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「良い話にはもれなくトラウマが付いてくる」ートモセ視点ー1/2

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「あっちー。クーラーかけてても踊ってたら関係ねーよな」
 ジュンがびっしょりのTシャツでさらに自分の顔の汗を拭う。
「シャワー浴びてきたら?」
「そーする!」
 スクッと立ち上がって練習室を出ようとするジュンにリーダーのルイがストップをかける。
「シャワー浴びる前に水分補給しろ! 脱水症状でぶっ倒れるぞ」
 部屋の隅っこに設置されているミニ冷蔵庫からリーダーがジュンに向かって水のペットボトルを投げ、それをジュンがキャッチ。
「サンキュッ」
「あと、浴びるなら水にしろ」
「りょーかーい」
 ヒラヒラと手を振って練習室を出て行った。

 さすがうちのリーダー。
 メンバーの健康もちゃんと気にかけてくれる。
 
 つい和んじゃったけど、今は夏休み中に控えているコンサートツアーの練習真っ最中。
 みんな単体での活動もしてるから集まって練習できるのは限られている。
 今日は朝から全員で練習できてるけど、多分、リハーサルまでもうないと思うから休憩を惜しんでまでやる。
 そうはいっても、限界に近い。
 自分のフェイスタオルをとって壁際で座り込む。
 すでにメンバーの半分は限界を迎えて休憩中。タオルを顔にのせて寝てるメンバーもいる。
 スタミナのあるリーダーや意外にもカイがまだしぶとく鏡の前で振り付けの練習を続けてる。
 さすがリーダー!
 カイはムカつく。

 数分後、ジュンが戻ってきたところでカイが次の仕事があると言って練習室を出て行った。
 これをきっかけにメンバーの何人かが仕事に行き、残ってるメンバーだけで練習を続け、みっちり夕方までやった。
 おかげで、受験勉強の良い息抜きどころか全身が痛い。

 水より甘いものが欲しくて廊下に設置してある自動販売機でココアのボタンを押しているところをアイが話しかけてきた。
「今日はガッツリ練習したねー! もう本番まで踊りたくなーい!」
「そのわりには笑顔だね。余裕が感じられるよ」
「嫌味? それ嫌味だよね?! ボクが汗まみれでさんざんダンスしてたの見てたよね?!」
 オレより年上なのに小柄なアイが腰に抱きついて絡んでくるけど、子猫がじゃれてるみたいでお互い自然と笑いがこぼれる。
 アイはこうやってスキンシップをはかって仲良くしてくる。
 ジュンみたいに嫌がるメンバーもいるけど、オレは弟がいるせいか平気だ。
 むしろ、じゃれあうのはわりと好き。

「アイもなんか飲む? おごるよ」
「ありがとー。でも平気。シャワー前にさんざん水飲んだし、さっきも水飲んだ」
「水好きすぎー」
「ジュースだと太るから水が一番だよ」
「確かにー」
 納得しながらも、アイの目の前で缶の蓋を開けてココアをごくり。

 さっきから何かを隠してるようだったアイの右手が紙の手提げ袋を持ってオレに差し出した。
「はい、これ! ボクの彼女から預かってきた」
「アイの彼女・・・さんて、某アイドルグループの」
 かわいいアイだけど、ちゃっかり彼女がいる。凛々しい彼女が。
「事務所は違えど、三上愛瑠と仲いいんだよね。その三上愛瑠からトモよんに渡して欲しいって彼女からボクに回ってきたの」
 はい、と渡されるけど、なんか怖くて返品したい気分だ。

「えーと・・・なんで?」
 映画が公開され、なんとか恋人騒動が落ち着きかかっているというのに、これ以上トラブルが起きるのは避けたい。
 困惑するオレの顔を読み取ったアイは、クスッと笑い、
「だーいじょうぶ! 変な物なんか入ってないよ。ちゃんとボクが中身チェックしたから安心して。ここのパウンドケーキちょー美味しいんだよー」
「パウンドケーキ?」
「あと三上愛瑠からお手紙入ってる。今回の件、ごめんなさいって。三上愛瑠も不本意だったみたいだよ」
 じゃ、ボク次の仕事あるから行くね。と言ってかわいい笑顔を振りまいて去って行った。

 ひとりココアを飲みながら三上愛瑠の手紙を読み、彼女の印象が変わった。
 撮影の時はカイのことでピリピリしててきつそうな印象だったけど、わりと良い人みたいだ。
 アイが言うとおり、今回の件は三上愛瑠も事前に知らされていなかったみたいで・・・お互い巻き込まれ事故だ。
 オレンジ色にツヤツヤしているパウンドケーキを見ながら、恋人騒動は三上愛瑠に免じて忘れようと決めた。

 それに、悪いことばかりじゃなく。
 恋人騒動のおかげ?で映画は公開日から大盛況。認知度が低かったオレはラブずのメンバーのひとりから、ファン以外の人にも名前を覚えてもらい、映画からファンになったというコメントも貰うようになった。
 演技力も褒められた。
 でも、正直デマの報道で人気が出るのは三上愛瑠の事務所の社長のおかげみたいで嫌だ。
 悔しい、とも思う。
 そんなのなくてもみんなに知ってもらいたいし、ファンにもなってほしい。

 それから、映画公開されてから胸のモヤモヤが軽くなった。
 映画が公開してから二日か三日目の朝、起きたらスッキリしていた。
 多分、誤解が解けたんだと思う。
 とにかく誰かに言いたくて仕方なかった気持ちが消えていた。
 ジュンのいうとおりオレはやっぱり夢を見ているみたいで、それも同じ人に夢の中で何度も会ってて。
 友達? らしい。
 
 恋人騒動の時、学校すら行けなくて、期末テストもオレだけ延期になって、シェアハウスで勉強ばっかりやっていたけど、正直暇だった。
 毎日考える隙がないほど多忙だったのに、ぽっかり空いた時間。
 いつも誰かといたのに、ひとりだけの時間が増え、いろいろ考えたり思い出したり。
 そうしていたら、ふとした瞬間に夢でのことを思い出していた。
 断片的で、ぼんやりしていて。
 だけど、オレがここのところ調子が良かったのも、誰かにめちゃくちゃ応援されてると思っていたのも、誤解を解きたかったのも・・・。
 全部その人だった。

 今のところ男か女かもわかんないし、現実で知ってる人なのかも会ったことある人かもわからない。
 でも、夢の中のオレはその人のことを気に入ってるみたいで、友達だと思ってるみたいだ。
 
「誰・・・だろう」
 結局そこにいきつく。
 数秒考えたけど、姿がぼんやり程度しか思い出せないからなんともいえない。
「ま、いっか」
 そして、めんどくさくなる。

 ココアの缶をゴミ箱に捨て、うーんと伸びをして、
「コンサートツアー、頑張ろう」

 とにかく今は目の前のことをやるしかない。
 

「あーここにいた! 探したよ、トモセくん」
「宮本さん」
 廊下を早歩きしながら近寄ってくる、スラッと背の高い30代くらいの優しい顔をした男。
 めったに怒らない、オレのマネージャーの宮本さん。
 もう3年のつきあいになる。
 マネージャーになる前はモデルをやっていたとかないとか。

「すみません、甘いものが飲みたくなっちゃって」
 もう缶は持ってないからゴミ箱を指さす。
「あーいいよいいよ、長時間のレッスンお疲れ様! 勉強ばかりで身体なまっちゃったりしてない? 大丈夫だった?」
「一応シェアハウス内にある練習室で踊ってたんで大丈夫でした」
「そっかーそれはなにより」
 はははと笑い、宮本さんは話を切り替えた。

「実はさっき話が出たばかりなんだけどね。来年の1月に深夜ドラマがスタートするんだけど、それに出演が決定したよ」
「え、本当ですか! ありがとうございます!」
「なんと! ジュンくんとのダブル出演!」
「え!!」
 宮本さんがニヤニヤしながらドヤ顔を決めてくる。
 オレもこの話にはさすがに驚きと嬉しさで声が廊下に響く。

「ジュンくんは主演でトモセくんはその友達役なんだけどね。ちょい役ではあるんだけど、なにせラブずきっての初のダブル出演だから宣伝は大々的にやってくれるってプロデューサーとも話が進んでるよ」
 一瞬、脳が停止したけど、ちょい役でもジュンと仕事ができるのは嬉しい。
 ちょい役・・・うん、大丈夫。

「実はこの話、監督から直々に声をかけてもらったんだよ! すごくないかい!」
「監督から?」
「そう! 今上映されてる映画を観て、監督がトモセくんの演技を認めてくれたんだよー! 友達役とはいえオーディションなし! いや~みてくれる人はみてくれるんだねー」
「宮本さん・・・おっさんぽいよ」
「はははは、甥にすでにおじさん呼びだからもうそんな歳だよ」
 そういう話じゃ・・・。

 でも、今の話はオレもじーんときた。
 演技を認められて声をかけてもらったのは初めてだ。(たいていメンバーの代わりばっか)
 
 ちょい役・・・うん、頑張りたい!

 グッと拳に力が入る。

「それで、どんな作品なんですか?」
「あーそうそう、BL作品だよ。漫画が原作でね。これがけっこう人気の漫画だから失敗は許されないよ」
「・・・え・・・びーえる?」
 目が点になるオレに、宮本さんが笑顔のまま肩をポンと叩く。
「男子高校生のラブコメだよ。大丈夫、爽やかな話だから。トモセくんは主人公の友達ですでに男とつきあってる設定なんだけど、相手は登場しない予定らしいよ。でも、彼氏がいる友達として主人公にいろいろアドバイスする役だから・・・まー原作の漫画を今度持ってくるよ! 勉強の休憩にでも読むといい。あとは、アイくんがBLドラマに出演したことがあるから参考になるかもしれないしもう1度観とくのはどうかな? 他にゲーバーに行く・・・というのも手だけど、さすがに未成年を連れて行くのは・・・」
 微妙な笑顔の宮本さんにオレはアイドルスマイルを貼り付けた。

「ありがとうございます、そこまで言ってくれて。でも、大丈夫です。とりあえず漫画読んでキャラをつかみます」
「うん、それがいいね! あ、安心して、キスシーンはないから!」
 はははと笑う宮本さん。オレも一緒に笑うけどなんも面白くない。

「まだ外は暗くないけど、タクシー呼ぶかい? 送ってあげたいけどちょっと行くところがあって」
「大丈夫です、電車で帰るんで」
「そっか、じゃ、気をつけて帰るんだよ。着いたらラインしてね」
 忙しそうにまた早歩きで去って行く宮本さんに手を振っていると、急にその場でピタッと止まってクルッと振り返った。
「この話はまだ秘密厳守でよろしく! さすがに無しになることはないと思うけど・・・とりあえず!」
「わかりました・・・ジュンは?」
「ジュンくんならいいよ、向こうはきっと増井くんから聞いてると思うから」
「了解でーす」
 再び手を振ると、また、宮本さんがクルッと振り返り、
「もうひとつ忘れてた! コンサートツアーのゲスト席、まだ空いてるから招待したい人がいたら早めに声かけてね」
「了解でーす」
 やっとエレベーターに乗った宮本さんを見届け、アイドルスマイルがボロッと剥がれる。

 宮本さんて本当そそっかしいな。

「・・・」
 いや、突っ込みたいところはそこじゃない。
 いつかくるかもとか思ってたけど、まさか手慣れキャラがくるとは・・・。
 男同士の恋愛ものなんて、嫌だっっっ!!

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