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11 戦艦vs巡洋戦艦

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 獲物が居なくなった十式艦戦は高度を上げて全体を見渡せる位置に付く。見回すと味方の艦隊の方から別の飛行機が近づいてくる。下駄履きなのでアラドがまだ居たのかと緊張するが、何だか形が違う。
「中隊各機、味方の観測機だ。援護するぞ」
 綺羅の声の通り、秋津海軍の着弾観測機、十式観測機だった。複葉ではあるが全金属製で単フロートをぶら下げている。洋一たちの十式艦戦と同じく今年正式採用されたばかりの機体であった。
 〈高尾〉と〈愛宕〉から発進した観測機は敵艦隊の上空に達するとゆっくりと定常旋回し始める。邪魔に入りそうな敵機は見当たらない。敵の戦艦から時たま高射砲弾が飛んでくるが、意にも介さず彼らは観測を続ける。戦闘機隊は観測機のやや上で大きな円を描く。
「お、始まったぞ。これは特等席だ」
 見下ろすと、なるほど特等席だった。四隻のネヴァ級戦艦の周辺に水柱が上がる。見ると向こうに〈高尾〉と〈愛宕〉が主砲を向けていた。遙か後方に煙の塊が影のように佇んでいる。あれが発砲の名残だろうか。
 天城級巡洋戦艦。世界最強を謳われた加賀級戦艦と同じ火力を持ちながら30ノットの高速が出せる巡洋戦艦として計画された、基準排水量42000t、満載排水量48000tの世界最大級の戦闘艦。
 主砲は加賀級と同じ40センチ砲連装五基の十門で設計されたが、ペテルスブルグ条約によって40センチ砲搭載艦は各国四隻までと制限がかかったために35センチ砲の三連装五基十五門となった。この主砲十五門は弩級戦艦以降の世界記録である。
 ブランドル艦隊はまだ相手に向かっているが、秋津艦隊はすでに転舵して側面をこちらに向けている。この状態だとネヴァ級は半分の五門しか使えないが、天城級は35センチ砲三連五基、計十五門すべてを使える。
「すごい、これっていわゆる丁字戦法ってやつか!」
 思わず洋一は叫んでしまった。琉球沖海戦で東郷平八郎元帥が率いる秋津連合艦隊が、スペイン艦隊に完勝したときの必殺の戦法。
「いや、あれは丁字だったのは一,二斉射であんまり関係なかったそうだけど」
 軍艦に詳しい松岡が解説してくれた。
「でも、こいつは完璧な丁字だな。なるときは本当になるんだ」
 旧式艦のため距離を詰めたかったであろうブランドル艦隊であったが、四隻合計で二十門に対して二隻で三十門を浴びせられてはたまらず転舵する。そして発砲。砲声が三千m上空を飛んでいる洋一たちにも聞こえてきた。
 鉛色の海面に二筋の白い航跡が描かれる。まるで龍が並んでいるようだった。そして二匹の白い龍は時折火を噴く。そしてその周囲に幾つもの水柱が立ち並ぶ。人類が生み出した怪物同士の決闘だった。
「すげぇもんだな、値千金ってのはこのことだ」
 松岡が皆の感想を代表するように嘆息した。
「前に軍艦好きの坊さんの話はしただろ」
 艦隊が合流したときの事を思い出す。
「一回手伝ったことがあるんだよ。お寺の本堂に軍艦模型並べて琉球沖海戦ごっこを」
 なんだかすごく罰当たりな光景が洋一の頭の中に浮かんだ。
「こっちが〈三笠〉や〈朝日〉や〈敷島〉で、あっちが〈フィリッペ〉だ〈アルフォンソ〉だ〈ペラヨ〉だって。まさにあんな感じなんだよ」
 下では絶大な火力が火を噴き装甲を撃ち破らんと死闘を繰り広げているのだろうが、上空から見る海戦は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようだった。
 下でブランドル艦隊に水しぶき以外のものが飛び散ったのが洋一の目に映った。
「お、当たった当たった」
 綺羅が子供のように楽しんでいた。水柱がブランドル艦隊を包み、そのうちの一つが艦首の辺りに命中していた。
 翻って秋津軍側を見る。派手な水柱に飾られてはいたが、遠かったり近かったりと照準が定まっていない。これが着弾観測の差というものであろうか。視線を空に転ずると十式観測機が高角砲を意にも介さずゆっくりと旋回を続けていた。のんびりと飛んでいるようにも見えるが、彼らが打電する観測データが、ブランドル艦隊に死と破壊をもたらしていた。   
 今度はブランドル艦隊の二番艦の艦尾に命中、黒煙を引き始める。二対四でありながら秋津艦隊の方が優位に立っているようだった。
 上から見ていると明らかに〈高尾〉や〈愛宕〉の方が速い。前に出て頭を抑えにかかるのでブランドル艦隊は時折後部砲塔が使えなくなっている。
「松岡、ネヴァ級って何ノットだっけ?」
「たしか21ノット(38㎞/h)」
「1.5倍速いと流石に振り回せるなぁ」
 伝統的にロシアの戦艦は装甲を重視して脚が遅い。30ノット出せる巡洋戦艦なら数での不利を補えることを示していた。
「これで40㎝砲に換装してたら一方的だったんだがなぁ」
 天城級巡洋戦艦は本来は40㎝砲十門の予定だったが、ペテルブルグ条約に合わせて35㎝砲十五門に変更されていた。条約が失効して〈天城〉と〈赤城〉は本来の姿である40㎝砲に換装している最中だが、〈高尾〉と〈愛宕〉は年明けにようやくドックに入ることになっていた。
「でも手数が多いのも有りは有りだな」
 見ているとブランドル艦隊の周りにはひっきりなしに水柱が立っている。
「三連砲塔だから多分五門ずつ撃ってるな。間隔を数えてみろよ、二十秒切ってるぞ」
 云われたので指折り数えてみた。まず水柱が立ち上がり、崩れて後方に去って行って、周囲が晴れたかと思ったら再び水柱が屹立。内一発が後部マストをなぎ倒した。この時点で洋一の指は十八回曲げられていた。ブランドル艦が発砲したのはそこからさらに十五秒後だった。ネヴァ級の主砲は前から三連、二連、二連、三連である。二連に合わせて交互射撃しているようだった。
 初めて集中防御方式を採用し戦艦史の一ページを飾ったネヴァ級であるが、建造時期が十年後の天城級にいいように振り回されている。二対四と数では不利でありながら秋津側は有利に戦いを進めている。これで後は。洋一は激しい砲撃戦から視線を外して南方の海域を注視してみた。もしかするとそろそろ。
「ユウグレ三番、南に艦影発見、〈加賀〉です!」
 南方のもやの向こうに、黒々とした影が一つ、戦場に向かって突き進んでいた。海面にそそり立つ巨大な艦橋はやはり横綱である。40㎝砲十門がここに加われば、秋津軍の勝利は間違いない。〈高尾〉たちが振り回して、反対側から〈加賀〉が叩けば挟み撃ちに出来る。
「これは勝ったな」
 綺羅の言葉に誰もが頷いた。やはり勝利は気持の良いものだった。
 そんな〈加賀〉の周囲に小さな点がいることに洋一は気づいた。目をこらすと点は三つに増え、そして大きくなってきた。
「十式艦戦だね。味方だ」
 綺羅の無線で身構えていた各機は編隊を整える。
「クレナイ一番、クレナイ一番、聞こえますか」
 影が近づくにつれて雑音混じりながら無線が聞こえてきた。
「こちらクレナイ一番、聞こえるよ」
 無線の主は大分はっきり見える距離まで近づいてきた。
「こちらモチヅキ小隊、観測機の護衛を引き継ぎます。紅宮大尉は直ちに母艦にお戻りください」
 尾翼に青帯が一本、〈比叡〉所属の十式艦戦だった。
「なんだ、これから盛り上がってくるところなのに」
 中隊長は文句を云っているが、彼らの任務はそういえば海戦見物ではないはずだった。
「せっかく伝えに来てくれたんだから戻りましょう」
 池永中尉が綺羅をなだめる。電信では聞いていない可能性があるのでわざわざ無線通話出来る距離まで伝えてくれたらしい。
 海戦を中座するのは些か残念ではあったが、この様子なら心配ないだろう、やってきた〈比叡〉所属の十式艦戦の三機編隊に翼を振ると、クレナイ中隊の九機は空母〈翔覽〉へと戻っていった。
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