魂の戯れ

りょーじ。

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魂の戯れ part.19

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「迎えまで頼んでしまって、すまないな」

「一人のドライブばっかでもあれだし、たまには複数ってのも悪くないからいいよー」

 運転席では今日も束ねた髪が一段と風になびいていた。

 それもそのはず、今日はオープンカーだった。
横からは海風が広がり、陽光が辺りを照らしだす。波間から太陽光が反射し、周りには盆栽を海に浮かべたような島々が点在していた。
遠くには並走して走る高速道路の様子が見えた。

「この間とは違う道だな」

「うん、違うよぉ。最近、機嫌悪いから通らせてもらえないんだよね」

「ん、どういうことだ? 」

「近づくと天気が曇っちゃうんだ。不愉快なんだろうね。というわけで、今は浮気中でここを通ってるわけ。早く機嫌直して欲しいね」

 そう言って、彼は笑った。サングラスに太陽光が反射する。

 彼の名前はエイといい、私が旅行をしている時にヒッチハイクで拾ってもらったドライバーだ。

彼の素性は未だによく分からないところがあった。
分かるのは、前回と車が違うことから数台以上の車を所有していることと、お気に入りの道を何本か持っており、それぞれに恋人のような愛着を持っていること。

そして、口調から感じる浅薄で軽いだけではないということだろうか。
ただ、そんなところがあっても彼には何か親しみを感じる瞬間が多々あった。

 そんなこともあって、ある筋に彼のことを調べてもらって連絡を取ったのだ。
砂浜に落とした針でさえも見つけることが出来る世界だ。難しいことはなかった。
前回訪れた遊園地にロウに会わせる人物がいることを出すと、連れて行ってくれることになったのだ。

「いつもこういう道を探したりするのか? 」

「うーん、たまにね。普段は開拓した道を気が済むまで走るんだけど、飽きたら遠征してお気に入りの道を増やすんだ。でも、増やしすぎると、さっき言ったみたいに曇ったり、道が整備中とかのために通らせてもらえなくなっちゃうんだ。愛人と正妻のような関係だね」

 エイが肩を竦めた。
動物や植物ならともかく、道路などの人工物に意思があること自体疑わしいのだが、彼のように道を愛する者には何かが宿っている側面を見せるのかもしれなかった。

「で、後ろに乗ってるのが、例の人間に生まれ変わるっていう相棒さん? 」

 そう言われて、外に目をやっていたロウが視線を前に向けた。
沖の方に目をやっていたようだったが、呼び戻されるかのように頷いた。
その姿を見て、エイが笑いかける。

「よろしく。ロウという」

「無口な相方さんだね」

「何を考えているかよく分からないと言われるが」

「それだけ深い何かを持ってる、とも言えるけどね」
 
 ふと、何かの気配に気づいてエイが前方に顔を戻した。
対向車が軽いクラクションを鳴らしてすれ違う。
以前もそうだったが、ここを通る全ての者は兄弟とのことで、必ず挨拶を交わすらしい。

「相方君、はどうして人間に戻ろうと思ったんだい? 

この風景を見てれば分かるけど、ここは素晴らしいじゃないか。人間界は色々大変だろう? 」

ロウはすぐに返事をしなかった。
というのも、訓練を経たせいでより人間に近くなったせいか、、応答にもやや時間がかかるようになったのだ。

「そうだな、ここでは何でも即座に叶ってしまう。つまり、間がないんだ。
プロセスとも言うのかな。その過程に興味がある。

もっとも、それだけじゃない。心か魂か知らないが、人になりたい、ただそれを欲している。言葉にすればただそれだけだ。

それに大変の中に私の欲する物があるかもしれないからな」

ロウは話し終えると、再び沖に視線を戻した。
エイがサングラスを外した。
スピードが落ちると同時に、少し低い声で彼は私に尋ねた。

「本当だったんだな。ごめん、会話を埋めるための作り話かと思ってたよ」

「まあ、そう思われてもしょうがないだろうな。俺はもう慣れたからな」

 しばらく会話が途切れた。
道は海沿いを走っていたが、徐々に遠かった岸がだいぶ近づいていて、街中の様子が見えるようになって来た。ここら辺はこの遊園地の景観に合わせてカラフルなレンガ造りの家が多くなっている。
海には船が浮いていた。

少し走ると、街から伸びた線路と合流した。
遊園地に向かうシーサイドトレイン専用のレールだ。
列車が走って来る。乗客はみな楽しそうな顔をしていて、私たちに手を振る者もいた。
私は不器用ながらに手を振り、エイは車を自動運転に切り替え、通り過ぎるまで手を振っていた。
ロウは俯いている。照れているのかと思ったら、眠っているようだった。
街中の景色は興味がないらしい。

「ホムラ、僕がどうして道を探し続けているか、分かるかい? 」

列車の汽笛が遠くに去ると同時に、エイが口を開いた。
遊園地に近付くにつれ、対向車が多くなっているがもう挨拶はしていなかった。

「好きだからだろ。それ以外に理由があるのか」

「適当だな。もう、ちょっと考えてくれてもいいじゃないか」

「そうだな。より素晴らしい道、つまり究極を探し出すためか? 」

「うん、いい回答だ。僕が先生なら102点をあげようじゃないか」

「その2点については触れないことにしよう。続けてくれ」

「うん、探してる道よりももっといい道、わくわくさせてくれる道があるかと思って探してるんだ。で、見つけた道は素晴らしい。でも、またしばらくすると別の道を探すんだ。
結局、満足してないんだろうね」

「それは、別に悪いことじゃないだろう」

「ああ、でもこれは終わりがあるのかって考えるんだよ。楽しいんだけど、若干うんざりする瞬間があるのさ。ここ最近、それが少しずつ大きくなって来てる。そんな時、君を乗せたんだよ」

 エイがホルダーに手を伸ばした。
氷が既に溶けた薄いアイスコーヒーだ。
ずずっという音が風に消えていく。

「僕も転換点なのかなぁ」

前方に観覧車が見えて来た。
それを察してかロウが目を覚ました。まるでずっと起きていたような表情で前方を見つめている。

「遊園地の手前で下ろすよ。そう言えば、相方君、地上には渋滞という概念があるらしい。知ってるかい? 」

「ああ。複数の車の流れが上手に流れていかない現象だろう」

「そう。もし地上から戻って来て体験するようだったら感想を聞かせてくれ。非常に苦痛だって評判だからね」

「覚えておこう」

車はスムーズに進み、駐車場へ止まった。

「助かったよ」

「ああ、またいつでも連絡をくれよ。もう僕の愛車に乗ったら兄弟だからね。相方君も大変だろうけど、頑張って」

 そう言って、車がクラクションを小さく鳴らし、出て行った。
入り口に向かう子供も、そこから出てくる子供もみんな笑っていて、私たちの存在が浮いているように感じる。
その光をぼんやり見ながら、ロウが口を開いた。

「なあ、ホムラ」

「ん? 」

「俺がいなくなったら、今度からは彼にサポートしてもらうといい」

あまりに小さく囁いたので、聞き返そうとしたが、その時には既に彼の足は遊園地に向かっていた。
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