家に帰りたい狩りゲー転移

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2章

(26)雷光

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 空を覆っていた謎の黒い塊が退くと、清々しい空気が山のあちこちからエラムラの里に流れ込んだ。黒い壁が薄れていくほどに月がじわじわと顔を出し、そこから光を取り戻すように星々の煌めきが帰ってくる。

 俺は前髪を梳く夜風に目を細めながら、城壁の上にいる面々へと視線を向けた。

 スキュリアの拠点を旅立つ前にシュイナから粗方の事情を聞いていたおかげで、俺は今どんな状況かを大雑把に理解できていた。ベアルドルフは巫女を殺しに薄明の塔へ。そしてニヴィはシャルをスキュリアから奪い取って、復讐のためにここに来た。俺の横に座り込んでいるアルビノの少女は、エラムラの巫女のハウラであろう。

 なぜニヴィがハウラを殺そうとしたのかまでは分からないが、新しい菌糸能力を手に入れていなければ間に合わなかった。巫女が殺されてしまえばエラムラの滅びは確定であり、スキュリアの本格的な侵略が始まっていただろう。本当に、間に合ってよかった。

 しかし安堵と同時に俺は混乱していた。

 レブナたちより一足早くエラムラに帰ってきてみれば、ニヴィが大暴れしているし、シャルは死にかけているし。しかも咄嗟にハウラを助けようとしてニヴィの腕を切り落としてしまった。掌にはまだ肉を断ち切る生々しい感触がこびりついていて、今すぐ大声で泣きわめきたい。でも涙が全く出てこない。動揺を表に出せない自分まで怖くなってきた。

 今はとにかく、この惨状を生み出した人間を殴り飛ばそう。そう思わねば発狂しそうだった。

「あの、あなたは一体……」
「ごめんね、おねーさん。先にやらなきゃいけない事があるから離れてて」
 
 俺は座り込んだ少女に一言断りを入れて、まずシャルと大男の方へ近づいた。

 大男の四肢には溶けかけの氷が突き刺さっており、胸には拳大の氷柱が中途半端にへし折れた状態で傷口に収まっている。死んでいなければおかしい大怪我にも関わらず、大男ははっきりと俺に焦点を合わせていた。

「あんたがシャルの父親か?」
「……言わずとも分かるだろう」
「分かんねーよ。全然シャルに似てねぇし」

 俺は笑ってみるが、誰がどう見ても精いっぱいの虚勢だった。

 ベアルドルフに突き刺さっている氷は、きっとエトロのものだろう。エトロにとってベアルドルフは、間接的にヨルドの里を滅ぼしたすべての元凶だ。俺と違って戦う理由が十二分にある。

 しかし、エトロがこの場にいないということは、戦線離脱したか、ベアルドルフの手にかかったか。

 俺はこみ上げてくる吐き気を強引に飲み込んで、固く口を引き結んだままベアルドルフに太刀を向けた。

「オレを殺すか」

 目をかっ開きながら笑うベアルドルフは、まさに鬼神そのものだ。俺は問いに答えることなく、太刀の柄をベアルドルフの首の高さまで引き上げた。

 腰を軸に、水平に振り抜く。

「待っ……!」

 ハウラの制止の声が飛んでくるが、刃はすでにベアルドルフの首を通り過ぎていた。

 なんて事のない、素人でもできるただの横振りだ。

 だが太刀で斬られたはずのベアルドルフの首は一瞬だけ切れ込みが入っただけで、すぐに逆再生のように塞がった。それどころか、全身の夥しい傷までもが氷を排出しながらみるみる塞がっていく。

 しかもその治癒の光はシャルにまで巡り、彼女の胸から絶えず流れていた血がぴたりと止まった。

「傷が、治っていく?」

 ハウラの困惑した声を聞きながら、俺は能力の手ごたえを再確認した。

 俺がクラトネールから俺が得た能力は『雷光』。
 クラトネールから引き継がれたその回復力は、失われた部位を埋められるほどに凄まじく、自分だけでなく他人にも問題なく使えるようだ。

 当初はシャルだけを治療するつもりだったが、瀕死になってもなおシャルを手放さないベアルドルフを見てしまったら、深い事情を察せずにはいられなかった。

 エラムラの将来と、傷口に突き刺さっていたエトロの『氷晶』を思うなら、あの場でベアルドルフの首を切り落とすべきだったのだろう。だがそうしてしまったら、シャルは一生父親と和解できなくなってしまう。ならばせめて、親子同士で話し合いができるように、ベアルドルフも最低限生かしておいた方がいいと思ったのだ。
 
 俺は驚愕に目を見開くベアルドルフに低く告げた。

「できればそこから動かないでくれよ。あんたとは戦いたくない」
「……慈悲でもかけたつもりか」
「んなわけないだろ。治したほうが都合が良かったんだ」

 ベアルドルフに関しては、正直シャルに対する扱いや、俺を殺そうとしたことについて色々言いたいことがある。だが今は、より優先すべき敵がいた。

 俺は踵を返してニヴィを見据える。右腕を欠損しているにも関わらず、ニヴィの美しさは損なわれていない。むしろサモトラケのニケと同じ荘厳さが増していた。
 
 不思議なことに、ニヴィの右腕からは全く血が流れていなかった。断面からはうぞうぞと菌糸と思われる糸が這い出て来て、荒縄のように絡まり合いながら筋肉を形成し始めている。

「菌糸で腕でも作ろうってか? ますます人間離れしてるな」
「貴方も同じことをしているのに、おかしなことを言うのね」
「俺が?」

 ニヴィの左の人差し指が、俺の右手の中を指し示す。

「その太刀だって、貴方の菌糸から作られたものでしょう。まさか、原理も知らずに扱っていたなんて言うつもりかしら?」
「いや……」

 そのまさかだ、と馬鹿正直に言えるわけがなかった。

 この太刀はクラトネールの肉体を触媒にして生み出された武器だ。だが武器に作り替えたのはまごうことなく俺の菌糸能力。そういう意味では、この太刀も俺の菌糸でできていると言えるだろう。

 だが、シンビオワールドでは菌糸だけでは物体を構成できないと断言されていた。

 そもそも菌糸とは寄生体であり、生物や物質という支えがなければ生きていけない存在だ。それを単体で腕や武器として構成できるわけがない。植物だって、根を張る土台がなければ起立できないのだから。

 つまり、俺とニヴィが行っている菌糸の具現化は、本来なら不可能な事象なのだ。
 
「本当に何も知らない……いえ、覚えていないのね。だけどその菌糸能力は完成形としては理想値だわ」
「理想値だと? まるで実験体みたいな言い方だな」
「ええ。貴方はきっと唯一の成功例になるわ。今まで散々死んできた甲斐があったわね?」
「──!」

 視界が白み、脳裏で砂漠と死体が再びちらつく。クラトネールと戦闘になる前にも感じた未知の感覚だ。

「ニヴィ……お前は俺をどこまで知ってるんだ」
「──全てよ」

 無意識に呼吸が止まった。

 ニヴィは艶やかな笑みを浮かべながら、右手で蟠っていた菌糸を空へ掲げる。それから左手で菌糸をぎゅっと握りしめると、そこには白い筋肉を剥き出しにした右腕が完成していた。

「早く貴方のことを博士に教えてあげたいけれど、右腕を斬られた分だけ仕返ししても構わないわよね?」

 来る。

 俺は太刀を顔の横で水平に構える。

 一人で勝てるか?

 ハウラもベアルドルフも傷を治したばかりですぐに動けない。クラトネール討伐メンバーは俺が『雷光』で置いてきてしまったので不在。ドラゴンの討伐を買って出てくれた狩人たちもまだ里の中央で応戦しているため、増援も期待できない。

 逃げたくて仕方がない。
 だが、逃げるわけにはいかなかった。

 殺す気で行こう。クラトネールの力をもってすれば、ニヴィを殺さずに無力化できるはずだ。

「――ッ!」

 俺は『雷光』を纏い、息を押し殺しながら一気に彼我の距離を詰める。俺が踏み抜いた地面は電光石火に耐え切れず、加速した俺のはるか後方で砕け散った。

 地面の破片が落ちる頃、俺は百メートル先でニヴィと鍔迫り合いをしていた。

「くっ……かてぇ!」

 『雷光』を持ってしてもなお、ニヴィは左手だけで握った素朴な直剣で俺の突進を受け止めていた。

 力では勝てない。

 俺は一旦太刀を引き、同時に蹴りを入れながらニヴィから距離を取る。だがニヴィは俺の蹴りを右手の甲で受け止めると、下がる俺にピッタリ連れ添うように踏み込んできた。

 互いに刃を振るえない、至近距離の後退と進撃。

 ニヴィは俺に太刀を使わせたくないのだろう。

 ニヴィの言葉が正しいなら、俺の太刀は菌糸で構成されており、本来であればニヴィの『支配』を受けるはずだ。しかし先程ニヴィの腕を切り落とした時、俺の太刀は破壊されなかった。武器の菌糸だけは死滅できないのか、それともクラトネールの再生能力が優ったせいか。どちらにしろ、太刀が唯一の対抗手段だ。

 であれば、ニヴィが距離を詰めてきたのも、俺から太刀を奪うため。

 予想通り、ニヴィの腕が俺の手元へ伸びてくる。『雷光』で距離を取りたいが、能力発動には一瞬の溜めが必要だ。一瞬の隙を見せるだけでもニヴィ相手には命取りになる。

 なら、こうするしかない。

 俺はクラトネールの血で青く染まった外套を左手で掴み『紅炎』を全身から燃え上がらせた。

 ニヴィは咄嗟に左手を引っ込めようとしたが、逆に俺は上着越しに手を引き留めた。俺以外を燃やし尽くす『紅炎』はあっという間にニヴィへ燃え移り、燃えた髪から線香のような匂いが噴き出した。

 これは一種の賭けだった。全身に『紅炎』を使うと俺はほんの数瞬気絶してしまう。だがもしクラトネールの菌糸がそのデメリットを中和してくれるなら、逆転の一手になるはず。

 『紅炎』を発動した瞬間、脳を揺さぶられるような眩暈に襲われた。
 これに耐えれば勝てる。そうでなければ『支配』の餌食になってしまう。

 暗くなる視界に意識を集中し、最速で目覚める。

 時間は――過ぎていなかった。
 
 俺の手はしっかりとニヴィを捕まえたまま。暗転する前と少しも変わらない景色がある。

 第一段階はクリア。

 次に炎に呑まれたニヴィの左手を見る。

 彼女の左手からは何の抵抗も感じられない。俺に死滅の指示を出すより早く『支配』の菌糸が燃え尽きたのだろう。指の神経も使い物にならなくなったはずだ。

 つまり、今のニヴィは片腕を使えない。

 第二段階もクリア。ついに勝ち筋が見えてきた。触れるだけで相手を殺せようが、俺より高速で動き回れようが、腕が使えなければ実力も半減だ。

 だが、それでも抵抗し続けるのがニヴィという魔物である。

 ニヴィは左手の火傷に目もくれず、今にも崩れそうな菌糸の右腕で俺の胴を掻っ捌こうとした。

 俺は一旦『紅炎』を消し去り、太刀で直剣を迎え撃つ。蒼白と鈍色が交錯し、重低音が響き渡る。剣戟は一度で終わらず、角度を変えながら何度も激しい火花を炸裂させた。

 攻防の中で俺は自分自身に驚いていた。

 ニヴィを目で追うことすらできなかった俺が、今では完全に渡り合えている。もちろんニヴィが弱体化していなければ打ち合いをする暇もなく死んでいただろう。だとしても俺は、強くなった手ごたえを感じずにはいられなかった。

 勝てるかもしれない。

 冷や汗を掻きながら笑みを深めると、ニヴィが火花の向こうで目を細めた。
 
「最後に会った時と違うわね」
「そりゃどうも」

 言い返しながら『雷光』を太刀から解き放つ。迸った青い燐光は先ほどの治癒の力ではなく、電流を含んだ殺傷性のある力だ。

 『雷光』は一旦俺の周囲を一周した後、無数のレーザーに変形しながらニヴィへと襲いかかった。

 だが、ニヴィはスパイ映画のオマージュのように全て回避してみせた。

「お前の前世って猫かタコか!?」
「もっとまともな褒め言葉が欲しいのだけれど」
「褒めてねーんだよ!」

 俺は小技で追い詰めるのを諦め、『雷光』を身体強化に極振りした。

 クラトネールの菌糸を手に入れてから俺の身体は嘘のように軽い。しかも痛みを感じる前に傷が治るせいで、俺は戦場にいながら全く戦っている実感を持てなかった。まるでゲームのキャラに成り変わったような夢遊感と優越感がある。

 今ならできる。俺が極め続けた太刀の、完全再現を。

「せあぁッ!」
 
 太刀の先を直剣の下に滑らせ、返す刃で掬い上げる。

 上半身がガラ空きになってもニヴィは余裕綽々だ。次の俺の攻撃を防げる気でいる。

 それでいい。
 
 俺は全身に『雷光』を纏いながら、肩口でニヴィに突進する。

「なっ!?」

 ニヴィの華奢な身体は地面から離れ、ロケットじみた速度で吹っ飛んだ。肩が接触したあの一瞬、『雷光』の加速力を丸ごとニヴィに叩きつけたのだ。

 床とほぼ水平に飛ぶニヴィに向けて、俺は突進の勢いのまま跳躍で追い縋る。自分でホームランを打って拾いに行くような無茶な動きだが、『雷光』は難なく俺の期待に応えて見せた。

 放物線を描きながら落下する俺の下には、激しく地面を転がるニヴィがいる。今の彼女は衝撃を地面に逃がすのに必死で、俺の攻撃を防ぐ余裕はない。

 殺せる。

 太刀が自然と頭部を狙う。

 ――だが、俺は矛先をニヴィの腹へ変えた。

 着地と同時に太刀を穿つ。

 ズガァン! と耳をつんざく爆音が俺とニヴィの下で弾ける。

 砂埃に巻かれるまでの僅かな時間で、俺はニヴィの表情が苦痛に歪むのと、滑らかな腹から血が迸るのを目の当たりにした。

「はっ……はっ……!」

 空気中の砂が喉に張り付くのも構わず、俺は短く切り取るような呼吸を繰り返した。

 人を殺したくないと言いながら、死んでもおかしくない攻撃だった。これで死んでしまったら、俺は人殺しになってしまうだろう。そもそも、人を躊躇いなく傷つけておいて、これから先も人を殺さずにいられるのだろうか。

 初めての殺し合いの最中で、俺は人を斬る感触に慣れ始めている。

 水っぽい唾液が口から溢れそうになり、俺は慌てて口を閉じた。カラカラに乾いた目で瞬きをすると、砂が網膜と擦れ合って涙が出るほど痛かった。

「痛いじゃない」

 下から声がする。

 気づけば砂埃はとっくに消えている。
 俺は項垂れたままニヴィを地面に縫い付けていた。腹部には青白い太刀が三割ほどめり込んでおり、ニヴィが呼吸をするたびに傷口が小さく裂け続けている。皮膚の下の内臓がどうなっているかまで想像してしまい、俺は首筋に氷水を流し込まれたような気分になった。

 俺は飛び退きそうになる身体を必死に抑え込み、背筋を伸ばして虚勢を張った。
  
「まだやるかよ」
「ふふふ……あまり調子に乗られると私も我慢できなくなってしまうわ」
「腹に刀ぶっ刺さってんのに、どうやって反撃するんだよ……もう勘弁してくれ」
「つれないわ。これからが楽しいのに」

 通常、人間は痛みを感じたら服従するか、反抗するかのどちらかの反応を見せる。

 ニヴィが見せているのはどちらでもない。逸楽だ。

 付き合いきれない。
 
「今日はもう諦めて帰ってくれよ。復讐したいなら他所でやれ」

 太刀を握る手が震えるせいで、青白い柄からはカタカタと情けない音がした。ニヴィは俺の手を赤い瞳で凝視しながら、純粋無垢に口角を持ち上げた。

「私は復讐のためだけに生きてきたのよ? 本当は貴方を殺したくないのだけれど、私の邪魔をするなら――」

 ずるり、と太刀の下から音がして、ニヴィは立ち上がった。

 俺は太刀を引き抜いていない。恐る恐る視線を滑らせて、絶句する。
 
 ニヴィの腹から左の骨盤にかけて、真っ赤な血が滝のように流れ出ていた。これほどの大怪我を負っていてもなお、ニヴィの顔は全く苦悶に歪んでいない。

 いくら痛覚が麻痺していようが、人間なら絶対にしない暴挙。

 化け物だ。

「っ……!」

 ニヴィの顔が俺に迫る。

「もう一度死んでみる?」

 囁かれた意味を理解できなかった。

 する暇もなかった。

 ニヴィが剣を逆手に持ちながら踏み込んでくる。咄嗟に太刀を構えるが、飛んできたのは刃ではなく柄頭だった。
 
 額から後頭部にかけて強烈な打撃が走り抜ける。咄嗟に受け身を取ったが、脳を激しく揺さぶられて起き上がれなかった。眉間の辺りから生暖かい筋が垂れ始めて、すぐに額が割れたのだと悟った。

 ふと上から音がする。激痛に滲む目をこじ開けてみると、月光が雲の合間から顔を覗かせ、夜空に浮かぶニヴィを淡く照らし出していた。

「……羽」

 ニヴィの腰のあたりからトンボの羽が生えていた。羽ばたいていないのに、強風に煽られてもニヴィは動じることなく空中に立っている。じっと目を凝らしてみると、ニヴィの白い皮膚に歪な鱗が刻まれていることに気づき、俺は察してしまった。

 なぜこの世界では、巨大なドラゴンが平然と空を飛べるのか。それはドラゴンの毒素が風船の役割を果たしており、巨体に負けぬ浮力を生み出しているからだ。

 人間は決して飛べない。しかし、ドラゴン化の症状が進行していれば、ありえなくはない。

 人間がドラゴンになる際は、その人間の強さに比例したドラゴンが誕生する。もしニヴィが完全にドラゴンになってしまえば確実に上位ドラゴンとなるだろう。疲弊したエラムラの狩人総出で掛かっても、果たして討伐できるかどうか。

 なぜニヴィが一瞬でドラゴン化しないのか不明だが、こうしている間にも鱗が増え続けている。殺すなら今しかない。だが、まだ人間の形を保っているニヴィを殺せるのか? 何か他に手は――。

 悠長に考え事をしている間に、ニヴィは両手を胸の前で握りしめ、純白のレイピアを掌から生み出した。

「ふふふ、貴方の太刀とお揃いね。どちらが強いか試してみましょうか」
「──!」

 俺が身構えるのとほぼ同時にニヴィが急降下してくる。

 レイピアを反射的に太刀で受け流す。だがレイピアは蛇のようにしなり、太刀の隙間から的確に俺の二の腕を貫いてきた。

「ぐぅ!」
「先ずは左腕」

 左肩から指先までの神経から強い喪失感が伝わる。レイピアを経由して『支配』を使われたのだ。『雷光』の菌糸まで死滅してしまったようで、傷口の修復が明らかに襲い。

 俺は左腕をだらりと下げたまま反撃を試みる。だが片腕の感覚がない状態では体幹を維持できず、無様な斬撃しか放てない。

 そこへ、ニヴィのトンファーキックが鳩尾に直撃した。

 肋骨の一番下の列がひしゃげ、身体が五メートルほど高く打ち上げられる。痛みで視界がぶれる中、落下先でレイピアが眩く光った。

 目にも止まらぬ連続突きが、空中の俺に襲い掛かる。初撃は回避できたが、その後に続く怒涛の攻撃は御しきれず、ついに一撃が右腕を刺し貫いた。

「っづぁ!」
「右腕。これでおあいこね」

 太刀が刺突の威力で数メートル先に弾かれる。同時に俺は地面に落下し、うつ伏せのまま掠れた息を吐き出した。

「次は貴方の意識を貰う」

 俺の首にレイピアが添えられる。

 ニヴィの顔は半分ほど鱗に覆われ、左目は完全に爬虫類になっていた。早く殺さなければ、エラムラが滅びてしまう。だが、両腕を潰され『雷光』の力を奪われた俺には打つ手がない。『紅炎』を使おうにも、この距離では不発で終わる。

 完全に詰みだ。

「さようなら。次に目覚める貴方はきっと別人でしょうけれど、また会いましょう」

 瞬間、レイピアの光芒が俺の目を焼き焦がした。
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