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1章
(3)第二村人は怪しいイケメン
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シンビオワールドは、ただの一般人が生きられるほど甘くない。草食系女子にすらモテない俺みたいなもやし男子は、女の子を守るどころか一瞬でドラゴンに食われるだろう。
だが俺は、ドラゴンに殺されるよりもっと早くに死ぬかもしれない。
「待てェ──! エトロ落ち着けェ──!」
「離せアンリ! 今ここでこいつを殺さないと!」
「まずは待とう! 話を聞こう! な!?」
後ろ手に縄で縛らたまま正座する俺の前で、エトロを羽交締めにするイケメンが必死に説得を試みる。両者ともに鬼の形相で、それを真正面から見せつけられている俺は子犬のように震えるしかできなかった。
あのイケメンはアンリという名前で、茶色いくせ毛の長髪をポニーテールにまとめた青年である。俺が縛られているこの部屋もアンリのものだ。物が少なく綺麗に整頓されたアンリの部屋は中世ヨーロッパと同じような木造建築で、壁にはドラゴンの牙と爪で作られた双剣が飾られている。ゲーム内でプレイヤーに宛がわれる宿とそっくりな見た目に俺は内心感激したが、ここで美少女に殺されてもいいかどうかは、全くの別問題だ。
なぜこのような大乱闘が起きているかというと、エトロが俺が体内に菌糸を飼っていないと知ったせいだ。
時は十数分前に遡る。
俺はエトロに紹介したい人がいると言われ、アンリの部屋に連れてこられた。そこでアンリを交えて俺がこの村に来た経緯を語っていたのだが、ドラゴンに襲われたと口にした瞬間、エトロが突然襲い掛かってきたのだ。
シンビオワールドでは俺のような菌糸を持たない人間は絶滅した。菌糸のない人間がドラゴンの汚染された空気を体内に吸い込むと、毒の胞子が体内に根を張り、一瞬でドラゴン化してしまうからだ。だから今のエトロたちの状況を例えるなら『ゾンビパラダイスから避難したモーテルの中にゾンビがいた』という感じだ。そんなものが村の中にいれば、誰だってエトロみたいに発狂するだろう。
だが、世界観を知っている俺だって自分の異常事態に困惑していた。
俺はドラゴンの唾液を浴びるぐらい至近距離で接触していたにも関わらず、今もなおドラゴン化の兆候が出ていないのだ。もしや俺にも菌糸があるのかと体中を調べてみたが、菌糸のある人間には必ず皮膚に蔦のような模様が現れるのに、俺の身体には何も出ていなかった。
何が起きているのか全く分からないが、ともかく俺は毒素に何らかの耐性があるのかもしれない。
しかしエトロはドラゴン化しかねない時限爆弾を処理したい。
逆にアンリは俺を保護してしばらく様子見をした方がいいと主張している。
対立した意見の結果、俺は後ろ手に縛られ、アンリはエトロを羽交い絞めにして、エトロは槍を振り回しているカオスな状況が爆誕した。
極上の修羅場だ。当事者でなければポップコーン片手に野次を飛ばしていただろう。もちろんそんな余裕もないし、死にたくもないので、俺は一向に和解できない二人を見かねて、おずおずと声をかけてみた。
「あの、俺はこれからどうすれば」
暴れていた二人がぴたりと止まり、同時に俺を見下ろしてくる。その血走った剣幕から命の危機を感じ、俺は尻と足をずりずり動かして後ずさった。
縮こまりながら気丈に返事を待つ俺に、エトロはたった一言。
「死ね」
「ぴぃッ!」
「エトロ待ってってば!」
一層小さくなる俺を庇うようにアンリが声を張り上げた。
「彼は新種かもしれない。今後の研究のために生かしておくべきだ」
「え、そっち!?」
まさかの人間として認識されていない発言に俺は目を引ん剥くが、エトロは大真面目にアンリに反論した。
「それで村のど真ん中でドラゴンが爆誕したらどうする!? お前は責任を取れるのか!?」
「責任は取れないけど、ほら、せめて先生に診てもらってからの方がいいよ。先生ならたとえ彼がドラゴンになっても一瞬で対処してくれるって」
先生、というのがよく分からず首をかしげると、アンリがエトロの腕と格闘しながら俺に答えてくれた。
「ドミラス先生は狩人でありながら、ドラゴンの生態を研究していらっしゃる人だよ。医者もやってるんだ。忙しい人だからよく外出してるんだけど、今日帰ってくるって聞いてるから」
「すごい人、なんだよな?」
「この村の中で三番目に強いんじゃないかな。リデルゴア国でもそれなりに名も通ってるし」
そのドミラスという人がリデルゴア国でも有名な狩人なら、確かに強い人なのだろう。ゲームで例えるなら、ストーリーをすべてクリアしたプレイヤーぐらいだ。
シンビオワールドのエンディングにて、プレイヤーは最終的に村の狩長となり、リデルゴア国の首都にいつでも国賓扱いで滞在させてもらえる有名狩人となる。もちろん実力は折り紙付きだ。
しかし、そんなドミラスほどの実力者でもバルド村の中で三番目というあたり、エトロが言っていたドラゴン狩りの最前線は相当過酷で、それに相応しい強者ばかり揃っているのかもしれない。もしバルド村の狩人を敵に回したら、俺は間違いなく死ぬだろう。
俺が人知れずドラゴンと狩人の恐怖に怯えていると、エトロがアンリの腕を振りほどきながら眉をひそめた。
「アンリ。確かにドミラス先生なら上位種相手でも一瞬で倒してしまうが、先生が来る前にこいつがドラゴン化してしまったら意味がない」
「大丈夫だって。よく考えてみなよ。彼がドラゴンになったところで、ふふ……絶対弱いだろ」
アンリの言葉にエトロは神妙な顔になって、じっと俺の顔を見た。
「……それもそうだな」
何とも言えぬ沈黙の後、エトロはあっさりと槍をしまった。
「おいぃー! 俺が弱いって言いたいのかよ!」
「だって、どっからどう見ても弱いでしょ、君」
「ひっど!? 揃いも揃って初対面に厳しい!」
アンリからの酷評に俺はむせび泣いた。それを見たアンリはひょいと片眉を持ち上げ、鼻の穴を広げながらえらく腹の立つ顔で俺の傷口をえぐってきた。
「逆にさぁ、なんで優しくしてもらえると思ったのぉー?」
「それ一番言っちゃいけないやつぅ!」
たった数分の間にメンタルをぼこぼこにされ、俺は梅干を丸かじりしたような渋い顔になった。アンリは俺の顔を肴に大爆笑した後、ひーひー引き攣った声を上げながら涙をぬぐった。
「ひひひ、はぁーおもしろいコイツ。で、なんだっけ? どうすればいいだっけ? 君は何もしなくていいよ。ドミラス先生が村に帰ってくるまでエトロの監視下にいてくれたら、とりあえず命は保証するよ」
「それ、俺がエトロの機嫌損ねたらどうなる?」
「死ぬ」
「だから厳しいって! 慈悲はないのか!?」
「無駄話はその辺にして。エトロ、せっかくだしリョーホ君に村を案内してあげようよ」
「無視するなよぉ!」
アンリは俺の腕の拘束を解きながら、ニコニコとエトロの方を見上げた。一方エトロは心底嫌そうな顔で刺々しく反論した。
「なんで私も一緒に行くんだ? 案内するなら言い出したお前だ」
「君が末永く彼の面倒を見るんだろう? なら一緒に来てもらわないと。ほら、師匠の言いつけもあるしさ」
「むぅ……」
エトロは頬をむくれさせ、眉をハの字に歪めてかなり葛藤し始めた。今にも気が変わって槍を握りそうなエトロの迫力に、俺は生唾を飲み込みながら最後の審判を待った。
やがて、彼女は透明感のある綺麗な顔に、隠しきれない嫌悪感を滲ませて吐き捨てた。
「アンリが許したからと言って、私はお前なんか絶対に認めないからな。ドラゴン化の兆候があればすぐに殺す。死にたくなければ精々気を付けるんだな」
最後に俺を人睨みした後、エトロはずかずかと部屋の外へと出て行ってしまった。
ひとまず命の危機は去ったようだが、面倒を見てくれると約束してくれた人間から命を狙われるなんて予想外にもほどがある。かといって彼女の手助けなしで見知らぬ村でやっていける自信がないので、保身のために距離を置くわけにもいかないだろう。
最悪、エトロがどうしても俺を認めてくれないなら、アンリを頼るという手もあるが……。
「さあ行こう。リョーホ君」
さっきまでの殺伐としたやり取りがまるでなかったかのように、アンリは胡散臭い笑顔で俺に手を差し出してきた。
俺の勘でしかないが、アンリはなんとなく信用してはいけない人間のような気がした。例えばアニメで「この声優が担当しているなら絶対裏切るな」という、言いがかりにも似た経験則だ。アンリは裏切る顔と声をしているし、だめ押しにつかみどころのない性格なので怪しすぎるにもほどがある。
もちろん、出会ったばかりの人間の好意を只の勘だけで振り払うわけにもいかない。そもそも俺がエトロに見逃してもらえたのは、ひとえにアンリの提案があったからだ。だが、その内容も全面的に俺を擁護するものではなく、あくまで延命措置。俺がドラゴン化したら躊躇いなく殺すという、重要な結論だけはエトロと一致している。
アンリの好意に身をゆだねても、大丈夫だろうか。
いくら能天気な俺でも異世界からすぐに日本に帰れるとは思っていない。最悪帰るまでに一年以上かかるだろうから、バルド村の人たちとはできるだけ仲良くしておきたいところだ。前途多難で、今日にもここから逃げ出した方がいいのかもしれないが、やはり村の外に出るのは怖かった。
俺は不安を奥歯でかみつぶしながら、おずおずとアンリの差し出した手に右手を重ねた。
「お前って、裏切らないよな?」
「裏切りそうなやつが正直に答えると思う?」
「ごもっともです」
俺は苦笑しながら立ち上がり、手首にまとわりついた縄を雑に振り払った。
だが俺は、ドラゴンに殺されるよりもっと早くに死ぬかもしれない。
「待てェ──! エトロ落ち着けェ──!」
「離せアンリ! 今ここでこいつを殺さないと!」
「まずは待とう! 話を聞こう! な!?」
後ろ手に縄で縛らたまま正座する俺の前で、エトロを羽交締めにするイケメンが必死に説得を試みる。両者ともに鬼の形相で、それを真正面から見せつけられている俺は子犬のように震えるしかできなかった。
あのイケメンはアンリという名前で、茶色いくせ毛の長髪をポニーテールにまとめた青年である。俺が縛られているこの部屋もアンリのものだ。物が少なく綺麗に整頓されたアンリの部屋は中世ヨーロッパと同じような木造建築で、壁にはドラゴンの牙と爪で作られた双剣が飾られている。ゲーム内でプレイヤーに宛がわれる宿とそっくりな見た目に俺は内心感激したが、ここで美少女に殺されてもいいかどうかは、全くの別問題だ。
なぜこのような大乱闘が起きているかというと、エトロが俺が体内に菌糸を飼っていないと知ったせいだ。
時は十数分前に遡る。
俺はエトロに紹介したい人がいると言われ、アンリの部屋に連れてこられた。そこでアンリを交えて俺がこの村に来た経緯を語っていたのだが、ドラゴンに襲われたと口にした瞬間、エトロが突然襲い掛かってきたのだ。
シンビオワールドでは俺のような菌糸を持たない人間は絶滅した。菌糸のない人間がドラゴンの汚染された空気を体内に吸い込むと、毒の胞子が体内に根を張り、一瞬でドラゴン化してしまうからだ。だから今のエトロたちの状況を例えるなら『ゾンビパラダイスから避難したモーテルの中にゾンビがいた』という感じだ。そんなものが村の中にいれば、誰だってエトロみたいに発狂するだろう。
だが、世界観を知っている俺だって自分の異常事態に困惑していた。
俺はドラゴンの唾液を浴びるぐらい至近距離で接触していたにも関わらず、今もなおドラゴン化の兆候が出ていないのだ。もしや俺にも菌糸があるのかと体中を調べてみたが、菌糸のある人間には必ず皮膚に蔦のような模様が現れるのに、俺の身体には何も出ていなかった。
何が起きているのか全く分からないが、ともかく俺は毒素に何らかの耐性があるのかもしれない。
しかしエトロはドラゴン化しかねない時限爆弾を処理したい。
逆にアンリは俺を保護してしばらく様子見をした方がいいと主張している。
対立した意見の結果、俺は後ろ手に縛られ、アンリはエトロを羽交い絞めにして、エトロは槍を振り回しているカオスな状況が爆誕した。
極上の修羅場だ。当事者でなければポップコーン片手に野次を飛ばしていただろう。もちろんそんな余裕もないし、死にたくもないので、俺は一向に和解できない二人を見かねて、おずおずと声をかけてみた。
「あの、俺はこれからどうすれば」
暴れていた二人がぴたりと止まり、同時に俺を見下ろしてくる。その血走った剣幕から命の危機を感じ、俺は尻と足をずりずり動かして後ずさった。
縮こまりながら気丈に返事を待つ俺に、エトロはたった一言。
「死ね」
「ぴぃッ!」
「エトロ待ってってば!」
一層小さくなる俺を庇うようにアンリが声を張り上げた。
「彼は新種かもしれない。今後の研究のために生かしておくべきだ」
「え、そっち!?」
まさかの人間として認識されていない発言に俺は目を引ん剥くが、エトロは大真面目にアンリに反論した。
「それで村のど真ん中でドラゴンが爆誕したらどうする!? お前は責任を取れるのか!?」
「責任は取れないけど、ほら、せめて先生に診てもらってからの方がいいよ。先生ならたとえ彼がドラゴンになっても一瞬で対処してくれるって」
先生、というのがよく分からず首をかしげると、アンリがエトロの腕と格闘しながら俺に答えてくれた。
「ドミラス先生は狩人でありながら、ドラゴンの生態を研究していらっしゃる人だよ。医者もやってるんだ。忙しい人だからよく外出してるんだけど、今日帰ってくるって聞いてるから」
「すごい人、なんだよな?」
「この村の中で三番目に強いんじゃないかな。リデルゴア国でもそれなりに名も通ってるし」
そのドミラスという人がリデルゴア国でも有名な狩人なら、確かに強い人なのだろう。ゲームで例えるなら、ストーリーをすべてクリアしたプレイヤーぐらいだ。
シンビオワールドのエンディングにて、プレイヤーは最終的に村の狩長となり、リデルゴア国の首都にいつでも国賓扱いで滞在させてもらえる有名狩人となる。もちろん実力は折り紙付きだ。
しかし、そんなドミラスほどの実力者でもバルド村の中で三番目というあたり、エトロが言っていたドラゴン狩りの最前線は相当過酷で、それに相応しい強者ばかり揃っているのかもしれない。もしバルド村の狩人を敵に回したら、俺は間違いなく死ぬだろう。
俺が人知れずドラゴンと狩人の恐怖に怯えていると、エトロがアンリの腕を振りほどきながら眉をひそめた。
「アンリ。確かにドミラス先生なら上位種相手でも一瞬で倒してしまうが、先生が来る前にこいつがドラゴン化してしまったら意味がない」
「大丈夫だって。よく考えてみなよ。彼がドラゴンになったところで、ふふ……絶対弱いだろ」
アンリの言葉にエトロは神妙な顔になって、じっと俺の顔を見た。
「……それもそうだな」
何とも言えぬ沈黙の後、エトロはあっさりと槍をしまった。
「おいぃー! 俺が弱いって言いたいのかよ!」
「だって、どっからどう見ても弱いでしょ、君」
「ひっど!? 揃いも揃って初対面に厳しい!」
アンリからの酷評に俺はむせび泣いた。それを見たアンリはひょいと片眉を持ち上げ、鼻の穴を広げながらえらく腹の立つ顔で俺の傷口をえぐってきた。
「逆にさぁ、なんで優しくしてもらえると思ったのぉー?」
「それ一番言っちゃいけないやつぅ!」
たった数分の間にメンタルをぼこぼこにされ、俺は梅干を丸かじりしたような渋い顔になった。アンリは俺の顔を肴に大爆笑した後、ひーひー引き攣った声を上げながら涙をぬぐった。
「ひひひ、はぁーおもしろいコイツ。で、なんだっけ? どうすればいいだっけ? 君は何もしなくていいよ。ドミラス先生が村に帰ってくるまでエトロの監視下にいてくれたら、とりあえず命は保証するよ」
「それ、俺がエトロの機嫌損ねたらどうなる?」
「死ぬ」
「だから厳しいって! 慈悲はないのか!?」
「無駄話はその辺にして。エトロ、せっかくだしリョーホ君に村を案内してあげようよ」
「無視するなよぉ!」
アンリは俺の腕の拘束を解きながら、ニコニコとエトロの方を見上げた。一方エトロは心底嫌そうな顔で刺々しく反論した。
「なんで私も一緒に行くんだ? 案内するなら言い出したお前だ」
「君が末永く彼の面倒を見るんだろう? なら一緒に来てもらわないと。ほら、師匠の言いつけもあるしさ」
「むぅ……」
エトロは頬をむくれさせ、眉をハの字に歪めてかなり葛藤し始めた。今にも気が変わって槍を握りそうなエトロの迫力に、俺は生唾を飲み込みながら最後の審判を待った。
やがて、彼女は透明感のある綺麗な顔に、隠しきれない嫌悪感を滲ませて吐き捨てた。
「アンリが許したからと言って、私はお前なんか絶対に認めないからな。ドラゴン化の兆候があればすぐに殺す。死にたくなければ精々気を付けるんだな」
最後に俺を人睨みした後、エトロはずかずかと部屋の外へと出て行ってしまった。
ひとまず命の危機は去ったようだが、面倒を見てくれると約束してくれた人間から命を狙われるなんて予想外にもほどがある。かといって彼女の手助けなしで見知らぬ村でやっていける自信がないので、保身のために距離を置くわけにもいかないだろう。
最悪、エトロがどうしても俺を認めてくれないなら、アンリを頼るという手もあるが……。
「さあ行こう。リョーホ君」
さっきまでの殺伐としたやり取りがまるでなかったかのように、アンリは胡散臭い笑顔で俺に手を差し出してきた。
俺の勘でしかないが、アンリはなんとなく信用してはいけない人間のような気がした。例えばアニメで「この声優が担当しているなら絶対裏切るな」という、言いがかりにも似た経験則だ。アンリは裏切る顔と声をしているし、だめ押しにつかみどころのない性格なので怪しすぎるにもほどがある。
もちろん、出会ったばかりの人間の好意を只の勘だけで振り払うわけにもいかない。そもそも俺がエトロに見逃してもらえたのは、ひとえにアンリの提案があったからだ。だが、その内容も全面的に俺を擁護するものではなく、あくまで延命措置。俺がドラゴン化したら躊躇いなく殺すという、重要な結論だけはエトロと一致している。
アンリの好意に身をゆだねても、大丈夫だろうか。
いくら能天気な俺でも異世界からすぐに日本に帰れるとは思っていない。最悪帰るまでに一年以上かかるだろうから、バルド村の人たちとはできるだけ仲良くしておきたいところだ。前途多難で、今日にもここから逃げ出した方がいいのかもしれないが、やはり村の外に出るのは怖かった。
俺は不安を奥歯でかみつぶしながら、おずおずとアンリの差し出した手に右手を重ねた。
「お前って、裏切らないよな?」
「裏切りそうなやつが正直に答えると思う?」
「ごもっともです」
俺は苦笑しながら立ち上がり、手首にまとわりついた縄を雑に振り払った。
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