家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

(17)生存者

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 宿の食事が終わった後、俺はなんだか寝付けなかったため、シャルを寝かしつけてから夜の散歩に出かけた。

 エラムラ防衛線が終わった後も、こんな風に夜の街を歩いていたような気がする。明かりを落とした部屋のベッドで悶々と悩むより、こうして外を歩いた方が冷静になるし、気分も晴れる。それに人気のない場所でやらなければならない用事もあった。

 俺は逢魔落としの階段を黙々と上り、エラムラの里の天辺まで来た。あいにくと今晩は曇り空のせいで星は見えず、辛うじて薄い雲海の隙間から月光が差し込んでいるだけだ。俺はその光に向けて、ずっと懐に抱えて持ち歩いていた渡り花を放った。

 俺の菌糸に反応した渡り花は、淡く黒い光を湛えながら空へ旅立ち、バルド村の方へと飛び去って行った。あの花の中にはゼンに向けた手紙がしたためられている。本当なら自分から出向いて尋ねるべき重要な話ばかりだが、オラガイアに行く前にレオハニーに怪しまれるようなことはしたくなかった。

 今日使った渡り花は、通常の白色と違い、夜に隠れる特殊なものだ。一度飛び立ってしまえば魂の見える者でなければ追うことすらできない。ロッシュ直属の部下であるシュイナでなければ入手すら困難だっただろう。

 あとはゼンからの返事を待つだけでいい。返ってきた手紙の内容次第で、俺の進む道も決まる。

 はぁ、と息を吐いて身を翻す。その途端、バロック山岳の方から威圧的な空気が吹き抜けた気がした。

「……誰か戦ってるのか?」

 今のを殺気と言うのだろう。エラムラの里まで巻き込むつもりはなさそうだが、あんなものが近くで暴れていてはおちおち散歩もできない。俺は深々とため息を吐いた後『雷光』で一息に殺気の発生源へ向かった。

 数十秒ほどで到着したバロック山岳は、あの特徴的な岩柱の群れが根こそぎ吹っ飛び、地面もえぐれて酷い有様だった。下手をするとクラトネールとの戦闘の余波よりも酷いかもしれない。

 そして凄惨な現場の中心には大剣を担いだレオハニーと、その向かいで軽く息を乱したドミラスがいた。二人とも埃をかぶっており、血が滲むほどのかすり傷を負っている。本気の殺し合いではなさそうだが、ただの腕試しの打ち合いでもなかったようだ。

「よおドクター。なんでボロボロなんだ? レオハニーさんまで」

 一応いつでも逃げられるように『雷光』を発動したまま声をかけると、レオハニーが長い赤髪を後ろに払いながらぼそりと言った。

「喧嘩した」
「け、喧嘩? 地形変わってるんですけど?」
「気にするな。私はもう行く」
「せめて喧嘩の理由ぐらい言ったらどうっすか」

 そう引き止めると、レオハニーは俺を見つめたまま静止した。普段から無表情な彼女にしては珍しく、その瞳には迷いが感じられた。

「レオハニーさん?」
「俺が代わりに答える。これだ」

 ドミラスの声に引かれて振り返ると、見覚えのある分厚い本が見えた。

「予言書……しかもその表紙、ベートのものですよね」
「ああ。ロッシュに言われて持ってきたところを、コイツがいきなり読ませろと言い出してな」
「ちょっと見せるだけならいいじゃないですか」
「レオハニーは信用ならん」

 それについては同感である。

「だからって、何もこんな真夜中に喧嘩しなくたっていいでしょうよ」

 そう俺が苦言を呈すと、レオハニーとドミラスは同時に俺から顔を背けた。二人とも子供か。
 しかもドミラスは言い訳がましくこう付け加えた。

「それに喧嘩の理由は予言書だけじゃない」
「というと?」

 レオハニーを振り返れば、彼女は渋々と言わんばかりに口を開いた。

「ドラゴンのいない世界があるとしたら、どんなところだと思う、と聞いた」

 それが喧嘩の理由になるのか。ますます意味が分からないと首をかしげる俺を差し置いて、レオハニーは語り出した。

「前にエトロに同じ質問をしたことがある。あの子は幸せそうな世界だと言っていたよ。毎日ドラゴンの襲撃に怯えることなく、自由に世界を見て回ることができるからと」
「あいつらしいな。で、ドミラスはなんて答えたんだ?」
「それはそれで楽しそうだと言った。そしたらこいつがいきなり大剣で襲ってきて、ついでに予言書も狙って来たから、なし崩しに戦闘になった」
「何やってんすかあんた」

 ほぼ全面的にレオハニーが悪いじゃないか、と睨みつければ、彼女は完全に俺たちに背を向けてしまった。そしてボソリと、

「……あまりにも適当な答えだったから、ふざけているのかと思って」
「適当って……」

 人から菌糸をむしり取っては研究に没頭する好奇心の権化が、エトロやアンリのようなまともな回答をするわけがないだろうに。

 やっぱりレオハニーはただのコミュ障なだけなのか? 実は何も考えていないんじゃないか? 

 失礼なことを考えているのがバレバレだったのか、レオハニーから物言いたげな視線を向けられた。

「すんません」

 手早く謝罪を述べると、レオハニーはそれで気が紛れたようで普段通りの堅物な雰囲気に戻った。人間らしい仕草もできるんだな、というまたもや失礼な感想が出てしまったが、幸いこちらは気取られなかったようだ。

「じゃあ、今度こそ私は行く。あまり夜更かししないように」

 レオハニーは大剣を背負いなおすと、ドミラスの方を冷たく一瞥してからエラムラの里へ歩き去っていった。

 なんとなく仲が悪いと思っていたが、レオハニーとドミラスでは価値観が大きく違うのだろう。単に記憶を失ったドミラスに八つ当たりしているだけにも見えるが、まさかそこまで幼稚な人ではない、はずだ。

 うーんと唸りながら暗闇に消えていくレオハニーの後ろ姿を見つめていると、ドミラスが座り込んだまま俺に問いかけてきた。

「浦敷。お前は部屋に戻らないのか?」
「……いいや。ちょうどドクターにも聞きたいことがあったんだ」

 ヤツカバネから手に入れた菌糸能力が判明してから、俺はずっと気になっていた。
 
「なんでドクターの魂だけそんなにオーラが薄いんだ?」

 瞳を紫に染めながらドミラスを注視すれば、淡い魂のオーラが大きく揺らぐのが見えた。どうやら魂はその人の感情の揺らめきまで反映するらしい。

 ドミラスは静かに息を呑むと、予言書を懐にしまいながら立ち上がった。

「場所を移そう。こんな荒野で話すことでもない」

 言わんとすることを瞬時に理解して、俺は黙ってドミラスについていった。ここはロッシュの『響音』の効果範囲だ。エラムラの里から距離をとったところで気休め程度にしかならないだろうが、それはドミラスも分かり切っているだろう。

 エラムラの里を中心に大きく時計回りに進んで、ラビルナ貝高原を下る。その先には真っ青な草原が広がっていた。プロヘナ草原という名のその地は、平坦で見晴らしもよく、青く光るエノコログサのお陰で夜が遠のく。ほんの少しでも明かりがあるだけで、痛いほど冴え渡っていた警戒心がやんわりと解けていった。

 俺はもの珍しい青い草原に分け入ると、腕を水平に振るようにして草の頭を撫でつけた。すると、触れた場所から青い光が浸透し、風に乗って遠くの草まで伝播していった。その様子はまるで波間に揺蕩う夜光虫のようだ。

 幻想的な光景に見入っていると、背後にたったドミラスから息を吸う気配がした。

「お前はアンジュを知っているか?」

 唐突になされた問いかけに、俺は一瞬反応が遅れた。
 
「……知ってる。鍵者の記憶を引き継いでくれた、俺の人生の師匠みたいな人だ」

 アンジュの名は俺にとってつい最近思い出したばかりの懐かしいものだった。今となっては行方知れずで、彼女と面識のあった99はいなくなってしまった。アンジュとのつながりは完全に断たれてしまった、と思った矢先に彼女の知り合いが出てくるなんて、偶然にしてはできすぎている。

 俺は消えつつあった警戒度を引き上げながら、ドミラスの方を振り返った。

「そういうアンタはアンジュとどういう関係だよ」
「鏡湖遺跡で記憶喪失になっているところを拾った。付き合いは三年程度で、お前と比べればかなり短いがな」

 皮肉げに付け足された言葉尻から、心なしか寂しげな雰囲気が溢れてきた。少なくともアンジュとドミラスは親しい間柄だったのだと窺い知れて、俺は瑣末な敵対心をひっそりと葬っておいた。

「で、アンジュがどうしたんだよ」
「あいつは鍵者の記憶を引き継ぐのが使命だったらしい。どんな風に記憶を継いでいたのか気になってな」

 それがドミラスの魂が薄い理由と関係があるのだろうか。疑問を抱きながらも俺は軽く頭を整理して言葉を捻り出した。

「……多分だけど、俺の頭に触れて記憶をコピーしていたんじゃないか。それで次の俺にデータを焼き付けて、その繰り返しだ」
「では、記憶とはなんだと思う?」
「脳みそに刻まれる経験とか体験のことだろ。あと、魂で引き継がれている記憶もあると思う。アンジュと会わなかった人生の記憶もちゃんと覚えているし」

 ベートに色々と記憶を弄られた後なので絶対とは言えないが、俺の記憶の中には鍵者の使命と無関係な記憶もかなり残っている。例えば過去の俺が鍵者でもないただの人間として一生を終えた記憶だとか、生まれて間もなく死んだ赤子の記憶とか。どう見ても引き継ぐ必要のない記憶があるのは、魂の記憶だとしか説明がつかない。

 ドミラスは満足そうに頷き、猛禽類じみた瞳で俺の目を覗き込んだ。

「いい回答だ。では魂を切り離したら、その部分の記憶は消えると思うか?」
「そりゃあ、何かしらの影響は出るだろ。俺の記憶が所々欠けているのも死んで魂が飛び散ったからだろう、し……」

 そこまで推測を立ててから、俺はドミラスの薄すぎる魂を前に絶句した。

「ドクター……アンタの魂はもしかして、半分だけしか戻ってないのか」
「いいや。。もっといえば、お前の知るドミラスは俺の分身だ。ヤツカバネとの戦闘で完全に霧散したようだが」
「……おい。完全にってことは、それはもう死んだってことだろ。つかその言い方だとまるでドクターが二人いるみたいじゃないか」

 聞き捨てならない発言に思わず声を低くすると、青く照らされたドミラスの口元がくくっと笑った。

「そうだな。まずは順を追って説明しよう」

 ドミラスは青い草原に身を隠すように胡坐をかき、怠そうにため息を吐いた。その時になって初めて気づいたが、ドミラスが負っていたはずの怪我がすっかり治っている。俺は『雷光』で治療した覚えもないのに。

 だがその違和感は次にドミラスが発した言葉で、それどころではなくなった。

「俺は二十一年前、ノンカの里で一度死んだ」
「……は?」
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