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ニート、受付嬢を街まで送る

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 アメリアの体力が心配だったが、予想に反して彼女はすいすいと森を歩き何の問題もなく町の近くまでたどり着いた。
 むしろまだ昨日の副作用の残っている俺の方が息を切らしているくらいだ。
「結構、タフなんだな」
「普通だよ。こんな距離、子供でも歩けるって」
 ……どうやら異世界の住人はそろいもそろって元気いっぱいらしい。
 現代っ子の俺には、とてもまねできないな。
 呼吸を整えて歩き始めると、すぐにいつもの兵士の姿が見える。
 その兵士は俺の顔を見て軽く手を挙げた後、後ろから付いて来るアメリアの姿に目を丸くして大声を上げた。
「アメリア! 無事だったのかっ!?」
「はい。グエンさんにもご心配お掛けしました」
 慌てて駆け寄ってくる兵士──グエンと言うらしい──に軽く頭を下げると、アメリアは手で俺を示す。
「ハヤトくんが助けてくれたんで、酷い事をされる前に帰ってこれました」
 アメリアがそう告げると、グエンは俺に向かってものすごくきれいな敬礼をする。
「ありがとう、君はこの街の恩人だ。始めて見た時に怪しい男だと思ってしまった事を謝ろう」
 それは今言わなくてもいいだろ。
 ……ともかく感謝されて悪い気はしないし、いつまでも敬礼されていても迷惑だ。
「大した事じゃありませんから、これからも普通に接してください」
「そうか? だが、アメリアを救ってくれた事に変わりはない。君が困った時にはいつでも言ってくれ。出来る範囲で力になろう」
 俺がそう言うと敬礼は解いたが、彼は今までよりもなんだかフレンドリーになったような気がする。
 まぁ、そう言ってくれるんであれば必要な時が来れば存分に頼るとしよう。
 そう考えていると、早速一つ彼に対するお願いを思い出した。
「そうだ。馬車なんですけど、まだ回収とかしてないんでそれをお願いできますか?」
「なんとっ! 馬車も無事だったのか?」
「はい。積荷もまだ売り払われる前だったみたいで、アメリアが捕まってた洞窟の中に置かれてました」
 回収は面倒だと思っていたが、彼に頼めば悪いようにはならないだろう。
「ですから、その回収とその後の処理をお願いしても良いですか?」
「そんな事、お安い御用だ。と言うより、その情報は俺たちの方が知りたかったからな」
 重ね重ね、ありがとう。
 そう言ったグエンは俺たちを街の中に入れた後で、交代の兵士に声をかけて街の中へと走り去ってしまった。
「良かったの? 積荷は、ダンジョンで使えたかもしれないのに」
「そんな盗品を扱って、万が一黒幕扱いされたらたまったもんじゃないしな」
 それに、ざっと見た感じでも大した物はなかった。
 どうして野盗が、あれほどの規模で動かなくてはならなかったのかが不思議なくらいに。
 その事に付いて考え込んでいると、何か視線を感じる。
 気が付くと、アメリアが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「どうしたの? 難しい顔になってるけど」
「いや、何でもない。……それよりも、家に帰らなくていいのか?」
 強張っていた顔の筋肉を和らげながら問いかけると、アメリアはハッとした表情を浮かべる。
「そうだね。お母さんを安心させてあげないと」
 その表情は家族を思う優しさで溢れていて、見ているこっちまで心が暖かくなってくる。
「早く行って、安心させてあげな」
「うん。……後で、会いに来てくれる?」
「ああ、行くよ。宿屋だったよな」
「そうだよ。月熊亭って聞けば、誰かが教えてくれるはずだから」
 そう言って足早に去っていくアメリアを見送った後で、俺は重大な事実に気が付いた。
 ……この世界に来て、単独行動はこれが初めてだ。
 いつもリゼルやアイシャが一緒に居てくれたから、俺は別に喋らなくても良かった。
 しかし一人になった今、俺の言葉を代弁してくれる仲間は居ない。
 よって、俺は自分でいろいろと必要な事を伝えなくてはならないのだ。
「……ハードルが、高い」
 前の世界で引きこもる事、およそ三年。
 俺のコミュ障は、もはや至る所まで至っている。
 この世界に来て若干改善されたとはいえ、それでも初めての単独行動は緊張してしまう。
 初めてのお○かいに行く子供たちも、こんな気分だったんだろうか?
 だとしたら、「他人の子供が買い物に行く姿を見て何が楽しいんだ」とか言ってしまってごめん。
 今度見る機会があったら、ちゃんと感動する事にするよ。
「と、まぁそんな事を言ってても仕方ないし、行くか……」
 マイナス思考から現実へと戻ってきた俺は、とりあえずギルドへ報告に行く事にした。
 未だにアメリアの捜索隊が派遣されていたら、それを呼び戻してもらわなければならないしな。
 数分歩くと、すぐに冒険者ギルドが見えてきた。
 相変わらず人が少ないのは、やはり冒険者の大半がアメリアを探しに出ているからだろう。
 中に入ると、そこも普段と違いがらんとしていた。
 そんな中を歩いてカウンターに近寄ると、奥から出てきた男性は俺を見るなりすごい勢いで駆け寄ってきた。
「おいっ! お前っ!」
「はっ、はいっ!?」
 顔の怖いオッサンに詰め寄られて怯えていると、彼はいきなり俺の手を握るとそのままぶんぶんと上下に振る。
「お前がアメリアを助けてくれたんだってな。ありがとう、ありがとう……」
 そう言って何度も頭を下げるオッサンが落ち着くまで、俺は手を握られ続けた。
 そうしてオッサンが落ち着いた頃には、俺の手はすっかり手汗まみれだ。
 洗いに行きたいけど、すぐに喋り出したオッサンに捕まっては席を外す事もできない。
 仕方なく、俺はオッサンと対面で椅子に座る事になった。
「さっきグエンの奴が報告に来てくれたんだ。それにしても、お前には本当に感謝してもしきれないぜ」
「さっきそのグエンさんにも言いましたけど、そんなに大した事はしてませんよ」
「何を言ってんだ。アメリアはこのギルドの大切な受付嬢なんだぞ。あの子が居るのと居ないのとじゃ、客の数まで違ってくるんだ」
 ああ、やっぱり人気なんだな。
 妙に納得していると、オッサンはまた頭を下げ始めた。
「本当にありがとう。ギルドを代表して礼を言う」
「だから、その話はもういいですって」
 正直、ちょっとしつこい。
 オッサンに無理やり頭を上げさせると、彼は何かを思い出したかのように声を上げる。
「そうだっ! アメリア捜索の依頼には報奨金があったんだ。ちょっと待っててくれ」
 カウンターの奥へと消えていったオッサンを待っていると、五分ほどして彼は麻袋と謎の機械を持って帰ってきた。
「ほれ、まずはこれが報奨金だ」
 渡された麻袋の中には、大量の金貨が詰め込まれていた。
 この間の盗賊討伐のざっと二倍くらい。
 それだけで、アメリアがいかに大切にされているのかが手に取るように分かる。
「それと、お前のギルドカードを出してくれるか?」
「えっと、これですよね」
 初めて来た時にアメリアから貰ったカードをオッサンに手渡すと、彼は手元の機械を何やら操作し始めた。
「えっと、これをこうして……。よし、できたぞ!」
 しばらく機械と格闘していたオッサンは、そう言って俺にカードを返してくる。
 それを良く見ると、さっきまでEと書かれていたところがCに変わっていた。
「お前のギルドランクを上げておいた。普通は一個ずつなんだが、この間の盗賊もお前がやったらしいし、特別だ」
「えっと、ありがとうございます」
 特に何の感想もなくそう答えると、オッサンは何か言いたそうな表情を浮かべる。
「……まぁ、そう言う奴が将来大物になったりするんだよな」
 だが、彼はそう言って一人納得してしまった。
「ところで、アメリアはどうした?」
「ああ、彼女なら母親に会いに行かせました」
「そうか。えらく心配してたし、良い判断だと思うぜ」
 ウンウンと頷くオッサンを見ながら、俺も席を立つ事にした。
 このままじゃ、延々このオッサンと話をしなければいけないような気がするし。
「おう、もう行くのか?」
「はい。アメリアからも、用事が終わったら会いに来てくれって言われてますから」
「そうか。月熊亭は、ギルドを出て東に真っ直ぐ行った所にあるからな」
「ありがとうございます」
 こっちが聞く前に場所を教えてくれたオッサンに礼を言いながら、俺はそのままギルドを後にした。
 そういえば、あの結局あのオッサンは誰だったんだろうか?

 ────
 教えられた通りに歩いていくと、やがて他よりも少し立派な建物が姿を現した。
 看板には『月熊亭』と書かれているし、ここで間違いはないだろう。
 その建物に近づくと、入り口の扉には臨時休業の札が掛かっていた。
 これは、入っても良いものなのだろうか?
 休業の理由はアメリアの事が原因だろうが、今頃感動の再会をしているであろう母娘の姿を想像すると思わず躊躇してしまう。
 その場面に唐突に入っていく闖入者こと俺の姿を想像すると、それが自分であるにも関わらず「空気を読め」と突っ込んでしまう。
 やっぱり、帰ろうかな?
 そもそも初対面の人間と会う事ですら苦手なのに、加えてこのシチュエーションである。
 こんな時に「どうも。娘さんを助けたのは僕ですよ」と入っていっても、まぁ感謝はされど歓迎はされないだろう。
 むしろここは一度帰って、しばらくしてから偶然っぽく会いに行った方が良いのではないか。
 ……よし、そうしよう。
 幸いまだ日は暮れてないし、今から急いで帰ればみんなの寝てしまう前にはダンジョンに帰れるだろう。
 善は急げと宿の扉の前で回れ右をして駆け出す俺。
 しかしその歩みは数歩で止められてしまった。
「ハヤトくん、何してるの?」
 背後で扉の開く音がしたと思ったら、聞き覚えのある声が俺の名前を呼ぶ。
「いや、帰ろうかなって思って」
「駄目だよ。お母さんと一緒にハヤトくんを歓迎する準備してたんだから、早く来てくれなきゃ」
 今だって、あんまり遅いから迎えに行く所だったんだよ。
 と腰に手を当てて怒るアメリアは、素早く俺の隣に歩み寄るとその腕を絡める。
「捕まえたっ。ほら、早く来てっ」
 そうして、なぜか妙に明るいアメリアに連れられて、俺は半ば強引に月熊亭へと連れ込まれてしまった。
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