家に帰りたい狩りゲー転移

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2章

(14)扇動

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 ロッシュによる指令と援護が入ったおかげで、奇襲で浮足立っていたエラムラの狩人たちの動きが見違えるように洗練された。

 スキュリアとエラムラの戦力差は、俺の見える範囲で言えば互角。
 少しのイレギュラーが起きれば均衡が崩れ去りそうな危うさだ。

 スキュリアの狩人たちは突然目の前で血を吹き出して倒れる仲間に驚愕し、恐怖した。それでも、決して戦線から逃れることなくエラムラの狩人たちに食いついている。

 何がスキュリアの狩人たちをそこまで掻き立てるのだろう。ベアルドルフがなぜエラムラに執着しているのかすら分からないのだから、俺が彼らの気迫を推し量れないのも当たり前かもしれない。

 俺は高速で流れていく戦場を眺めながら、無駄に長く続く『逢魔落としの階段』をレブナに担がれて上っていた。

 ロッシュはおそらく、走り回ったら死ぬかもしれない俺の体調を気遣ってレブナを貸してくれたのだろう。しかし、小さな女の子に俵のように担がれている俺は、傍から見るととんでもなく情けなかった。

 羞恥心を堪えながら階段の頂上に到達するのをじっと待っていると、不意に俺の耳にドラゴンの鳴き声が聞こえた気がした。

 はっと顔を上げて山の要塞を見上げるが、まだ階段の高さは中間に差し掛かったばかりで、まだ里の外を見ることは叶わない。だが着実にドラゴンの鳴き声が近づいてきている。

 俺は山の天辺を忙しなく見渡しながらレブナに声をかけた。

「お、おい、なんかおかしくないか?」
「えぇ!? なんて!?」
「だから、おかしくないか!? エラムラの里って、巫女様が結界張ってるんだろ!? なんでドラゴンが近くまで来てるんだ!?」
「え? そんなの単純に結界が消えたからじゃないの?」
「はぁ!? ヤバいだろそれ! 巫女様に何かあったって事だろ!?」

 巫女には黒鬼という護衛がついていたはずだが、結界が消えたのなら護衛が意味をなさなかったということではないか。

 里の要人が殺されるかもしれないというのに、レブナはきょとんとするだけだった。

「ロッシュ様はもう知ってるよ? だから心配しなくてよくない? ていうかキミ、里の人間じゃないのになんでアタシらの心配してるの?」
「いやいやいや! 心配しないのは人間としてどうかと思うけど!?」
「だってエラムラ以外の狩人はさっさと退散してるし。ほら」

 いきなりレブナが俺を振り回して、無理やり東の方角を見せつけてくる。

 その先には狩人たちが里の玄関口である東門へ殺到しているのが見えた。背中や両手には大きな荷物を抱えており、スキュリアに最低限の抵抗をするだけでエラムラに加勢していない。

「あいつら戦ってくれないのかよ!」
「思い入れのある人は手伝ってくれてるけど、他の里のために命かける理由ないっしょ。アタシだってヤだし」
「でも、エラムラがなくなったら困るのあっちも同じだろ! 最前線が後退するようなもんだろ!?」
「えー? そんときは隣のスキュリアの里が最前線になるから、誰も気にしないって。むしろ一回破滅した里を取り返した奴が次の里長になれるから、一回滅んじまえって感じ?」
「最低だ!」

 いくら他人のために命を懸けられないからと言って、一時お世話になった人々を自分の利己的な理由だけで見捨てられるものなのか。敵前逃亡する味方もいるのだから一概に否定できないが、狩人とはこうも義理人情のない人種だったろうか。俺が勝手に幻想を抱いていただけなのか?

 俺の幻滅を察して、レブナはこう補足した。

「ベアルドルフが敵っていうのが、一番デカい理由じゃない?」
「くそ、それなら俺でもちょっと分かる……」

 ドラゴン百体を一瞬で惨殺できる討滅者には、同じ討滅者でなければ勝てるわけがない。守護狩人と討滅者との実力者は、戦車に素手で打ちかかっていくようなものなのだ。ならば逃げるという選択肢も至極当然。むしろ、スキュリア側に寝返らないだけマシかもしれない。

 そう考えると、エラムラの狩人でもないのにスキュリアと戦ってくれる狩人たちが聖人君子のように思えてきた。

 誰しも善意だけで危険に突っ込んでいく果敢な人間ではない。
 俺も部外者だったなら、彼らと同じように荷物をまとめて帰るところだった。

 だが俺はもう他人ではいられない。

 エラムラは、エトロがわざわざ俺に見せてくれた彼女の第二の故郷だ。街並みも俺の故郷とそっくりでたった一日で愛着も湧いてしまった。

 それに、俺はシャルの境遇も知ってしまった。シャルの幸せそうに笑う姿を見てしまったら、彼女の故郷を守り通したくなってしまう。

 戦いたいという思いは十二分にあるが、俺は弱い。この戦場にいる狩人の中でもぶっちぎりで最下位だ。右腕を負傷して武器も片方しか使えない。あげく、女の子に担がれて移動しなければならない貧弱さだ。

 せめて力があれば。

 レブナの肩の上で揺られているうちに、ようやく山の頂上と俺の視線の高さが揃い始める。
 そこで俺は、夕日の向こうに不自然に浮かぶ黒い塊を見つけた。

「おい、あれは!?」
「ん、ごはんの群れだね?」
「……ゴハン?」
「下位のドナーダだねー。かば焼きにするとすっごく美味しい!」
「ドラゴンの群れじゃねーか!」

 まだ遠いせいで具体的な数は不明だが、ざっと五十、いや、百体は超えるかもしれない。蟻の塊を一纏めにしたように蠢くそれは、低く擦れ合うような鳴き声を上げながら、真っすぐとエラムラの里を目指している。

 あれだけの飛行ドラゴンが殺到すれば里の中は大変なことになる。スキュリアの狩人の殲滅もまだ終わっていないというのに、そこに加えて百匹のドラゴン退治となったら、一体どれほどの被害が出るか想像に難くなかった。

「マジで壊滅するぞ……どうする……!」
「あ、やっとわかった!」
「なんだ!? 解決策見つかったのか!?」
「違う違う。キミが必死な理由だよ。おっさんバルド村の人でしょ! じゃあエラムラ滅びたらパンもお米も食べられないね! 食べ物の恨みってすごいもん、キミの気持ち、すっごい分かってきたかも!」
「そうだけど今そういう話してない! あと俺はおっさんじゃない!」

 レブナと話してるとまどろっこしい。

 俺はレブナとの会話を打ち切って必死に頭を回転させた。

 ドラゴンの襲来に気づいている狩人はまだ少ない。いたとしても、スキュリアとの戦いで余力はないだろうし、ドラゴンが来たところで両里が仲良く討伐に勤しんでくれるはずもない。もっと別のところから戦力を持ってこなければ死傷者の数が一気に跳ね上がるだろう。

 俺は素早く視線を巡らせ、東門に集まる狩人たちに目を付けた。

「レブナだっけ!? 悪いけど階段上るのやめて、あいつらのところまで運んでくれないか!?」
「なんでー?」
「考えがあるんだよ。お前もエラムラの里消えるの嫌なんだろ? 手伝ってくれ!」
「里が守れるなら大歓迎ー!」

 レブナはせっかく上層まで登り切った階段をあっけなく飛び降りて、一気に東門の傍まで俺を運んでくれた。見えていた夕日とドラゴンの群れがあっという間に山に隠され、代わりに濃密な血と煙の臭いが俺の鼻腔を炙る。

 俺はレブナの肩を叩いて地面に降ろしてもらった。頭を揺らされて吐き気が込み上げてきたが、深呼吸一つで体調不良をなかったことにする。

 東門に集結している狩人たちは皆屈強だった。入り口が詰まっているせいで軽い暴動が起きており、蝉騒のせいで誰が何を言っているかも聞き取れない。

 武器を持った群衆に声をかけるのはかなり勇気が必要だった。

 だが俺が怖気づいている間にも刻一刻とドラゴンの群れが近づいてきている。
 俺が大恥をかくより、エラムラが滅びる方がもっと重大だ。

 だから、行け。声を出せ。

「すぅ……」

 腹に手を当てて、応援団のごとく息を吸う。

「そこ、ちょっと待ってくれ!」

 我先にと里から出ていこうとしていた狩人たちの動きが一瞬止まる。
 そこを逃さず俺は声を張った。

「上から大量のドラゴンが来てるんだ! スキュリアの狩人は放っておいてもらって構わない! せめてドラゴン討伐だけ手伝ってくれないか!?」

 都合のいいことを言っているという自覚はある。
 だが彼らに少しでも良心が残っているならそこに賭けたかった。

 だが俺は、レオハニーのような英雄でもなければ、守護狩人ですらない無名。モブが呼びかけたところで、自己利益のために逃亡を図る彼らに届くはずもなく。

「たかが下位ドラゴンじゃねーか。それぐらい自分たちだけでどうにかしろ!」
「報酬はいくらだ? 里長からの指示なら、当然エラムラの里から出してくれるんだろ? それともおまえが全員分出してくれんのか?」
「まさかタダ働きってことはないわよねぇ?」

 ざわざわとした狩人たちの不満が膨らんでいき、やがて俺へと矛先を向けた。

「狩人はボランティアで命張れるもんじゃねーんだよ! 若造は引っ込んでな!」
「そうだそうだ。依頼じゃなきゃ誰がやるかよ!」
「里のことは全部お前らの責任だろ。巻き込むんじゃねーよ!」

 そんなこと俺だって分かってる。

 ドラゴンとの戦いは命がけだ。彼らの中には、これから上位ドラゴンを倒すために仲間と計画を立て者もいただろう。一目でもドラゴン狩りの最前線の景色を見たいというただの憧れで訪れた人もいるはずだ。

 だから誰も、戦争なんて面倒なことに巻き込まれると思っていなかった。

 相手が討滅者となれば、強い狩人ほど身の程を弁えて退散する。
 最前線に来る狩人となれば相手との実力差を計れる技量もあるだろう。

 状況を鑑みれば、逃げる彼らの方が正しくて、引き止めようとする俺の方が異端だ。

 だが、

「狩人のプライドってそんなもんかよ」
「ああ?」
「ここで逃げようとしてる奴らは、なんで狩人やってんだ」

 リデルゴア国の各地から遠路はるばるエラムラに訪れた狩人は皆、ドラゴン狩りにロマンを見出したから旅をしたはずだ。中央都市からバルド村まで七日間もかけて、危険な道のりを越えて辿り着いた猛者のはずだ。

「お前らはどうせ、強い武器見せびらかして、超強いドラゴンぶっ飛ばしたって自慢話したいから狩人になったんだろ? そんな子供みたいな信念しかないから、速攻で保身に走るクソ野郎ばっかなんだろ!」
「てめぇ、知った風な口を聞きやがって!」

 一番手前にいた赤毛の男が俺に殴りかかる。レブナがすかさず止めようとしてきたが、俺はそれを制止して大人しく殴られた。

 視界がぶれる。顎の骨が振動し、固い拳に打ち付けられた肉が潰れて血が滞る。それらがすべて痛みの信号に置き換わって神経を焼き、目の奥が鈍く痛んだ。

 気づけば俺は地面に倒れていて、殴ってきた狩人を見上げていた。

 怖くて痛くて、地面に突いた腕が振るえる。今にも狩人の太い脚に蹴り飛ばされて同じ苦痛を味合わされるかもしれない。泣いて謝って、今のを無かったことにしたくてたまらない。

 それでも俺は、口の中に溜まり始めた血を吐き捨てて立ち上がった。
 ベートの拷問に比べればなんてことはない。

 それに確信があったのだ。

 こいつらは絶対に俺を殺さない。
 戦争から逃げ出そうとする狩人が、人間を殺せるわけがない。

 こいつらは、俺と同じだ。

 湧き上がる恐怖を怒りに塗り替えて、俺は赤毛の男を強く睨みつけた。

「お前らよりも強い信念を持ってる狩人を俺は知ってる。故郷を守りたい、復讐でドラゴンを根絶やしにしたいってそいつは言ってた。信念のためなら死んでもいいって奴もきっといる。だけどそういう人たちは、絶対にこの状況で人間を見捨てたりしない」

 ドラゴンに憎しみを抱く者は、ドラゴン狩りの最前線をみすみす潰して、ドラゴンを殺す機会を自ら潰すようなことはしない。強い信念を持つ人は、そう易々と自分の信念に泥を塗るようなことはしない。

 エトロは絶対にエラムラのために戦っている。
 アンリもドラゴンへの復讐を捨てられるわけがない。

 俺は、そんな二人に憧れている。

「お前らは自分のためだけにドラゴンを殺しに来た。だから自分とこの戦争は関係ないって思ってる。それで、依頼じゃなけりゃドラゴンは倒さない? そんなもんかよ。お前らは、たかが下位ドラゴンの群れを前にして、尻尾巻いて逃げんのかって聞いてんだよ!」

 俺の叫びがやけに大きな残余を引いて、東門が水を打ったように静まり返った。

 この場を満たしているのは怒りだ。
 歴戦の狩人たちの激情が熱風のごとく俺に押し寄せてきて、皮膚が焼け落ちるような錯覚に陥った。

 身体が震えあがり鳥肌が立つ。

 それでも俺は立ち上がり、精一杯睨みを利かせて続けた。

「たかが予想外の事態が起きたぐらいでビビってんじゃねぇぞ」

 人差し指を西の空へと向ける。
 そこには既に、ドラゴンの群れが山の天辺からじわじわと姿を現していた。
 もう一刻の猶予もない。

「スタンピード! 参加したことある奴なら知ってるだろ! 群れを成したドラゴンは第一波と第二波がある!」

 誰かがはっと息を呑む音。

 俺は畳みかける。

「あのドラゴンは第一波だ。次に来る群れは中位ドラゴン、いやもしかしたら上位も混ざってるかもしれない。最前線でしかお目にかかれない宝の山が来るんだぞ。それを独り占めできるかもしれないんだぜ?」

 これならどうだ。
 呼吸の乱れを気取られぬよう、息を潜めて群衆を睥睨する。

 しかし、帰ってきた答えは。

「それでエラムラが滅びようが関係ねーよ。金にならねーのに誰が戦うか」

 小さく誰かがつぶやき、停止していた平衡が望まぬ方へ傾いてしまう。

 群衆はざわめきを取り戻し、呆れと苛立ちの混じった空気になりながら東門を次々と潜り抜けていく。散らばっていく人々の背に俺は虚しさを覚えたが、何人かの視線と目が合うことに気づいた。
 顔を上げている彼らの目にはまだ光がある。

 俺はそこへ訴えかけるよう、自分を奮い立たせながら左の拳を天へ突きあげた。

「俺は採集狩人のリョーホ! ソウゲンカを討伐したバルド村最弱の狩人だ! はっきり言ってこの中でも一番弱い自信がある! その俺が、守護狩人が裸足で逃げ出すようなドラゴンの群れと戦うって言ってんだ!」

 突き上げていた拳を群衆に向け、吐き捨てる。

「俺は戦う! 死にたくないけど、自分の名誉のために死んでやる!」

 音が消えた。

 口にした言葉は嘘じゃない。人を導いたこともないただの子供の叫びはかなり陳腐で情けなく、聞くに堪えないだろう。

 自分に向けられる無数の目で縮こまる俺の前に、先ほど俺を殴ってきた赤毛の男がゆっくりと歩み寄る。握られた拳を見て、俺はまだ頬に残る痛みを鮮明に思い出した。

 分かり合えるはずがなかった。血気盛んな狩人たちは、俺が想像していた以上に野蛮で倫理観もなかった。滅多に暴動が起きない日本で生きてきた俺とは、何もかもが違うのだ。

 しかし言いたいことはすべて言ってやった。どうせ殴られるぐらいなら、せめて一矢報いてもいいはずだ。

 俺は赤毛の男の手足に注意を払う。

 最初の一発を避けたら、顎に一発決めてやる。

 赤毛の男は大股で俺との距離を詰めると、右手を振り上げ──不意に俺から背を向けた。
 まるで俺を庇うような立ち位置だ。

 次いで、決定的な言葉が男の口から放たれた。

「俺は行く」

 意味を理解するまできっかり五秒。
 その後、あちこちから「おれも」「わたしも」と声が続く。声は次々に伝播していき、すでに門を抜けていたはずの狩人が荷物を放り出してこちらへ戻ってくるのまで見えた。

「お、お前ら正気かよ」

 後ろの方で散々俺を罵倒していた男が、戸惑いながら戻ってきた顔ぶれを見渡す。

 その問いに、赤毛の男が低く笑った。

「正気じゃねぇのはどっちだ。下っ端にここまで言われて何も響かねーか?」
「そうそう。あんなへっぴり腰が戦う姿なんざ腹立たしくて見たくないね。自分でさっさと片付けた方がマシさ」

 その後に続く声はどれも俺を擁護するものだ。

 こんな都合の良いことがあっていいのか。
 誰かが催眠術か何かで言うことを聞かせているだけじゃないのか。

 不安で棒立ちになっている俺に、赤毛の男が振り返りながら困ったように頭を掻いた。

「わりぃな坊主。さっきは殴っちまってよ」

 俺がきょとんとしながら見上げると、男は悔しそうに笑いながらこう続けた。

「おれが狩人になったのは、生き汚く金を稼ぐことじゃねぇ。ただ憧れた狩人になる。それだけのことだったんだ」

 ずい、と目の前に一回り大きな拳が突き出される。
 意味も分からず左手を持ち上げてみると、男は俺との拳を突き合わせて太い笑みを浮かべた。

「おれはアークってんだ。報酬はツケにしといてやるぜ、リョーホ」
「結局報酬とるのかよ!」
「ったりめぇだ!」

 アークはバシッと力強く俺の背中を叩くと、肩を組んで俺の耳に耳打ちした。

「坊主は別の役目があんだろ。おれが代わりにこいつら連れてドラゴンと戦ってやる」

 目的を言い当てられ、俺はまじまじとアークの顔を見た。

 ドラゴンと狩人たちをぶつけたら、俺は頃合いを見て再び薄明の塔を目指すつもりだった。だがアークはそれを見越して、わざわざ俺の代わりにリーダー役を買って出てくれるらしい。

「なんで分かったんだ?」
「決まってんだろ。てめぇがヒーローの顔してたからだ」

 にっと笑みを深めた後、アークは群衆に振り返りながら背中のバトルアックスを高く掲げた。

「相手を選ぶような雑魚狩人なんざただの足手まといだ。誰も止めやしねぇ、とっとと家に帰って狩人なんざ辞めてこい!」

 俺の声とは比べ物にならぬ大喝が東門を震わせる。もはや戦いに異論を述べる者はいない。
 アークは荷物を豪快にその場に投げ捨てると、群衆から兵隊へと成り代わった人々へ音頭を取った。

「さぁ行くぞ!」
「「「おう!」」」

 自然と列を作りながら階段をものすごい勢いで駆け上がっていく狩人たち。重々しい武器の音も相まって、彼らの進軍は地響きとなって俺の足から伝い上がってきた。

 唖然とする俺の目の前で、ついにエラムラの里へドラゴンたちが侵入する。

 空が見えぬほど密集したドラゴンの群れが、雨あられのごとく人々へ襲い掛かった。ドラゴンは涎をまき散らしながら好き勝手に暴れまわり、スキュリアとエラムラ関係なく、争う人間の頭部へ齧りついた。

 血の匂いが濃くなり、悪夢のような光景に目を背けたくなる。

 だが、無数の菌糸模様が俺の恐怖を打ち晴らした。

 邀撃。
 矢、弾丸、鉄球。あらゆる飛び道具が空中のドラゴンを打ち落とす。
 断末魔を上げて落下したドラゴンへの追撃も怠らない。

 作戦会議もする暇がなかったのに、狩人たちの連携に無駄がなかった。怖気づいて動けないような狩人は一人もおらず、誰もが自分にできる最大火力でドラゴンたちを叩き潰していく。

 俺は狩人たちの戦いぶりに震えた。
 オンラインマルチプレイで見た、大勢のプレイヤーと駆け抜けたスタンピードイベントの完全再現。ゲームで見た時より血生臭く爽快感もない、生々しい現実の戦いは凄絶だ。

 それでも、ようやく俺の知るシンビオワールドが帰ってきたのだ。

 俺の狩人魂にも火が付いたが、アークが全員を率いている今、俺がここに居残る理由もない。
 ここから先は彼らに里の守りを任せて、俺はシャルを探しに行かなければ。

「レブナ! 俺たちも早くシャルを──」

 移動するべく俺がレブナの方を振り返った瞬間、一瞬の浮遊感とともに視界が回転して地面を向く。臍の辺りにはレブナの丸い肩の感触があった。俺が合図をするまでもなく、レブナは勝手に俺を担いでくれるらしい。

「仕事が早いな!?」
「それが売りだからねー。ほら行くよ英雄さん」
「は? 英雄ってなんの、ってうおおおおお!?」

 俵持ちされた俺は絶叫しながら、再び薄明の塔へ向けて運ばれていった。
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