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4章
(30)八百長 3
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大聖堂前にあるビーツ公園は、まるで暗雲に街ごと突っ込んだかのように真っ暗だった。砲撃部隊を突破してきたドラゴンたちが、最後のカラクリ結界に隙間なく取り憑いて蠢いているせいだ。
人間を遥かに凌ぐ巨体や、頭部を握りつぶせてしまいそうな鉤爪が、結界を突破しようと仲間を踏み台にし、力任せにぶつかってくる。腹を打つような衝撃音や怒りに満ちた咆哮に、運良くトゥアハの護衛役に回った憲兵の一人が腰を抜かした。
オラガイアの心臓であるカラクリは三種類の結界を持っている。一つは人間が高高度の環境で暮らせるための気候結界。もう一つはオラガイア全体に薄く張られた膜状結界。そして最後は、ビーツ公園を含む大聖堂を丸ごと囲む、ドーム結界だ。
ドーム結界は、外周の膜状結界と違ってすり抜けることができない。爪やブレスなど全ての攻撃を防げる優秀さだが、人間の出入りや内側からの攻撃まで防いでしまうデメリットもあった。
そのため大聖堂内には必要最低限の護衛が残され、残りの狩人たちは地獄絵図の中で戦い続けるしかなかった。
だが、決して劣勢というわけでもない。
「ロッシュ様」
ドーム結界を『保持』で強化し続けていたシュイナが、傍らのロッシュを呼んだ。里長の側近としてロッシュに同行していた彼女は、普段はギルドの受付をしていると思えぬほどに落ち着いていた。壁一つ挟んだ向こうでは、唾液を撒き散らしながら、凶悪なブレスを吐くドラゴンが蠢いているというのに。
ロッシュもまた、瞼を下ろしたまま石像のように微動だにしていなかった。前に真っ直ぐと伸ばされた左手の人差し指からは、糸に吊された一つの鈴が垂れ下がっている。銀色に光るそれは次第に輝きを強め、いよいよ目が眩むほどに力をため込んでいく。その姿はビーツ公園の美しい噴水と相まって、聖書の挿絵のような荘厳さがあった。
ぱきり、と鈴の中で何かが限界を迎える。その瞬間、ロッシュの目が開かれ、鈴から天にも昇る美しい音色が響き渡った。
「────」
音が広がると同時に、あれほど喧しかったドラゴンたちがぴたりと動きを止めた。それから一拍の間を置いて、ドラゴンたちの目玉が内側から弾け飛び、小さな個体に至っては頭部が丸ごと弾け飛んだ。シャボン玉のような、拍手のような破裂音が約一分間も鳴り続け、ドーム結界の表面が血で真っ赤に染まった。
が、ドラゴンの頭が弾ける側から、後続のドラゴンたちが次々にドーム結界に飛びついてくる。仲間をかえりみない突撃は、先にドーム結界に辿り着いていたドラゴンの鱗を砕きながら結界内を大きく震わせた。
「ひ、ひぃ!」
憲兵隊から甲高い悲鳴が上がり、誰かが粗相をしたのか異臭がする。ロッシュは顔を顰めながら、再び『響音』の標的を定めるべく目を閉じた。
『響音』は鈴から放つ音の周波数で、敵の脳を直接破壊する。だが音という特性上、無差別に攻撃範囲が広がってしまうため、敵だけに当たるように周波数を調整しなければならない。エラムラの里であれば木製の鈴を持たせて自動的に味方を除外できたのだが、オラガイアで人数分の鈴を用意することはできなかった。故に、エラムラ防衛戦の時よりもロッシュの負担は遥かに大きくなっていた。
「くっ……うるさい……」
音に集中すればするほど、ドラゴンたちの醜い咆哮が神経を逆撫でしてくる。加えて膨大な音を収集したロッシュの脳が熱くなり、たらりと鼻から血が流れ出た。
「ロッシュ様、無理はいけません」
すかさずシュイナがハンカチで甲斐甲斐しく拭き、『保持』の能力でロッシュの負担を軽くする。ロッシュは苦笑しながら、再び輝きを帯びた鈴を解放した。
美しい音色が戦場の喧騒を上書きし、ドラゴンたちの頭が弾ける。先ほどより短時間で発動したにも関わらず『響音』の威力と範囲は明らかに広がっていた。
ドーム結界の外にいた狩人たちは見渡す限りの死に絶えたドラゴンに驚愕していたが、やがて奮起するように雄叫びをあげ、先ほど以上に武力を振い始めた。
「よし、今ので大体掴めました。シュイナ、僕の治療は今後不要です。結界の維持に集中してください」
「……承りました」
シュイナは不安そうであったが、恭しく頭を下げて目の前の結界に集中した。
ドラゴンの致死周波数さえ判明すればこちらのもの。後は先ほどのように敵が密集してきた時に『響音』を発動すればいい。ロッシュは鬱陶しげに鼻血を拭き取りながら、詰まったような血生臭い息を吐いた。
その直後、狩人たちが何事かを叫びながら結界の近くに下がり始めた。遅れて周囲がだんだんと薄暗くなり、代わりにドーム結界の真上で煌々と赤い光が爆誕し、小さな太陽を作り上げる。
「あれは……」
ロッシュはドーム結界の真上に立つ人物を見上げ、つい苦笑してしまった。
太陽の真下には大剣を掲げた絶世の美女がいた。頬に紅色の菌糸模様を描きながら、最強の討滅者は扇でも振るように大剣を振り下ろす。
瞬間、南に向けて太陽が傾き、巨大なビームとなって前方を焼き払った。目にも止まらぬ速度にドラゴンたちはなす術もなく炭と化し、直撃を免れたドラゴンでさえその身を焼かれて絶命した。さらにヴルトプスまで巻き込まれたせいか、ビーム周辺で大爆発が立て続けに起き、その爆風が噴水の水を空中へ打ち上げた。
「うわあああああ!」
憲兵たちから恐怖とも歓声ともつかぬ絶叫が巻き起こり、その大半が爆風にあおられて地面に倒れ込む。ロッシュは腕で顔を庇いながら強風に耐えきり、改めて戦場に目を向けた。
「……やはり討滅者を前にすると心が折れますね」
黒い道があった。
灼熱のビームが疾走したのは、地上から二十メートルも上だった。にも関わらず、地面には横幅三十メートル以上の煤けた跡が引かれ、真っ直ぐと南旧市街へ続いている。しかも途中でビームが枝分かれしたのか、東西から迫ってきていたドラゴンの群れまで半数以上も消滅していた。
こんな光景を見せられた後では、はたして自分はここに必要なのかという疑問が頭をもたげてくる。ドラゴンの軍勢はまだまだ黒い雲となって押し寄せているが、レオハニーさえいれば簡単に全滅させられるだろう。むしろ味方がいない方が彼女にとって戦いやすいはずだ。
──足手纏い。
脳裏に過ぎった言葉にロッシュは鋭く息を呑む。そして歯を食いしばりながら、腹の底で荒れ狂う怒りを飲み込んだ。
仮にもエラムラの里長たるもの、私情に走って職務を放棄する訳には行かない。ロッシュは狩人たちの歓声を聞き流しながら、真上にいるレオハニーへと呼びかけた。
「レオハニー様、ここはしばらく安全です。貴方は前線の手助けを――」
瞬間、オラガイア全体が激しく揺れた。
「な、なんだ!?」
二度、三度と地面が震え、付近の建物が耐え切れずに倒壊する。
『ヴォォオオオオオオオオ――!』
何百もの角笛を一斉に吹き鳴らしたような、不協和音の咆哮がオラガイアに激震を齎す。その数秒後、地響きのような音を立ててオラガイアの西側から巨大な影が胸鰭を起き上がらせた。
青空に映える青磁色の鱗が、弧を描きながら西区画でとぐろを巻く。それは山の稜線だけを切り取ったように細長く、ウナギやウツボを連想させる。しかしその胴回りはオラガイアでは比較対象が見つからないほどに分厚く、まるで空想の世界樹が翼を得たかのような遠大さであった。
「竜王……トルメンダルク……しかもあの大きさは……」
「ああ……オラガイアの化石と同じ、先祖返りだ……」
マガツヒと相打ちになったと言われる、トルメンダルクの先祖返り。
最新のマガツヒ討伐の記録によれば、最低百人以上の狩人が同時にかかり、その九割が戦死した。ロッシュがベアルドルフと共にマガツヒ討伐に参加した時も、生き残ったのは当時共にいたエラムラの同期たちとレオハニー、テララギの里出身のシン、グレンだけであった。
そんなマガツヒに匹敵するほどの戦闘力を有する先祖返りのトルメンダルクを相手にすれば、百人以上の死者が出る。しかも今回はオラガイアを守りながら、たった五十名程度の狩人たちで戦わねばならない。
「無理だ……」
憲兵の一人から小さな絶望が芽吹いた。
当然だ。トルメンダルクだけでも手一杯だと言うのに、大聖堂に向けてまだまだ無数のドラゴンが進軍し続けている。こちらに討滅者が二人いるとしても、圧倒的に人手が足りない。
一体どうすればいい。大聖堂を捨てて全員で凍死するか、トルメンダルクに地上まで叩き落されるか。
大聖堂の地下では現在、東区画の船着き場から竜船をかき集めて住民の避難を行っている。トルメンダルクが暴れている今、住民を地上まで避難させることもできない。当然、ダアト教の要であるトゥアハも、このままではオラガイアの墜落に巻き込まれてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。
ロッシュは眉間に皺を刻みながら、深く熟考した。そして、
「レオハニー様、グレン様を連れてトルメンダルクの討伐に向かってください。大聖堂は僕とシュイナ、憲兵隊で守ります」
レオハニーは軽く目を見開くと、陶器のような無機質な表情で微かに首を傾げた。
「それって、ほとんどロッシュ君だけで頑張ることにならない?」
「ラグラード殿も直にここに戻ってきます。アレスティアとペテレイエは命令を聞く性格ではないでしょうが、上手く動いてくれるはずです」
「でも君は……」
レオハニーが何かを言いかけたところで、西区画からバルド村の紋章を模した発煙弾が打ちあがった。何者かによる信号弾。ロッシュにはそれが誰のものなのかすぐに察した。
「リョーホさんが呼んでいますよ。行ってあげてください」
「……分かった。できるだけ早く戻るから」
「期待せずにお待ちしています。ご武運を」
ロッシュが返答すると、レオハニーは腰から銃を引き抜き、同じ発煙弾を撃ち上げながらドーム結界から飛び降りた。
人間を遥かに凌ぐ巨体や、頭部を握りつぶせてしまいそうな鉤爪が、結界を突破しようと仲間を踏み台にし、力任せにぶつかってくる。腹を打つような衝撃音や怒りに満ちた咆哮に、運良くトゥアハの護衛役に回った憲兵の一人が腰を抜かした。
オラガイアの心臓であるカラクリは三種類の結界を持っている。一つは人間が高高度の環境で暮らせるための気候結界。もう一つはオラガイア全体に薄く張られた膜状結界。そして最後は、ビーツ公園を含む大聖堂を丸ごと囲む、ドーム結界だ。
ドーム結界は、外周の膜状結界と違ってすり抜けることができない。爪やブレスなど全ての攻撃を防げる優秀さだが、人間の出入りや内側からの攻撃まで防いでしまうデメリットもあった。
そのため大聖堂内には必要最低限の護衛が残され、残りの狩人たちは地獄絵図の中で戦い続けるしかなかった。
だが、決して劣勢というわけでもない。
「ロッシュ様」
ドーム結界を『保持』で強化し続けていたシュイナが、傍らのロッシュを呼んだ。里長の側近としてロッシュに同行していた彼女は、普段はギルドの受付をしていると思えぬほどに落ち着いていた。壁一つ挟んだ向こうでは、唾液を撒き散らしながら、凶悪なブレスを吐くドラゴンが蠢いているというのに。
ロッシュもまた、瞼を下ろしたまま石像のように微動だにしていなかった。前に真っ直ぐと伸ばされた左手の人差し指からは、糸に吊された一つの鈴が垂れ下がっている。銀色に光るそれは次第に輝きを強め、いよいよ目が眩むほどに力をため込んでいく。その姿はビーツ公園の美しい噴水と相まって、聖書の挿絵のような荘厳さがあった。
ぱきり、と鈴の中で何かが限界を迎える。その瞬間、ロッシュの目が開かれ、鈴から天にも昇る美しい音色が響き渡った。
「────」
音が広がると同時に、あれほど喧しかったドラゴンたちがぴたりと動きを止めた。それから一拍の間を置いて、ドラゴンたちの目玉が内側から弾け飛び、小さな個体に至っては頭部が丸ごと弾け飛んだ。シャボン玉のような、拍手のような破裂音が約一分間も鳴り続け、ドーム結界の表面が血で真っ赤に染まった。
が、ドラゴンの頭が弾ける側から、後続のドラゴンたちが次々にドーム結界に飛びついてくる。仲間をかえりみない突撃は、先にドーム結界に辿り着いていたドラゴンの鱗を砕きながら結界内を大きく震わせた。
「ひ、ひぃ!」
憲兵隊から甲高い悲鳴が上がり、誰かが粗相をしたのか異臭がする。ロッシュは顔を顰めながら、再び『響音』の標的を定めるべく目を閉じた。
『響音』は鈴から放つ音の周波数で、敵の脳を直接破壊する。だが音という特性上、無差別に攻撃範囲が広がってしまうため、敵だけに当たるように周波数を調整しなければならない。エラムラの里であれば木製の鈴を持たせて自動的に味方を除外できたのだが、オラガイアで人数分の鈴を用意することはできなかった。故に、エラムラ防衛戦の時よりもロッシュの負担は遥かに大きくなっていた。
「くっ……うるさい……」
音に集中すればするほど、ドラゴンたちの醜い咆哮が神経を逆撫でしてくる。加えて膨大な音を収集したロッシュの脳が熱くなり、たらりと鼻から血が流れ出た。
「ロッシュ様、無理はいけません」
すかさずシュイナがハンカチで甲斐甲斐しく拭き、『保持』の能力でロッシュの負担を軽くする。ロッシュは苦笑しながら、再び輝きを帯びた鈴を解放した。
美しい音色が戦場の喧騒を上書きし、ドラゴンたちの頭が弾ける。先ほどより短時間で発動したにも関わらず『響音』の威力と範囲は明らかに広がっていた。
ドーム結界の外にいた狩人たちは見渡す限りの死に絶えたドラゴンに驚愕していたが、やがて奮起するように雄叫びをあげ、先ほど以上に武力を振い始めた。
「よし、今ので大体掴めました。シュイナ、僕の治療は今後不要です。結界の維持に集中してください」
「……承りました」
シュイナは不安そうであったが、恭しく頭を下げて目の前の結界に集中した。
ドラゴンの致死周波数さえ判明すればこちらのもの。後は先ほどのように敵が密集してきた時に『響音』を発動すればいい。ロッシュは鬱陶しげに鼻血を拭き取りながら、詰まったような血生臭い息を吐いた。
その直後、狩人たちが何事かを叫びながら結界の近くに下がり始めた。遅れて周囲がだんだんと薄暗くなり、代わりにドーム結界の真上で煌々と赤い光が爆誕し、小さな太陽を作り上げる。
「あれは……」
ロッシュはドーム結界の真上に立つ人物を見上げ、つい苦笑してしまった。
太陽の真下には大剣を掲げた絶世の美女がいた。頬に紅色の菌糸模様を描きながら、最強の討滅者は扇でも振るように大剣を振り下ろす。
瞬間、南に向けて太陽が傾き、巨大なビームとなって前方を焼き払った。目にも止まらぬ速度にドラゴンたちはなす術もなく炭と化し、直撃を免れたドラゴンでさえその身を焼かれて絶命した。さらにヴルトプスまで巻き込まれたせいか、ビーム周辺で大爆発が立て続けに起き、その爆風が噴水の水を空中へ打ち上げた。
「うわあああああ!」
憲兵たちから恐怖とも歓声ともつかぬ絶叫が巻き起こり、その大半が爆風にあおられて地面に倒れ込む。ロッシュは腕で顔を庇いながら強風に耐えきり、改めて戦場に目を向けた。
「……やはり討滅者を前にすると心が折れますね」
黒い道があった。
灼熱のビームが疾走したのは、地上から二十メートルも上だった。にも関わらず、地面には横幅三十メートル以上の煤けた跡が引かれ、真っ直ぐと南旧市街へ続いている。しかも途中でビームが枝分かれしたのか、東西から迫ってきていたドラゴンの群れまで半数以上も消滅していた。
こんな光景を見せられた後では、はたして自分はここに必要なのかという疑問が頭をもたげてくる。ドラゴンの軍勢はまだまだ黒い雲となって押し寄せているが、レオハニーさえいれば簡単に全滅させられるだろう。むしろ味方がいない方が彼女にとって戦いやすいはずだ。
──足手纏い。
脳裏に過ぎった言葉にロッシュは鋭く息を呑む。そして歯を食いしばりながら、腹の底で荒れ狂う怒りを飲み込んだ。
仮にもエラムラの里長たるもの、私情に走って職務を放棄する訳には行かない。ロッシュは狩人たちの歓声を聞き流しながら、真上にいるレオハニーへと呼びかけた。
「レオハニー様、ここはしばらく安全です。貴方は前線の手助けを――」
瞬間、オラガイア全体が激しく揺れた。
「な、なんだ!?」
二度、三度と地面が震え、付近の建物が耐え切れずに倒壊する。
『ヴォォオオオオオオオオ――!』
何百もの角笛を一斉に吹き鳴らしたような、不協和音の咆哮がオラガイアに激震を齎す。その数秒後、地響きのような音を立ててオラガイアの西側から巨大な影が胸鰭を起き上がらせた。
青空に映える青磁色の鱗が、弧を描きながら西区画でとぐろを巻く。それは山の稜線だけを切り取ったように細長く、ウナギやウツボを連想させる。しかしその胴回りはオラガイアでは比較対象が見つからないほどに分厚く、まるで空想の世界樹が翼を得たかのような遠大さであった。
「竜王……トルメンダルク……しかもあの大きさは……」
「ああ……オラガイアの化石と同じ、先祖返りだ……」
マガツヒと相打ちになったと言われる、トルメンダルクの先祖返り。
最新のマガツヒ討伐の記録によれば、最低百人以上の狩人が同時にかかり、その九割が戦死した。ロッシュがベアルドルフと共にマガツヒ討伐に参加した時も、生き残ったのは当時共にいたエラムラの同期たちとレオハニー、テララギの里出身のシン、グレンだけであった。
そんなマガツヒに匹敵するほどの戦闘力を有する先祖返りのトルメンダルクを相手にすれば、百人以上の死者が出る。しかも今回はオラガイアを守りながら、たった五十名程度の狩人たちで戦わねばならない。
「無理だ……」
憲兵の一人から小さな絶望が芽吹いた。
当然だ。トルメンダルクだけでも手一杯だと言うのに、大聖堂に向けてまだまだ無数のドラゴンが進軍し続けている。こちらに討滅者が二人いるとしても、圧倒的に人手が足りない。
一体どうすればいい。大聖堂を捨てて全員で凍死するか、トルメンダルクに地上まで叩き落されるか。
大聖堂の地下では現在、東区画の船着き場から竜船をかき集めて住民の避難を行っている。トルメンダルクが暴れている今、住民を地上まで避難させることもできない。当然、ダアト教の要であるトゥアハも、このままではオラガイアの墜落に巻き込まれてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。
ロッシュは眉間に皺を刻みながら、深く熟考した。そして、
「レオハニー様、グレン様を連れてトルメンダルクの討伐に向かってください。大聖堂は僕とシュイナ、憲兵隊で守ります」
レオハニーは軽く目を見開くと、陶器のような無機質な表情で微かに首を傾げた。
「それって、ほとんどロッシュ君だけで頑張ることにならない?」
「ラグラード殿も直にここに戻ってきます。アレスティアとペテレイエは命令を聞く性格ではないでしょうが、上手く動いてくれるはずです」
「でも君は……」
レオハニーが何かを言いかけたところで、西区画からバルド村の紋章を模した発煙弾が打ちあがった。何者かによる信号弾。ロッシュにはそれが誰のものなのかすぐに察した。
「リョーホさんが呼んでいますよ。行ってあげてください」
「……分かった。できるだけ早く戻るから」
「期待せずにお待ちしています。ご武運を」
ロッシュが返答すると、レオハニーは腰から銃を引き抜き、同じ発煙弾を撃ち上げながらドーム結界から飛び降りた。
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