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第四章 三つの世界の謎

達観

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「京ちゃん……?」
「いいからじっとしてろ。気持いい事だけしてやるから」
 京は、薄目を開けたリオにどこかふっきれたような笑顔を見せた。切迫した状況にそぐわぬ柔和な表情に、少年の心は暗くなる。セックスは怖い。だけど、京が望むなら……。
 拒んで冷たくされるくらいなら、体を開いてもいいと、なけなしの覚悟をしたのだ。それなのに……。
 また、距離を置こうとする京に、不安がこみ上げてくる。
「京ちゃんって、やっぱり時々意地悪だよね」
 喘ぎながら、リオは呟いた。
「どこがだよ。お前には甘すぎるくらいだろ」
「そんな事ないもん。意地悪だもん」
「お前がそう言うんなら、そうなのかもしれないな」
 リオの戯れ言を軽くあやし、京は、立ち上がった性器を持ち替えて、再び扱いた。じゅっじゅっと、蜜の溢れる嫌らしい音が鼓膜に響く。
「ああっ……ん」
 悩ましげな声に反応して、太股に当たる京のものが、硬度を増した。欲望が失われたわけではないらしい。その事実がやるせなく沈んだ少年の心を、少しだけ、引き上げてくれる。
 だけど、そんな事を思っていられたのも、束の間だった。
 男のつぼを押さえた手技に、幼竿は、再びしどけなく綻び、たらたらと甘い蜜を垂れ流す。
「あっ……ああっ……やっ……」
「気持いいか?」
「そんな……あっ……はあっ……」
「いいんだな。可愛いよ」
 京は、リオの頬に吸いつくようなキスをした。片足が、男の膝で更に押し広げられ、より一層はしたない格好にされるけれど、こみ上げる快感に羞恥心すら忘れてしまう。たぶん、京は、これ以上進むつもりはない。その安心感が、リオを一瞬大胆にさせる。
「京ちゃん、そこ……ああ、ん……や……」
 男は、頬にキスの嵐を振らせながらも、右手の動きをやめようとしない。胸を大きく波うたせながら、リオは自分を追い上げる男を見上げた。端正な顔が、笑みの形に綻びる。優しげな笑顔。高められながらも、リオの心は切なくきしんだ。
「あ……ああっ……ん……ふっ……はあっ……」
 恥ずかしいほどに艶めいた喘ぎと共に、リオはアクメに達した。性器以外、ほとんどどこにも触れられていない。そのせいか、いつもより沸点は低く、だけど、長く余韻をひきずってしまう。
 京は愛しげにリオを抱きしめたまま、やわやわと、蜜を出し切りしおれていく性器を揉み続けていた。
 靄のかかったような、朧な時間が過ぎると、次第に意識が戻ってくる。後孔が、もの欲しげにひくついていた。達かせてもらったのに、何かが足りない。京は気付いてないのだろうか。リオはもじもじと体を捩った。
「そろそろ、戻ろうか。悪かったな。お前を見てると、箍がはずれて困る。バトルからは抜けたのに、な」
 自嘲気味に呟くと、京は、尻ポケットからハンカチを取り出し、リオの性器と、自分の手を丹念に拭った。
 まだ呆然としている少年の背中に手を添えて起こし、脱がせた服を着せてやる。そして、リオの体を少しずらせて、床に敷いた上着を取った。
「じゃ、行くか」
 さばけた声に、リオははっと我に返った。
「やだ。まだここにいる」
 冷たいコンクリートにぺたりと座りこんだまま、リオは顔を背けた。
「仕事があるんだ」
「休んでるくせに」
「……おい、絡むな」
 京は、真面目な顔で言った。
「ここへお前一人置いておくわけにはいかないんだ」
「じゃあ、一緒にいて」
「……わがまま言うなよ」
 京は、ため息をついた。
「俺が、どれだけの自制心を総動員して、ここにいると思ってんだ。せっかく我慢したのに、これ以上煽ったら、マジで犯すぜ。なあ、送ってやるから部屋に戻れよ。しばらくはトレーニングもないし、気楽に過ごせるぜ」
「でも、その後は、先生か、お兄ちゃんか、どっちかを選ばないといけないんでしょう?」
 リオは叫んだ。
「そんなの、やだ。怖いよ。ねえ、京ちゃん、お願い、助けて……」
 視界がふいにぼやけてきて、リオは縞シャツの袖で、涙をぐいと拭った。顔を上げれば、京は目の前に跪いていた。頬を、温かな両手が挟み込み、掬いあげるようにしてキスをする。挿入される舌に自らのそれを絡めて応えながら、リオの目じりに、また新たな涙が浮かびあがる。男は、唾液を送りこみ、そして少年のそれを吸い上げた後、ゆっくりと唇を離した。そして、顔を上向かせたままで、語りかける。
「お前はセックスに人一倍恐怖心があるみたいだな。だけど、安心しろ。痛いのは最初だけだ。それより相手に惚れる事だ。そしたら、自然に怖くなくなる。抱き合うのは、悪い事じゃない」
「どうして、そんな事言うの?」
 リオは言った。
「こんな風にキスしたり、抱きしめたり、するくせに……どうして……? 誰かに惚れろ、だなんて……そんな事……」
「俺がお前にキスするのは、お前が好きで、抱きたいからだよ」
 京は答える。
「だけど、いい加減目が醒めたよ。キムと光から一星の伝言を聞いた時、俺には無理だとわかったんだ。なあ、俺はお前が好きだ。だから、誰かと共有なんて、出来ねえよ。たとえ、相手が、ここの創造主さんでも。うん、そうだな。やっぱり無理だ。今気がついてよかったよ。お前を抱いて手放せなくなったら、きっと俺は暴走する。お前を赤夜叉に渡したくなくってな」
 突き放すような台詞に、リオの両目が左右に揺れる。京はもう一度、口の先に、触れるだけのキスをしてから、両手を離した。
「過去に、一度俺は失敗してる。また平常心をなくして、誰かを失うのはごめんだ。赤夜叉のバックには、紅龍がいる。悪いが助けられねえよ。一瞬でも、お前を自分のものに出来るかもなんて考えた俺が馬鹿だったんだ」
 妙に達観した様子の京に、リオは思わず声を荒らげそうになる。勝手に諦めて、そして勝手にリオの道を作って。
 好きなら、お願いしてる時くらい、一緒にいて、そして……自分を慰めてほしい。リオが、ほだされかけている事くらい、とっくに気付いているはずだ。それなのに、手をとろうとしないのは、暗に拒絶されているとしか思えなかった。
「俺の事、好きだなんて、嘘だ」
 少年はぽつりと呟いた。
 京の眉が片方、ぴくりと上がる。
「本当は、嫌いなんでしょ? さっきもわがままだって言ってたし、京ちゃんの言う事俺全然きかないし……だから一緒にいてくれないんだよね?」
「違うって言ってるだろう。俺は、もう誰も傷つけたくないんだ。以前、龍の犠牲になった子がいたって言っただろう。そんな風にお前をさせたくないんだよ」
「紅龍なんて平気だもん!」
 駄々っ子のように、身を捩りながら、リオは大嘘をついた。本当は、その名を浮かべるだけで震えが来る。それなのに、自分でも、どうしてこんなに依怙地になっているのかわからない。
 京はリオへの執着心を封印したらしい。追われている時はあんなに不本意だったのに、いざ手を離されてしまうと、まるで、宇宙の真ん中に放り出されたような心もとない気持になっている。
 こんなにわがままばかり言うリオなんて、いくら京でも興ざめだろう。
 だけど、どうしても、止まらなかった。
「お前は紅龍の怖さを、本当には知らないんだよ」
 京は落ち着いた調子でそう言った。更に反論しようとリオは立ち上がる。その時、ぐらり、と足元が揺れた。
「……?!」
 一瞬気のせいかと思ったが、小刻みに、建物全体が振動している。よろめくリオの腕を、京の手が抱き留めた。
「やばい。リオ。こっちだ」
 そして男は、給水塔の裏側にリオを引きずり込み、壁に押しつけた。
 自分の体で、少年を隠すようにして、京は後ろを振り返る。肩口からちょこんと顔を覗かせて、リオも京の視線をたどった。
 振動は大きくなり、連動するかのように、ごごっと、不気味な物音が聞こえてきた。
 空気が、激しく振動している。リオは、京の腕に縋った。太陽がまた雲の向こう側に隠れ、あたりは夕方のように暗くなる。
 ばりばりと、まるで、樹木が倒れるような轟音が、あたりに立ち込める。リオは不安げに男を見た。京は。整った眉を顰め、リオをかばったまま、何かを待つように、手すりの向こう側を見ている。
 そして、ふいに、振動は止まった。
「京ちゃん、今の……」
 口を開いたリオを遮るように
「来るぞ」
 京は一言発し、リオの体を抱え直した。あたりが、一瞬赤く染まる。空気がぐぐっと押し上げられ、むせるように熱い突風が、リオの髪を乱した。
「あ……!」
 手すりの下からせり上がってきた巨大なピンクの鼻面に、リオは甲高い声をあげた。
「……静かにしてろ。気付かれるとやばい」
 大きく開かれた少年の口を、京は片手で塞ぎ、真剣な表情で、後ろを伺う。かたかたと、リオの足が震え始めた。それは、檻の中で見た時より、数倍巨大に見えた。赤い、血のような目と、赤くて固そうな鱗が、薄雲の奥の微かな太陽光に照らされている。血走った目だまが、きょろきょろとあたりを見回している。
 紅龍。
 ドラゴンシティの守り神が、檻を抜け出して、長く、太い鎌首をもたげていた。

 リオは京の肩ごしに、紅龍の表面積の広い横顔をまじまじと見た。
 日の下で見ると、それは、獣そのもので、くっきりと耳に向かって裂けた口の上下には、鋼のような白い牙が見えている。上顎から、だらだらと粘着質な唾液が垂れていた。あの顎にかかったら、リオの体など、あっと言う間に粉々に砕かれてしまうだろう。
 震えるリオを気づかって、京は、体をいれかえた。しかし、リオは、反対側の肩ごしに、また紅龍を凝視する。視線を外すなんて出来なかった。しっかり見ていないと、逆に悲鳴を上げてしまいそうだった。
 しばらく紅龍は、目玉だけを動かしていたが、徐に天に向かって一直線に飛び上がった。
 ごごっと、再び空気が震える。びっしりと赤い鱗に覆われた体が、リオの目の前をものすごい勢いで通りすぎ、そして、気付いた時には、雲を突き破っていた。
 ほんの少し間をおいて、雲の向こう側が、きらりと光る。
「……行ったな」
 ぼそりと呟き、京はリオの口から片手を離した。
「ああ……っ」
 情けない声をあげ、リオはへなへなと崩れ落ちる。
「おっと
 京は屈んで、腰砕けた体を抱きとり、給水塔の台座に座らせた。
「あれっ……どう……して……」
 かちかちと、歯の根を打ち鳴らしながら、リオは尋ねる。まともな台詞は結べなかったが、京には言わんとする事が通じたようだった。
「別に紅龍は監禁されてるわけじゃない。だから今までだって、好きな時に外に出られてたんだ。だけど、俺の知る限り、次元が開いた時以外、あいつが檻を出た事はない。何か、動きがあるのかもしれないな。悪い事じゃなければいいが」
 京は、眉を顰めたまま、龍が作った空の綻びを見上げた。
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