魂の密度-Speak low-

りょーじ。

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Day.1

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鐘が鳴る音が聞いたことは覚えていた。
それもまるで違う世界のように、今は静かだった。

辺りを見回す。周りを壁に囲まれている。閉鎖的な空間だが、息苦しさは感じない。
手を動かす。ぐっと重力に逆らって、手を持ちあげた。
何かに座っているようだ。背中が何かにぶつかった。見ると、蓋のようだった。
少しして、私は便座に座っていることにようやく気付いた。

そう認識した瞬間に、頭の中に声が響いた。

『無事に起きたようだな。おはよう』

「誰だ? 」

思わず、声が漏れる。
耳を澄ましたが、人の気配は感じない。

『おい、もう忘れたのか? 君の班の担当になったトオアサだよ。

無事に地上に着いたわけだ。おめでとう』

 外側の世界は静かなままだ。どうやら、声の主は内側から私に呼び掛けているらしい。
うろ覚えだったが、徐々に思い出して来た。

細い目で神経質そうな男のビジョンが浮かぶ。そうだ。出発前にレクチャーを施されたのだが、それが今の声の主と言うわけだ。
あの世での認識と、この世での認識はやはり違った。
声の主の姿と、あの世での神経質そうな男の容姿が結びつかなかったからだ。

私は腰を持ち上げながら、訝しげに彼に尋ねた。

『一つ聞きたい。どうしてトイレなんだ? 』

『一番リラックス出来る場所だからな』

 説明になっていない。
人間の子供は裸で生まれて来るものだが、親元も介さずに服を着たまま生まれて来てしまったようだ。
自然の秩序に反しているのではないか、と思ったがそもそも何が自然であるかを知らない。

人間は思考が絶えず流れていることに気付く。
あの世では頭の中も絶えずクリアだった。
静かな時は徹底して静かだが、活発な時は絶えず反響している。まるで、コンサートホールのようだ。

私の思考もトオアサに筒抜けなのだろうか。

 とりあえず、立ち上がることにした。

壁に手を付き、膝を伸ばした時点でめまいがした。息を吸い、呼吸を整えると、歩けるようになった。

出た場所は廊下だった。見ると、六畳ほどの居間に繋がっていて、マットが敷いてある。その上にテーブル、後はパソコン用のディスク。

ベッドはロフトに置いてあった。風呂とトイレは別。キッチンは、玄関のすぐ脇にあった。
一通り見回すと、再び声が戻った。

『一階でみんながもう揃ってる。下りてくれ』

「ああ」

『おっと声を出す必要はない。地上では思うことが基本になるよ。

なるべく、私との交信では声を発することはお勧めしない。むやみに独り言を出すのは好ましく思われないからね』

『分かった。ちなみに、私の思考はそっちに筒抜けなのか? 」

『思考も自分に問いかけるものと、外に訴えかけるものとある。

君が私に問いかけたものに対しては返事をするが、それ以外は関知しない。

ようするに、私に問いかけたもの以外は一切認知もしない。好きに思索にふけってくれ。

後、必要な時はこちらから勝手に連絡する』

頷いた。プライバシーは保護されているようだ。
玄関に着く。
置いてあるのは革靴と赤と白の布地のスニーカーが二足。

側面に星のロゴが付いた地上ではポピュラーなものだ。
私は白を手に取り、靴ひもを結んだ。結ぶのには苦戦しなかったが、少々キツい。
靴を履くと、自分が歩いている、という感覚が起こって来た。少しずつ地上に下りた実感が湧いて来る。

『靴箱の上に財布と、鍵が置いてある。持って行ってくれ』

確かに言われたものはそこにあった。
レザーの長財布と、ぽつんと鍵が置いてあった。
外に出ると、風が吹きつけて来た。空はうっすらと青いが、まだ春先という感じだ。

『寒いな』

『それが体験出来るのも、人間だよ』

 エレベーターのボタンを押す。ドアが開くまで時間があった。
この想いがすぐ実現しない感覚。実に新鮮だ。
少ししてエレベーターはやって来た。私のいるフロアは四階らしい。
ボタンを押し、到着を待つ。

トイレもエレベータも、地上は閉鎖的な空間が多い。果てのない空間にいた魂には息苦しさを感じる。
一階に着く際に重力が襲われた。またしてもよろめきそうになる。

『エレベータの重力が意外に曲者だな』

『すぐ慣れるさ。さあ、一階の食堂に向かってくれ』

『了解』

 一階は玄関がオートロックになっていて、自動販売機がホールに設置されている。
その手前に住人が使えるランドリー。
食堂はエレベータホールから見て右側にあった。
靴を脱いで上がらなければいけないため、嘆息して靴ひもをほどいた。

この手間も望んだものか。

中では既にキリコとハギリ、ウキクサが着席していた。

「遅いぞ」

キリコがクッキーをかじりながら言う。
テーブルにはカスが散らばっている。私の視線に気付いたのか、バツが悪くなったのか、手で散らばったものを集め始めた。

「俺が最後だったのか」

「あまり変わらないよ。みんなここに揃ったのも十分前くらいだよ」

 ハギリが呟く。眼鏡を掛けていた。あの世では掛けていなかったので、部屋に置いてあったのだろう。

ふと、食堂の奥から女性が出て来た。
金縁のカップを私の前に置き、紅茶を私に注いでくれた。

わっと香りが広がり、びっくりする。あの世では全く意識してなかった感覚だからだ。
白黒の世界にうっすらと色が付いたような感覚を覚えた。

『紹介する。管理人のナズナさんだ』

 トオアサの声が響くと、全員が視線を宙に漂わせた。
頭の中で響く声はまだ慣れないようだ。
ナズナは一方で、落ち着いて私たちに頭を下げた。
彼女の動きは慣れたもので、ずっとここで管理人をやっているのだろう。

『全員が揃ったようだな。どれ、説明を始めよう』

ロビーに沈黙が下りる。
声がしているのに、静かなのは変な感覚だ。

『まず、無事に全員地上に着いた。おめでとう。

以前、地上で肉体が起動しなかった魂もいたから、私もほっとしているよ』

「怖いな」

 キリコが顔をしかめながら言った。

訓練では大丈夫だったが、地上に入った瞬間に物理密度に耐えられなくなることがある、というのは聞いたことがあった。
無事に下りることが出来た、というのは全員同じ想いだったろう。

『地上は今、201×年の4月6日だ。

大学の入学式の前日だな。

ただ、君たちは契約により、四年間しか地上にいれない。その間に来世でやりたいことを見つけてくれ』

「十分過ぎるがな」

「もしやりたいことが見つからなかったら、どうすれば? 」

ハギリが声を出して問いかけた。
この場合、それは正しい。

『それでいいんだよ。

今の地上はどんなものか、最低限それを知るだけでも十分の収穫なんだ。その中で何が出来るかを考えていけばいい。

さて、前にも注意事項として伝えたが、地上に下りると忘れてしまうことがあるんでね。

再度、説明させてもらうよ。

『最低限、守ってもらいたいこと。

まず、最低週に四日は自室に帰って来ること。

外泊するのも自由だが、ここに帰って来ないと、徐々に体が人間界に適応して私の声が聞こえなくなってしまう。

そうなると、行動するのもままならなくなるし、トラブルに遭遇する可能性も出て来る。

そうなると回収班が出動し、研修は中止だ。

ルールを破ったといことで、生まれ変わりの目的を探す貴重なチャンスを失うことになるから気を付けてくれ。

まあデメリットしかないから、そんなことはしないと思うが。

後、私の責任も問われるからよろしく』

若干、声のトーンが低くなったので、あながち嘘でもないのだろう。

『後、自室はこっちと繋がってる。

君たちの動力はそこからのエネルギーだから、寝ることで自動的にチャージされるよ。

何だかんだで、一日過ごすだけでも、地上のストレスは相当だからね。

数日位の外泊はいいが、三日を超えるなら一旦自室に戻ることをおすすめする。

それを怠ると、前世の性格が出て来てしまうからからね。

そしたら大変だ。私の言うことが聞かなくなる。

本当にそれだけは気を付けてくれよ。

反抗期は生まれ変わったら好きなだけやってくれ。

以上だ。

追伸、最後に財布の中に免許証が入っている。

運転は二十歳からだが、君たちは浪人して免許を持てる年齢に設定にしてある。

車を運転する機会はあまり無いと思うが、身分証明として持っていれば便利だからね。

名前を確認してくれ。

それが地上での君たちの名前になる』

それぞれが財布を取り出し、免許証を机の上に出した。
一度も撮影した記憶がないのだが、無愛想に真正面を向いた顔がそこにあった。

「俺の顔、ひどいな」」

「それより、みんな太ってないからいいよね。僕もう息するのも苦しいよ。はあはあ...」

免許の写真をきっかけにそれぞれが文句を言う中で、私は各々の名前をチェックした。
あの世で呼ばれていた名前がそのまま基準となるらしい。
ハギリは葉桐、ウキクサは浮草、キリコは切虎だった。

「全員、珍しい苗字ですね。ロウ君のは、どんな? 」

名前などここでは記号のような物なので、特に深い興味はない。
そう思っていると、浮草の表情が変わった。

「ロウ君だけ、名前が違うね」

「名前に意味など求めていないからな。誰かが適当につけたんじゃないのか」

私は無愛想な顔写真を眺めていた。そうしても、別に変化などもないのだが。

「まあもう上の世界と違って、勝手な行動も取れないから気を付けないとね。

手洗い行ってくる」

そう言い終えた立ちあがったハギリの体がぐらりと傾いた。
私たちは視線だけは動かせたが、体は動かなかった。
ナズナが駆け寄って来て、額に手を当てた。

「ああ、肉体にまだ適応出来てないのね。休ませましょう」

言っているそばから、これだ。
仕方ないので、三人がかりでハギリをソファに乗せた。
初日から、私たちも色んな意味で倒れそうだった。
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