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8 アイスランド攻撃隊 発進
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アイスランド南方二百海里 十月十四日
八時という遅い夜明けを待って、まず周辺偵察の七式艦攻が出撃した。そして飛行甲板に次から次へと機が並べられる。前から順に十式艦戦が九機、九式艦爆が九機、そして七式艦攻が九機。
総勢27機がエンジンをかけ、甲板に多重奏が響き渡り、北海のもやを吹き払う。やがて発進よろしの旗が揚がる。
甲板士官の合図と共に、先頭の十式艦戦が走り始めた。艦の三分の一程度の短い距離であるが、十式艦戦は艦首から流れる蒸気をプロペラでかき分ける。
一番機は〈翔覽〉戦闘機隊第二中隊長、麻倉忠夫大尉。艦橋に向かって敬礼をしているのが外から見える。右手で敬礼しているということは操縦桿を握っているのは左手ということになる。難しい発艦時にそれをやるのは危険ではあるのだが、意地とか誇りとかそういうものらしい。麻倉の視線が洋一たちの方に向くと、敬礼に更に力が込められる。とっさに周囲を見回して察した。少し離れた場所で紅宮綺羅が軽く手を振っていたのである。
飛行甲板を駆け抜けて艦首へ飛び込むと僅かに沈み込んでから、大気を掴んでふわりと浮かび上がった。
艦橋には艦長と第一航空戦隊司令官が並んでそれを見送っていた。彼らだけではなく、舷側には整備員や機銃員などが力強く帽子を振っている。その中を次々と機が発艦していく。
十式艦戦の次は二十五番(250㎏)陸用爆弾を装備した九式艦爆が、スパッツに包まれた固定脚をゴトゴトと鳴らしながら走って行く。最後に一番重い七式艦攻が進み出る。三機が六番(60㎏)六個、三機が二十五番(250㎏)二個、最後の三機は五十番(500㎏)一個と多彩な装備であった。
〈翔覽〉で27機、〈比叡〉も合わせれば54機もの大編隊の出撃。帽子を振って見送る洋一の手にも力が入る。まさに力の奔流。この中に自分がいないのが残念であった。
「麻倉大尉、気合いが入ってましたね」
池永中尉が綺羅に話しかけているのが洋一の耳に入ってきた。
「どっちの中隊を一次攻撃隊にするかで揉めてたから第一中隊を後にしてもらったんだ」
「もしかして、寒いからですか?」
「うん、後の方が少しは暖かいかなって。あいつ朝が強いタイプなのかな」
あっけらかんとしている綺羅様の隣で池永中尉は複雑な顔をしている。そう云えばと洋一は先ほどの麻倉大尉が部下を激励していた様を思い出す。
「姫に託された一番槍。誓って戦果を上げん!」
出撃前に気合いを入れるための力強い言葉だと思っていたが、どうもお互いの認識に齟齬があるような気がしてきた。なんとなく察した洋一も池永中尉と似たような顔になった。
「俺たちは二次攻撃隊だ。発進が済んだらすぐ支度にかかるぞ。ぼやぼやするな」
成瀬一飛曹が活を入れて中隊を引き締める。そう云っている向こうを、最後の七式艦攻が駆け抜けていく。五十番を積んでいて重たいのか、艦を飛び出してから一回完全に見えなくなるほど沈み込む。そこからゆっくりと持ち上がってくるが、見ている方からはどうにも心臓に良くない。
「それ、かかれかかれ」
成瀬一飛曹にせかされて洋一たちは艦内に入る。格納甲板には自分たちの愛機が出番を待っているのだ。今度は自分たちが力の奔流となるのだ。そう思うとこの北海の凍てつく風も心地よく感じられた。
九時三十分 戦艦〈加賀〉
航空隊の出撃を見送った連合艦隊司令部は、しかしその航空隊からの報告に大混乱に陥っていた。
「敵艦隊発見」
それはまだ予測の範囲であった。
「戦艦四隻」
それが読み上げられ、司令部すべてがざわついた。仏像のように表情を変えないと評判の烏丸参謀長ですらその両目を見開いた。
「艦隊より方位300、距離60海里」
そして最後に位置情報でとどめを刺された。
「おいおい、すぐそこじゃないか」
榎本司令長官は素っ頓狂な声を上げる。
「朝の索敵はどうしたんだ」
「雲が多くなっています。見落としたのかも」
北海は霧も多く、航空機には厳しい戦場であった。
「すぐ反転して距離を」
副官の鯨波の言葉を、榎本司令長官は手で制した。
「航空隊を見捨てるわけにはいかんよ。あと二十海里は近づいてそこで待機。そうだろう箕輪君」
「はい、アイスランドより方位150、距離150海里の海域で一二〇〇まで攻撃隊収容のため留まって貰います」
航空参謀の箕輪中佐が険しい顔で答える。一度出撃させてしまった以上、航空隊は予定の場所に戻るしかない。そこに母艦が居なければ彼らは海の藻屑になる。
「なら、腹をくくってやるしかないね」
これまでになく低い声で榎本長官は告げた。
「さあアイスランド沖海戦の始まりだ。第二戦隊の桂君に連絡。先行して好きにやれって」
随分と雑な指示であったが、第二戦隊、巡洋戦艦〈高尾〉と〈愛宕〉は汽笛を高らかに鳴らすと30ノットへ増速し始めた。
戦艦〈加賀〉も巡航18ノットから25ノットへ上げる。
「第四戦隊は空母の護衛に残って。輸送船はどうしようか。後ろに下げた方がいいか、空母たちと一緒が良いか。烏丸君、どう思う?」
突然振られたが烏丸参謀長は表情を変えずに答えた。
「分離すると護衛が手薄になります。潜水艦の動向も把握できていない以上、分割するのは下策です」
「なら、一緒に居ようか。その方が怖くない」
そりの合わなそうな連合艦隊司令長官と参謀長であったが、奇妙なコンビで物事を決めていった。
「にしても、何だろうね戦艦四隻って」
ブランドル海軍の動向すべてを把握しているわけではないとはいえ、アイスランドに四隻の戦艦が居るのはどう考えてもあり得ない話だった。居たとしても最大二隻という予測を外した烏丸参謀長は僅かにこわばった顔をしていた。
「ま、見てみりゃ判るでしょ」
対照的にどこか無責任すら感じられる声で、榎本司令長官は敵が待って居るであろう方角を眺めた。
八時という遅い夜明けを待って、まず周辺偵察の七式艦攻が出撃した。そして飛行甲板に次から次へと機が並べられる。前から順に十式艦戦が九機、九式艦爆が九機、そして七式艦攻が九機。
総勢27機がエンジンをかけ、甲板に多重奏が響き渡り、北海のもやを吹き払う。やがて発進よろしの旗が揚がる。
甲板士官の合図と共に、先頭の十式艦戦が走り始めた。艦の三分の一程度の短い距離であるが、十式艦戦は艦首から流れる蒸気をプロペラでかき分ける。
一番機は〈翔覽〉戦闘機隊第二中隊長、麻倉忠夫大尉。艦橋に向かって敬礼をしているのが外から見える。右手で敬礼しているということは操縦桿を握っているのは左手ということになる。難しい発艦時にそれをやるのは危険ではあるのだが、意地とか誇りとかそういうものらしい。麻倉の視線が洋一たちの方に向くと、敬礼に更に力が込められる。とっさに周囲を見回して察した。少し離れた場所で紅宮綺羅が軽く手を振っていたのである。
飛行甲板を駆け抜けて艦首へ飛び込むと僅かに沈み込んでから、大気を掴んでふわりと浮かび上がった。
艦橋には艦長と第一航空戦隊司令官が並んでそれを見送っていた。彼らだけではなく、舷側には整備員や機銃員などが力強く帽子を振っている。その中を次々と機が発艦していく。
十式艦戦の次は二十五番(250㎏)陸用爆弾を装備した九式艦爆が、スパッツに包まれた固定脚をゴトゴトと鳴らしながら走って行く。最後に一番重い七式艦攻が進み出る。三機が六番(60㎏)六個、三機が二十五番(250㎏)二個、最後の三機は五十番(500㎏)一個と多彩な装備であった。
〈翔覽〉で27機、〈比叡〉も合わせれば54機もの大編隊の出撃。帽子を振って見送る洋一の手にも力が入る。まさに力の奔流。この中に自分がいないのが残念であった。
「麻倉大尉、気合いが入ってましたね」
池永中尉が綺羅に話しかけているのが洋一の耳に入ってきた。
「どっちの中隊を一次攻撃隊にするかで揉めてたから第一中隊を後にしてもらったんだ」
「もしかして、寒いからですか?」
「うん、後の方が少しは暖かいかなって。あいつ朝が強いタイプなのかな」
あっけらかんとしている綺羅様の隣で池永中尉は複雑な顔をしている。そう云えばと洋一は先ほどの麻倉大尉が部下を激励していた様を思い出す。
「姫に託された一番槍。誓って戦果を上げん!」
出撃前に気合いを入れるための力強い言葉だと思っていたが、どうもお互いの認識に齟齬があるような気がしてきた。なんとなく察した洋一も池永中尉と似たような顔になった。
「俺たちは二次攻撃隊だ。発進が済んだらすぐ支度にかかるぞ。ぼやぼやするな」
成瀬一飛曹が活を入れて中隊を引き締める。そう云っている向こうを、最後の七式艦攻が駆け抜けていく。五十番を積んでいて重たいのか、艦を飛び出してから一回完全に見えなくなるほど沈み込む。そこからゆっくりと持ち上がってくるが、見ている方からはどうにも心臓に良くない。
「それ、かかれかかれ」
成瀬一飛曹にせかされて洋一たちは艦内に入る。格納甲板には自分たちの愛機が出番を待っているのだ。今度は自分たちが力の奔流となるのだ。そう思うとこの北海の凍てつく風も心地よく感じられた。
九時三十分 戦艦〈加賀〉
航空隊の出撃を見送った連合艦隊司令部は、しかしその航空隊からの報告に大混乱に陥っていた。
「敵艦隊発見」
それはまだ予測の範囲であった。
「戦艦四隻」
それが読み上げられ、司令部すべてがざわついた。仏像のように表情を変えないと評判の烏丸参謀長ですらその両目を見開いた。
「艦隊より方位300、距離60海里」
そして最後に位置情報でとどめを刺された。
「おいおい、すぐそこじゃないか」
榎本司令長官は素っ頓狂な声を上げる。
「朝の索敵はどうしたんだ」
「雲が多くなっています。見落としたのかも」
北海は霧も多く、航空機には厳しい戦場であった。
「すぐ反転して距離を」
副官の鯨波の言葉を、榎本司令長官は手で制した。
「航空隊を見捨てるわけにはいかんよ。あと二十海里は近づいてそこで待機。そうだろう箕輪君」
「はい、アイスランドより方位150、距離150海里の海域で一二〇〇まで攻撃隊収容のため留まって貰います」
航空参謀の箕輪中佐が険しい顔で答える。一度出撃させてしまった以上、航空隊は予定の場所に戻るしかない。そこに母艦が居なければ彼らは海の藻屑になる。
「なら、腹をくくってやるしかないね」
これまでになく低い声で榎本長官は告げた。
「さあアイスランド沖海戦の始まりだ。第二戦隊の桂君に連絡。先行して好きにやれって」
随分と雑な指示であったが、第二戦隊、巡洋戦艦〈高尾〉と〈愛宕〉は汽笛を高らかに鳴らすと30ノットへ増速し始めた。
戦艦〈加賀〉も巡航18ノットから25ノットへ上げる。
「第四戦隊は空母の護衛に残って。輸送船はどうしようか。後ろに下げた方がいいか、空母たちと一緒が良いか。烏丸君、どう思う?」
突然振られたが烏丸参謀長は表情を変えずに答えた。
「分離すると護衛が手薄になります。潜水艦の動向も把握できていない以上、分割するのは下策です」
「なら、一緒に居ようか。その方が怖くない」
そりの合わなそうな連合艦隊司令長官と参謀長であったが、奇妙なコンビで物事を決めていった。
「にしても、何だろうね戦艦四隻って」
ブランドル海軍の動向すべてを把握しているわけではないとはいえ、アイスランドに四隻の戦艦が居るのはどう考えてもあり得ない話だった。居たとしても最大二隻という予測を外した烏丸参謀長は僅かにこわばった顔をしていた。
「ま、見てみりゃ判るでしょ」
対照的にどこか無責任すら感じられる声で、榎本司令長官は敵が待って居るであろう方角を眺めた。
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