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第四章 三つの世界の謎

トラウマ

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 口止めされるまでもなく、今すぐに忘れてしまいたいほどに怖い話だったけど、どうしても気になる事があって、
「ねえ、京ちゃん、一つだけ聞いていい?」
 か細い声でリオは尋ねた。
「ん? なんだ?」
「その時、生贄になった子って……どんな子だったの?」
 仲間達と自由を求めて脱走を試み、そしてたった一人だけ、悲劇のターゲットに選ばれてしまった少年。
 怪物と差し向かいで、さっきまで閉じ込められていた自分にとって、彼の感じた恐怖と、そして絶望は他人ごととは思えない。しかし、京はきょとんとした表情で、一瞬宙を仰ぎ、
「……どんな奴……だったかな? うーん、ちょっと思い出せねえ」
 乾いた声でそう言った。
「え……? 名前を忘れちゃったって事?」
 言った後、的外れだったとすぐに気がついた。そもそも光や沙蘭以外にネーム付きと言われる子供など見た事がないのだから。
 京は、眉間に皺を寄せ、記憶を照会しているようである。しかしお手上げだと言う風に、ソファの背もたれに身体を預け、
「それも含めて、ちっとも覚えてないわ。なんなんだろうな。これ……年のせいかな」
 弱々しく首を振った。
「京ちゃん、まだ若いのに……」
「いんや、シティでは時間が止まるからな。実際の俺は、四十とか五十過ぎてるのかもしれないぜ」
 真面目な顔で、そう言うと、
「それにしても……一生引きずるかと思ったのに、肝心なその子の事を忘れちまうなんて、俺もいい加減冷たい男だな」
自嘲気味に男は笑った。
端正な横顔に憂いが走る。こんな表情を見るのは初めてで。
「苦しすぎる事があると、人間ってその事忘れちゃったりするんだって」
 勢いこんでリオは言った。
「トラウマって言うんでしょ? 俺、聞いた事あるもん。だから、京ちゃんは全然冷たくなんかないよ。きっと、凄く悲しかったから、だから忘れちゃったんだよ」
 自分のせいで人が死ぬなんて、きっと耐えがたい経験だったろう。京の優しさを知っているだけに、よくわかる。
 京は、じっとリオを見つめていたが、
「もしかしてお前、俺の事慰めてんの?」
 そう言って綺麗な笑顔を見せた。
「慰めるって言うか……」
 照れくさくて、リオはつっと視線をそらせる。だが、京はリオの方に腰を進め、、
「お前、やっぱりめちゃくちゃ可愛いな」
 徐に片手を背中に伸ばした。
「な、何?!」
 いきなり肩を抱かれて飛び上がるリオに、
「なんだよ、その反応。こっちがびっくりするじゃねえか」
 出した手を引っ込めて京はまじまじとこちらを見た。
「だって、京ちゃん、いきなり……」
 顔を真っ赤にしてしどろもどろにリオは訴えた。京の表情には戸惑いの色が濃くて、過剰反応だったとすぐに気づく。頭を撫でたり、急に肩を抱かれたり。意味のない、しかも唐突なスキンシップは、元々京の得意技だったのだ。だけど、もうそんな事忘れてしまった。記憶のトップページにある京は、リオを犯そうとする危険な男である。
「ふうん。なるほどね」
 少し体を離して腕を組み、リオのうろたえる様を散々観察した挙げ句、京は意味深な笑みを浮かべた。
「お前ってイマドキの顔してるくせに、以外と、スキンシップに慣れてねえな」
 いかにも弱みを握ってやったと言わんばかりの楽しげな声。
「そんな……事……ないし……」
「じゃあ、こ~んな事しても、平気だよな」
 にやにやと笑いながら、京はリオを強引に引き寄せた。
「あっ……」
 不意にバランスを崩されて、リオは京の胸の中に倒れ込む。はずみではらりと頭に巻いたタオルが外れ、半乾きの髪の毛がばさりとアンダーシャツの上で乱れる。
「心臓が、すっげえ、ドキドキしてる。もしかしてお前、俺が怖いの?」
 確かめるようにして、京はより強くリオを引き寄せ、胸と胸をぴたりと合わせる。
「そんな事……ない……もん……」
「顔、真っ赤だぜ」
 至近距離で、男は顔を覗き込む。リオはいやいやと視線を避けた。
 スキンシップは苦手どころか大好きで、以前は自分から京に甘え、抱きついていく事もしばしばだった。だけどその結果、京も、そして仲間たちも、皆おかしくなってしまった。この世界が過去のものか、異次元なのかはわからないけれど、もう同じ轍は踏めない。それなのに。
「なあ、お前、誰かとつきあった事ある? ないに決まってるよな。じゃねえと、こんな初な反応しないだろ」
 語尾が妙に甘くなり、事態はだんだんと悪い方向に向かっている。
「京ちゃん、苦しいから、もう離して……」
 緊張に耐えられず、リオは胸に当てた両手を突っ張って距離をとろうとした。しかし、京は少し拘束を緩めてみせ、
「ん? そんなにきつく抱いてないだろ?」
 腕の中のリオの様子を、完全に楽しんでいる。だけど、リオには会話を楽しむ余裕など微塵もなかった。
 こんな風にじゃれていたら、きっと以前の二の舞になってしまう。
「も……離してったら……京ちゃんの馬鹿」
 とうとうリオは涙声になる。
「お前……やっぱめっちゃ可愛い」
 京はつぶやき、端正な顔が、こちら側に近づいてきた。

 キス……される……!

 背けようとするが、読まれたように、両手で頬を挟まれ、正面に固定された。そのまま上向きにされ、京は首を少し斜めに傾け、より距離を縮めてきた。心臓の鼓動が激しさを増し、身体が熱くなる。
 うっすらと花のような唇が開いた。
 気持では拒んでいるはずなのに、慣れた唇は、求められればキスの形を否応なしに形作ってしまう。唇に京の吐息がかかる。
 もう駄目だ。触れ合う寸前にリオはぎゅっと目を閉じた。
 その時。
 
「京、入るぜ」
 声と同時にドアが開き、一星が部屋の中に入ってきた。
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