家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

(39)切愛

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 ──終末の始まりはヨルドの里の崩壊によって始まる。

 その話がニヴィによってもたらされた後、アンジュたちはマリーナに連れられて、ヨルドの里の中央にある黄昏の塔へと案内された。

 ヨルドの里の建物はバルド村と同じく石材や木材を組み合わせた建築方法で、雰囲気や色合いまでそっくりだった。一般の建物の壁面は白と黒のレンガが使われ、海水の侵食を押さえるためか石柱が使われているようだ。一方で海の上や浜辺に近い建物は、柱にバームクーヘン状の家を刺したような構造になっており、隣接する建物同士が吊り橋で繋がっていた。満潮で陸地が沈んだ後でも移動できるよう設計したものなのだろう。

 その中でもひときわ大きな外観を持つ黄昏の塔は、エラムラにある薄明の塔に似ているせいで少々街並みから浮いて見えた。塔の内部は螺旋階段が天井まで続いており、灯台の役割も兼ねているようで天辺には巨大な照明が備え付けられていた。

「こちらです」

 透き通るようなマリーナの声が聞こえ、俺はニヴィたちと共に振り返る。マリーナは黄昏の塔の螺旋階段ではなく、塔の中央に設置された地下扉の前に立っていた。床にへばりついた鉄製の扉の中を覗き込むと、つづら折りの階段が延々と続いているのが見える。

 マリーナを先頭に、ニヴィたちは人目から逃れるように階段を下り始めた。キノコライトに照らされた足元は怪しげな青に染まり、深海から月を見上げているような閉塞感があった。つづら折りの階段を切り返すこと五回、今度は空港にあるような黄色と黒のオートウォークが現れた。しかもオートウォークの右側にはリノリウムの床が張られ、壁には駅構内を思わせる柱が等間隔で立っていた。

「おいおい、嘘だろ……」

 まさかこんなところで現代文明が現れると思っておらず、俺は間の抜けた声を上げた。電気が通っていないためオートウォークも蛍光灯も停止しているものの、定期的に手入れされているからか今にも動き出しそうな雰囲気があった。

「テララギの白骨遺跡に似ているな」

 ドミラスが呟くと、マリーナは頷きながら言った。

「この道はヨルドの里の海底まで続いています。普段は墓場に行くための門を整備するために使われているのですよ。密談をするにはうってつけなんです」
「墓場の門の整備? ではこの通路からご先祖の墓には行けないんですか?」

 ロッシュが問いかけると、一瞬だけマリーナの目元が曇ったように見えた。

「墓場の門……機械仕掛けの世界の門は、鍵者にしか開けることが出来ません。私たちはその門が壊れてしないように守るだけ。ご先祖の墓がどのような形で存在しているかは言い伝えられていません」

 長いオートウォークを渡り切った先には、潜水艦のハッチに酷似した巨大な扉があった。扉の周辺は分厚い金属でコーティングされており、核シェルターを連想させた。マリーナがハッチの前に手をかざすと、固く閉じられたハンドルが自動で開錠し、ガタガタと重厚な音を立てながらこちら側へ開かれる。

 ハッチの向こうには、全面ガラス張りの部屋が広がっていた。サイズは教室一つ分でドーム状になっており、天井からは蔦のように絡まりながらキノコライトがぶら下がっている。床は海底の砂を押し固めたような石がブロック状に敷き詰められており、その場で足踏みをしてみると木板を踏んでいるような感触が返ってきた。

「すごい……どうやってこんなものを作ったんですか?」

 中央にモノリスがある以外に一切の調度品を省いた空間で、アンジュはくるりと回りながら目を輝かせた。ガラスの外は真っ青な海が広がっており、色鮮やかな魚がすぐ近くを横切っていく。マリーナはそれを見上げながら心なしか誇らしげに答えた。

「私たちの力ではありません。ご先祖様が残してくださった古代遺跡をそのまま使っているのです」
「ふん。討滅者の間も高度な技術が使われていたが、旧人類の技術がこれほどまでとは思わなかったな」

 腕を組みながらベアルドルフが感心した数秒後、自動的にハッチが閉じられる。安全と理解していても謎の技術で退路を塞がれたロッシュは明らかに緊張していたが、遺跡巡りをしていたドミラスやベアルドルフは平然とハッチから視線を離した。

「で、わざわざこんなところまで来るほど重要な話なんだろうな」

 ベアルドルフが顎をしゃくりながら促すと、マリーナは長い袖を後ろへ払いながらお腹の上で両手を組んだ。

「本題に入る前に、私たち氷の一族とNoDの使命をお話ししましょう」

 ごおお、とガラス越しに水のうねりが響き、ドームからほど遠い場所で、巨大な影が横切っていくのが薄らと見える。結界の外を巡るように、巨大な影は緑色の目を光らせながら徘徊していた。

「氷の一族は、古くから血統を重んじ、この里を維持し続けてきました。すべては海底に眠るご先祖の墓を守るために。ダアト教に精通している方にとっては、機械仕掛けの世界の門と言った方が伝わりやすいかもしれませんね」

 マリーナが首を傾けながら微笑むと、徘徊していた巨大な影が消える。その後、ロッシュが小さく手を挙げながら、できるだけ空気を壊さぬよう言葉を選び出した。

「……常々思っていたのですが、それは予言書にある終末の日と関係があるんでしょう?」
「アドラン様もそう思っているのですか?」
「いえ……父に聞いてもはぐらかされてばかりです」

 しょげた犬のようにロッシュが目を伏せると、マリーナは幼子を慈しむような目で微笑み、それから真剣な面持ちになった。

「関係がある、とも言えますが、正しくはそうではありません。今の予言書には悪意がある。ミカルラ様もそれは感じていることです」
「悪意、ですか」
「予言書はご先祖様が残してくれた、子孫たちが生き残るための道しるべです。それがいつしか、機械仕掛けの世界を現へ復活させるための道具と成り果ててしまった。今や正しい使い方を知るのは、我々のような使命を与えられた一族と、直々にご先祖様から命を受けたミカルラ様やニヴィ様のみ。だからこそ、敵は私たちを必ず殺しに来る。予言書に書かれたヨルドの里の滅びは、いわば我々への宣戦布告と取っても良いでしょう」

 宣戦布告、という単語で一同に緊張が走る。それから、ベアルドルフが眉を顰めながら疑問を口にした。

「しかしなぜ機械仕掛けの世界はヨルドの里を滅ぼそうとするのだ? 門と鍵者が揃わなければ、先祖は復活することもできんのだろう?」
「この世界を手に入れようとする人間にとって、氷の一族が守護する魂が邪魔だからでしょう。予言書を手中に収めた黒幕と、氷の一族が守護する我らが先祖は対立しているのですから。あるいは、もっと別の方法で復活する方法を見つけてしまったのかもしれませんが……」

 まだ確証がないからか、マリーナの後半の語気は弱々しかった。

 要約すると、予言書を乗っ取った黒幕にとって、氷の一族やNoDが守ろうとする『ご先祖様』は邪魔な存在でしかない。だから『ご先祖様』が復活しないよう、黒幕は氷の一族を殺す準備を進めているらしい。これがただの宣戦布告であれば戦争に向けて準備を整えるところだが、予言書に書かれてしまった、という一点において既にヨルドの里の敗北は決まっていた。

 予言書に書かれてしまったものは覆せない。書かれていない部分であれば抗うことはできても、ヨルドの里が滅ぶと明記されたからにはその運命は避けられない。オラガイアの時のように暈した内容ならば多少の改変は許されただろうが、ニヴィの深刻そうな表情を見る限り、おそらくその余地すらなかったのだろう。

 幸か不幸か、この場にいるメンバーは予言書の性質を並の人間より深く理解していた。故に、ニヴィのもたらした話がどれほど重いものなのか正確に理解してしまった。

 ごぼごぼとガラスの外で泡立つような音がする。マリーナははっと息を吸いながら苦笑すると、淡い青に染まったドームの中央へ移動した。そこには御影石を切り出したようなモノリスがあり、天辺には鍵穴のようなものが開いていた。

 マリーナはモノリスに触れて、手のひらに菌糸模様を浮かび上がらせた。まもなくガラスから伝わる泡音が止み、海に静寂が帰ってくる。綻んでいた結界を修復したのか、それとも機械仕掛けの門に異常があったのか、素人の俺には判別がつかなかった。

「……予言書に書かれてしまった以上、ヨルドの里の滅びを避ける術はありません。氷の一族たる私も生き残れないでしょう。敵の目的は……私の命なのですから」

 マリーナが静かに告げると、今まで黙って話を聞いていたニヴィが声を荒げた。

「マリーナ様、滅多なことを仰らないでください。エラムラの里は決してヨルドの里を見捨てません!」

 途端、ニヴィから深い怒りと悲しみの感情が俺の中へ流れ込んできた。同盟関係の里同士とは思えないほど、ニヴィは本気でマリーナの身を案じているようだった。
 だが、マリーナはやんわりと首を横に振ると、ニヴィを落ち着かせるように彼女の手に触れた。

「世の中には、どうにもならない事が必ず起きるもの。私はヨルドの里の長として共に滅びを受け入れるつもりです。ただ一つ、星のように小さな希望さえ生き残ってくれれば……」
「……私は、諦めたくありません。滅びが来るというのなら、私が抗います!」

 ニヴィが叫ぶと、流れ込む感情と共に別の記憶が脳裏に浮かんだ。傷だらけの姿で森の中を逃げるニヴィ、それを助けてくれたマリーナ、そして、一人だったニヴィに居場所を与えてくれたミカルラ。断片的かつ数秒の間しか垣間見れなかったが、ニヴィの歩んできた過去が俺の意識に焼きついた。

 ニヴィは、この世界に来たばかりの時の俺とよく似ていた。絶体絶命の時に助けられ、右も左も分からない自分に居場所を与えてもらった。自分を拾ってくれた人たちに報いるためなら、命をかけて戦いたいと思える。

 もし俺がニヴィの立場だったならマリーナに同じことを言っていただろう。だがその結果がどうなるか、俺は既に知っていた。

「そのお気持ちだけで十分です。ですが決して……引き際を間違わないで」

 マリーナはニヴィの手を柔らかく握りしめた後、唐突に俺の方を振り返った。やはり見えているのか、と驚愕し、いや有り得ないと首を振る。この世界はニヴィの記憶で構成されたもの。ニヴィならともかく、マリーナが俺に反応するはずがない。

 しかしマリーナは真っ青な瞳でしかと俺を捉えて、はっきりと言った。

「どうか娘を、エトロを守って」

 ぐん、といきなり全身を掴まれ、後ろに引きずり込まれる。完全に油断していた俺は碌な抵抗もできず、背中から地面に叩きつけられた。

「いってぇ……!」

 背中を撫でながら起き上がると、景色が一変していた。

 血を吸った黒い海、赤い砂浜、有象無象の死体の山。瓦礫の中からは見覚えのある白黒のレンガや建物の文様があり、否応なしにここが変わり果てたヨルドの里だと突きつけられた。

 俺は座り込んだまま呆然とした後、弾かれたように起き上がり、死体の山の間を縫うように走った。エトロはヨルドの里が滅びる瞬間を実際に目の当たりにしていたのだから、この場にもエトロがいるかもしれない。見つけたところで干渉できるわけではないとしても、こんな場所で一人にさせたくはなかった。

「エトロ!」

 声を張り上げながら走り続けていると、マリヴァロンの赤子を海に還した桟橋に辿り着いた。桟橋は真下からひっくり返されたようにバラバラに散乱しており見る影もない。そして木片に紛れるようにして、水色の髪が海に浮かんでいた。

 俺は悲鳴を押さえるように口を押えながら、急いで水色の元へ駆け寄った。ニヴィの記憶の中で実体が曖昧だからか、俺の身体は地上と同じように海面を踏みしめ、ものの数秒で彼女の傍に向かうことができた。

 水色の髪の正体はエトロではなかった。ついさっきまで俺に話しかけていた女性が、虚ろな目を空へ向けて顔半分を海に沈めていた。思わず抱き起そうとするが、伸ばした手は虚空を掻いて肌に触れることすらできなかった。

 エトロは母の最期を見たのだろうか。弔うことすら許されず、ただ逃げることしかできなかった彼女は、一体どんな気持ちだったのか。

 しばらくすると、浜辺の方から剣戟の音がした。振り返れば薄っすらと蒸気のような煙が上がっている。俺はマリーナの遺体に後ろ髪を引かれながらも、急いでその方向へ走り出した。

 死体の山を飛び越えた先には、頭から血を被ったニヴィとベアルドルフの姿があった。すでに戦闘は終わったようで、ベアルドルフは軽く息を乱しながらセスタスにへばりついた血を払い落としている。その横では、傷から煙を出すニヴィが佇んでおり、視線は足元へと注がれていた。

 視線の先には、ハウラによく似た端正な顔立ちの女性が胸の上で手を組んだまま横たわっている。腹部には三枚刃のセスタスで貫かれた痕跡があり、今もなお血だまりを広げて続けていた。

 ニヴィは手に持っていたレイピアを取り落とすと、がくりと膝から崩れ落ちた。

「お母様……どうして、このようなことを……」

 深い絶望が、黒い濁流へと具現化して俺の元へ流れ込んでくる。俺はそれに押されるようにして、ゆらりと後ろに倒れ込んだ。
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