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「そろそろ3時ですね。紅茶とお菓子の準備をします」
「あ、僕ミルク多めの砂糖少なめで」
「わかっておりますよ」
私は小さくなった本のタワーに満足して部屋を出ました。
アラン様に「本戻すのめんどくさいから代わりにやってー」と頼まれたときは軽く殺意を覚えたものですが、思ったよりいいペースです。
あの調子なら今日中に終わることでしょう。
軽い足取りで鼻歌まで歌いながら上機嫌で廊下を歩きます。向かう先はキッチン。
見慣れた白亜の宮殿は今日も眩しいです。必死に運命を変えようともがいていた頃と変わりないはずなのに、どうしてか、今のほうがずっと白く輝いて見える……心の補正ですかね。
そんな感じで、キッチンのある廊下につながる角を曲がった、そのときでした。
「わぷっ」
顔面からなにかにぶつかってしまいましたよ。どこに突っ立ってんですか!
という言葉は出てきませんでした。だって……。
「おまえが兄貴のお気に入りか」
逆立つ焦げ茶の髪に肉食獣じみた真っ赤な瞳……。
あ、あれれ~? なんでこの方ここにいるんでしょうか?
「おい、聞いてんのか」
「ひっ」
睨まれると竦み上がってしまうほどの目付きの悪さです!
彼は縮こまる私の腕を掴み強引に立たせると、胸のプレートを摘んで凝視します。
「ふーん、アマンダ・エアハートか。聞いたことないな」
「あ、あの失礼ですが、あなた……かま、じゃない、ジェイル殿下でいらっしゃいますよね?」
「俺のこと知ってんの?」
「そ、それはまあ……」
否定しないってことは確定ですよ! 彼はアラン様の異母弟にして第二王子で全ての元凶の噛ませ王子ジェイル!!
なぜ、なぜここにいるんですか!? この世界線はハッピーエンド直行のはず……。
しかもなんかめちゃくちゃ見られています。
値踏みでもするように、頭の上からつま先の先までじーっくり見られています。こわいです。
「べつに普通の女じゃないか。兄貴のやつ、どこがいいんだ?」
「さ、さあ……」
うう、早く帰ってくれませんかねぇこの人。
せっかく平和に過ごせているんですから、アラン様の豹変スイッチ刺激するマネは勘弁していただきたい。
「まあ、兄貴が気にいるってことは見た目じゃないなにかがあんだろう。決めた、あんた今日から俺の女な」
さすがにこれはドン引きです。いやそもそもも。
「ジェイル様はフィーネ様が気になって帰国されたのでは?」
「いや? 俺は兄貴が結婚するのが気に入らないだけ」
つまり相手が誰であろうと略奪にくると? つまりつまり、アラン様は……。
「そういうことだからよろしく」
「ま、待ってください! 勝手によろしくされてもこまりま――」
っていないし! 廊下の遙か先で小さくなっている。どんだけ足速いんですかっていう。
せっかく全てが丸く収まったと思ったのにこの仕打ち。
いや、彼の襲来は運命によって確定しているのだとしても、アラン様が妙な誤解をしなければ何事もないはず!
そう自分に言い聞かせて顔をあげたのと、背後から声がかかったのはほぼ同時でした。
「アマンダ……あいつと知り合いなの?」
地の底から響くような低く恐ろしい声にぶわっと全身鳥肌が立ちます。この声は……この声は。
恐る恐る振り返った私の目に映ったのは、目の光が消えて暗い影が落ちたアラン様でした。
---
「あ、やっぱりこうなっちゃいました?」
「やっぱりって。どういうことですかフィーネ様!」
フィーネ様いわく、プログラム上に残っていたのはシナリオ未満の『設定』だけだという。
私やアラン様が思い出した記憶がそうなのでしょう。
当然、設定だけでは物語は進行しません。だから設定だけを本来のものと置き換えて、シナリオは本来のもののまま進める。そういう形を取ったんだそう。
「つ、つまり……?」
「アラン様の執着対象が私からアマンダに変わっただけ……みたいな? です。てへぺろ」
そういって正ヒロインにして大天使フィーネ様は、ちょっぴり小悪魔チックな笑みを浮かべるのでした。
「…………」
ああ、世界が遠くなっていきます。
でも、でも私はまだ諦めません。なにせ37回死んでも諦めなかったくらいですからね!
これが最後というならなおさらです。抗ってやろうじゃないか、この運命に!
そう意気込んだ直後ですよ。
「アマンダ」
呼ばれて振り返ると、礼拝堂の入口にアラン様が立っています。
あの恐ろしい顔は鳴りを潜めていますが……不穏な気配は消しきれていません。私は警戒しつつ近寄ります。
「どうされました」
「うん、あれからちょっと悩んだんだけど……」
――じゃらじゃら そんな音が聞こえました。
うん? じゃらじゃら? 見れば彼の手には長い鎖に繋がった首輪が握られているではありませんか。
自分の顔が引きつっていくのがよーくわかりましたとも。
「えーと……犬でも飼うおつもりで?」
「犬よりもっと可愛い子だよ。でも少し従順さ足りないからこれで躾ようかと」
うん……これはひどい。私は助けを求めるべく後ろを振り向きますが、フィーネ様は目を閉じ静かに祈りのポーズを取っておられでした。
「アマンダ……あなたの未来に幸あれ」
せっかく意気込みましたが、早くも心が折れそうです。
かくして、最後の戦いが幕を開けるのでした。
「あ、僕ミルク多めの砂糖少なめで」
「わかっておりますよ」
私は小さくなった本のタワーに満足して部屋を出ました。
アラン様に「本戻すのめんどくさいから代わりにやってー」と頼まれたときは軽く殺意を覚えたものですが、思ったよりいいペースです。
あの調子なら今日中に終わることでしょう。
軽い足取りで鼻歌まで歌いながら上機嫌で廊下を歩きます。向かう先はキッチン。
見慣れた白亜の宮殿は今日も眩しいです。必死に運命を変えようともがいていた頃と変わりないはずなのに、どうしてか、今のほうがずっと白く輝いて見える……心の補正ですかね。
そんな感じで、キッチンのある廊下につながる角を曲がった、そのときでした。
「わぷっ」
顔面からなにかにぶつかってしまいましたよ。どこに突っ立ってんですか!
という言葉は出てきませんでした。だって……。
「おまえが兄貴のお気に入りか」
逆立つ焦げ茶の髪に肉食獣じみた真っ赤な瞳……。
あ、あれれ~? なんでこの方ここにいるんでしょうか?
「おい、聞いてんのか」
「ひっ」
睨まれると竦み上がってしまうほどの目付きの悪さです!
彼は縮こまる私の腕を掴み強引に立たせると、胸のプレートを摘んで凝視します。
「ふーん、アマンダ・エアハートか。聞いたことないな」
「あ、あの失礼ですが、あなた……かま、じゃない、ジェイル殿下でいらっしゃいますよね?」
「俺のこと知ってんの?」
「そ、それはまあ……」
否定しないってことは確定ですよ! 彼はアラン様の異母弟にして第二王子で全ての元凶の噛ませ王子ジェイル!!
なぜ、なぜここにいるんですか!? この世界線はハッピーエンド直行のはず……。
しかもなんかめちゃくちゃ見られています。
値踏みでもするように、頭の上からつま先の先までじーっくり見られています。こわいです。
「べつに普通の女じゃないか。兄貴のやつ、どこがいいんだ?」
「さ、さあ……」
うう、早く帰ってくれませんかねぇこの人。
せっかく平和に過ごせているんですから、アラン様の豹変スイッチ刺激するマネは勘弁していただきたい。
「まあ、兄貴が気にいるってことは見た目じゃないなにかがあんだろう。決めた、あんた今日から俺の女な」
さすがにこれはドン引きです。いやそもそもも。
「ジェイル様はフィーネ様が気になって帰国されたのでは?」
「いや? 俺は兄貴が結婚するのが気に入らないだけ」
つまり相手が誰であろうと略奪にくると? つまりつまり、アラン様は……。
「そういうことだからよろしく」
「ま、待ってください! 勝手によろしくされてもこまりま――」
っていないし! 廊下の遙か先で小さくなっている。どんだけ足速いんですかっていう。
せっかく全てが丸く収まったと思ったのにこの仕打ち。
いや、彼の襲来は運命によって確定しているのだとしても、アラン様が妙な誤解をしなければ何事もないはず!
そう自分に言い聞かせて顔をあげたのと、背後から声がかかったのはほぼ同時でした。
「アマンダ……あいつと知り合いなの?」
地の底から響くような低く恐ろしい声にぶわっと全身鳥肌が立ちます。この声は……この声は。
恐る恐る振り返った私の目に映ったのは、目の光が消えて暗い影が落ちたアラン様でした。
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「あ、やっぱりこうなっちゃいました?」
「やっぱりって。どういうことですかフィーネ様!」
フィーネ様いわく、プログラム上に残っていたのはシナリオ未満の『設定』だけだという。
私やアラン様が思い出した記憶がそうなのでしょう。
当然、設定だけでは物語は進行しません。だから設定だけを本来のものと置き換えて、シナリオは本来のもののまま進める。そういう形を取ったんだそう。
「つ、つまり……?」
「アラン様の執着対象が私からアマンダに変わっただけ……みたいな? です。てへぺろ」
そういって正ヒロインにして大天使フィーネ様は、ちょっぴり小悪魔チックな笑みを浮かべるのでした。
「…………」
ああ、世界が遠くなっていきます。
でも、でも私はまだ諦めません。なにせ37回死んでも諦めなかったくらいですからね!
これが最後というならなおさらです。抗ってやろうじゃないか、この運命に!
そう意気込んだ直後ですよ。
「アマンダ」
呼ばれて振り返ると、礼拝堂の入口にアラン様が立っています。
あの恐ろしい顔は鳴りを潜めていますが……不穏な気配は消しきれていません。私は警戒しつつ近寄ります。
「どうされました」
「うん、あれからちょっと悩んだんだけど……」
――じゃらじゃら そんな音が聞こえました。
うん? じゃらじゃら? 見れば彼の手には長い鎖に繋がった首輪が握られているではありませんか。
自分の顔が引きつっていくのがよーくわかりましたとも。
「えーと……犬でも飼うおつもりで?」
「犬よりもっと可愛い子だよ。でも少し従順さ足りないからこれで躾ようかと」
うん……これはひどい。私は助けを求めるべく後ろを振り向きますが、フィーネ様は目を閉じ静かに祈りのポーズを取っておられでした。
「アマンダ……あなたの未来に幸あれ」
せっかく意気込みましたが、早くも心が折れそうです。
かくして、最後の戦いが幕を開けるのでした。
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