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2 これでも連合艦隊

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      舞鶴 戦艦〈加賀〉 艦上

 「無理だよ無理。ムリ、むり、無理」
 わざとらしく高くしたり低くしながら男は声を張り上げた。
 「来年の春まで持久方針で派手には動かないって、先月の大本営会議でも結論出たじゃない。一度決まったことをひっくり返すのは良くないと思うな僕は」
 初老と云ってよい年なのに、あまり威厳を感じさせない言葉だった。
「しかし榎本長官、軍令部の方からなんとかならんのかと、それと首相も内々に会いたいと」
 控えていた副官の言葉に、その男は露骨に首を振った。
「やだなぁもう。みんなこっちに押しつける気だよ。やっぱりこんな仕事引き受けるんじゃなかった」
 榎本えのもと亥助いすけ。これでも連合艦隊司令長官であった。
「大体ふねが無いんだよふねが。〈天城〉と〈赤城〉は主砲の換装中なのに初日のアレで〈陸奥〉は二つになって〈日向〉はひっくり返って〈土佐〉も修理中。新型戦艦は絶賛艤装中。今動かせる戦艦は四隻だけだよ」
 ペテルブルグ軍縮条約以降、秋津皇国の保有戦艦は長門型戦艦二隻、加賀型戦艦二隻、天城型巡洋戦艦が四隻と、主砲を六門に減らして練習戦艦となった扶桑型、伊勢型の計四隻だった。
 萬和六年(一九三六年)に条約が失効して新型戦艦の建造と、既存の戦艦の近代化に忙しかったところへ舞鶴空襲で秋津海軍は大損害を被った。綱渡りであった海軍整備に大穴が開いてしまい、連合艦隊は積極的に動くことが出来なくなっていた。
「新しい空母はどうなの? あれだけでもなんとかならないの?」
「〈瑞覽〉はようやく公試に入ったところです。急がせては居ますがどう頑張っても年内は難しいでしょう」
 〈翔覽〉の姉妹艦である〈瑞覽〉は、海軍航空隊期待の新型空母である。戦力化すれば航空戦力は向上するが、現状は艦も搭乗員もまだまだ未熟であった。
「じゃあやっぱり無理じゃん。無い袖は振れませんってことで暖かくなるまで布団の中で大人しくしてようよ」
「なかなかそうも云ってられないようで」
 副官は傍らに置かれた新聞に目を向けた。
「舞鶴空襲は同情されましたが、今回の帝都爆撃は別の方向に流れを変えてしまったようです」
 非常に強い文字が目に突き刺さる。開戦以来ここまで軍や政府が糾弾されたことはなかった。
「早急に何らかの戦果を上げないと、選挙で負けるどころか反乱が起きかねません」
 新聞の中には地方の徴兵事務所が焼き討ちされたなど物騒な話も出始めている。
「こう云うときに慌てて動いてもいいことないんだけどなぁ、やだやだ」
 そうやって天を仰ぐ榎本長官に、連合艦隊司令長官としての威厳は感じられなかった。舞鶴空襲で前任者が引責辞任した後、弱小派閥である潜水艦出身であるため御しやすいという理由で選ばれたともっぱらの評判だった。
 しかし。新聞を整えながら副官は考えていた。昼行灯の鑑のようなこの男がもう一つ云われていることがあった。
 「運のある男」
 欧州大戦では当時まだまだ怪しげな乗り物だった潜水艦で密かにキール軍港の偵察を成功させた。二八年のアレキサンドリア危機で邦人避難艦隊を指揮していたが、連絡ミスで機雷原に突っ込んだのに損害なしでくぐり抜けた。
 かつて琉球沖海戦でスペイン艦隊を撃滅した当時の連合艦隊司令長官東郷平八郎も「運のある男」と呼ばれていた。
 そう考えるとこの国難に榎本亥助という冴えない男が連合艦隊司令長官という要職に選ばれたのも、あるいは天の采配かもしれない。
「まあ出来る範囲のことで頑張りましょう長官」
 そう云って副官は従兵を呼んでお茶を用意させた。
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