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2章
(19)神速
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クラトネール。
別名、白雷竜。
筋肉を失った代わりに、骨の隅々まで菌糸を張り巡らせることで超加速の力を得た上位ドラゴン。
その姿は、純粋無垢で滑らかな骨に包まれた、美しい死そのものであった。
「第二形態なんて聞いてない!」
レブナの叫びを聞きながら、シュイナは強く眉をひそめて後ずさった。
ギルドで数多くの狩人からドラゴンの討伐方法を聞いてきたシュイナだが、クラトネールと戦って生き残った狩人と、一度たりとも会ったことはなかった。いたとしても、法螺吹きだったり、脚色された武勇伝だったりと、攻略に繋がる有益な話は一つも聞けなかった。
クラトネールの存在は知っている。外見も知っている。
しかし、生態は全くの不明。
目撃者が少なければ、討伐者はもっと少なく、シュイナたちが生き残れる確率は限りなく低い。
しかし、シュイナは慌てなかった。
クラトネールが第二形態に移行する寸前、リョーホは事前に形態変化を言い当てて見せた。そして開幕に繰り出された攻撃範囲に当たらぬよう、シュイナとレブナをその場に立ち止まらせる余裕すらあった。
リョーホはクラトネールとの戦い方を知っている。
そしてお人好しのリョーホなら一人で逃げることはせず、全員が助かる方法を絶対に選び取る。
案の定、リョーホはシュイナが乞うよりも早く最善手を打った。
「レブナ! できるだけクラトネールの注意を引いてくれ! あと足潰すの優先で頼む!」
「こ、こんなのと戦う気!?」
「ここで三人とも死ぬか、三人とも生き残るか!」
「っ!」
未知のドラゴンに背を向けて逃げ出せば全滅する。
狩人たちの中で散々語り継がれてきたタブーだ。
守護狩人にまで上り詰めたレブナなら当然知っている。
「俺なら勝たせてやれる。勝つしかないんだ!」
リョーホはレブナの肩に掴みかかりながら怒鳴る。黒々とした彼の目は怯えが隠しきれておらず弱々しかったが、奥底には絶対に曲げない決意が垣間見えた。
「……おっけー、上手く操ってちょーだい!」
レブナはリョーホの手を叩きながら深く頷くと、肩に担いでいた大鎌を構えながらクラトネールと相対した。リョーホもまたレブナの傍らに立ち、短剣を握りしめながら口を開いた。
「先ずは、一発足に入れろ。その後は俺が指示を出すまで逃げ切ってくれ」
「むぅ、それって意味ある?」
「ある!」
「むぅー! もし死んだら化けて出るよー!」
レブナは意味のわからない指示に不満そうにしながらも、大声を上げてクラトネールへ飛び掛かった。二枚刃の大鎌が赤い軌跡を残しながら、ムカデじみたクラトネールの足に振り下ろされる。いかにも脆そうな骨足は、しかし火花を散らしながらレブナの大鎌を簡単に弾き返した。
「うそ!?」
「構うな! 走れ!」
言われるがままレブナが走り出すのと同時に、彼女がついさっきまで立っていた場所に雷が落ちる。針爆弾と同じ威力だが、リョーホが言わなければ絶対に回避できない速度だった。レブナも予想外の攻撃に驚愕していたが、覚悟を決めて指示通りに疾走した。
レブナがクラトネールの意識を上手く翻弄している間に、リョーホは勢いよくシュイナの方に振り返った。
「シュイナさん! 俺はあとどれぐらい持つ!?」
「あと三分ほど……」
「なら二分だけでいい! その代わりクラトネールが角を振り上げたら、一秒だけ奴の動きを止めてくれ!」
「やってみましょう……」
まるで『保持』の能力の使い方を知っているような指示だ。限界まで時間を引き延ばすのをやめれば、クラトネールの巨体を一秒引き止めるぐらいの余裕もできる。
しかし、たった二分でクラトネールを討伐できるものか。第一形態でさえ、レーザー攻撃でかなり危うい場面があったというのに。
だがもう既に、信用するしないの問答をする時間は残されていなかった。妹が命がけでクラトネールの気を引いているのだから、シュイナも命がけで乗りかかるしかない。
──それに、ロッシュが「何が何でも守り抜け」と命じるほどのこの男ならば、あるいは。
「っし、行くぞ!」
リョーホは頬を叩いて気合を入れると、左手に双剣の片割れを握りこんで『紅炎』を発動した。
「な、な──!?」
シュイナは思わず、普段滅多に出さない間抜けな声を上げてしまった。
あろうことか、リョーホは短剣から炎を吹き出しながらクラトネールの背中に飛び乗ったのだ。司令塔がまさか激戦区の只中に飛び込むと思っておらず、シュイナは慌ててリョーホを安全な場所まで引きずり戻そうとした。
だが、シュイナが走るより早くリョーホの指示が飛ぶ。
「レブナ! 口の中だ!」
「せぇい!」
レブナが大鎌を持ちながら飛び上がった瞬間、まるで自ら斬られに行くようにクラトネールが頭を下げた。
その隙を逃すほど、レブナは愚かではない。
躊躇いなく振るわれた大鎌は、青い鮮血をまき散らしながらクラトネールの下顎を切り飛ばした。
いきなり顔半分を潰されたクラトネールは、驚きと痛みで甲高い鳴き声を上げながら斜め下に項垂れた。
そこへ、背中に飛び乗っていたリョーホががら空きになったクラトネールの頚椎へ短剣を突き立てた。
『クルォォォ!?』
「足の裏!」
クラトネールがのけ反りながら足を持ち上げる。それと同時に、リョーホから端的を極めすぎた指示が放たれた。
主語も目的語もない命令だったが、レブナは数瞬の間に正確に意味を把握した。目の前に差し出されるように伸びてきたクラトネールの足の裏を、タイミングを合わせて薙ぎ払う。
二度目の火花と金属音。一拍遅れて、クラトネールの足裏から大量の血が吹き出した。
「通った!?」
一度目では全く歯が立たなかったはずの足が、たったこれだけのことで容易く深傷を負った。
無数にある足の一本が使えなくなっただけだとしても、勝ち目がない戦いに光明が差した瞬間だった。
「次行くぞ!」
「う、うん!」
レブナはリョーホに叱咤されながら、次の指示も忠実にこなしていった。
最初は何が起きているか、シュイナですら理解できなかった。だが、二度、三度と立て続けに、レブナの斬りやすい位置にクラトネールの弱点が晒されるのを見れば馬鹿でも分かる。
リョーホは単純に、クラトネールの背に乗ったり、翻弄したりするだけで隙を誘引しているのだ。
リョーホの動作の一つ一つは守護狩人と比べればノロマで素人同然だ。しかし一見無駄に思えた動作が、次の瞬間には意味のある行動となる。クラトネールの次の動きを完ぺきに把握したリョーホの動きに、シュイナは思わず舌を巻いた。
まぐれでもない。勘でもない。確証と錬磨の先にある実績。
「一体……何者なの……?」
こんな戦い方、見たことがない。
シュイナは事前に、ロッシュからリョーホの特異性を聞いていた。
遺跡の鍵を開ける者、レオハニーの待ち人、異世界人……。
驚くことに、リョーホは採集狩人の昇格試験の最中にソウゲンカを討ち取ったという。
もしこの男が本当に『鍵者』なのであれば、目の前で繰り広げられる信じがたい光景にも説明がつく。
シュイナはごくりと生唾を飲み込みながら、腰に下げている懐中時計を片手で強く握りしめた。
リョーホが戦っていられる時間は後一分。彼が倒れてしまえば、シュイナたちに勝ち目はない。
迂闊に前に出て、リョーホに負担をかけるわけには行かない。シュイナは手に汗握りながら、その時が来るのを待つ。
「すごっ、なんで隙が出るとこ分かるの!?」
「知ってるからだよ! 次行くぞ!」
レブナが目を輝かせ、リョーホは不敵に笑いながらさらなる指示を飛ばす。
バロック山岳にリョーホの声が響き渡るたび、戦いは徐々に苛烈さを増していった。リョーホが短剣から解き放つ紅炎と、クラトネールの角から巻き起こる雷撃が瞬きながら夜を打払い、その合間に青い鮮血が大鎌の先で霧となる。それらは遠目から見ると、暗黒星雲の如き凄絶な光景だった。
「デカいのが来る! 全力で離れろ!」
たん! とクラトネールの百足が一斉に大地を蹴る。瞬間、リョーホが予見した攻撃が始まった。
超新星爆発。
かつてロッシュから聞いた宇宙の理が、姿形を伴ってシュイナの目を、肌を焼いた。
「あっ……つぅ……!」
光自体は熱くなかった。しかし吹き飛ばされた空気の振動がシュイナの全身を荒く研磨し、晒された皮膚が火傷のように赤く腫れ上がった。
眩い光の中、タツノオトシゴの巨大なシルエットが宙を翻る。
「二人とも、全力でジャンプしろ!」
「──ッ!」
意識するよりも早くシュイナは高く飛び上がっていた。滞空する間、シュイナは視線を滑らせ、リョーホを担いだまま跳躍するレブナを見た。
レブナもまた、決死の表情でシュイナの無事を確認する。
刹那、鋭角の流星が大地を滑走した。
九つの角から迸った雷撃がクラトネールの巨体を全て包み込み、地面へ伝播させながら激しくスパークする。その姿が見えたのはほんの一瞬で、次の瞬間、再びクラトネールが消える。
微かに残った雷の軌跡を目で追いながら地面に着地し、
「次、上を見ながら全力で走れ!」
目を上げる。その先では、やたら小さな月があった。
いや、月ではない。長い百足胴体を上半身に巻き付け、弓のように全身を引き絞るクラトネールの姿だ。
「た、高ぁっ!?」
「落ちてくるぞ! 絶対に真下は避けろ!」
言い終わるより早く、上空の月が身体を解きながらシュイナたちに向けて堕ちてきた。
落下の衝撃でシュイナたちの身体が空中へ弾き出される。次いで、クラトネールの落下地点から光り輝く潮騒が溢れ出した。
よく見れば、その波は高熱で融解した地面だった。螺鈿の地層が高熱で溶かされたせいで、水銀のような質感を伴いながら液状化したのである。
不意打ちで空中に投げ出されたシュイナは、足元に迫ってくる青白い波に目を見開いた。
能力で落下速度を落としても、いずれは落ちる。あれに触れればきっと自分は助からない。
無数の可能性から生き残る術を探し出そうとするが、刻一刻と身体は落下していき、ついにつま先が触れる──寸前、真横から紅炎が飛来した。
別名、白雷竜。
筋肉を失った代わりに、骨の隅々まで菌糸を張り巡らせることで超加速の力を得た上位ドラゴン。
その姿は、純粋無垢で滑らかな骨に包まれた、美しい死そのものであった。
「第二形態なんて聞いてない!」
レブナの叫びを聞きながら、シュイナは強く眉をひそめて後ずさった。
ギルドで数多くの狩人からドラゴンの討伐方法を聞いてきたシュイナだが、クラトネールと戦って生き残った狩人と、一度たりとも会ったことはなかった。いたとしても、法螺吹きだったり、脚色された武勇伝だったりと、攻略に繋がる有益な話は一つも聞けなかった。
クラトネールの存在は知っている。外見も知っている。
しかし、生態は全くの不明。
目撃者が少なければ、討伐者はもっと少なく、シュイナたちが生き残れる確率は限りなく低い。
しかし、シュイナは慌てなかった。
クラトネールが第二形態に移行する寸前、リョーホは事前に形態変化を言い当てて見せた。そして開幕に繰り出された攻撃範囲に当たらぬよう、シュイナとレブナをその場に立ち止まらせる余裕すらあった。
リョーホはクラトネールとの戦い方を知っている。
そしてお人好しのリョーホなら一人で逃げることはせず、全員が助かる方法を絶対に選び取る。
案の定、リョーホはシュイナが乞うよりも早く最善手を打った。
「レブナ! できるだけクラトネールの注意を引いてくれ! あと足潰すの優先で頼む!」
「こ、こんなのと戦う気!?」
「ここで三人とも死ぬか、三人とも生き残るか!」
「っ!」
未知のドラゴンに背を向けて逃げ出せば全滅する。
狩人たちの中で散々語り継がれてきたタブーだ。
守護狩人にまで上り詰めたレブナなら当然知っている。
「俺なら勝たせてやれる。勝つしかないんだ!」
リョーホはレブナの肩に掴みかかりながら怒鳴る。黒々とした彼の目は怯えが隠しきれておらず弱々しかったが、奥底には絶対に曲げない決意が垣間見えた。
「……おっけー、上手く操ってちょーだい!」
レブナはリョーホの手を叩きながら深く頷くと、肩に担いでいた大鎌を構えながらクラトネールと相対した。リョーホもまたレブナの傍らに立ち、短剣を握りしめながら口を開いた。
「先ずは、一発足に入れろ。その後は俺が指示を出すまで逃げ切ってくれ」
「むぅ、それって意味ある?」
「ある!」
「むぅー! もし死んだら化けて出るよー!」
レブナは意味のわからない指示に不満そうにしながらも、大声を上げてクラトネールへ飛び掛かった。二枚刃の大鎌が赤い軌跡を残しながら、ムカデじみたクラトネールの足に振り下ろされる。いかにも脆そうな骨足は、しかし火花を散らしながらレブナの大鎌を簡単に弾き返した。
「うそ!?」
「構うな! 走れ!」
言われるがままレブナが走り出すのと同時に、彼女がついさっきまで立っていた場所に雷が落ちる。針爆弾と同じ威力だが、リョーホが言わなければ絶対に回避できない速度だった。レブナも予想外の攻撃に驚愕していたが、覚悟を決めて指示通りに疾走した。
レブナがクラトネールの意識を上手く翻弄している間に、リョーホは勢いよくシュイナの方に振り返った。
「シュイナさん! 俺はあとどれぐらい持つ!?」
「あと三分ほど……」
「なら二分だけでいい! その代わりクラトネールが角を振り上げたら、一秒だけ奴の動きを止めてくれ!」
「やってみましょう……」
まるで『保持』の能力の使い方を知っているような指示だ。限界まで時間を引き延ばすのをやめれば、クラトネールの巨体を一秒引き止めるぐらいの余裕もできる。
しかし、たった二分でクラトネールを討伐できるものか。第一形態でさえ、レーザー攻撃でかなり危うい場面があったというのに。
だがもう既に、信用するしないの問答をする時間は残されていなかった。妹が命がけでクラトネールの気を引いているのだから、シュイナも命がけで乗りかかるしかない。
──それに、ロッシュが「何が何でも守り抜け」と命じるほどのこの男ならば、あるいは。
「っし、行くぞ!」
リョーホは頬を叩いて気合を入れると、左手に双剣の片割れを握りこんで『紅炎』を発動した。
「な、な──!?」
シュイナは思わず、普段滅多に出さない間抜けな声を上げてしまった。
あろうことか、リョーホは短剣から炎を吹き出しながらクラトネールの背中に飛び乗ったのだ。司令塔がまさか激戦区の只中に飛び込むと思っておらず、シュイナは慌ててリョーホを安全な場所まで引きずり戻そうとした。
だが、シュイナが走るより早くリョーホの指示が飛ぶ。
「レブナ! 口の中だ!」
「せぇい!」
レブナが大鎌を持ちながら飛び上がった瞬間、まるで自ら斬られに行くようにクラトネールが頭を下げた。
その隙を逃すほど、レブナは愚かではない。
躊躇いなく振るわれた大鎌は、青い鮮血をまき散らしながらクラトネールの下顎を切り飛ばした。
いきなり顔半分を潰されたクラトネールは、驚きと痛みで甲高い鳴き声を上げながら斜め下に項垂れた。
そこへ、背中に飛び乗っていたリョーホががら空きになったクラトネールの頚椎へ短剣を突き立てた。
『クルォォォ!?』
「足の裏!」
クラトネールがのけ反りながら足を持ち上げる。それと同時に、リョーホから端的を極めすぎた指示が放たれた。
主語も目的語もない命令だったが、レブナは数瞬の間に正確に意味を把握した。目の前に差し出されるように伸びてきたクラトネールの足の裏を、タイミングを合わせて薙ぎ払う。
二度目の火花と金属音。一拍遅れて、クラトネールの足裏から大量の血が吹き出した。
「通った!?」
一度目では全く歯が立たなかったはずの足が、たったこれだけのことで容易く深傷を負った。
無数にある足の一本が使えなくなっただけだとしても、勝ち目がない戦いに光明が差した瞬間だった。
「次行くぞ!」
「う、うん!」
レブナはリョーホに叱咤されながら、次の指示も忠実にこなしていった。
最初は何が起きているか、シュイナですら理解できなかった。だが、二度、三度と立て続けに、レブナの斬りやすい位置にクラトネールの弱点が晒されるのを見れば馬鹿でも分かる。
リョーホは単純に、クラトネールの背に乗ったり、翻弄したりするだけで隙を誘引しているのだ。
リョーホの動作の一つ一つは守護狩人と比べればノロマで素人同然だ。しかし一見無駄に思えた動作が、次の瞬間には意味のある行動となる。クラトネールの次の動きを完ぺきに把握したリョーホの動きに、シュイナは思わず舌を巻いた。
まぐれでもない。勘でもない。確証と錬磨の先にある実績。
「一体……何者なの……?」
こんな戦い方、見たことがない。
シュイナは事前に、ロッシュからリョーホの特異性を聞いていた。
遺跡の鍵を開ける者、レオハニーの待ち人、異世界人……。
驚くことに、リョーホは採集狩人の昇格試験の最中にソウゲンカを討ち取ったという。
もしこの男が本当に『鍵者』なのであれば、目の前で繰り広げられる信じがたい光景にも説明がつく。
シュイナはごくりと生唾を飲み込みながら、腰に下げている懐中時計を片手で強く握りしめた。
リョーホが戦っていられる時間は後一分。彼が倒れてしまえば、シュイナたちに勝ち目はない。
迂闊に前に出て、リョーホに負担をかけるわけには行かない。シュイナは手に汗握りながら、その時が来るのを待つ。
「すごっ、なんで隙が出るとこ分かるの!?」
「知ってるからだよ! 次行くぞ!」
レブナが目を輝かせ、リョーホは不敵に笑いながらさらなる指示を飛ばす。
バロック山岳にリョーホの声が響き渡るたび、戦いは徐々に苛烈さを増していった。リョーホが短剣から解き放つ紅炎と、クラトネールの角から巻き起こる雷撃が瞬きながら夜を打払い、その合間に青い鮮血が大鎌の先で霧となる。それらは遠目から見ると、暗黒星雲の如き凄絶な光景だった。
「デカいのが来る! 全力で離れろ!」
たん! とクラトネールの百足が一斉に大地を蹴る。瞬間、リョーホが予見した攻撃が始まった。
超新星爆発。
かつてロッシュから聞いた宇宙の理が、姿形を伴ってシュイナの目を、肌を焼いた。
「あっ……つぅ……!」
光自体は熱くなかった。しかし吹き飛ばされた空気の振動がシュイナの全身を荒く研磨し、晒された皮膚が火傷のように赤く腫れ上がった。
眩い光の中、タツノオトシゴの巨大なシルエットが宙を翻る。
「二人とも、全力でジャンプしろ!」
「──ッ!」
意識するよりも早くシュイナは高く飛び上がっていた。滞空する間、シュイナは視線を滑らせ、リョーホを担いだまま跳躍するレブナを見た。
レブナもまた、決死の表情でシュイナの無事を確認する。
刹那、鋭角の流星が大地を滑走した。
九つの角から迸った雷撃がクラトネールの巨体を全て包み込み、地面へ伝播させながら激しくスパークする。その姿が見えたのはほんの一瞬で、次の瞬間、再びクラトネールが消える。
微かに残った雷の軌跡を目で追いながら地面に着地し、
「次、上を見ながら全力で走れ!」
目を上げる。その先では、やたら小さな月があった。
いや、月ではない。長い百足胴体を上半身に巻き付け、弓のように全身を引き絞るクラトネールの姿だ。
「た、高ぁっ!?」
「落ちてくるぞ! 絶対に真下は避けろ!」
言い終わるより早く、上空の月が身体を解きながらシュイナたちに向けて堕ちてきた。
落下の衝撃でシュイナたちの身体が空中へ弾き出される。次いで、クラトネールの落下地点から光り輝く潮騒が溢れ出した。
よく見れば、その波は高熱で融解した地面だった。螺鈿の地層が高熱で溶かされたせいで、水銀のような質感を伴いながら液状化したのである。
不意打ちで空中に投げ出されたシュイナは、足元に迫ってくる青白い波に目を見開いた。
能力で落下速度を落としても、いずれは落ちる。あれに触れればきっと自分は助からない。
無数の可能性から生き残る術を探し出そうとするが、刻一刻と身体は落下していき、ついにつま先が触れる──寸前、真横から紅炎が飛来した。
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