家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

(18)分魂

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「ノンカの里って、あれだろ。里が一晩で溶けて消えたっていう……」
「ああ。俺とアンジュ、ロッシュにベアルドルフもその場にいた。事件の発端は、アンジュの暴走だった」
「暴走……?」

 一瞬、ドラゴン化したニヴィの悍ましい姿を思い出してしまい、俺の全身に鳥肌が立つ。ドミラスは俺の顔から血の気が引くのに気づいていたが、あえて指摘せず淡々と続けた。

「アンジュたちNoDは、何らかのきっかけで自我が暴走するよう設計されているようだ。これは日記の俺からの受け売りだが、暴走したNoDは元の使命とは全く別の目的をもって、この世界を滅ぼそうとするらしい。まるで誰かに操られているみたいにな」
「じゃあ、ノンカの里がアンジュに滅ぼされたのも、NoDの設計のせいか」
「その通りだ」

 冷たい風が頬に吹きつけ、強い耳鳴りが起きる。俺は米神に走る痛みを堪えながら、ドミラスの話に意識を集中させた。

「俺たちはアンジュの暴走を止めるために戦ったが、結果空しく惨敗した。しかも俺は重傷を負って、誰がどう見ても助からない状態だった。そこで賭けに出ることにした」
「賭け?」
「そうだ。ノンカの里に向かう数ヶ月前に、俺はアンジュの『星詠』の菌糸を採取して培養に成功していた。それを体内に移植して『星詠』を発動し、自分の負った傷をなかったことにしようとしたんだ」
「『星詠』? それは未来予知の力だろ。あの能力でそんなことできるのか?」
「できる。トトと戦ったことのあるお前ならその目で見ただろう」

 確かに、トトと戦っている時に何度も不可解な現象が起きた。浴びたはずの返り血が消え、目の前からトトが消滅し、まるで最初から何もなかったかのように元通りになる。ドミラスがやろうとしたことも、きっとそれと同じことなのだろう。

 だが、だとすれば。

「あの時俺と戦ったトトは、アンジュだったのか!?」
「まさか、ミッサから聞かされていなかったのか?」
「な、何も聞いてない。それに俺の知ってるアンジュと全然違うじゃんか。声どころか体格まで別人だぞ!?」
「魂の形が変われば肉体に影響が出てもおかしくない」

 そう言われるとそうなのだが、アンジュの変わりようはあまりにも劇的だった。

 アンジュは以前から綺麗な顔立ちをしていたが、トトのような作り物めいた不気味さはなかった。トトのあの姿は、まるで誰かの願望を押し固めて作り上げた人形そのものだ。

 それに、人々を殺してしまうほど激しい暴走を起こした魂が、ああも整った肉体を形成できるものだろうか。

「話を戻すぞ」
「……ああ」

 混乱する俺に気遣わしげな声がかけられ、生返事になりながらもドミラスへ目を向ける。

「『星詠』の力を使えば、起きた事象をなかったことにするのは簡単だ。だがその効果範囲は、自分の身に直接起きた事象、しかも直近のものだけに限定される。そして、『星詠』の本来の持ち主ではない俺は、完全に力を操ることが出来ない。特に事象を打ち消すなんて芸当は裏技だから、猶更リスクを負わなきゃならなかった」

 ドミラスは指を二本立てて俺の前に掲げると、人差し指の方へ目線をやった。

「ここに二つの時間軸がある。瀕死の俺がいる軸と、無傷の俺がいる軸だ。ここに『星詠』の力を発動すると、瀕死の俺に、無傷の俺の存在を上書きできる。俺はこの方法で助かった……のだと思う」
「なんだよ、歯切れが悪いな」

 ドミラスは一瞬黙り込んだ後、思考をまとめながらゆっくりとした速度で話し始めた。

「この方法は、いわば時間軸を上書きするようなものだ。普通なら一つの事象を上書きすれば、その時間軸に起こったすべての出来事が丸ごと上書きされる」
「? なんで時間軸が丸ごと上書きされるんだ?」
「考え方はお前の世界でも有名な親殺しのパラドックスと似ている」

 ドミラスは一旦話を区切ると、例えばの話だが、と前置きをした。

「未来から来た子供が、自分が生まれる前に自分の親を殺したらどうなる?」
「そりゃあ、子供が生まれなくなるよな。……あ、そしたら親を殺した子供も未来では存在しなかったことになる?」
「そういうことだ。まあ親を殺した子供が消滅すれば、親は無事に子供を生んで、またその子供が親を殺しにくるかもしれないが、その辺りは割愛する。重要なのは、一つの事象を消すと、時間軸全体に影響が出るってことだ」

 ドミラスは立てたままの二本指とは別に、もう片方の手でピースを作った。

「俺は時間軸全体の上書きを避けるために、俺は魂を二つに分けて事象を保存することにした」
「は? 待て待て、事象って保存できるもんなのか?」

 手をブンブン振りながら制止すると、ドミラスは眉間の皺を深くしながら猫背になった。

「説明が難しいんだが、イメージで言えば、ここで俺と会話している浦敷と、バロック山岳で俺と別れた浦敷が同時に存在している感覚だ」
「あー……要するに、一つの時間軸の中で、同時に二つの事象が存在してるって感じ?」
「その認識で構わん」

 俺はふむ、と頬に手を当てて考え込んだ。瀕死のドミラスと無傷のドミラスが重なっている状態を『星詠』の力で生み出したのだろうが、それがどんな形なのか想像ができない。

「……つか、瀕死のドミラスが残っていたら結局アンタが死ぬことに変わりないんじゃないか?」
「ああ。だから俺は魂を二つに分けて、その片方に死んでもらった。それで時間軸全てに影響を及ぼさず、俺だけに事象の上書きが成された……そのはずなんだがな」

 ドミラスはため息をつきながら背中から力を抜くと、青い光の上で寂しそうに笑った。

「まあつまりだ。今の俺は捨て駒に使われた魂で、お前の良く知るドミラスは『星詠』の力で生きながらえたもう半分だった、というわけだ。だが今じゃ未来の俺がヤツカバネに魂を吹き飛ばされたせいで、あの日死んだはずの俺が帰ってきてしまった」

 深呼吸を一つ挟んで、ドミラスは神妙な面持ちで続けた。

「お前の目の前にいるのは、お前の知っているドミラスじゃない。いわば全く別の人生を歩んだクローン……別人だ」

 俺は深く息を飲み、できるだけ無表情を保とうとした。それでも目元が震えるのだけは止められなかった。

 ドミラスの皮を被った赤の他人。それはヤツカバネ討伐を終えたばかりの俺が想定していた最悪の事態でもあった。

 生き返ったと思った友人が実は死んでいたというのは、予想できていてもショックを受けずにはいられない。俺は結局、ドミラスとの約束を守れなかったのだから。

 だが、目の前の男まで俺と同じ顔をする必要はない。中身が他人だろうが、その人間を否定する理由にはならない。浦敷博士でない俺を、初めて会ったドミラスが友と認めてくれたように。

 俺は震えそうになる呼吸を大袈裟な動作で誤魔化して、小馬鹿にするように呆れ返った。

「あのなぁ、俺だって浦敷博士のクローンだぞ? 気にしたって無駄だろそういうの」

 半ば怒りを覚えながら俺は嘆息し、胡座の上に頬杖をつく。

「それにドクターは元々同じ魂だったんだから、分かれた魂をもう一度つなぎ合わせれば元に戻れるだろ? そんなに悲観することねーじゃん」

 ドミラスは呆気に取られた後、目線をウロウロさせながら失笑した。

「ああ、いや……悪くない着眼点だが、片方が死んでやっと俺が戻ってこれたんだ。両方が同じ肉体に入るのはもう不可能だろう。だが、それが今は幸運ともいえる」
「幸運?」
「二十年も前に死んだはずの俺が生き返ったということは、ヤツカバネに殺された方の俺もまた、どこかで魂が保管されている可能性がある」

 俺は数秒固まった後、大きく眉を持ち上げた。

 そうだ。エトロに俺が説明したように、肉体から長時間離れた魂は不純物と混ざり合ってしまい、再び肉体に戻っても同一人物と言えなくなる場合がある。一方でドミラスの魂は、二十一年もの間肉体から離れていたにも関わらず、思考も自我も正常だ。何かしらの方法で魂が保護されていたとしか思えない。

 理解が及びつつある俺の笑顔に触発されてか、ドミラスも腕を組みながら笑みを浮かべてた。

「俺が思うに、未来の俺がヤツカバネにやられたのはわざとだ。そしてドミラスという男は夢半ばに自殺するような腑抜けではない。絶対に魂の保管場所を用意している」
「ならその保管場所を見つけ出せば」
「ああ。叩き起こしてぶん殴るもよし、洗いざらい情報を吐かせて途中退場した責任を取ってもらうのもいいだろう」
「だな! でも一応ドクターと同一人物だけど殴っていいの?」
「……遺言を残した後にいきなり起こされた身にもなってみろ」

 俺は軽く想像してみて、すぐに後悔した。

 例えば成功率が限りなく低い手術の前に、スマホで記録映像を残して「みんながこれを見ている時、俺は死んでるでしょう」という台詞を吐いたとしよう。その後無事に生還し、その記録映像を何かの拍子に見られてしまったら。何年も経てば笑い話だが、その直後は間違いなく羞恥心で死ねる。

 俺は思わずドミラスの肩に手を置きながらサムズアップした。

「なんつーか、ドンマイ!」
「殴っていいか」
「ははは、ほんと同情する。マジで」

  咳払いをして羞恥心を散らした後、俺は気を取り直してドミラスに向き直った。

「まぁ、あっちのドクターも生きてるって分かれば上々だ。これで心置きなくアンタにも尋問できるな」
「尋問だと?」
「さっきさぁ、夢半ばに自殺するような腑抜けではないって自分で言ったよな? 記憶がないからって言い逃れはできないぞ?」

 俺はアンリ譲りの腹黒い笑みをにっこり浮かべながら、ドミラスの両肩を掴んだ。

「さあキリキリ答えろ。ドクターの目的はなんだ? アンタは機械仕掛けの世界とこっちの世界、どっちの味方だ」

 終末派か、現実派か、それとも中立か。レオハニーと喧嘩の発端になった問いを思えば、もうほとんど答えは出ているが、はたして。

「──両方だ」

 想像通りの答えに、俺は安堵半分、落胆もした。

「ちなみに理由は?」
「どちらを救うか迷ってるお前に、俺の信念を語るつもりはない。こういうのは他人の意見を取り入れるより、自分でじっくり考えるべきだからな」
「なんだよそれ」

 いきなり未来のドミラスのようなことを言い出しやがって、と不満丸出しで睨む。ドミラスの信念が正しそうだったらそれに乗っかってやろうと思っていたのだが、ちゃっかり優柔不断な俺の魂胆まで見通されているのがまた腹立つ。

「拗ねるな、ガキかよ。まあ一応、俺もお前の立場を把握しておきたかったところだ」

 ドミラスは草を払いながら立ち上がると、俺に手を差し出しながらこう問いかけた。

「……浦敷。お前はレオハニーとロッシュ、どちらを信じる?」

 また答えにくいところを突いてきやがる。俺は一言物申したくなるのをグッと堪えて、問いの二人を天秤にかけてみた。

 レオハニーは俺の同郷なので心情的には味方であって欲しいと思うが、99殺害の事実ががそれを許さない。

 対してロッシュはダアト教の幹部という一点を除けば、信用してもいい相手だとは思う。しかしダアト教を信ずる中央都市の人間に手酷く裏切られた記憶のせいで、心から信じたいとは思えなかった。

 それでもこの二人のどちらかを選べと言われれば、

「……強いて言うなら、ロッシュだ。今のところ俺に実害はないからな」
「ほう。実害がないだけで、陰で裏切っているかもしれないのに?」
「言ったろ。強い言うならって。俺は誰も信用したくないし裏切られたくもない。一応、ドクターのことも疑ってる」
「ほう。理由は?」

 俺は一度目を伏せると、差し出されたドミラスの手を取りながら立ち上がった。

「浦敷博士と知り合いだからだ」

 ドミラスは軽く目を剥くと、にんまりと口角を釣り上げた。

「自分の生みの親に会いたいか」
「当然だろ。NoDを作ったのもあいつで、アンジュが暴走したのもあいつの設計が原因じゃないか。なのに予言書でこの世界の人間を守ろうとしたり、俺をとことん放置したり、何がしたいのか全然分かんねぇよ」
「確かに側から見れば一貫性がない。だが博士の行ったもの全てが、博士の意思の通りだったとは限らないぞ」
「じゃあドクターは知ってんのか? あの男の目的」

 がばっと顔を上げると、性格の悪い笑みがあった。

「口止めされているんだ。お前が直接聞いてこい」
「またそれかよ……」

 頭を掻きながら天を仰ぐと、ジャラリと目の前にアクセサリーのようなものを差し出された。

「答えられん代わりに、これを渡しておく」

 指の間にぶら下がるように揺れているのは、銀色の華奢なブレスレットだ。クラトネールとは少し違う青い菌糸模様が浮かんでおり、古びているが大切に手入れされた形跡がある。

「保険だ。それを使う時が来なければいいんだがな」
「なんの保険だ?」

 ざあ、と風が吹き荒れ、青い草原が一層鮮やかに光り波打つ。

「────」

 その間に語られた内容は、鍵者の使命と終末の日の到来を予感させた。

 手のひらでブレスレットを受け取り、黙々と自らの手首に巻きつける。きつく落ちないように、覚悟を込めて。

「壊すなよ。必ず返しに来い」

 真剣に念押しされ、俺は静かに頷いた。

 俺が何も選択しなければ、世界は停滞したままだと思いたかった。だが俺が鍵者である限り、いずれ現実世界は滅ぼされ、肉体を求めた仮想世界の亡者が支配者となる。

 戦いを止めたければ、鍵者が消えてしまえばいい。しかし俺は自殺する勇気がないし、俺の命だけで戦いが止められると到底思えない。

 それに、俺より強い人は大勢いる。現実世界を救う役目が俺である必要もない。

 だから、頼むから放っておいて欲しかった。

 俺は手首に巻きついた冷たい感触を上から押さえつけて、強く歯を食いしばった。ドミラスは無言でその様子を見つめた後、淡々と俺に背を向けた。

「さて、そろそろロッシュに予言書を届けないと吊るされそうだ。言っておくが、今日の話は内密にな」
「……おう」

 俺はドミラスの背を一瞥し、その懐にしまわれている予言書を思い出しながら口を開いた。

「なぁ、やっぱ何か企んでるだろ」
「悪いようにはしない。俺はベアルドルフと違って身内には甘いからな」

 ではな、と言い残して、ドミラスは雑草を踏みしめながら夜に紛れて消えた。

 俺はぽつんと一人残されて、相変わらず星の見えない空を見上げた。

「……ベアルドルフも相当甘いと思うけどなぁ」

 あの男はなんだかんだとハウラも俺も殺さずに、娘まで預けてしまったのだから、恐ろしい見た目に反して人情に厚い。アンジュだって何度も俺を助けてくれたし、ロッシュも然り。ドミラスの同期は人間性が完成されているようで羨ましい。

 それに比べて俺の周りは、ソウゲンカを殺しまくったり、復讐に燃えたり、仲間を利用したりと全く心穏やかではない。バルド村の心の癒しはカーヌマとアメリアぐらいだ。一応あの二人もヤツカバネのせいで滅茶苦茶になるところだったが、結果オーライである。

「全員幸せになりゃいいのになぁ」

 叶うわけもない願望を口にしながら、俺は波打つ黒い雲をじっと見上げた。

 俺は決して英雄にはなれない。だがそうでありたいと思ってしまった時点で負けていた。

 これが俺を生み出した浦敷博士の思惑通りなのか知らないが、不思議と悪い気分ではなかった。
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