家に帰りたい狩りゲー転移

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1章

(12)年齢詐称

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「さぁリョーホ君。今までどこに行ってたのかキリキリ吐いてもらうよ」

 無事にバルド村に帰ってこれた俺は、アンリに引っ張られて食堂のカウンターに押し込められ尋問されていた。俺の手元には酒の代わりにアップルジュースがジョッキで置かれており、少し飲むたびに食堂のおばちゃんがなみなみと継ぎ足してくるせいで全く減らない。しかしアンリのジョッキの中はしっかり減っているので、きっとおばちゃんとアンリはグルだろう。
 正直に話すまでこのアップルジュース地獄から解放してもらえないと察した俺は、狂人扱いされる覚悟で村の外での出来事をアンリに話した。

 俺に『催眠』を掛けて拉致し、謎の施設で目的も分からぬ実験をしようとしたベート。
 機械に見せられた記憶の中の『博士』と、形の定まらない白い影。
 そして白い影に雰囲気が酷似したアルビノの少女。

「うーん? つまりリョーホは、いきなり訓練場に現れた美女に攫われて、実験台にされて、知らない女の子に助けてもらった後、気づいたら村に帰ってきてたと?」
「だいたい合ってる」
「ごめん意味わかんない」
「俺も分かってない」

 間抜けな結論を出したところで、俺とアンリはアップルジュースを同時に呷った。それから俺はジョッキをテーブルに置かずに食堂のおばちゃんをじっと睨む。おばちゃんは俺と目が合うと意味深に微笑んで、アップルジュースの現役入り大ジョッキをしまうために奥に引っ込んでいった。

 俺は安心してジュースを飲むペースを上げると、空きっ腹がある程度満たされたところでもう一度思考を巡らせてみた。

 ベートの目的と『博士』の正体を明かすには、俺が閉じ込められていたあの施設が鍵になりそうだ。
 あそこには地球の研究施設に酷似した機械が大量に並んでいたが、どれもこれも、シンビオワールドでは存在しえない科学技術だ。俺が地球へ帰るための手掛かりになるかもしれない。

 しかし、他者の体験を別の人間に追体験させる技術が妙に引っかかる。地球では脳の研究は記憶を自在に掘り起こすまでに至っていないため、あのような機械を作ること自体不可能だ。だから、地球から持ち込まれた技術ではなく、異世界で秘密裏に開発された機械という可能性が否めない。

「なあアンリ、この世界に機械ってある?」
「あるよ。リョーホ君だってドミラス先生の研究室で見たでしょ」
「……あ」

 ドミラスの部屋にも発電装置と繋がった謎の機械があった。でもあれは箱型浄化室というもので、中に入れた物質からドラゴンの毒素を抜くためのものだ。

 シンビオワールドはところどころ原始的な要素があるものの、すべてが原始的というわけではない。洞窟を滑らかに削り出せる加工技術もあるし、ドラゴンの素材で作った発電装置はあるし、非常用のシェルターもあれば、少々寿命の短い懐中電灯だってある。だが、俺が求めている情報とは少し違っていた。

「質問が悪かった。その、ドラゴンに対抗するとかじゃなくて、人間に向かって使うような機械ってどんなのある? 例えば画面の中にいろんな人の情報を集められるとか、文章送れるとか、健康状態調べたり、人を乗せるとか」
「人間に使う……? うーん……冷蔵庫?」
「なんで冷蔵庫?」
「死体を保存するのに使うから。夏だと火葬の準備してる間にすぐ腐っちゃうんだよね」
「ア……ウン」

 この世界の常識に則った機械はそういうものらしい。スマホチックな便利なものはなし、医療関係の高度な機械もなければ、エレベーターや電車もない。車がない時点で分かっていたことだが、やはり地球と同じ機械は作られてないのだろう。リデルゴア国の中央都市も、ゲームで見た限りそう言った機械はなかった。

 つまり、実験施設の方が特殊な事例なので、調べるには実際にあそこに赴かなければ話にならないのだ。あそこからベートの正体を探るのは難しいだろう。

「次に気になるのはベートが俺を狙った理由だけど、絶対俺の菌糸のせいだよな」
「そうだね。研究者から見ると絶対に君は珍獣だからね」

 アンリの言い方に色々と文句を言いたいところだが、その通りだ。
 大げさに例えれば、現代の地球に絶滅した恐竜が復活したようなもの。生物学者たちが大興奮するのも当然である。

 しかし、俺に課せられた実験内容はどうも菌糸と無関係のような気がした。思い出したくもないが、誰かの記憶を見せられたあとにベートは脳みそが焼けこげると言ったニュアンスの発言をしていた。彼女の目的は俺の菌糸ではなく、俺そのものにあるらしかった。

 考え込む俺に、アンリが視線を遠くに向けながら言った。

「『博士』の子供っていうのも変な話だよね。もしリョーホ君が本当に、別世界のニホンっていうところから来たのなら、この世界に君の家族はいないはずだしね」
「そうなんだよなぁ」

 俺は生粋の日本人で異世界生まれではない。よって異世界出身である『博士』と血が繋がっているはずもない。どう考えても狂人の世迷言だ。

 つまりベートはとんでもない狂人だったから、俺と誰かを間違えている可能性もあるわけだ。

 となると、俺は人違いされた挙句、地球となんの関係もない謎技術で拷問じみた被害を受けただけなのか?

「酷すぎる。異世界転移した意味ねーよ」

 自分で打ち出した推論に嫌気が差して、俺はまたジョッキを傾けた。
 今思い出したが、ベートは俺が気絶する前に俺のフルネームを囁いていた気がするので、おそらく人違いではない。全く持って嬉しくない確証である。

 そもそも、元を辿れば俺が異世界転移した原因すらはっきりしていない。帰る方法すら分からず、手掛かりと言えばレオハニーの言葉のみ。ただでさえお先真っ暗だというのに、ドラゴンも倒せない貧弱異世界人を追い求める狂人が混ざってくるなんて最悪だ。

「なんで俺なんだろうなぁ」

 途方に暮れながらもう一口甘酸っぱいジュースを飲み込むと、アンリと俺の前に肉厚の串焼きがことりと置かれた。アンリが注文したもののようだが、位置が位置なので俺も一本勝手に貰うことにした。アンリは無言で俺の脛を蹴ってきたが、返せと言ってこなかったのでそのまま食べる。
 じっくりと炭火焼された分厚い肉は柔らかく、噛めば噛むほど肉汁が溢れて旨かった。絶妙な胡椒と甘辛いタレが肉の油を中和し、ごはんと一緒にかき込みたい気分になる。

 しばしの間舌鼓を打った後、アンリが親指についたタレを舐めながら疑問を口にした。

「でもさ、ベートって女は隣のエラムラの里から来たって言ったんでしょ? そっちで聞き込みすればベートの身元が分かるかも」
「おお確かに! 調べる価値はあるな。で、俺は村の外に出られないけど誰が調べるんだ?」
「え? 自分で調べなよ」
「俺の話聞いてた?」

 アンリは唖然とした俺から目を背けてへらへらと笑っていた。俺の話を全く信じていないのかふざけているだけなのかは窺い知れない。とりあえずアンリに頼るのはやめた方がいいという事だけは分かった。

 俺は回転椅子をくるくる回しながらため息を吐くと、アンリの串焼きをもう一本かっさらいながら天井にぼやいた。

「せめてもう一回あの施設調べたいなぁ。絶対手がかりあるに決まってるもんなぁ」
「なにやら面白い話をしているようじゃのォ?」

 老獪そうな、しかし幼い声が後ろから聞こえてきて、俺は肉をほお張りながら振り返った。

 そこには萩色のマッシュルームヘアの少女がいた。頬にはトラの髭にそっくりな菌糸模様が浮かんでおり、口元まで隠れるほどの広襟の衣服を着ている。全体的にだぼだぼした服装と小さい背格好は、ファンタジーでよく見かける小人族のような愛らしさがあった。

「なんだこの子供」
「あ、村長お疲れーっす」
「んにゃーお疲れなのじゃァ」

 アンリと少女がひらひらと手を振りながら挨拶を交わす。
 俺は目を見開いたまま二人を交互に見て、目の前の状況を必死に噛み砕いた。

「ソン、チョウ……村長!?」

 村長と言えば長いひげをこさえた老人を連想するものだが、目の前の村長はどこからどう見ても十歳前後の子供だ。もしや異世界特有の長寿な種族かと少女の耳を見たが、そもそもシンビオワールドの人間は耳がとんがっているのがデフォルトだ。エルフか人間か区別できるわけがない。

 では菌糸能力で若返った姿なのか?
 いや、村長という呼び名自体がただのあだ名という可能性も──。

「なんじゃ若造めェ。儂の美貌に見惚れたか?」
「いや、ロリは守備範囲じゃないんで」

 思考に没頭しながら冷静に反論する。
 視界の端でアンリがドン引きしていたが知ったことではない。

「無礼な奴じゃのォ。儂は男じゃぞ。ぴっちぴちのショタじゃ」

 まさかの事実に冗談抜きで顎が落ちそうになった。

「しょ……ち、ちなみに年齢は!?」
「んにゃー、ざっと七十歳かのォ」
「ロリババアじゃねーか! でも男だからショタジジイ? あ、ショタババアだ!」
「天誅ゥ!」
「ぐぼぁ!?」

 真下から昇竜拳を食らって俺は椅子から転げ落ちた。的確に脳震盪を起こされて視界が滲み、起き上がろうとしても達磨のようにひっくり返ってしまう。
 村長は床で転がりまわる俺を軽蔑にまみれた瞳で見下ろした後、けっと顎をしゃくって蹴っ飛ばしてきた。

「こやつァ一度川に吊るした方がよいかのォ」
「どうぞどうぞ。真夏のスイカのごとくキンキンに冷やしてください」
「俺は冷やしても美味しくならねーよ!」
「あァん? なぁに上手いこと言ったみたいな顔してるんじゃァ。恥を知れ」
「してないよ馬鹿じゃねーの!?」

 二人がかりの罵倒に俺はキレ散らかしながら、ようやく眩暈が収まった頭をもたげてよろよろと立ち上がった。村長は俺の周りを忙しなく動き回った後、跳び箱の要領で俺の隣の席に乗りあげてけらけら笑った。

「ひさびさに弄りがいのあるやつじゃァ。村のモンは皆儂に冷たいからのォ」
「でしょう? 今ならお買い得ですよ」
「人を商品にするなこの奴隷商人が!」
「はあ? 奴隷がアップルジュース飲んでるんじゃないよ」
「もう突っ込まないぞ! 話が進まないんだよ!」

 アンリのボケを一蹴し、俺はジュースを半分まで一気に煽ってからジョッキをカウンターに勢いよく置いた。

「んでだ! 村長、さっきの話どこまで聞いてたんだ?」
「んォ? 最初っからに決まっとるじゃろォ。お主が出会ったベートなら、儂にも心当たりがあるぞィ」
「ほ、本当か! そいつどんな奴なんだ!?」

 思わず椅子から立ち上がる俺に、村長は流し目を向けながら食堂のおばちゃんに人差し指を立てた。

「まぁまぁ落ち着かんかィ。ねーちゃ、ワインくれェ」
「昼間っからワインかよ」

 この村長大丈夫か、と半目になる。だが思わぬことろから手がかりが降ってきたのだから、一見ならぬ一聞の価値はあるだろう。

 俺は改まって椅子に座りなおしたが、村長はワインが運ばれてくるまで話す気はないらしい。
 それならばと、俺は背筋を伸ばして村長に体の正面を向けた。

「俺はリョーホだ。村長の名前聞いてもいいか?」
「メルクじゃァ。言っておくが、こんなナリでも村長じゃからのォ。子ども扱いするでないぞィ」
「ああ、うん。そうみたいだな」

 丁度いいタイミングでメルクの前にワインが運ばれてくる。食堂のおばちゃんも、店内にいる村人たちも、ワイングラスに口をつける幼子に何も言わなかった。

 メルクはこなれた仕草でワインの香りを楽しむと、舌の上に一口滑らせて貫禄に満ちた吐息を零した。動作の一つ一つから無駄に熟練されているのが垣間見えて、俺は呆れながらもつい感心してしまった。横から見ると、メルクの瞳には年相応の年季を感じられるような気がする。

「流浪狩人ベート。通り名は黒山羊の悪魔じゃァ」

 メルクの語りは唐突だった。
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