家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

(11)風の噂

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 今日はとても良い日和だ。はるか彼方の蒼穹は日に日に透明感を増していき、朝に顔を洗うのも億劫なほど気温も冷えてきた。

 まだ日が登ったばかりのバルド村は、高い崖と高冠樹海で日差しを遮られているため、早暁よりも暗く肌寒い。最近市場で分厚いコートを買ったが、それでもなお寒さが勝るほどだった。

 このまま冬が来たら、はたして寒がりの自分は生き残れるのだろうか。俺は毎年恒例の心配事を頭の片隅に抱えながら、シャルと共にのそのそと食堂へ向かった。

 晴れ空と寒い日には、ピリ辛なサランドエッグサンドが格別だ。炎属性のドラゴンの肉は刺激的な味がして、菌糸の影響なのか、食べると身体がポカポカしてくる。そこに調味料のバーンバジルを加えると、辛味と旨みが融合し、どっしりとした肉本来の味が強調されて美味しいのだ。

 俺は奥歯から出てくる涎を飲み込みながら、カウンターで早速二人分のサランドエッグサンドを注文した。それからシャルにしつこくせがまれて、俺たちはいつもと趣向を変えてテラス席へと座ることにした。

 朝露の香りと、川の音色に彩られるテラス席。屋外なので屋根がなく、照明も少ないが、床に埋め込まれた暖色系のキノコライトによって、テラス全体が薄ぼんやりと幻想的な光に包まれていた。

 サンドイッチが来るまでに、いつもの通りに文字の授業をするべく、俺たちはいそいそとノートとペンを取り出した。死の記憶を思い出したおかげで、今の俺はエトロに文字を教わらずとも完璧に筆記ができるようになった。なので最近はシャルに文字を教えるのは俺の役割となった。

「……よし、次は『憲兵さんこいつです』」
『けんぺいさん こいつ です』
「よしよし、敬語も書けるようになってきたな」
『これ どういう意味?』
「変態に追いかけられた時とか、身の危険を感じた時に使う言葉だ。通りがかった人にこれを見せれば変態から助けてくれるぞ」
『助けて でもよくない?』
「国語の勉強だからいいんだよ。同じ意味でもニュアンスが変わってくるから」
『よくわかんない』
「まぁとりあえず覚えとけ。後で意味が理解できるようになるから」

 シャルはあまり納得が行っていない様子だったが、とりあえず言われた通りに文字の練習を始めた。声は出ていないが、口もちゃんと動かしている。

「もっとマシな言葉を覚えさせたらどうだ?」

 笑いを堪えるような声に顔を上げると、寝癖でボサボサの髪を適当に縛ったドミラスがテーブルの横に立っていた。

「おはようドクター」

 俺がそう声をかけた瞬間、シャルがペンをテーブルに叩きつけるようにして椅子から飛び降り、『おはよう』が書かれたページを広げながらドミラスの顔面に飛びついた。

「ぶっ」
「あ!? おいこら!」

 慌てて引き剥がそうとしたが、シャルがドミラスの首に腕を回しているせいでびくともしなかった。そういえばこの少女は見た目に反して筋力が凄まじいのだった。

「おいシャル!」
「いい。これ以上やると俺の首がもげる」

 ドミラスは手のひらでキッパリ俺を制すると、開き直ってシャルを肩車したままそこら辺を歩き出した。シャルはコアラのような体勢のまま、声の出ない口を大きく開けて楽しそうに笑っている。

 そんな和やかすぎる光景に、俺はスペースキャットのごとく宇宙を背負う他なかった。

「懐いてやがる……」

 シャルが別の人と仲良くしているのは別に構わない。遊び相手ができた方が、俺としても安心できるから。

 しかし、遊び相手がドミラスなのが遺憾である。俺の保護者としての立場がやっと確立してきた矢先に、新たなライバル登場だ。俺の方がシャルと長い付き合いなのに、一週間前に知り合って、つい最近記憶を失ったばかりのドミラスの方が懐かれてるようでは、いくらなんでも薄情じゃないか。

 ヤキモキしながら目の前を横切るシャルたちを凝視していると、カウンターの方からチーズパンセットをお盆に乗せたアンリがこちらに歩いてきた。

「おはようリョーホ。朝から凄い顔してるね」
「おはよう。なああれ見ろよ、兄貴だったお前ならこの気持ち分かるだろ!?」

 アンリは俺の隣に座りながら、食堂の広いところで遊ぶシャルたちを見て半目になった。

「あーはいはい。そうだねぇ、確かに弟が俺より他人に愛想振り撒いてたらムッとするなぁ」
「だろ!?」
「でも生憎、俺のエランはあんな風に浮気しなかったからさ。リョーホがその程度だったってことでしょ」
「こいつ! 背中から刺すような真似しやがった!」

 俺は食堂のテーブルを叩いて怒りを炸裂させた後、アンリを睨みながら低く問いかけた。

「なぁアンリ、シャルがドクターと暮らすって言い出したらお前を恨んでいいか」
「あーうーん? うん、面倒くさい気配がするから俺はもう帰るね」
「話ぐらい聞いて行けよ」
「わお、目がマジだ」

 席から立ちあがろうとするアンリの腕を全力で引き留めていると、食堂の奥からジョッキを片手に持ったショタババアがのっそり近づいてきた。

 ショタババアことメルクは、今日も今日とて昼間から酒を飲んでいたらしい。息を吐くたびに強烈な酒気が鼻先を掠めた。

「なんじゃァ、修羅場かのォ?」
「うわくっさ」

 アンリの簡潔な罵倒に心底同意しつつも、俺はガタリと勢いよく椅子から立ち上がった。
 
「村長! 聞いてくださいよ、いや見てくださいあの光景!」
「うむ、シャルが笑っておるのォ。なんと幸せそうな……」
「ですよね! 幸せそうなんですよ! 俺といる時より輝いて見えません!?」
「おおっと面倒くさい気配じゃァ!」

 早々に逃げようとするメルクをすかさず掴んで引き留める。こうなったらアンリとメルクを生贄にしてでもこの恨みを晴らさずにはいられない。いっそ俺も酒を注文してやろうかと二人を席に座らせると、事の元凶であるドミラスが、シャルをあやしながら不思議そうな顔を向けてきた。

「どうした浦敷。お前もそんな変顔ができるんだな」
「無自覚な煽りはやめなよ。可哀想だよ」
「誰が?」

 全く噛み合わないアンリとドミラスの会話に、俺は梅干しのような顔になった。すると、今度は食堂のドアベルがカラカラと仲裁に入ってきた。

「ここにいたか」

 控えめな声量に、その場にいた俺たちだけでなく、他の客までもが注目する。

 古ぼけた食堂の出入り口には、レアポケモン……もとい最強の討滅者たるレオハニーがいた。絶世の美しさを誇るレオハニーの容貌は、食堂の雰囲気と全く釣り合っておらず、彼女の周りだけがやたら煌びやかに見えた。
 
「おォレオハニー、朝からここに顔を出すなんて珍しいのォ」

 メルクはまるで救世主を見つけたように目を輝かせて、ぬるっと俺の手をすり抜けていった。まるで軟体生物のようなメルクの感触に、俺はうおっと一人で慄く。もう少し人間らしく抜け出してくれないだろうか。

 そんな風に俺がドン引きしているのを尻目に、メルクは赤ら顔でレオハニーの足元をちょろちょろ駆け回った。

「せっかくじゃァ、ワシと一杯付き合わんか? おん? 今日ぐらいええじゃろィ? おん?」

 かなりしつこいお誘いだったが、レオハニーはメルクの存在を綺麗さっぱり無視して、俺の元へ真っ直ぐ歩いてきた。俺はなんだか嫌な予感して離れようとしたが、それより早く、

「リョーホ。気持ちは固まったか?」

 と、問いかけられた。言わずもがな、俺の鍵者としての立ち位置を聞いているのだ。鍵者の役目に従いこの世界を滅ぼすか、裏切って機械仕掛けの世界を破壊するか。

 何もこんなところで聞かなくていいだろうに、彼女は気遣いというものを知らないのだろうか。
 
「……もう少しだけ考えさせてください」

 俺は辟易とした気持ちを隠しきれないまま断りを入れた。

 途端、レオハニーの周囲の温度が三度ぐらい下がった気がした。

 そして、その様子を見ていたメルクは何を勘違いしたのか、勝手にあたふたしながら余計なことを言い出した。
 
「な、なんじゃこの空気は、なんの話なのじゃ。何を固めるのじゃ!? おいィ! 答えんかリョーホォ!」
「いやいや、村長が考えてるような事じゃないよ。ビジネスの話ですって」
「ほあァ!? 今のやりとりはどう考えても結婚じゃろィ!? ワシぁレオハニーがリョーホを拾ってきた時から薄々予感しておったんじゃァ! レオハニーの一目惚れじゃったとな! な!? そうじゃろレオハニー!」

 うわ面倒臭ぇ、と言いそうになる口にお冷を流し込んで、俺はさっとメルクから目を逸らした。するとちょうど俺が目を向けた先に、食堂に入店したばかりのエトロが鬼の形相で佇んでいるのが見えてしまった。

「あ、やべ」
「リョーホ……今、結婚と言ったか?」

 一番この話題を聞かれてはいけない相手が、絶対零度の気配を漂わせながら俺に問いかけてくる。その瞬間、俺の隣にいたアンリが脱兎の如く逃げ出した。

「ちょ、アンリ置いてくな!」
「ごめん無理ー!」
「よそ見をするなリョーホ。質問に答えろ……お前は師匠と結婚するつもりなのか……? いや、まさか師匠がこいつに告白したということも……はっ! 前に師匠が私に内緒と言っていたあの話とは……実は、そういうことだったのか!?」
「違うぞエトロ。断じて違う!」

 物凄い速度で脱線していくエトロの思考を俺は必死に止めたが、そこへレオハニーが更なる燃料を投下しやがった。
 
「でも結婚と似たようなものかな。お互い人生を賭けた約束なのだから」
「レオハニーさん!? もっと言い方ありましたよねぇ!?」
「リョーホ、貴様ぁ!」
「違うって! エトロ! 違うんだって!」

 掴みかかってくるエトロの手を避けながらガタリと椅子から立ち上がり、壁際までじりじり後ずさる。それから恨みがましい視線をレオハニーに向け、エトロを刺激しないようにできるだけ柔らかい口調で苦情を言った。
 
「レオハニーさん。冗談を言う時は、自分で収拾がつけられる時だけにしてください。いいですね?」
「ん……すまない。まさかエトロが本気になるとは思わなかったんだ」
「貴方はもっとエトロに愛されてると自覚してください!」

 これだからコミュ障は! と心の底から叫ぶと、さっきまでいきり立っていたエトロが突然しおらしくなった。
 
「な、い、いきなり師匠になんてことを言うんだ!」
「お前が師匠大好きなのは全員知ってんだぞ。今更恥ずかしがるなよ」
「そ、そうなのか? しかしその、心の準備というものがあるし……」

 これまで全く見たことがないエトロの乙女チックな反応に、俺は焦りが消えた反面、次第に胸の辺りがムカムカしてきた。

 エトロの塩対応は今に始まったことじゃない。だが、最近になってようやく俺にも微笑みかけてくれるようになったというのに、滅多に村に帰ってこない冷淡なレオハニーに対しては、ただ好きと言うだけで顔を真っ赤にするのか。この扱いの差は一体なんなのか。俺の方がもっとエトロのことを……。
 
「ほれほれ痴話げんかは辞めじゃァ! ここは飯屋じゃ! 飲んで食って騒ぐのが鉄則じゃァ!」
「昼間から飲んでるのは村長だけだよ」

 メルクの少しズレた発言とアンリのツッコミによって、ようやく甘ったるいような辛いような雰囲気がリセットされた。

 俺がため息をつきながら元の席に戻ると、その左にエトロが、右にはアンリが着席した。

 それから俺が顔をあげると、シャルがドミラスの頭を鷲掴みにしながら、にまにまと嬉しそうに俺を見つめていた。

「シャル、お前もいつかはこういう修羅場に巻き込まれる日が来るんだからな」

 俺の言葉にシャルはきょとんと眉を持ち上げた後、にっこり笑いながら大きく頷いた。あれは全く意味を理解できていない顔である。それに対してドミラスが「よかったな」とまた意味の分からない発言を重ねたので、俺はもう二人のことは放置することにした。

 と、そのタイミングでカウンターの方から呼び出しを食らった。俺はおばちゃんに返事をしながら二人分のサランドエッグサンドを受け取り、寒さに身をすくめながら席に戻った。

 出来立てのサランドエッグサンドは、成人男性の手のひらから大きくはみ出るほどボリューミーだ。白いパンの間にはサラダと真っ赤なサランドのゆで卵が挟まっており、その中にはお酢と果汁、ウスターソースと、意外と凝った味付けがされている。

「シャルー。俺は先に食べるからなー!」

 着席しながら一応一声かけると、シャルはぱっと振り返るや急いで俺の向かいの席に戻ってきた。それから一緒にいただきますをして、最初の一口は大きくかぶりつく。

 エッグサンドの味は、地球のマヨネーズたっぷりのたまごサンドと少し似ている。ただし、果実の甘さや辛さがあるので、風味はカレーやタコスに近いかもしれない。兎にも角にも、大ボリュームでも物足りなくなるほど美味かった。

 半分ほどサンドイッチを食べ終えたあたりで、俺は機嫌が戻ったエトロに話題を振った。

「んでエトロ、どうだった?」
「ああ、今回もダメだ。やはり中央都市まで行った方がいいんだろうな」
「なんの話?」

 俺とエトロの会話に、アンリがストローを加えながら入ってくる。俺は一旦サンドイッチを皿に置くと、両手でジェスチャーしながら顛末を語った。

「ほら、エトロの武器、前の討伐の時に壊れちゃっただろ? だからバルド村に来た武器商人から、演習場で新しい槍を色々使わせてもらってるんだけど、今日もいいのが見つからなかったんだ」
「私は『氷晶』の力があるから、最悪武器がなくとも別に構わない。だが竜王討伐に参加するなら、やはり武器があった方がいいだろう?」
「まあそうだろうね。それに竜王相手なら中央都市ぐらいの職人じゃないと」
「やはりアンリもそう思うか。どうせ中央に行くなら、リョーホの太刀も作り直してもらった方がいいだろう。私の槍と合成してしまったから、ずっと『雷光』を発動していなければ太刀の形状を維持できなくなってしまったし」

 申し訳なさそうにしゅんとするエトロに、俺はひらひらと手を振った。

「夜中まで能力を維持する訓練になるからいいんだよ。それにアークが去り際に鞘をプレゼントしてくれたから持ち運びできるし」

 と、俺は食堂の入り口にある武器棚をチラリと見た。そこには黒い鞘に収まった俺の太刀とエランの双剣が置かれている。

 俺が太刀を主力としてもなお、アンリからもらったエランの双剣は現役だ。ヤツカバネ戦の時は双剣に残されたエランの菌糸を守るためにほとんど使わなかったが、太刀を振り切れない間合いまで入る時や、アンリと連携を取るときにかなりお世話になっている。そんな風に使い込んだおかげで、エランの双剣の方もそろそろ手入れをしなければならない時期に来ていた。

 俺が持っている武器は、並の武器商人では扱いきれない代物らしい。そしてエトロが今まで使っていた武器も、レオハニーが中央都市から取り寄せてくれた業物だった。なので俺たちは普通の武器では満足できない体質になってしまったらしく、こうして五日ほどバルド村の市場で頭を悩ませているのだ。

「武器が欲しいなら俺が作るぞ?」

 話を聞いていたドミラスが挙手してくれたが、すかさずアンリとエトロがジト目になった。
 
「「お前は信用ならない」」
「未来の俺は一体何をしたんだ……」

 ドミラスは愕然としながらずごずごと引き下がり、少し離れたテーブル席でダンゴムシになった。メルクがその背中を叩きながらゲラゲラ笑い出したので、あれはしばらく動かないだろう。

 そう思っていた矢先、レオハニーが険しい表情でドミラスへ詰め寄った。
 
「ドミラス。本当に記憶がないの?」
「嘘を吐く理由がない。それとも信用されないほどの理由がお前にあるのか?」

 すっと顔をあげたドミラスと、上から見下ろすレオハニーとの視線があった瞬間、二人の間に激しい火花が見えた気がした。
 
「ストップじゃァ! 会話するたびに殺意を出すでないわィ!」

 メルクがジャンプしながら間に入ると、二人の殺気が驚くほど素直に消滅した。それからドミラスはレオハニーの横をすり抜けて、腕を組みながら俺たちに提案した。

「俺の武器が嫌なら、オラガイアの武器商人に会いに行くといい。竜王を倒したのなら、お前たちが守護狩人になるのはほぼ確実だ。身に余ると言うこともないだろう」
「オラガイア……ってどこだっけ?」
「リョーホ、お前という奴は……」

 エトロに馬鹿を見るような目を向けられてしまった。すかさず、アンリから補足が入る。
 
「空中都市オラガイア。ざっくり言うと、普通の人は滅多に行けない貴族街みたいなところだね。都市に行くには専用の飛行船がないといけないし、定期便に乗るだけでも激レアチケットが必要なんだ」

 そういえば、そんなものもあった気がする。だが討滅者になった過去の俺でさえも、オラガイアの名前を聞いただけで、実際にそこへ赴く機会は訪れなかった。無数の人生を辿ってもなお知らない場所があると言うのは、なんだか不思議な気分である。

 感慨深げに相槌を打つ俺を見て、ドミラスは不思議そうにしながらも続けた。
 
「今はちょうど祈穂の月だから、次の新月に飛行便が降りてくるだろう。チケットを取れるかはまた別だが」
「チケットなら、前にロッシュに貰った通行証で譲ってもらえるよ。ね?」

 アンリが腹黒い笑顔で俺に笑いかけてきたので、こちらも釣られてゲス笑いをする。

「ああ。ロッシュさんなら里長権限とやらでチケットも取れるよなぁ?」
「ふふ、リョーホもゲスな考え方ができるようになったんだね」
「おいおい、それ褒めてないだろ」

 ニヤついているアンリの脇腹を軽くどつきながら笑うと、ドミラスは懐かしそうに目を細めた。

「あいつ、本当に里長になったのか」
『友達にあったら 記憶もどるかも』
「確かに。俺もオラガイアに用事があるから、チケットを貰うついでに会ってみるか」

 また仲良くやりとりを交わすドミラスとシャルに、俺はまた嫉妬でギリギリ歯を食いしばる。エトロはそんな俺にため息をつきながらもドミラスへ問いかけた。

「記憶がないのに用事があるのか? 日記に予定でも書いてあったとか?」
「まあな。研究所の機械を修理したいんだが、必要な素材がオラガイアにしかないんだ」
「そうなのか」

 エトロはそれで納得したようだが、俺は少しだけ違和感を抱いた。記憶のない人間が、いきなり何かを修理しようとするとは考えにくい。ドミラスならやりかねないとは思うが、彼の行動はあまりにも迷いが感じられない。まるで以前から計画を立てており、その通りに事を運んでいるかのようだ。

 まあ、ドミラスの真意がどうであれ、オラガイアに行ける機会は滅多にないのは事実だ。そこに行ける方法があるのなら、細かいことはいちいち気にしなくてもどうにかなる。

「シャルも一緒に行くよな」
「はいはいはいィ! わしも行くのじゃ!」

 シャルと同じぐらい幼い手が持ち上がったが、アンリはその手に対してぴしゃりと言い放った。

「メルク村長は村を離れちゃだめでしょ。却下」
「そんなァ! 年寄りには優しくせんかァ!」
「特上の酒を送るから我慢しろ。最年長」

 ドミラスがメルクを諌めれば、ショタババアが食堂の隅でぐずぐずと嘘泣きを始めた。

 鬱陶しい老人は放っておいて、俺はコップに残っていた水を一気に煽ってから全員に聞いた。

「じゃあ、明日ぐらいにエラムラに行こうか?」
「いいや、今日行っちゃった方がいいよ。どうせみんな暇だからここに集まってるんだろうしね」
「それもそうか。なら一時間後ギルド前集合で」

 と、予定が決まったところで、レオハニーが徐に口を開いた。
 
「私も行こう」
「「「「……え?」」」」
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