家に帰りたい狩りゲー転移

roos

文字の大きさ
上 下
131 / 206
5章

(1)あだ名

しおりを挟む
 地下に避難した人々へ平和の訪れを伝えるまでが守護狩人の仕事である。勝利の喜びを分かち合った俺たちは、気を引き締めなおして大聖堂の方へ足早に向かった。

 大聖堂周辺は、ドーム結界があった部分のみほぼ無傷だった。しかし結界の外側は飛び散ったドラゴンの肉塊や陥没した地面で荒れ果て、いかに激しい攻防戦が行われていたのかを物語っていた。ドラゴンの死体の横では、傷だらけの憲兵たちが呆然とした面持ちで仲間の遺体を運び出していた。

 俺たちが怪我人の回収に加わると、作業は一瞬で終わった。怪我人を瓦礫の中から回収し、一箇所にまとめてから俺の『雷光』を発動するだけ。痛みで動けないほどの重傷者でも、ほんの数秒光を浴びれば喜び動き回れた。

 しかし、すべての人間を救えたわけではない。寝かされていた怪我人の中には、一向に目覚める気配のないものや、既に土気色の肌に変色してしまった人もいた。

「……やっぱ全員で生き残るってのは難しいんだな」

 遺体に目礼をしながら奥歯を噛みしめると、アンリが俺の背中を叩きながら首を振った。

「今までの俺たちが上手く行きすぎてただけだよ」
「そう、だよな」

 なまじエラムラの里で瀕死の負傷者を治療した成功体験があるせいで、俺はいまいち目の前の尊い犠牲を受け止めきれなかった。人の遺体はもはや俺にとって見慣れたものであるはずなのに『雷光』を使えば普通に生き返るのでは、という現実味のない思考まで流れる始末だ。

 運び出される遺体を、俺は立ち止まって見送る。その横では生き残った狩人たちが颯爽と通り過ぎていった。その先頭には、今回の立役者であるレオハニーがいる。一瞬見えたレオハニーの横顔は相変わらず無表情で、何を考えているのか察する事すらできなかった。

 レオハニーは自他共に認めるほどの朴念仁である。だが、時折垣間見えるエトロへの不器用な愛情から察するに、レオハニーにも人並みに他者の死を悼む気持ちがあるはずだ。その気持ちを決して顔に出さないのは、最強の討滅者という、狩人の頂点に立つ者としての矜持があるからだろう。

 最強の討滅者という肩書は、レオハニーにとってどれほどの重みなのだろう。竜王を屠れるほどの力を持ちながら、すべての命を救えない歯がゆさは、きっと俺と比較できるものじゃない。それでもなお進み続ける彼女を見ていると、こんなところで足を止めている俺がちっぽけな存在に思えてきた。

 レオハニーのことは尊敬している。彼女がいなければ、トルメンダルクを討伐できたとしてもオラガイアの崩壊は免れなかっただろう。

 ……それでも、99を殺したレオハニーを俺はまだ信用できなかった。

 レオハニーの目的は、機械仕掛けの門を破壊すること。機械仕掛けの世界から現実世界を守りたいのならば、レオハニーが99を殺す必要はなかったはずだ。

 99を殺した動機で唯一考えられるのは、俺に過去の鍵者の記憶を引き継がせたくなかったからだ。
 99にはアンジュから鍵者の記憶を受け継ぎ、俺が望んだ時にいつでも返せるようにするという使命があった。その記憶の中に、レオハニーにとって不都合なものが混ざっていたのかもしれない。俺のこの推測が正しければ、レオハニーを味方だと断定するのは危険だった。

 とはいえ、これから起きるであろう機械仕掛けの世界との戦いを思えば、レオハニーの力は間違いなく必要になる。それに現実世界を守りたいという気持ちは一致しているので、どこかで妥協点を見つけておきたいところだ。

 大聖堂に入る前に、俺たちは二手に分かれることになった。

 万が一ドラゴンがオラガイアに残っている可能性も考慮して、グレンと複数の狩人が大聖堂周辺の警戒へ。反対にレオハニー率いる十人ほどの狩人たちは、市民への報告のために大聖堂の内部へ入ることになった。

 ビーツ公園の噎せ返るような血の匂いを頬で感じながら、俺たちは大聖堂の重々しい扉を開け放った。内装は大理石の彫刻や金銀で装飾が施され、高い天井から差し込む日の光によって荘厳さが際立っていた。床には戦闘の余波で破壊されたステンドグラスが散乱しており、気を抜いたら足に怪我をしてしまいそうなほど荒れていた。

「地下はこっちです」

 憲兵がレオハニーに告げ、カンテラに火をつけて地下に続く階段を降り始める。最後尾付近にいた俺も続こうとしたが、その途中で、こつん、と背後で一人分の足音が途絶えた。足を止めて振り返ると、外の日差しを浴びて影法師になったドミラスが佇んでいた。逆光のせいで表情が窺えない。

 俺は内と外の照度差に顔を顰めながら、ドミラスの方へ足を向けた。

「ドクター、早く行かないと置いて行かれるぞ」

 一歩近づいた瞬間、ドミラスの手が制止するように伸ばされる。
 
「……悪いが俺はここまでだ。行かなきゃならないところがあるんでな」
「もしかしてヴァーナルさんのところか? 確かに自分の武器が完成してるか気になるけどさ、中でゆっくり休んだ後でもいいだろ」
「……いや」

 ドミラスは言いにくそうに顔を俯ける。やけに元気がない。いっそ腕を引いて連れて行ってやろうかという発想が過ぎるが、本人から近づくのを止められた手前、それは悪手になるような気がした。
 俺は辛抱強くドミラスの言葉を待とうとした。が、階段の下からシャルの声が響いてきた。

「リョーホ! ドミラス!」
「悪い! 先に行っててくれ!」

 口の横に手を当てながら断りを入れ、俺は改めてドミラスに向き直った。
 
「まぁ、その、なんだ。そこまで大事な用事があるなら無理に止めねーよ。また後でな」

 妙な胸騒ぎがあったが、俺は大聖堂の地下へと再びつま先を向けた。

「浦敷」

 他人行儀な声色を聞いた瞬間、ますます俺の中で嫌な予感が膨れ上がる。無意識に手を握りしめながらもう一度振り返ると、丁度日の光が雲で遮られ、逆光に沈んでいたドミラスの顔がはっきりと見えるようになった。猛禽類じみた鋭い目つきは鳴りを潜め、戦争を知らない子供のような表情をしていた。

 ドミラスは色素の薄い目で俺を見つめた後、音がしないほど緩慢な動作で腕を組んだ。

「以前から気になっていたのだが、なぜ俺のことをドクターと呼ぶんだ?」
「ただのあだ名だよ。医者の先生っつったらドクターだろ?」

 アンリから事前に医者だと聞いていた分、そう呼んだ方がしっくりくる気がしたのだ。
 
「そうか。ドクターとは医者という意味か」
「ああ……そういや、この世界に英語はなかったんだっけ? でも浦敷博士から教わらなかったのか?」
「さあな。日記には書いていなかった」

 ドミラスの引っ掛かる物言いに俺は顔を顰めながらも、まあいいかと肩をすくめて破顔した。
 
「ドクターも俺のこと浦敷じゃなくて、エトロたちみたいにリョーホって呼べよ。苗字で呼ばれると浦敷博士の方が出てくるからさ」
「そうだな。お前は浦敷博士じゃなくてただのリョーホだ。次からは気をつけよう」

 一瞬、ドミラスの顔にニヴィの姿が重なって見えた気がした。そして組まれていた腕が解かれ、少し血の滲んだ右手がひらりと俺に別れを告げる。
 
「じゃあまたな、リョーホ。お前がどんな道を選ぶのか楽しみにしている」

 雲が晴れ、日の光が俺の目を眩ませる。ほんの少し瞬きを繰り返すと、日の光に慣れた視界の中からとっくにドミラスの姿は消えていた。

「……なんだったんだ?」

 俺は謎の喪失感を覚えながら、覇気の抜けた足取りで大聖堂の中へ引き返した。すると階段の踊り場でアンリが壁に寄りかかりながら俺が来るのを待っていた。

「先に行っていいって言ったのに」

 乾いた笑みを浮かべながらアンリを小突くと、しかめっ面でこう言われた。

「エトロがお前のことが心配だって」
「んじゃ本人が待ってくれればいいのに」
「君より師匠の方が大事ってことだろ」
「あー、酷ぇ」

 軽口を叩きながら、壁につり下がる照明を頼りに階段を降りる。石を切り出したような階段はどことなくヨルドの里の黄昏の塔と似ており、もしかしたら地下には現代文明が広がっているんじゃないか、という妄想が頭を掠めた。

 その矢先に、結界で守られていたはずの大聖堂の奥深くから、濃密な血の匂いが吹き上がったような気がした。
 
 このまま進んでもいいのだろうか。根拠のない不安に駆られながらも、俺は結局、薄暗い光に誘われるように歩くしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おっさん聖女!目指せ夢のスローライフ〜聖女召喚のミスで一緒に来たおっさんが更なるミスで本当の聖女になってしまった

ありあんと
ファンタジー
アラサー社会人、時田時夫は会社からアパートに帰る途中、女子高生が聖女として召喚されるのに巻き込まれて異世界に来てしまった。 そして、女神の更なるミスで、聖女の力は時夫の方に付与された。 そんな事とは知らずに時夫を不要なものと追い出す王室と神殿。 そんな時夫を匿ってくれたのは女神の依代となる美人女神官ルミィであった。 帰りたいと願う時夫に女神がチート能力を授けてくれるというので、色々有耶無耶になりつつ時夫は異世界に残留することに。 活躍したいけど、目立ち過ぎるのは危険だし、でもカリスマとして持て囃されたいし、のんびりと過ごしたいけど、ゆくゆくは日本に帰らないといけない。でも、この世界の人たちと別れたく無い。そんな時夫の冒険譚。 ハッピーエンドの予定。 なろう、カクヨムでも掲載

人生ひっそり長生きが目標です 〜異世界人てバレたら処刑? バレずにスローライフする!〜

MIRICO
ファンタジー
神の使徒のミスにより、異世界に転生してしまった、玲那。 その世界は、先人の異世界人が悪行を行ってばかりで、異世界人などクソだと言われる世界だった。 家と土地を与えられ、たまに本が届くくらいで、食料もなければ、便利なものも一切ない、原始な生活。 魔物がいるという森の入り口前の家から、生きるために糧を探しに行くしかない。 そこで知り合った、魔物討伐隊の騎士フェルナンとオレード。村人たちに親切にしてもらいながら、スローライフを満喫する。 しかし、討伐隊は村人に避けられていて、なにやら不穏な雰囲気があった。それがまさか、先人の異世界人のせいだったとは。 チートなんてない。魔法を持っている人がいるのに、使えない。ツルから草履を作り、草から糸を作り、服を作る。土を耕して、なんでも植える。お金がないなら、作るしかない。材料は、森の中にある! しかも、物作りのためのサバイバルも必要!? 原始なスローライフなんて、体力がなけりゃ、やってられない。 生きていくために、前世の知識と、使徒が持ってくる本で、なんとかする! ただ、異世界人とバレるわけにはいかない。処刑されてしまうかもしれない。 人生ひっそり、長生きが目標。玲那の体力自慢のスローライフが始まる。 ゆっくりのんびり連載していく予定です 他社サイト様投稿中 タイトル改めました

忘れられた妻は草原の鷹にからめ取られる(完結)

文野さと@ぷんにゃご
恋愛
田舎領主の娘、ミザリーは都の貴族の長男、ルナールと結婚した。 しかしそれは、破産寸前のルナールの家を救うためのもの。 ミザリーの持つ財と商才を買われての結びつきだった。 愛されない妻のミザリー。 だが、傾いた家を救うという、ルナールとの約束を守ると決意する。 そんな彼女を献身的に支える、執事見習いのユルディス。 異国生まれの彼は、ミザリーに熱い視線を注いでいた。 更新状況やキャラ設定などをツィッターにあげます。 よかったら覗きに来てください。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【毎日投稿】異世界で幸せに

存在証明
ファンタジー
不慮の事故によって異世界に転生したカイ。異世界でも家族に疎まれる日々を送るが赤い瞳の少年と出会うことで世界が変わる。そして突然街を襲ったスタンピードにより家から解放され、冒険者となったカイは持ち前の頭脳であらゆる謎を解いていく。 これは、心に傷をおった少年が異世界で仲間と共に冒険し、自分の過去と向き合い前を向いて歩いていく軌跡を綴った物語である。 毎日投稿(100話以降は週3予定です) 投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から言いたいことを言えずに、両親の望み通りにしてきた。 結婚だってそうだった。 良い娘、良い姉、良い公爵令嬢でいようと思っていた。 夫の9番目の妻だと知るまでは―― 「他の妻たちの嫉妬が酷くてね。リリララのことは9番と呼んでいるんだ」 嫉妬する側妃の嫌がらせにうんざりしていただけに、ターズ様が側近にこう言っているのを聞いた時、私は良い妻であることをやめることにした。 ※最後はさくっと終わっております。 ※独特の異世界の世界観であり、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的
ファンタジー
魔法仕掛けの古い豪邸に残された6歳の少女「ノア」 そこに次々と召喚される男の人、女の人。ところが、誰もかれもがノアをそっちのけで言い争うばかり。 もしかしたら怒られるかもと、絶望するノア。 でも、最後に喚ばれた人は、他の人たちとはちょっぴり違う人でした。 魔法も知らず、力もちでもない、シャチクとかいう人。 その人は、言い争いをたったの一言で鎮めたり、いじわるな領主から沢山のお土産をもらってきたりと大活躍。 どうしてそうなるのかノアには不思議でたまりません。 でも、それは、次々起こる不思議で幸せな出来事の始まりに過ぎなかったのでした。 ※ プロローグの女の子が幸せになる話です ※ 『小説家になろう』様にも「召還社畜と魔法の豪邸 ~召喚されたおかげでデスマーチから逃れたので家主の少女とのんびり暮らす予定です~」というタイトルで投稿しています。

【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪
ファンタジー
―私達と共に来てくれないか? 帰る方法も必ず見つけ出そう。 平凡な中学生の雪谷さくらは、夏休みに入った帰り道に異世界に転移してしまう。 着いた先は見慣れない景色に囲まれたエルフや魔族達が暮らすファンタジーの世界。 言葉も通じず困り果てていたさくらの元に現れたのは、20年前に同じ世界からやってきた、そして今は『学園』で先生をしている男性“竜崎清人”だった。 さくら、竜崎、そして竜崎に憑りついている謎の霊体ニアロン。彼らを取り巻く教師陣や生徒達をも巻き込んだ異世界を巡る波瀾万丈な学園生活の幕が上がる! ※【第二部】、ゆっくりながら投稿開始しました。宜しければ! 【第二部URL】《https://www.alphapolis.co.jp/novel/333629063/270508092》 ※他各サイトでも重複投稿をさせて頂いております。

処理中です...