできた。彼女なりに虚勢を張り切ったのは褒めるべきだろうが、心臓に悪いのでもうやめて欲しい。

 カミケンは呼吸を整える俺たちを品定めするように眺めた後、ベアルドルフへそぞろな視線を投げた。

「いいだろう。そこの小娘に免じて、討伐隊にはうちの優秀な狩人を貸してやる。ただし、条件がある」
「ほう、言ってみろ」

 なぜか偉そうに笑うベアルドルフが促せば、カミケンはくわっと細い目を見開いて甲高く笑った。

「キヒヒッ、アヴァクト海峡大橋にのさばる害獣駆除だ。依頼料はこれで手打ちにしてやる。まぁ、チミらにできればの話だがね!」
「が、害獣駆除?」

 やけに軽そうな内容だ、と俺が首をかしげると、カミケンは短い人差し指を立てて腹黒い笑みを浮かべる。

「シンモルファの討伐だよ。もちろん、討滅者ベアルドルフ抜きで、チミら若いの五人でやるんだぞ?」

 俺たちは目を丸くしながら、互いに顔を見合わせた。シンモルファといえば、ソウゲンカと肩を並べるほど強力な上位ドラゴンだが、竜王に比べればなんてことはない。拍子抜けする俺たちは戸惑いながらも頷けば、さっきから闘争心を煽られっぱなしだったシャルが鼻息荒く拳を打ち付けた。
 
「余裕。今日中に片を付けてやるし!」
「キヒヒヘヘェッ! いいなぁその意気だ! 雑魚の粋がるサマは見ていて気持ちがいいぞぉ!」

 すっかり最初の頃へと調子を戻したカミケンが、特徴的な笑い声を上げて椅子から立ち上がる。

「ではでは、お手並み拝見と行こうかぁ、若造ども!」
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