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chapter10
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「綾夏さんは…なんで、人を傷つけようとするの…?」
「何度も言ってるじゃない、人が絶望するところを見るのが好きだから」
「なら、なら…なんで………?」
『自分を助けてくれたの?』
桜葉はそう口に出来なかった。
人を信じて裏切られるのがどれほど辛いか、桜葉も知っていたから。
触れたら壊れてしまいそうな淡い笑みで、綾夏がくるりと一回転した。
「私、灯の妹を…見殺しにしてしまったの。あの日は、向日葵が綺麗に咲いていたわ。灯の妹ちゃんはね、私を見つけて走ってきて、そこへ運悪く暴走トラックは突っ込んできた」
「綾夏、さん…?」
「私は人の絶望が何よりも美しいと思う、だけど…私自身絶望から救われたいが為に、そう思い込んでるだけかもしれない…」
「綾夏さん、泣いて……」
桜葉が綾夏を見ると、彼女は笑顔のまま涙を溢していた。
そんな不思議な感情に揺れていた綾夏は、それはそれは楽しそうに、柵から身を乗り出す。
「死にたい…死にたかった……私は満たされなかった。
救えたはずの命を救えなかった事が、私を縛りつけて離さない。
灯は…私を嫌いになったり責めたりしなかった。
でも、それが一番辛かった!
どうやって罪を償えばいいかも分からない。
だから…嫌いになって欲しかった……!
そう思ってたらね、私は人が心の底から苦しむ所を見ていると、すごく愉しくなった。
……歪んでるでしょ?」
それはきっと彼女の本音。
本音のはずなのに。
彼女の顔はなおも、貼り付けたような笑顔だ。
座り込んでいた桜葉は震える足に鞭を打ち、懸命にその場へと立ち上がる。
「俺…いつも皆に嫌われるんです。
場の空気を読もうとして、頑張りすぎて、陰口を言われて……。
死にたいって思うことも何度もあった。
けど…その度に俺は思い留まる」
桜葉はめいっぱいに息を吸い込むと、空に放つように叫ぶ。
「『俺には五つ星の皆がいる』から!!」
涙が出て、上手く息が吸えなくて、ヒューヒュー言ってる。
それでも桜葉は言った。
「その五つ星の皆の中に、綾夏さんがいたこと…忘れないでください」
綾夏は、逃げるように屋上から去っていく。
しかしその横顔にはもう笑顔は浮かんでいなかった。
◇
「た、ただいま……」
「桜葉ちゃん!大丈夫!?目真っ赤だよ?」
「…うん、ありがと、大丈夫」
悲しげな顔をした桜葉に、桜が慌てて駆け寄ってきた。
卓水は何か言おうとしたが言葉を飲み込んだ。
それを見た桜葉が卓水に声をかけようとしたのだが、そこへ灯が入ってきたから別の言葉を呟いた。
「綾夏さんは、償ってるだけでした」
「桜葉…?」
「ただただ一生懸命に許されない罪を背負って、苦しみの鎖に縛られて、きっと泣いていました」
それは、自分のせいで命が奪われた事。
自分のせいでその家族達も絶望させてしまった事。
永遠に消えることが無いその罪を、綾夏はきっと一生償おうとしている。
「アイツ…馬鹿だな……嫌いになる訳、無いのに」
「私、綾夏さんの気持ちが分かるな。いっそのこと嫌ってくれた方が気が楽になることあるもん」
灯と桜は、そう悲しげに言った。
あくまでも彼女は五つ星の一員だったと信じているからだった。
「俺……やっぱり、五つ星の皆が…好きだよ!大好きだよ…こんな俺を仲間だって言ってくれる人がいて…好きだって言ってくれるからっ!」
枯れたはずの涙が、また桜葉の目からこぼれた。
そんな桜葉を、桜が抱き締めた。
卓水もそこへくっついてくる。
「大丈夫だよ、ここは…五つ星は…唯一の居場所だから」
「っす、桜葉も大師匠も…俺の大事な人っすよ」
泣き笑いしながら、そう桜と卓水は言った。
◇
「あら、未魔ちゃんごきげんよう」
「……お前、なんで泣いて…?」
屋上に行こうと階段を登っていた未魔は、ばったりと綾夏に出会ってしまった。
綾夏は涙をこぼしたまま唇で弧を描くと、耳元に寄せて囁いた。
「殺したくなる、発作……?」
「…………っ」
「そう、私と…一緒ね。誰でも構わない、自分すらも傷つけ続ける…そうじゃないと自分が分からないから」
固まった未魔の手を取ると、黄緑色のカッターナイフを右手に握らせる。
それから悪魔の様に静かに言うのだった。
「桜ちゃんなんか良いんじゃないの?貴女が自分を捨てて守った……でも、彼女は貴女より優れた長所をたくさん持ってる。悔しいでしょう…?貴女に守られてのうのうと生きてる彼女は、貴女よりも出来が良いなんて……」
くすくすと不気味な笑いを残しながら、綾夏は階段をゆっくりと降りていく。
その間未魔は、握らされたカッターナイフをじっと見つめた。
それは悪魔の言葉に、心を揺さぶられてしまったからでもある。
誰か、私の存在を認めて。
ねぇ私は誰なの?
「俺は…誰?」
独りでも生きていけるって強がって、一人称は「俺」。
本当は否定されることが誰よりも恐いくせに。
そうやって、平気な顔をして生きてきた。
左手の手首を、彼女は軽くカッターでなぞった。
ぷつぷつ赤い雫が滲み出てくる。
「約束…破っちまった。この際、アイツを突き放す…か……?」
桜は私の事を大切にしてくれる。
私も桜を大切なやつだと思っているけれど。
桜はいじめられていい人間じゃなくて、こんな私と一緒にいるような人間でもない。
もっと良い人付き合いを私以外と出来るのではないかと思うが、依然離れようとはしないのだ。
だから。
桜の為に離れようと、決意した。
悪魔の囁きは、強く深く未魔のことを捕らえて離さなかった。
「何度も言ってるじゃない、人が絶望するところを見るのが好きだから」
「なら、なら…なんで………?」
『自分を助けてくれたの?』
桜葉はそう口に出来なかった。
人を信じて裏切られるのがどれほど辛いか、桜葉も知っていたから。
触れたら壊れてしまいそうな淡い笑みで、綾夏がくるりと一回転した。
「私、灯の妹を…見殺しにしてしまったの。あの日は、向日葵が綺麗に咲いていたわ。灯の妹ちゃんはね、私を見つけて走ってきて、そこへ運悪く暴走トラックは突っ込んできた」
「綾夏、さん…?」
「私は人の絶望が何よりも美しいと思う、だけど…私自身絶望から救われたいが為に、そう思い込んでるだけかもしれない…」
「綾夏さん、泣いて……」
桜葉が綾夏を見ると、彼女は笑顔のまま涙を溢していた。
そんな不思議な感情に揺れていた綾夏は、それはそれは楽しそうに、柵から身を乗り出す。
「死にたい…死にたかった……私は満たされなかった。
救えたはずの命を救えなかった事が、私を縛りつけて離さない。
灯は…私を嫌いになったり責めたりしなかった。
でも、それが一番辛かった!
どうやって罪を償えばいいかも分からない。
だから…嫌いになって欲しかった……!
そう思ってたらね、私は人が心の底から苦しむ所を見ていると、すごく愉しくなった。
……歪んでるでしょ?」
それはきっと彼女の本音。
本音のはずなのに。
彼女の顔はなおも、貼り付けたような笑顔だ。
座り込んでいた桜葉は震える足に鞭を打ち、懸命にその場へと立ち上がる。
「俺…いつも皆に嫌われるんです。
場の空気を読もうとして、頑張りすぎて、陰口を言われて……。
死にたいって思うことも何度もあった。
けど…その度に俺は思い留まる」
桜葉はめいっぱいに息を吸い込むと、空に放つように叫ぶ。
「『俺には五つ星の皆がいる』から!!」
涙が出て、上手く息が吸えなくて、ヒューヒュー言ってる。
それでも桜葉は言った。
「その五つ星の皆の中に、綾夏さんがいたこと…忘れないでください」
綾夏は、逃げるように屋上から去っていく。
しかしその横顔にはもう笑顔は浮かんでいなかった。
◇
「た、ただいま……」
「桜葉ちゃん!大丈夫!?目真っ赤だよ?」
「…うん、ありがと、大丈夫」
悲しげな顔をした桜葉に、桜が慌てて駆け寄ってきた。
卓水は何か言おうとしたが言葉を飲み込んだ。
それを見た桜葉が卓水に声をかけようとしたのだが、そこへ灯が入ってきたから別の言葉を呟いた。
「綾夏さんは、償ってるだけでした」
「桜葉…?」
「ただただ一生懸命に許されない罪を背負って、苦しみの鎖に縛られて、きっと泣いていました」
それは、自分のせいで命が奪われた事。
自分のせいでその家族達も絶望させてしまった事。
永遠に消えることが無いその罪を、綾夏はきっと一生償おうとしている。
「アイツ…馬鹿だな……嫌いになる訳、無いのに」
「私、綾夏さんの気持ちが分かるな。いっそのこと嫌ってくれた方が気が楽になることあるもん」
灯と桜は、そう悲しげに言った。
あくまでも彼女は五つ星の一員だったと信じているからだった。
「俺……やっぱり、五つ星の皆が…好きだよ!大好きだよ…こんな俺を仲間だって言ってくれる人がいて…好きだって言ってくれるからっ!」
枯れたはずの涙が、また桜葉の目からこぼれた。
そんな桜葉を、桜が抱き締めた。
卓水もそこへくっついてくる。
「大丈夫だよ、ここは…五つ星は…唯一の居場所だから」
「っす、桜葉も大師匠も…俺の大事な人っすよ」
泣き笑いしながら、そう桜と卓水は言った。
◇
「あら、未魔ちゃんごきげんよう」
「……お前、なんで泣いて…?」
屋上に行こうと階段を登っていた未魔は、ばったりと綾夏に出会ってしまった。
綾夏は涙をこぼしたまま唇で弧を描くと、耳元に寄せて囁いた。
「殺したくなる、発作……?」
「…………っ」
「そう、私と…一緒ね。誰でも構わない、自分すらも傷つけ続ける…そうじゃないと自分が分からないから」
固まった未魔の手を取ると、黄緑色のカッターナイフを右手に握らせる。
それから悪魔の様に静かに言うのだった。
「桜ちゃんなんか良いんじゃないの?貴女が自分を捨てて守った……でも、彼女は貴女より優れた長所をたくさん持ってる。悔しいでしょう…?貴女に守られてのうのうと生きてる彼女は、貴女よりも出来が良いなんて……」
くすくすと不気味な笑いを残しながら、綾夏は階段をゆっくりと降りていく。
その間未魔は、握らされたカッターナイフをじっと見つめた。
それは悪魔の言葉に、心を揺さぶられてしまったからでもある。
誰か、私の存在を認めて。
ねぇ私は誰なの?
「俺は…誰?」
独りでも生きていけるって強がって、一人称は「俺」。
本当は否定されることが誰よりも恐いくせに。
そうやって、平気な顔をして生きてきた。
左手の手首を、彼女は軽くカッターでなぞった。
ぷつぷつ赤い雫が滲み出てくる。
「約束…破っちまった。この際、アイツを突き放す…か……?」
桜は私の事を大切にしてくれる。
私も桜を大切なやつだと思っているけれど。
桜はいじめられていい人間じゃなくて、こんな私と一緒にいるような人間でもない。
もっと良い人付き合いを私以外と出来るのではないかと思うが、依然離れようとはしないのだ。
だから。
桜の為に離れようと、決意した。
悪魔の囁きは、強く深く未魔のことを捕らえて離さなかった。
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