家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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5章

(10)弔い

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「リョーホ。私はアンリのところに行って、ロッシュ様の遺体を埋葬してくる」
「俺は……ここに残るよ。ロッシュさんには悪いけど」
「そうか。なら、そっちは任せる」

 エトロと短いやり取りを交わした後、エトロはアンリと共に中央区の方へ歩き出した。

 俺は二人の遠ざかっていく後ろ姿を見送った後、手を繋いだまま離れようとしないシャルの頭をそっと撫でた。

 東区画の広場に残ったのは、俺とシャル、ベアルドルフと、ドミラスの死体だけとなった。とっくに正午を越えた空は暮れ始めており、下がりゆく気温に手足の熱が吸い出されていく。

 こうも寒いと、なんだか気が滅入ってしまう。このままずっと同じ場所にいたら、今夜のうちに凍えて死んでしまいそうなほど物寂しかった。

 ざざ……ん。

 浜辺もないのに、静まり返ったオラガイアでは潮騒の音がよく聞こえる。塩水で濡れた地面はとっくに乾いており、残る水たまりも、明日には跡形もなく消え失せていることだろう。

 俺はベアルドルフを一瞥した後、ふと近くの廃墟に大きな布があるのを見つけて近づいた。そこから布を回収し、野晒しになっていたドミラスの遺体を包む。

「シャルも手伝うし」
「おう。助かる」

 地面に布を広げ、その上に二人がかりでドミラスを乗せる。その時に触れた肌は驚くほど冷たく、石膏で塗り固めたように固かった。シャルはその感触に驚いた後、嫌悪感を滲ませることもなく、ボロボロと涙を流しながらドミラスの手を握りしめた。

「辛いな、シャル」
「……みんなで帰りたかった……」
「……そうだな」

 死後硬直が進んでいたため、重いこと以外はさほど苦労しなかった。布でぐるぐる巻きにされたそれは、本当に中身がかつての自分の知り合いだったのか疑わしい程に無個性だ。

 今頃、地下ホールでは死体を一箇所に集めて火葬の準備をしているはずだ。ロッシュの遺体は布で包めるような状態ではないものの、遺灰が混ざらないように狩人たちが手配してくれるだろう。

 数分もかからずに作業を終えると、ベアルドルフが膝に額を預けたまま呟いた。

「皆……勝手に死んでいく大馬鹿者だ」
「……ホントだよな」

 ゴーストタウンと化した都市の中にいると、時間の流れが曖昧に感じられる。頭上の雲は空を飛んでいた時よりも流れがゆっくりで、それが余計に感覚を狂わせた。

 俺は亀の歩みにも似た雲の流れを眺めながらベアルドルフへ問いかけた。

「……なぁ、ベアルドルフ。ドクターはなんで自殺したんだ?」

 すると、ベアルドルフは薄く目を見張った。

「よく、自殺だと分かったな」
「皆に問い詰められてる時のアンタの反応で、なんとなく。それに、やけに死に顔が綺麗だし、抵抗した後もなかったろ」
「ふん……しばらく見ぬ間に少しは頭の使い方を学んだようだな」
「一言余計なんだが」

 肩をすくめながら俺が睨んでも、ベアルドルフはどこ吹く風である。いちいち人の神経を逆撫でしないと気が済まないのか、この男は。

 拳を握りしめながら威嚇する俺を見て、ベアルドルフは頬杖をつきながら鼻を鳴らした。

 そして、お経を読み上げるような低い声で語った。

「バルド村にドミラスの日記が残っているはずだ。それを読めば死んだ理由が分かる」

 ベアルドルフはそれだけ言って、硬く口をつぐんだ。抽象的な返答に俺は呆気に取られ、馬鹿らしくなって脱力した。

「知ってんなら教えてくれたっていいだろケチ。おら、シャルも言ってやれ」
「ケチ!」
「そいつをけしかけるな、クソガキ」

 いい反応である。このまま地雷の上でタップダンスでも踊ってみようかとイタズラ心が湧き上がってきたが、本気で殺されかけないので自重する。

「……しっかし、ロッシュさんもドクターも同じタイミングで死ぬなんて変な話だよな。もしかしたらドクターは、大聖堂に入る前からロッシュさんが死んでるって知ってたのかもな、なんて……」

 そう口にした途端、俺は雑踏の中で、偶然知り合いとすれ違ったような強い違和感に襲われた。遅れて、ドミラスらしくないという漠然とした否定が脳裏を巡る。

「なんだ、その腑抜けた顔は」
「いや、なんでもない」

 違和感の原因が掴めそうで掴めない。記憶をひっくり返しながら手がかりを探しているうちに、ふとドミラスから借りたままの銀色のブレスレットのことを思い出した。

 ポケットからブレスレットを取り出して、自分の目の前でぶら下げてみる。そのついでに胡座をかいて座ると、ベアルドルフから意外そうな声が上がった。

「……貴様、そのブレスレットはどうした」
「ドミラスに貸してもらったんだ。保険だってさ」

 その保険はきたる時が来れば勝手に発動するらしい。今日発動しなかったということは、ドミラスが想定していたのはもっと別の事態だったようだ。ただ、その事態が起きる前に本来の持ち主は死んでしまったが。

「必ず返しに来いって言ったくせに、返す相手がいなくなっちまったよ」

 ブレスレットを握りながら苦笑すると、ベアルドルフは考え込むように瞼を下ろし、何かを口にしようとした。

 だが、中央区の方から歩いてきた人物によってそれは阻まれた。

「ハロー、三人ともお疲れ様」
「……よぉ、アンジュ」

 俺がそう返すと、アンジュは所在なさげに両手を組みながら、広場に寝かされた布の塊を見下ろした。

「あはは、レオハニー様から聞いてたけど……ほんとに死んでるや」

 アンジュは両手を額に当てた後、ベアルドルフに小さく微笑みかけてから俺たちの近くに座った。それから人見知りを発揮して俺に抱きつくシャルへ優しく笑いかける。

「はじめまして。ベアくんの友達のアンジュです」
「む……」

 シャルは差し出されたアンジュの手を凝視した後、人差し指だけで握手を交わした。その様子を微妙な表情で見守るベアルドルフは、仕事漬けで家族サービスのやり方が分からない父親にしか見えなかった。

 俺は込み上げてくる笑いを咳払いで誤魔化し、中央区の方をチラリと見ながらアンジュへ訊いた。

「ロッシュさんの火葬は?」
「もうほとんど終わってるよ。レオハニー様が全部燃やしてくれた。何もかも」

 もうそんなに時間が経っていたのか。
 俺はぼんやりと頭を働かせながら、いつのまにか赤く染まりはじめた西の空を見上げた。

「それじゃあ、こっちも燃やした方がいい、よな……」

 すると、視界の端でアンジュが緩く被りを振った。

「ごめん。燃やす前に、顔が見たいな」
「……分かった」

 アンジュは静かに立ち上がり、顔の部分だけ布を捲った。穏やかな顔を目に焼き付けた後、アンジュはすぐに布を元に戻した。

 ニヴィの魂を受け取ったおかげで、俺はアンジュとドミラスの関係性を何となく理解できていた。両者の間で明言したことは一度もないが、ベアルドルフもロッシュも承知のようだった。

「……ん。もう大丈夫」
「……ここで燃やすか?」
「ううん。海沿いがいいかも。見晴らしがいいところ」
「じゃあ……運ぶか」

 俺が動くより先に、

「オレがやる」

 と、ベアルドルフがすでに立ち上がっていた。

 俺よりも遥かに鍛え上げられた腕が、軽々と遺体を持ち上げる。その拍子に少しはだけた布が、風を受けてバタバタとはためいた。

 東に向かって進むと、意外とすぐに目的の海が見えてきた。不時着の衝撃でオラガイアの東区画は半分ほど吹き飛んでしまったらしい。浮島となったオラガイアの絶壁は、海面からおよそ二十メートル以上も離れており、足を滑らせたらひとたまりもない。

「この辺りでいいか」
「うん」

 アンジュが頷くと、ベアルドルフは窮屈そうに身を屈めて遺体を横たえた。ここからなら染まりゆく夕日と深い蒼の海が一望できる。水平線の向こうには細い陸地が黒い影を霞ませていた。

 そういえば、俺の祖母はよく仏壇の前で念仏を唱えていた。どの宗派だったかすらも知らない俺が、念仏の内容なんて覚えているわけもない。

「教わっときゃよかったな……」

 俺は後悔を抱きながら両手を合わせ、それから最初に手に入れた菌糸能力を手のひらに顕現させた。

 その場で跪き、『紅炎』で燃え盛る手を布の縁へ乗せる。まもなく燃え移った炎は火の粉を舞い上がらせながら、内部にまで深く沈んでいった。
 
 赤々と燃える炎は眩しすぎて、ずっと眺めているだけで目が痛くなった。俺は目を閉じて祈りを捧げながら、中央区でエトロたちが見たであろう光景に思いを馳せる。

 オラガイアの民も、地下ホールで骨も残らぬほど燃やされたのだろう。ここは外だからまだいいものの、地下という閉鎖空間ではきっと凄まじい匂いがしたに違いない。風属性の菌糸能力を使えば簡単に酸素を送れるので、灰になるまでそう時間は掛からないだろうが。

 たった四人で行われた火葬は、完全に夕陽が沈むまで続いた。

 暗くなった東区画から、ついに炎が途絶える。残ったのは夜に紛れるほど黒く煤けた地面だけだ。灰は風に攫われてすでに海に還っている。

「行っちゃったね」

 シャルが消沈した面持ちで暗く呟く。俺は彼女を抱き寄せながら長く息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。

「……そろそろ戻らなきゃな」
「……ああ。やることはまだ多く残っている」
「そうだねぇ。寝床の確保と、明日のこと、陸地に戻る方法も考えないと」

 ひと足先に整理がついた二人は、もう先のことを考えていたらしい。俺は錘を乗せられたような鈍った思考のまま苦笑いした。

「人が死んだばっかりなのに、休む時間もないな」
「当然だ。生き残るためには立ち止まっている暇はない」

 分厚い手が俺の背を押し、よろけた足が中央区へ踏み出される。俺はその勢いのまま惰性で歩き出した。

「アンタはこれからどうする? 俺たちと行動するわけにもいかないだろ」

 とぼとぼとした足取りのままベアルドルフに問いかけると、彼は一拍押し黙ってから浅く牙を剥いた。

「友を殺した罪を贖ってもらう」
「……それ、エトロの前で言ったらぶん殴られそうだな」

 広場でエトロが俺たちの味方をしてくれたのは、立場が悪くなりつつあった俺を庇うためでもあったはずだ。もし俺が無関係だったらエトロは迷わずベアルドルフに殴りかかっていただろう。そんなエトロの前でベアルドルフが罪だなんだと言えば、どの口がと全力の拳が飛んでくるに決まっている。

「殴りたければ殴ればよい。あの娘にはその権利がある」

 当の本人が太々しい態度なので、俺もちょっとだけカチンときてしまった。

「シャル、お前も殴ってやれ」

 シャルは自分の拳をじっと眺めた後、ポスッとベアルドルフの脇腹を殴った。子猫の頭突きよりも弱そうな効果音に、俺とアンジュは目を丸くしながらつい立ち止まる。

「……ふん」

 ベアルドルフは片頬を緩めると、徐に片手を持ち上げ、シャルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
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